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梶井基次郎 Motojiro Kajii 1901.02.17〜1932.03.24

桜の樹の下には

さくらのきのしたには

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桜の樹の下には屍体したいが埋まっている!

これは信じていいことなんだよ。何故なぜって、桜の花があんなにも見事みごとに咲さくなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三にさん日不安ふあんだった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体したいが埋まっている。これは信じていいことだ。

どうして俺が毎晩まいばん家へ帰って来くる道で、俺の部屋へやの数ある道具どうぐのうちの、選よりに選ってちっぽけな薄うすっぺらいもの、安全あんぜん剃刀かみそりの刃なんぞが、千里ちさと眼のように思い浮かんで来くるのか――おまえはそれがわからないと言ったが――そして俺にもやはりそれがわからないのだが――それもこれもやっぱり同じようなことにちがいない。

いったいどんな樹の花でも、いわゆる真まっ盛さかりという状態じょうたいに達たっすると、あたりの空気くうきのなかへ一種いっしゅ神秘しんぴな雰囲気ふんいきを撒まき散ちらすものだ。それは、よく廻った独楽こまが完全かんぜんな静止せいしに澄すむように、また、音楽おんがくの上手うわてな演奏えんそうがきまってなにかの幻覚げんかくを伴ともなうように、灼熱しゃくねつした生殖せいしょくの幻覚げんかくさせる後光ごこうのようなものだ。それは人の心を撲うたずにはおかない、不思議ふしぎな、生いき生いきとした、美しさだ。

しかし、昨日さくじつ、一昨日おととい、俺の心をひどく陰気いんきにしたものもそれなのだ。俺にはその美しさがなにか信じられないもののような気がした。俺は反対はんたいに不安ふあんになり、憂鬱ゆううつになり、空虚くうきょな気持きもちになった。しかし、俺はいまやっとわかった。

おまえ、この爛漫らんまんと咲き乱れている桜の樹の下へ、一つ一つ屍体したいが埋まっていると想像そうぞうしてみるがいい。何が俺をそんなに不安ふあんにしていたかがおまえには納得なっとくがいくだろう。

馬のような屍体したい、犬猫いぬねこのような屍体したい、そして人間じんかんのような屍体したい、屍体したいはみな腐爛ふらんして蛆うじが湧き、堪たまらなく臭くさい。それでいて水晶すいしょうのような液をたらたらとたらしている。桜の根は貪婪どんらんな蛸たこのように、それを抱きかかえ、いそぎんちゃくの食糸のような毛根もうこんを聚あつめて、その液体えきたいを吸っている。

何があんな花弁かべんを作ずくり、何があんな蕊しべを作っているのか、俺は毛根もうこんの吸すいあげる水晶すいしょうのような液が、静しずかな行列ぎょうれつを作って、維管いかん束のなかを夢のようにあがってゆくのが見まみえるようだ。

――おまえは何をそう苦しそうな顔をしているのだ。美うつくしい透視とうし術じゃないか。俺はいまようやく瞳ひとみを据えて桜の花が見られるようになったのだ。昨日さくじつ、一昨日おととい、俺を不安ふあんがらせた神秘しんぴから自由じゆうになったのだ。

二三にさん日前にちぜん、俺は、ここの溪たにへ下りて、石の上を伝い歩きしていた。水のしぶきのなかからは、あちらからもこちらからも、薄羽うすばかげろうがアフロディットのように生うまれて来て、溪の空をめがけて舞い上がってゆくのが見えた。おまえも知っているとおり、彼らはそこで美うつくしい結婚けっこんをするのだ。しばらく歩いていると、俺は変なものに出喰でくわした。それは溪の水が乾いた磧かわらへ、小ちいさい水溜みずたまりを残のこしている、その水のなかだった。思いがけない石油せきゆを流したような光彩こうさいが、一面いちめんに浮いているのだ。おまえはそれを何だったと思おもう。それは何万匹とも数の知れない、薄羽うすばかげろうの屍体したいだったのだ。隙間すきまなく水の面を被っている、彼らのかさなりあった翅はねが、光にちぢれて油のような光彩こうさいを流ながしているのだ。そこが、産卵さんらんを終わった彼らの墓場はかばだったのだ。

俺はそれを見たとき、胸が衝つかれるような気がした。墓場はかばを発あばいて屍体したいを嗜このむ変質へんしつ者のような残忍ざんにんなよろこびを俺は味わった。

この溪間ではなにも俺をよろこばすものはない。鶯うぐいすや四十雀しじゅうからも、白じろい日光にっこうをさ青おに煙らせている木の若芽わかめも、ただそれだけでは、もうろうとした心象しんしょうに過すぎない。俺には惨劇さんげきが必要ひつようなんだ。その平衡へいこうがあって、はじめて俺の心象しんしょうは明確めいかくになって来くる。俺の心は悪鬼あくきのように憂鬱ゆううつに渇いている。俺の心に憂鬱ゆううつが完成かんせいするときにばかり、俺の心は和なごんでくる。

――おまえは腋わきの下を拭ふいているね。冷汗ひやあせが出でるのか。それは俺も同おんなじことだ。何もそれを不愉快ゆかいがることはない。べたべたとまるで精液せいえきのようだと思ってごらん。それで俺達の憂鬱ゆううつは完成かんせいするのだ。

ああ、桜の樹の下には屍体したいが埋まっている!

いったいどこから浮かんで来た空想くうそうかさっぱり見当けんとうのつかない屍体したいが、いまはまるで桜の樹と一つになって、どんなに頭を振っても離はなれてゆこうとはしない。

今こそ俺は、あの桜の樹の下で酒宴しゅえんをひらいている村人むらびとたちと同おんなじ権利けんりで、花見はなみの酒が呑のめそうな気がする。

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Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

First published
「詩と詩論」1928(昭和3)年12月
Source edition (底本)
底本:「檸檬・ある心の風景 他二十編」旺文社文庫、旺文社

   1972(昭和47)年12月10日初版発行

   1974(昭和49)年第4刷発行

初出:「詩と詩論」

   1928(昭和3)年12月

※表題は底本では、「桜の樹(き)の下には」となっています。

※編集部による傍注は省略しました。

入力:j.utiyama

校正:earthian

1998年10月10日公開

2016年7月5日修正

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Typed by (入力)
j.utiyama
Proofread by (校正)
もりみつじゅんじ

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