Nihoner

梶井基次郎 Motojiro Kajii 1901.02.17〜1932.03.24

城のある町にて

しろのあるまちにて

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ある午後

「高いとこの眺ながめは、アアッ(と咳せきをして)また格段かくだんでごわすな」

片手かたでに洋傘こうもり、片手かたでに扇子おうぎと日本にぽん手拭てぬぐいを持っている。頭が奇麗きれいに禿はげていて、カンカン帽子ぼうしを冠っているのが、まるで栓せんをはめたように見まみえる。――そんな老人ろうじんが朗ほがらかにそう言い捨てたまま峻たかしの脇を歩いて行った。言っておいてこちらを振ふり向むくでもなく、眼はやはり遠とおい眺望ちょうぼうへ向けたままで、さもやれやれといったふうに石垣いしがきのはなのベンチへ腰をかけた。――

町を外はずれてまだ二里ほどの間は平坦へいたんな緑。I湾の濃こい藍あいが、それのかなたに拡がっている。裾すそのぼやけた、そして全体ぜんたいもあまりかっきりしない入道にゅうどう雲が水平すいへい線の上に静しずかに蟠わだかまっている。――

「ああ、そうですな」少すこし間誤まごつきながらそう答えた時の自分じぶんの声の後味あとあじがまだ喉のどや耳のあたりに残っているような気がされて、その時の自分じぶんと今の自分じぶんとが変にそぐわなかった。なんの拘こだわりもしらないようなその老人ろうじんに対たいする好意こういが頬ほほに刻まれたまま、峻たかしはまた先さきほどの静しずかな展望てんぼうのなかへ吸い込まれていった。――風がすこし吹いて、午後ごごであった。

一つには、可愛かわいい盛さかりで死なせた妹のことを落ちついて考かんがえてみたいという若者わかものめいた感慨かんがいから、峻はまだ五七日を出ない頃の家を出てこの地の姉の家へやって来た。

ぼんやりしていて、それが他所よその子の泣声なきごえだと気がつくまで、死んだ妹の声の気持きもちがしていた。

「誰だ。暑あついのに泣かせたりなんぞして」

そんなことまで思っている。

彼女かのじょがこと切れた時よりも、火葬場そうじょうでの時よりも、変わった土地とちへ来てするこんな経験けいけんの方に「失った」という思おもいは強く刻まれた。

「たくさんの虫が、一匹の死しにかけている虫の周囲しゅういに集まって、悲しんだり泣いたりしている」と友人ゆうじんに書いたような、彼女かのじょの死の前後ぜんごの苦くるしい経験けいけんがやっと薄うすい面紗ヴェイルのあちらに感ぜられるようになったのもこの土地とちへ来てからであった。そしてその思おもいにも落ちつき、新あたらしい周囲しゅういにも心が馴染なじんで来くるにしたがって、峻には珍しく静しずかな心持こころもちがやって来くるようになった。いつも都会とかいに住すみ慣なれ、ことに最近さいきんは心の休やすむ隙もなかった後で、彼はなおさらこの静しずけさの中でうやうやしくなった。道を歩あるくのにもできるだけ疲つかれないように心掛こころがける。棘とげ一つ立てないようにしよう。指一本詰もとずめないようにしよう。ほんの些細ささいなことがその日の幸福こうふくを左右さゆうする。――迷信めいしんに近いほどそんなことが思われた。そして旱ひでりの多かった夏にも雨が一度ひとたび来、二度来、それがあがるたびごとにやや秋めいたものが肌に触ふれるように気候きこうもなって来た。

そうした心ごころの静しずけさとかすかな秋の先駆せんくは、彼を部屋へやの中の書物しょもつや妄想もうそうにひきとめてはおかなかった。草や虫や雲や風景ふうけいを眼の前へ据えて、ひそかに抑えて来た心を燃もえさせる、――ただそのことだけが仕甲斐しがいのあることのように峻たかしには思えた。

「家の近所きんじょにお城跡しろあとがありまして峻の散歩さんぽにはちょうど良いいと思います」姉が彼かの母のもとへ寄来した手紙てがみにこんなことが書いてあった。着いた翌日あくるひの夜。義兄ぎけいと姉とその娘と四人ではじめてこの城跡しろあとへ登った。旱ひでりのためうんかがたくさん田に湧いたのを除虫じょちゅう燈で殺ころしている。それがもうあと二三にさん日だからというので、それを見にあがったのだった。平野ひらのは見渡みわたす限かぎり除虫じょちゅう燈の海だった。遠とおくになると星ほしのように瞬またたいている。山の峡間はざまがぼうと照らされて、そこから大河おうかわのように流ながれ出でるている所もあった。彼はその異常いじょうな光景こうけいに昂奮こうふんして涙ぐんだ。風のない夜で涼すずみかたがた見物けんぶつに来くる町の人ひとびとで城跡しろあとは賑にぎわっていた。暗やみのなかから白粉おしろいを厚く塗った町の娘達がはしゃいだ眼を光らせた。

今、空は悲かなしいまで晴はれていた。そしてその下に町は甍いらかを並なべていた。

白堊はくあの小学校がっこう。土蔵どぞう作ずくりの銀行ぎんこう。寺の屋根やね。そしてそこここ、西洋せいよう菓子かしの間に詰めてあるカンナ屑くずめいて、緑色みどりいろの植物しょくぶつが家々の間から萌もえ出ている。ある家の裏には芭蕉ばしょうの葉が垂たれている。糸杉いとすぎの巻きあがった葉も見まみえる。重かさね綿のような恰好かっこうに刈られた松も見まみえる。みな黝くろずんだ下葉したばと新あたらしい若葉わかばで、いいふうな緑色みどりいろの容積ようせきを造っている。

遠とおくに赤あかいポストが見まみえる。

乳母車うばぐるまなんとかと白くペンキで書いた屋根やねが見まみえる。

日をうけて赤あかい切地きれじを張った張物はりもの板が、小さく屋根瓦やねがわらの間に見まみえる。――

夜になると火の点ついた町の大通おうどうりを、自転じてん車でやって来た村の青年せいねん達が、大勢たいせい連ずれで遊廓ゆうかくの方へ乗ってゆく。店の若わかい衆しゅなども浴衣ゆかたがけで、昼見みる時とはまるで異ったふうに身体しんたいをくねらせながら、白粉おしろいを塗った女をからかってゆく。――そうした町も今は屋根瓦やねがわらの間へ挾まれてしまって、そのあたりに幟のぼりをたくさん立てて芝居しばい小屋しょうおくがそれと察さっしられるばかりである。

西日にしびを除けて、一階も二階にかいも三階も、西の窓すっかり日覆ひおおいをした旅館りょかんがやや近ちかくに見えた。どこからか材木ざいもくを叩たたく音が――もともと高くもない音らしかったが、町の空へ「カーン、カーン」と反響はんきょうした。

次つぎつぎ止まるひまなしにつくつく法師ほうしが鳴いた。「文法ぶんぽうの語尾ごびの変化へんかをやっているようだな」ふとそんなに思ってみて、聞いていると不思議ふしぎに興が乗って来た。「チュクチュクチュク」と始はじめて「オーシ、チュクチュク」を繰くり返かえす、そのうちにそれが「チュクチュク、オーシ」になったり「オーシ、チュクチュク」にもどったりして、しまいに「スットコチーヨ」「スットコチーヨ」になって「ジー」と鳴きやんでしまう。中途ちゅうとに横から「チュクチュク」とはじめるのが出て来くる。するとまた一つのは「スットコチーヨ」を終わって「ジー」に移りかけている。三重みえ四重、五重にも六重にも重なって鳴いている。

峻たかしはこの間、やはりこの城跡しろあとのなかにある社やしろの桜の木で法師蝉ほうしぜみが鳴なくのを、一尺ほどの間近まじかで見た。華車きゃしゃな骨に石鹸せっけん玉のような薄うすい羽根ばねを張った、身体しんたいの小ちいさい昆虫こんちゅうに、よくあんな高だかい音が出だせるものだと、驚おどろきながら見ていた。その高だかい音と関係かんけいがあると言えば、ただその腹から尻尾しっぽへかけての伸縮しんしゅくであった。柔毛にこげの密生みっせいしている、節を持った、その部分ぶぶんは、まるでエンジンのある部分ぶぶんのような正確せいかくさで動いていた。――その時の恰好かっこが思い出せた。腹から尻尾しっぽへかけてのブリッとした膨ふくらみ。隅すみずみまで力ではち切ったような伸のび縮ちじみ。――そしてふと蝉一匹の生物せいぶつが無上むじょうにもったいないものだという気持きもちに打たれた。

時ときどき、先さきほどの老人ろうじんのようにやって来ては涼をいれ、景色けいしょくを眺ながめてはまた立ってゆく人があった。

峻がここへ来くる時によく見みる、亭ちんの中で昼寝ひるねをしたり海を眺ながめたりする人がまた来ていて、今日は子守こもり娘と親しそうに話をしている。

蝉取竿せみとりざおを持った子供こどもがあちこちする。虫籠むしかごを持たされた児こは、時ときどき立ち留まっては籠の中を見、また竿の方を見ては小走こばしりに随ついてゆく。物を言わないでいて変に芝居しばいのようなおもしろさが感かんじられる。

またあちらでは女おんなの子こ達が米こめつきばったを捕えては、「ねぎさん米つけ、何とか何とか」と言いながら米をつかせている。ねぎさんというのはこの土地とちの言葉ことばで神主かんぬしのことを言ゆうのである。峻たかしは善良ぜんりょうな長ながい顔の先に短みじかい二本ほんの触覚しょっかくを持った、そう思えばいかにも神主かんぬしめいたばったが、女おんなの子こに後脚あとあしを持たれて身動みうごきのならないままに米をつくその恰好かっこが呑気のんきなものに思い浮かんだ。

女おんなの子こが追おいかける草のなかを、ばったは二本ほんの脚を伸のばし、日の光を羽根ばね一いっぱいに負いながら、何匹も飛とび出でるした。

時ときどき烟けむりを吐つく煙突えんとつがあって、田野たのはその辺あたりから展ひらけていた。レンブラントの素描すがきめいた風景ふうけいが散らばっている。

黝くろい木立こだち。百姓ひゃくせい家。街道かいどう。そして青田あおたのなかに褪赭たいしゃの煉瓦れんがの煙突えんとつ。

小ちいさい軽便けいべんが海の方からやって来くる。

海からあがって来た風は軽便けいべんの煙を陸の方へ、その走はしる方へ吹きなびける。

見ていると煙のようではなくて、煙の形を逆に固定こていしたまま玩具がんぐの汽車きしゃが走っているようである。

ササササと日が翳かげる。風景ふうけいの顔色がんしょくが見みる見みる変わってゆく。

遠とおく海岸かいがんに沿って斜に入り込んだ入江いりえが見えた。――峻はこの城跡しろあとへ登のぼるたび、幾度となくその入江いりえを見みるのが癖になっていた。

海岸かいがんにしては大おおきい立木たちきが所しょどころ繁っている。その蔭にちょっぴり人家じんかの屋根やねが覗のぞいている。そして入江いりえには舟が舫もやっている気持きもち。

それはただそれだけの眺ながめであった。どこを取とり立たてて特別心べっしんを惹ひくようなところはなかった。それでいて変に心が惹かれた。

なにかある。ほんとうになにかがそこにある。と言ってその気持きもちを口に出せば、もう空そらぞらしいものになってしまう。

たとえばそれを故のない淡あわい憧憬しょうけいと言ったふうの気持きもち、と名づけてみようか。誰かが「そうじゃないか」と尋たずねてくれたとすれば彼はその名づけ方に賛成さんせいしたかもしれない。しかし自分じぶんでは「まだなにか」という気持きもちがする。

人種じんしゅの異ったような人ひとびとが住んでいて、この世よと離はなれた生活せいかつを営んでいる。――そんなような所にも思おもえる。とはいえそれはあまりお伽話とぎばなしめかした、ぴったりしないところがある。

なにか外国がいこくの画で、あそこに似た所が描いてあったのが思い出せないためではないかとも思ってみる。それにはコンステイブルの画を一枚思い出している。やはりそれでもない。

ではいったい何だろうか。このパノラマ風の眺ながめは何なんに限らず一種いっしゅの美しさを添そえるものである。しかし入江いりえの眺ながめはそれに過すぎていた。そこに限って気韻きいんが生動せいどうしている。そんなふうに思えた。――

空が秋らしく青空あおぞらに澄すむ日には、海はその青よりやや温ぬくい深青に映った。白じろい雲がある時は海も白く光って見えた。今日は先さきほどの入道にゅうどう雲が水平すいへい線の上へ拡がってザボンの内皮ないひの色がして、海も入江いりえの真近まじかまでその色に映っていた。今日きょうも入江いりえはいつものように謎をかくして静まっていた。

見ていると、獣のようにこの城のはなから悲かなしい唸うなり声を出だしてみたいような気になるのも同おんなじであった。息苦いきぐるしいほど妙なものに思えた。

夢で不思議ふしぎな所へ行っていて、ここは来た覚おぼえがあると思っている。――ちょうどそれに似た気持きもちで、えたいの知れない想おもい出でが湧いて来くる。

「ああかかる日のかかるひととき」

「ああかかる日のかかるひととき」

いつ用意よういしたとも知れないそんな言葉ことばが、ひらひらとひらめいた。――

「ハリケンハッチのオートバイ」

「ハリケンハッチのオートバイ」

先さきほどの女おんなの子こらしい声が峻たかしの足の下で次つぎつぎに高く響いた。丸まるの内うちの街道かいどうを通ってゆくらしい自動じどう自転じてん車の爆音ばくおんがきこえていた。

この町のある医者いしゃがそれに乗って帰って来くる時刻じこくであった。その爆音ばくおんを聞きくと峻の家の近所きんじょにいる女おんなの子こは我勝われがちに「ハリケンハッチのオートバイ」と叫さけぶ。「オートバ」と言っている児もある。

三階の旅館りょかんは日覆ひおいをいつの間にか外はずした。

遠とおい物干ものほし台の赤あかい張物はりもの板ももう見つからなくなった。

町の屋根やねからは煙。遠とおい山からは蜩ひぐらし。

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Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

First published
「青空」青空社、1925(大正14)年2月号
Source edition (底本)
底本:「檸檬・ある心の風景 他二十編」旺文社文庫、旺文社

   1972(昭和47)年12月10日初版発行

   1974(昭和49)年第4刷発行

初出:「青空」青空社

   1925(大正14)年2月号

※編集部による傍注は省略しました。

入力:j.utiyama

校正:野口英司

1998年9月8日公開

2016年7月5日修正

青空文庫作成ファイル:

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Typed by (入力)
j.utiyama
Proofread by (校正)
野口英司

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