Nihoner

梶井基次郎 Motojiro Kajii 1901.02.17〜1932.03.24

器楽的幻覚

きがくてきげんかく

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ある秋仏蘭西フランスから来た年若わかい洋琴家ピアニストがその国の伝統でんとう的な技巧ぎこうで豊富とよとみな数の楽曲がっきょくを冬にかけて演奏えんそうして行ったことがあった。そのなかには独逸ドイツの古典こてん的な曲目きょくもくもあったが、これまで噂ばかりで稀にしか聴けなかった多くの仏蘭西ふらんす系統けいとうの作品さくひんが齎もたらされていた。私が聴いたのは何週間しゅうかんにもわたる六回の連続れんぞく音楽おんがく会であったが、それはホテルのホールが会場かいじょうだったので聴衆ちょうしゅうも少なく、そのため静しずかなこんもりした感かんじのなかで聴くことができた。回数かいすうを積つむにつれて私は会場かいじょうにも、周囲しゅういの聴衆ちょうしゅうの頭や横顔よこがおの恰好かっこにも慣なれて、教室きょうしつへ出でるような親しさを感じた。そしてそのような制度せいどの音楽おんがく会を好もしく思った。

その終おわりに近いあるアーベントのことだった。その日私はいつもにない落ちつきと頭の澄明ちょうめいを自覚じかくしながら会場かいじょうへはいった。そして第一部いちぶの長ながいソナタを一小節しょうせつも聴き落おとすまいとしながら聴き続つずけていった。それが終わったとき、私は自分じぶんをそのソナタの全感情かんじょうのなかに没入ぼつにゅうさせることができたことを感じた。私はその夜床へはいってからの不眠ふみんや、不眠ふみんのなかで今の幸福こうふくに倍ばいする苦痛くつうをうけなければならないことを予感よかんしたが、その時私の陥っていた深ぶかい感動かんどうにはそれは何どの響ひびきも与えなかった。

休憩きゅうけいの時間じかんが来たとき私は離はなれた席にいる友達ともだちに目めくばせをして人ひとびとの肩の間を屋外おくがいに出た。その時間じかん私とその友達ともだちとは音楽おんがくに何どの批評ひひょうをするでもなく黙り合って煙草たばこを吸すうのだったが、いつの間にか私達の間できまりになってしまった各々の孤独こどくということも、その晩そのときにとっては非常ひじょうに似つかわしかった。そうして黙って気を鎮しずめていると私は自分じぶんを捕えている強こわい感動かんどうが一種いっしゅ無感動かんどうに似た気持きもちを伴って来ていることを感じた。煙草たばこを出だす。口にくわえる。そして静しずかにそれを吹ふかすのが、いかにも「何どの変わったこともない」感かんじなのであった。――燈火とうかを赤く反映はんえいしている夜空よぞらも、そのなかにときどき写うつる青あおいスパークも。……しかしどこかからきこえて来た軽かるはずみな口笛くちぶえがいまのソナタに何回も繰り返されるモティイフを吹いているのをきいたとき、私の心が鋭するどい嫌悪けんおにかわるのを、私は見た。

休憩きゅうけいの時間じかんを残のこしながら席に帰った私は、すいた会場かいじょうのなかに残っている女の人の顔などをぼんやり見たりしながら、心がやっと少すこしずつ寛解かんかいして来たのを覚おぼえていた。しかしやがてベルが鳴なり、人ひとびとが席に帰って、元のところへもとの頭が並んでしまうと、それも私にはわからなくなってしまうのだった。私の頭はなにか凍ったようで、はじまろうとしている次の曲目きょくもくをへんに重苦しく感かんじていた。こんどは主おもに近代きんだいや現代げんだいの短みじかい仏蘭西フランスの作品さくひんが次つぎつぎに弾かれていった。

演奏えんそう者の白じろい十本ほんの指があるときは泡を噛かんで進んでゆく波頭なみがしらのように、あるときは戯れ合っている家畜かちくのように鍵盤けんばんに挑みかかっていた。それがときどき演奏えんそう者の意志いしからも鳴り響いている音楽おんがくからも遊離ゆうりして動いているように感かんじられた。そうかと思おもうと私の耳は不意ふいに音楽おんがくを離はなれて、息を凝らして聴き入っている会場かいじょうの空気くうきに触れたりした。よくあることではじめは気にならなかったが、プログラムが終おわりに近づいてゆくにつれてそれはだんだん顕著けんちょになって来た。明あきらかに今夜こんやは変だと私は思った。私は疲つかれていたのだろうか? そうではなかった。心は緊張きんちょうし過すぎるほど緊張きんちょうしていた。一つの曲目きょくもくが終わって皆が拍手はくしゅをするとき私は癖で大抵たいていの場合ばあいじっとしているのだったが、この夜はことに強しいられたように凝然ぎょうぜんとしていた。するとどよめきに沸き返りまたすーっと収まってゆく場内じょうないの推移すいいが、なにか一つの長ながい音楽おんがくのなかで起おこることのように私の心に写うつりはじめた。

読者どくしゃは幼時ようじこんな悪戯いたずらをしたことはないか。それは人ひとびとの喧噪けんそうのなかに囲まれているとき、両方りょうほうの耳に指で栓せんをしてそれを開けたり閉じたりするのである。するとグワウッ――グワウッ――という喧噪けんそうの断続だんぞくとともに人ひとびとの顔がみな無意味いみに見えてゆく。人ひとびとは誰もそんなことを知らず、またそんななかに陥っている自分じぶんに気がつかない。――ちょうどそれに似た孤独こどく感が遂ついに突然とつぜんの烈しさで私を捕えた。それは演奏えんそう者の右手みぎてが高だかいピッチのピアニッシモに細かく触れているときだった。人ひとびとは一斉いっせいに息を殺ころしてその微妙びみょうな音に絶え入っていた。ふとその完全かんぜんな窒息ちっそくに眼覚めたとき、愕然がくぜんと私はしたのだ。

「なんという不思議ふしぎだろうこの石化せっかは? 今なら、あの白じろい手てがたとえあの上で殺人さつじんを演じても、誰一人ひとり叫さけび出そうとはしないだろう」

私は寸時すんじまえの拍手はくしゅとざわめきとをあたかも夢のように思い浮かべた。それは私の耳にも目にもまだはっきり残っていた。あんなにざわめいていた人ひとびとが今のこの静しずけさ――私にはそれが不思議ふしぎな不思議ふしぎなことに思えた。そして人ひとびとは誰一人ひとりそれを疑おうともせずひたむきに音楽おんがくを追っている。言いようもないはかなさが私の胸に沁しみて来た。私は涯はてもない孤独こどくを思い浮かべていた。音楽おんがく会――音楽おんがく会を包んでいる大おおきな都会とかい――世界せかい。……小曲しょうきょくは終わった。木枯こがらしのような音が一ひとしきり過すぎていった。そのあとはまたもとの静しずけさのなかで音楽おんがくが鳴り響いていった。もはやすべてが私には無意味いみだった。幾たびとなく人ひとびとがわっわっとなってはまたすーっとなっていったことが何を意味いみしていたのか夢のようだった。

最後さいごの拍手はくしゅとともに人ひとびとが外套がいとうと帽子ぼうしを持って席を立ちはじめる会の終おわりを、私は病気びょうきのような寂寥感せきりょうかんで人ひとびとの肩に伍ごして出口でぐちの方へ動いて行った。出口でぐちの近ちかくで太ふとい首を持った背広せびろ服の肩が私の前へ立たった。私はそれが音楽おんがく好すきで名高なだかい侯爵こうしゃくだということをすぐ知った。そしてその服地ふくじの匂においが私の寂寥せきりょうを打ったとき、何事なにごとだろう、その威厳いげんに充ちた姿はたちまち萎縮いしゅくしてあえなくその場に仆たおれてしまった。私は私の意志いしからでない同様どうようの犯行はんこうを何人なにじんもの心ごころに加くわえることに言いようもない憂鬱ゆううつを感かんじながら、玄関げんかんに私を待っていた友達ともだちと一緒いっしょになるために急いだ。その夜私は私達がそれからいつも歩いて出でることにしていた銀座ぎんざへは行ぎょうかないで一人家じんかへ歩いて帰った。私の予感よかんしていた不眠ふみん症が幾晩も私を苦しめたことは言ゆうまでもない。

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Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

First published
「近代風景」1928(昭和3)年5月号
Source edition (底本)
底本:「檸檬・ある心の風景 他二十編」旺文社文庫、旺文社

   1972(昭和47)年12月10日初版発行

   1974(昭和49)年第4刷発行

初出:「近代風景」

   1928(昭和3)年5月号

※編集部による傍注は省略しました。

入力:j.utiyama

校正:福地博文

1998年11月27日公開

2016年7月5日修正

青空文庫作成ファイル:

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Typed by (入力)
j.utiyama
Proofread by (校正)
福地博文

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