Nihoner

梶井基次郎 Motojiro Kajii 1901.02.17〜1932.03.24

Kの昇天 或はKの溺死

ケーのしょうてん

  • Steady
  • 5,558 characters
  • about 14 min
  • 2 sections
  • Public domain

お手紙てがみによりますと、あなたはK君の溺死できしについて、それが過失かしつだったろうか、自殺じさつだったろうか、自殺じさつならば、それが何なんに原因げんいんしているのだろう、あるいは不治ふじの病をはかなんで死んだのではなかろうかと様さまに思い悩んでいられるようであります。そしてわずか一ひと月ほどの間に、あの療養りょうよう地のN海岸かいがんで偶然ぐうぜんにも、K君と相識ったというような、一面識めんしきもない私にお手紙てがみをくださるようになったのだと思います。私はあなたのお手紙てがみではじめてK君の彼地かのちでの溺死できしを知ったのです。私はたいそうおどろきました。と同時どうじに「K君はとうとう月ずき世界せかいへ行った」と思ったのです。どうして私がそんな奇異きいなことを思ったか、それを私は今ここでお話はなしようと思っています。それはあるいはK君の死の謎を解とく一つの鍵であるかも知れないと思おもうからです。

それはいつ頃ごろだったか、私がNへ行ってはじめての満月まんげつの晩です。私は病気びょうきの故せいでその頃夜がどうしても眠れないのでした。その晩もとうとう寝床ねどこを起きてしまいまして、幸い月夜つきよでもあり、旅館りょかんを出て、錯落さくらくとした松樹まつきの影を踏みながら砂浜すなはまへ出て行きました。引ひきあげられた漁船ぎょせんや、地引網ひきあみを捲まく轆轤ろくろなどが白じろい砂に鮮あざやかな影をおとしているほか、浜には何どの人影ひとかげもありませんでした。干潮かんちょうで荒あらい浪が月光げっこうに砕けながらどうどうと打ち寄せていました。私は煙草たばこをつけながら漁船ぎょせんのともに腰を下おろして海を眺ながめていました。夜はもうかなり更ふけていました。

しばらくして私が眼を砂浜すなはまの方に転じましたとき、私は砂浜すなはまに私以外いがいのもう一人ひとりの人を発見はっけんしました。それがK君だったのです。しかしその時はK君という人を私はまだ知りませんでした。その晩、それから、はじめて私達は互たがいに名乗り合ったのですから。

私は折りおりその人影ひとかげを見返みかえりました。そのうちに私はだんだん奇異きいの念を起おこしてゆきました。というのは、その人影ひとかげ――K君――は私と三四十さんよんじゅう歩も距へだたっていたでしょうか、海を見みるというのでもなく、全く私に背を向けて、砂浜すなはまを前に進んだり、後に退いたり、と思おもうと立ち留ったり、そんなことばかりしていたのです。私はその人がなにか落おとし物ものでも捜しているのだろうかと思いました。首は砂の上を視凝みつめているらしく、前に傾いていたのですから。しかしそれにしては跼かがむこともしない、足で砂を分わけて見みることもしない。満月まんげつでずいぶん明あかるいのですけれど、火を点けて見みる様子ようすもない。

私は海を見ては合間あいま合間あいまに、その人影ひとかげに注意ちゅういし出しました。奇異きいの念はますます募つのってゆきました。そしてついには、その人影ひとかげが一度ひとたびもこちらを見返らず、全く私に背を向けて動作どうさしているのを幸い、じっとそれを見続つずけはじめました。不思議ふしぎな戦慄せんりつが私を通とうり抜ぬけました。その人影ひとかげのなにか魅かれているような様子ようすが私に感じたのです。私は海の方に向き直って口笛くちぶえを吹ふきはじめました。それがはじめは無意識いしきにだったのですが、あるいは人影ひとかげになにかの効果こうかを及およぼすかもしれないと思おもうようになり、それは意識いしき的になりました。私ははじめシューベルトの「海辺かいへんにて」を吹ふきました。ご存ぞんじでしょうが、それはハイネの詩に作曲さっきょくしたもので、私の好すきな歌の一つなのです。それからやはりハイネの詩の「ドッペルゲンゲル」。これは「二重人格じんかく」というのでしょうか。これも私の好すきな歌なのでした。口笛くちぶえを吹ふきながら、私の心は落ちついて来ました。やはり落おとし物ものだ、と思いました。そう思おもうよりほか、その奇異きいな人影ひとかげの動作どうさを、どう想像そうぞうすることができましょう。そして私は思いました。あの人は煙草たばこを喫のまないから燐寸マッチがないのだ。それは私が持っている。とにかくなにか非常ひじょうに大切なものを落おとしたのだろう。私は燐寸まっちを手に持ちました。そしてその人影ひとかげの方へ歩きはじめました。その人影ひとかげに私の口笛くちぶえは何どの効果こうかもなかったのです。相変わらず、進んだり、退いたり、立ち留ったり、の動作どうさを続つずけているのです。近寄ってゆく私の足音あしおとにも気がつかないようでした。ふと私はビクッとしました。あの人は影を踏んでいる。もし落おとし物ものなら影を背にしてこちらを向むかいて捜さがすはずだ。

天心てんしんをややに外はずれた月が私の歩いて行ゆく砂の上にも一尺ほどの影を作っていました。私はきっとなにかだとは思いましたが、やはり人影ひとかげの方へ歩いてゆきました。そして二三間みつま手前てまえで、思い切って、

「何か落おとし物ものをなさったのですか」

とかなり大おおきい声で呼よびかけてみました。手の燐寸マッチを示しめすようにして。

「落おとし物ものでしたら燐寸まっちがありますよ」

次にはそう言ゆうつもりだったのです。しかし落おとし物ものではなさそうだと悟さとった以上いじょう、この言葉ことばはその人影ひとかげに話はなしかける私の手段しゅだんに過すぎませんでした。

最初さいしょの言葉ことばでその人は私の方を振ふり向むきました。「のっぺらぽー」そんなことを不知不識しらずしらずの間に思っていましたので、それは私にとって非常ひじょうに怖おそろしい瞬間しゅんかんでした。

月光げっこうがその人の高だかい鼻を滑すべりました。私はその人の深ぶかい瞳を見ました。と、その顔は、なにか極きまり悪気わるぎな貌に変わってゆきました。

「なんでもないんです」

澄んだ声でした。そして微笑えみがその口のあたりに漾ただよいました。

私とK君とが口を利いたのは、こんなふうな奇異きいな事件じけんがそのはじまりでした。そして私達はその夜から親したしい間柄あいだがらになったのです。

しばらくして私達は再ふたたび私の腰かけていた漁船ぎょせんのともへ返りました。そして、

「ほんとうにいったい何をしていたんです」

というようなことから、K君はぼつぼつそのことを説き明かしてくれました。でも、はじめの間はなにか躊躇ちゅうちょしていたようですけれど。

K君は自分じぶんの影を見ていた、と申しました。そしてそれは阿片あへんのごときものだ、と申しました。

あなたにもそれが突飛とっぴでありましょうように、それは私にも実げに突飛とっぴでした。

夜光やこう虫が美しく光ひかる海を前にして、K君はその不思議ふしぎな謂いわれをぼちぼち話はなしてくれました。

影ほど不思議ふしぎなものはないとK君は言いました。君もやってみれば、必かならず経験けんするだろう。影をじーっと視凝みつめておると、そのなかにだんだん生物せいぶつの相があらわれて来くる。ほかでもない自分じぶん自身おのれの姿なのだが。それは電燈でんとうの光線こうせんのようなものでは駄目だめだ。月の光が一番いちばんいい。何故なぜということは言わないが、――というわけは、自分じぶんは自分じぶんの経験けいけんでそう信しんじるようになったので、あるいは私自身おのれにしかそうであるのに過すぎないかもしれない。またそれが客観きゃっかん的に最上さいじょうであるにしたところで、どんな根拠こんきょでそうなのか、それは非常ひじょうに深遠しんえんなことと思います。どうして人間じんかんの頭でそんなことがわかるものですか。――これがK君の口調くちょうでしたね。何よりもK君は自分じぶんの感かんじに頼たより、その感かんじの由よって来きたる所を説明せつめいのできない神秘しんぴのなかに置いていました。

ところで、月光げっこうによる自分じぶんの影を視凝みつめているとそのなかに生物せいぶつの気配きはいがあらわれて来くる。それは月光げっこうが平行へいこう光線こうせんであるため、砂に写った影が、自分じぶんの形と等しいということがあるが、しかしそんなことはわかり切った話だ。その影も短みじかいのがいい。一尺二尺くらいのがいいと思おもう。そして静止せいししている方が精神せいしんが統一とういつされていいが、影は少すこし揺ゆれ動うごく方がいいのだ。自分じぶんが行ったり戻ったり立ち留ったりしていたのはそのためだ。雑穀屋こくやが小豆あずきの屑を盆の上で捜さがすように、影を揺ってごらんなさい。そしてそれをじーっと視凝みつめていると、そのうちに自分じぶんの姿がだんだん見えて来くるのです。そうです、それは「気配きはい」の域を越こえて「見まみえるもの」の領分りょうぶんへ入って来くるのです。――こうK君は申しました。そして、

「先刻せんこくあなたはシューベルトの『ドッペルゲンゲル』を口笛くちぶえで吹いてはいなかったですか」

「ええ。吹いていましたよ」

と私は答えました。やはり聞こえてはいたのだ、と私は思いました。

「影と『ドッペルゲンゲル』。私はこの二つに、月夜つきよになれば憑かれるんですよ。この世よのものでないというような、そんなものを見たときの感かんじ。――その感かんじになじんでいると、現実げんじつの世界せかいが全く身に合わなく思われて来くるのです。だから昼間ちゅうかんは阿片あへん喫煙きつえん者のように倦怠けんたいです」

とK君は言いました。

自分じぶんの姿が見えて来くる。不思議ふしぎはそればかりではない。だんだん姿があらわれて来くるに随したがって、影の自分じぶんは彼自身おのれの人格じんかくを持もちはじめ、それにつれてこちらの自分じぶんはだんだん気持きもちが杳はるかになって、ある瞬間しゅんかんから月へ向かって、スースーッと昇って行ゆく。それは気持きもちで何物なにものとも言えませんが、まあ魂とでも言ゆうのでしょう。それが月から射し下おろして来くる光線こうせんを溯さかのぼって、それはなんとも言えぬ気持きもちで、昇天しょうてんしてゆくのです。

K君はここを話はなすとき、その瞳はじっと私の瞳に魅みいり非常ひじょうに緊張きんちょうした様子ようすでした。そしてそこで何かを思いついたように、微笑えみでもってその緊張きんちょうを弛ゆるめました。

「シラノが月へ行ゆく方法ほうほうを並ならべたてるところがありますね。これはその今一いまいちつの方法ほうほうですよ。でも、ジュール・ラフォルグの詩にあるように

哀あわれなるかな、イカルスが幾人も来ては落おっこちる。

私も何遍やってもおっこちるんですよ」

そう言ってK君は笑わらいました。

その奇異きいな初対面たいめんの夜から、私達は毎日まいにち訪ね合ったり、一緒いっしょに散歩さんぽしたりするようになりました。月が欠かけるに随したがって、K君もあんな夜更よふけに海へ出でることはなくなりました。

ある朝、私は日ひの出でを見に海辺かいへんに立っていたことがありました。そのときK君も早起はやおきしたのか、同おなじくやって来ました。そして、ちょうど太陽たいようの光の反射はんしゃのなかへ漕ぎ入った船を見たとき、

「あの逆光線こうせんの船は完全かんぜんに影絵かげえじゃありませんか」

と突然とつぜん私に反問はんもんしました。K君の心では、その船の実体じったいが、逆に影絵かげえのように見まみえるのが、影が実体じったいに見まみえることの逆説ぎゃくせつ的な証明しょうめいになると思ったのでしょう。

「熱心ねっしんですね」

と私が言ったら、K君は笑っていました。

K君はまた、朝海の真向まっこうから昇のぼる太陽たいようの光で作ったのだという、等身とうしんのシルウェットを幾枚か持っていました。

そしてこんなことを話しました。

「私が高等こうとう学校がっこうの寄宿きしゅく舎にいたとき、よその部屋へやでしたが、一人美じんび少年しょうねんがいましてね、それが机に向かっている姿を誰が描いたのか、部屋へやの壁へ、電燈でんとうで写したシルウェットですね。その上を墨でなすって描いてあるのです。それがとてもヴィヴィッドでしてね、私はよくその部屋へやへ行ったものです」

そんなことまで話はなすK君でした。聞きただしてはみなかったのですが、あるいはそれがはじまりかもしれませんね。

私があなたのお手紙てがみで、K君の溺死できしを読んだとき、最もっとも先に私の心象しんしょうに浮かんだのは、あの最初さいしょの夜の、奇異きいなK君の後姿うしろすがたでした。そして私はすぐ、

「K君は月へ登ってしまったのだ」

と感じました。そしてK君の死体したいが浜辺はまべに打ちあげられてあった、その前日ぜんじつは、まちがいもなく満月まんげつではありませんか。私はただ今いま本暦ほんれきを開いてそれを確かめたのです。

私がK君と一緒いっしょにいました一と月ほどの間、そのほかにこれと言って自殺じさつされる原因げんいんになるようなものを、私は感かんじませんでした。でも、その一と月ほどの間に私がやや健康けんこうを取とり戻もどし、こちらへ帰かえる決心けっしんができるようになったのに反し、K君の病気びょうきは徐々に進んでいたように思われます。K君の瞳はだんだん深く澄んで来、頬はだんだんこけ、あの高だかい鼻柱はなばしらが目に立って硬く秀でてまいったように覚おぼえています。

1 / 2 Next →

Compound words in this book

Longer words built from shorter ones — they read as one word, so learn them whole.

Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

First published
「青空」青空社、1926(大正15)年10月号
Source edition (底本)
底本:「檸檬・ある心の風景 他二十編」旺文社文庫、旺文社

   1972(昭和47)年12月10日初版発行

   1974(昭和49)年第4刷発行

初出:「青空」青空社

   1926(大正15)年10月号

※副題は底本では、「或(あるい)はKの溺死(できし)」となっています。

※編集部による傍注は省略しました。

入力:j.utiyama

校正:野口英司

1998年10月10日公開

2016年7月5日修正

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
Typed by (入力)
j.utiyama
Proofread by (校正)
野口英司

Aozora library card for this work ↗ · How Nihoner sources and licenses its content

More by 梶井基次郎

Browse the whole library →