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新美南吉 Nankichi Niimi 1913.07.30〜1943.03.22

おじいさんのランプ

おじいさんのランプ

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かくれんぼで、倉の隅すみにもぐりこんだ東一とういち君がランプを持って出て来た。

それは珍めずらしい形のランプであった。八十はちじゅう糎センチぐらいの太ふとい竹の筒つつが台になっていて、その上にちょっぴり火のともる部分ぶぶんがくっついている、そしてほやは、細こまいガラスの筒であった。はじめて見みるものにはランプとは思えないほどだった。

そこでみんなは、昔の鉄砲てっぽうとまちがえてしまった。

「何だア、鉄砲てっぽうかア」と鬼の宗八そうはち君はいった。

東一とういち君のおじいさんも、しばらくそれが何だかわからなかった。眼鏡めがね越ごしにじっと見ていてから、はじめてわかったのである。

ランプであることがわかると、東一とういち君のおじいさんはこういって子供こどもたちを叱しかりはじめた。

「こらこら、お前まえたちは何を持出もちだすか。まことに子供こどもというものは、黙って遊ばせておけば何を持出もちだすやらわけのわからん、油断ゆだんもすきもない、ぬすっと猫ねこのようなものだ。こらこら、それはここへ持って来て、お前まえたちは外へ行って遊んで来い。外に行けば、電信柱でんしんばしらでも何でも遊あそぶものはいくらでもあるに」

こうして叱られると子供こどもははじめて、自分じぶんがよくない行おこないをしたことがわかるのである。そこで、ランプを持出もちだしした東一とういち君はもちろんのこと、何も持出さなかった近所きんじょの子供こどもたちも、自分じぶんたちみんなで悪わるいことをしたような顔をして、すごすごと外の道へ出ていった。

外には、春の昼の風が、ときおり道のほこりを吹立ててすぎ、のろのろと牛車ぎゅうしゃが通ったあとを、白じろい蝶ちょうがいそがしそうに通ってゆくこともあった。なるほど電信でんしん柱があっちこっちに立っている。しかし子供こどもたちは電信でんしん柱なんかで遊あそびはしなかった。大人おとなが、こうして遊べといったことを、いわれたままに遊あそぶというのは何となくばかげているように子供こどもには思おもえるのである。

そこで子供こどもたちは、ポケットの中のラムネ玉をカチカチいわせながら、広場ひろばの方へとんでいった。そしてまもなく自分じぶんたちの遊あそびで、さっきのランプのことは忘わすれてしまった。

日ひぐれに東一とういち君は家へ帰って来た。奥の居間いまのすみに、あのランプがおいてあった。しかし、ランプのことを何かいうと、またおじいさんにがみがみいわれるかも知れないので、黙っていた。

夕御飯ゆうごはんのあとの退屈たいくつな時間じかんが来た。東一とういち君はたんすにもたれて、ひき出だしのかんをカタンカタンといわせていたり、店に出てひげを生はやした農学校がっこうの先生せんせいが『大根だいこん栽培さいばいの理論りろんと実際じっさい』というような、むつかしい名前なまいの本を番頭ばんがしらに注文ちゅうぶんするところを、じっと見ていたりした。

そういうことにも飽くと、また奥の居間いまにもどって来て、おじいさんがいないのを見すまして、ランプのそばへにじりより、そのほやをはずしてみたり、五銭白銅貨はくどうかほどのねじをまわして、ランプの芯しんを出だしたりひっこめたりしていた。

すこしいっしょうけんめいになっていじくっていると、またおじいさんにみつかってしまった。けれどこんどはおじいさんは叱らなかった。ねえやにお茶をいいつけておいて、すっぽんと煙管筒きせるづつをぬきながら、こういった。

「東坊、このランプはな、おじいさんにはとてもなつかしいものだ。長ながいあいだ忘わすれておったが、きょう東坊が倉の隅から持出して来たので、また昔のことを思おもい出でしたよ。こうおじいさんみたいに年をとると、ランプでも何でも昔のものに出合であうのがとても嬉うれしいもんだ」

東一とういち君はぽかんとしておじいさんの顔を見ていた。おじいさんはがみがみと叱りつけたから、怒おこっていたのかと思ったら、昔のランプに逢あうことができて喜んでいたのである。

「ひとつ昔の話をしてやるから、ここへ来て坐すわれ」

とおじいさんがいった。

東一とういち君は話が好すきだから、いわれるままにおじいさんの前へいって坐ったが、何だかお説教せっきょうをされるときのようで、いごこちがよくないので、いつもうちで話をきくときにとる姿勢しせいをとって聞きくことにした。つまり、寝そべって両足りょうあしをうしろへ立てて、ときどき足の裏をうちあわせる芸当げいとうをしたのである。

おじいさんの話というのは次のようであった。

今から五十ごじゅう年ぐらいまえ、ちょうど日露にちろ戦争せんそうのじぶんのことである。岩滑新田やなべしんでんの村に巳之助みのすけという十三じゅうそうの少年しょうねんがいた。

巳之助みのすけは、父母ちちははも兄弟けいていもなく、親戚しんせきのものとて一人ひとりもない、まったくのみなしごであった。そこで巳之助みのすけは、よその家の走はしり使ずかいをしたり、女おんなの子このように子守こもりをしたり、米を搗ついてあげたり、そのほか、巳之助みのすけのような少年しょうねんにできることなら何でもして、村に置いてもらっていた。

けれども巳之助みのすけは、こうして村の人々の御世話せわで生きてゆくことは、ほんとうをいえばいやであった。子守こもりをしたり、米を搗いたりして一生いっしょうを送おくるとするなら、男とうまれた甲斐かいがないと、つねづね思っていた。

男子だんしは身を立てねばならない。しかしどうして身を立たてるか。巳之助みのすけは毎日まいにち、ご飯はんを喰たべてゆくのがやっとのことであった。本一冊買うお金もなかったし、またたといお金があって本を買ったとしても、読よむひまがなかった。

身を立たてるのによいきっかけがないものかと、巳之助みのすけはこころひそかに待っていた。

すると或ある夏の日のひるさがり、巳之助みのすけは人力車じんりきしゃの先綱さきづなを頼まれた。

その頃ころ岩滑やなべ新田しんでんには、いつも二、三人の人力曳じんりきひきがいた。潮湯治しおとうじ(海水浴すいよくのこと)に名古屋なごやから来くる客は、たいてい汽車きしゃで半田はんだまで来て、半田はんだから知多ちた半島はんとう西海岸かいがんの大野おうのや新舞子しんまいこまで人力車りきしゃでゆられていったもので、岩滑やなべ新田しんでんはちょうどその道みちすじにあたっていたからである。

人力車りきしゃは人が曳ひくのだからあまり速くは走らない。それに、岩滑やなべ新田しんでんと大野おうのの間には峠とうげが一つあるから、よけい時間じかんがかかる。おまけにその頃の人力車りきしゃの輪は、ガラガラと鳴なる重おもい鉄輪かなわだったのである。そこで、急ぎの客は、賃銀ちんぎんを倍ばい出だして、二人ふたりの人力じんりき曳にひいてもらうのであった。巳之助みのすけに先綱曳つなひきを頼んだのも、急ぎの避暑ひしょ客であった。

巳之助みのすけは人力車りきしゃのながえにつながれた綱を肩にかついで、夏の入陽いりひのじりじり照てりつける道を、えいやえいやと走った。馴なれないこととてたいそう苦しかった。しかし巳之助みのすけは苦しさなど気にしなかった。好奇こうき心でいっぱいだった。なぜなら巳之助みのすけは、物ものごころがついてから、村を一歩かずほも出たことがなく、峠の向こうにどんな町があり、どんな人々が住んでいるか知らなかったからである。

日が暮くれて青あおい夕闇ゆうやみの中を人々がほの白くあちこちする頃、人力車りきしゃは大野おうのの町にはいった。

巳之助みのすけはその町でいろいろな物をはじめて見た。軒のきをならべて続いている大おおきい商店しょうてんが、第一だいいち、巳之助みのすけには珍らしかった。巳之助みのすけの村にはあきないやとては一軒しかなかった。駄菓子だがし、草鞋わらじ、糸繰いとくりの道具どうぐ、膏薬こうやく、貝殻かいがらにはいった目薬めぐすり、そのほか村そんで使つかうたいていの物を売っている小ちいさな店が一軒きりしかなかったのである。

しかし巳之助みのすけをいちばんおどろかしたのは、その大おおきな商店しょうてんが、一つ一つともしている、花のように明あかるいガラスのランプであった。巳之助みのすけの村では夜はあかりなしの家が多かった。まっくらな家の中を、人々は盲のように手でさぐりながら、水甕みずがめや、石臼いしうすや大黒柱だいこくばしらをさぐりあてるのであった。すこしぜいたくな家では、おかみさんが嫁入よめいりのとき持って来た行燈あんどんを使つかうのであった。行燈あんどんは紙を四方しかたに張りめぐらした中に、油のはいった皿さらがあって、その皿のふちにのぞいている燈心とうしんに、桜の莟つぼみぐらいの小ちいさいほのおがともると、まわりの紙にみかん色のあたたかな光がさし、附近ふきんは少すこし明かるくなったのである。しかしどんな行燈あんどんにしろ、巳之助みのすけが大野おうのの町で見たランプの明あかるさにはとても及ばなかった。

それにランプは、その頃としてはまだ珍めずらしいガラスでできていた。煤すすけたり、破やぶれたりしやすい紙でできている行燈あんどんより、これだけでも巳之助みのすけにはいいもののように思われた。

このランプのために、大野おうのの町ぜんたいが竜宮城きゅうじょうかなにかのように明かるく感かんじられた。もう巳之助みのすけは自分じぶんの村へ帰がえりたくないとさえ思った。人間じんかんは誰でも明あかるいところから暗ぐらいところに帰かえるのを好まないのである。

巳之助みのすけは駄賃だちんの十五銭を貰もらうと、人力車りきしゃとも別わかれてしまって、お酒にでも酔ったように、波の音のたえまないこの海辺かいへんの町を、珍めずらしい商店しょうてんをのぞき、美しく明あかるいランプに見とれて、さまよっていた。

呉服屋ふくやでは、番頭ばんがしらさんが、椿つばきの花を大きく染め出した反物たんものを、ランプの光の下にひろげて客に見せていた。穀屋こくやでは、小僧しょうそうさんがランプの下で小豆あずきのわるいのを一粒ずつ拾い出していた。また或ある家では女おんなの子こが、ランプの光の下に白くひかる貝殻かいがらを散ちらしておはじきをしていた。また或ある店ではこまかい珠たまに糸を通とおして数珠じゅずをつくっていた。ランプの青あおやかな光のもとでは、人々のこうした生活せいかつも、物語ものがたりか幻燈げんとうの世界せかいでのように美しくなつかしく見えた。

巳之助みのすけは今までなんども、「文明ふみあき開化かいかで世よの中なかがひらけた」ということをきいていたが、今はじめて文明ふみあき開化かいかということがわかったような気がした。

歩いているうちに、巳之助みのすけは、様々なランプをたくさん吊つるしてある店のまえに来た。これはランプを売っている店にちがいない。

巳之助みのすけはしばらくその店のまえで十五銭を握りしめながらためらっていたが、やがて決心けっしんしてつかつかとはいっていった。

「ああいうものを売っとくれや」

と巳之助みのすけはランプをゆびさしていった。まだランプという言葉ことばを知らなかったのである。

店の人は、巳之助みのすけがゆびさした大おおきい吊つりランプをはずして来たが、それは十五銭では買えなかった。

「負まけとくれや」

と巳之助みのすけはいった。

「そうは負からん」

と店の人は答えた。

「卸値おろしねで売っとくれや」

巳之助みのすけは村の雑貨ざっか屋へ、作った草鞋わらじを買ってもらいによく行ったので、物には卸値おろしねと小売値こうりねがあって、卸値おろしねは安やすいということを知っていた。たとえば、村の雑貨ざっか屋は、巳之助みのすけの作った瓢箪型ひょうたんがたの草鞋わらじを卸値おろしねの一銭五厘りんで買いとって、人力曳じんりきひきたちに小売値うりねの二銭五厘で売っていたのである。

ランプ屋の主人しゅじんは、見も知らぬどこかの小僧しょうそうがそんなことをいったので、びっくりしてまじまじと巳之助みのすけの顔を見た。そしていった。

「卸値おろしねで売うれって、そりゃ相手あいてがランプを売うる家なら卸値おろしねで売ってあげてもいいが、一人一人ひとりひとりのお客に卸値おろしねで売うるわけにはいかんな」

「ランプ屋なら卸値おろしねで売ってくれるだのイ?」

「ああ」

「そんなら、おれ、ランプ屋だ。卸値おろしねで売ってくれ」

店の人はランプを持ったまま笑わらい出した。

「おめえがランプ屋? はッはッはッはッ」

「ほんとうだよ、おッつあん。おれ、ほんとうにこれからランプ屋になるんだ。な、だから頼たのむに、今日きょうは一つだけンど卸値おろしねで売ってくれや。こんど来くるときゃ、たくさん、いっぺんに買かうで」

店の人ははじめ笑っていたが、巳之助みのすけの真剣しんけんなようすに動かされて、いろいろ巳之助みのすけの身みの上うえをきいたうえ、

「よし、そんなら卸値おろしねでこいつを売ってやろう。ほんとは卸値おろしねでもこのランプは十五銭じゃ売うれないけど、おめえの熱心ねっしんなのに感心かんしんした。負まけてやろう。そのかわりしっかりしょうばいをやれよ。うちのランプをどんどん持ってって売ってくれ」

といって、ランプを巳之助みのすけに渡した。

巳之助みのすけはランプのあつかい方を一通ひととうり教えてもらい、ついでに提燈ちょうちんがわりにそのランプをともして、村へむかった。

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Source edition (底本)
底本:「新美南吉童話集」岩波文庫、岩波書店

   1996(平成8)年7月16日発行第1刷

入力:浜野智

校正:浜野智

1999年4月20日公開

2011年4月27日修正

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