Nihoner

国木田独歩 Doppo Kunikida 1871.08.30〜1908.06.23

河霧

かわぎり

  • Steady
  • 7,598 characters
  • about 19 min
  • 2 sections
  • Public domain

上田豊吉うえだとよきちがその故郷ふるさとを出たのは今よりおおよそ二十にじゅう年ばかり前のことであった。

その時かれは二十二とうに歳であったが、郷党きょうとうみな彼が前途ゆくすえの成功せいこうを卜ぼくしてその門出かどでを祝した。

『大おおいなる事業じぎょう』ちょう言葉ことばの宮の壮麗うるわしき台うてなを金色こんじきの霧の裡うちに描いて、かれはその古き城下しろしたを立ち出いで、大阪おうさか京都きょうとをも見ないで直ただちに東京とうきょうへ乗り込んだ。

故郷こきょうの朋友ほうゆう親籍しんせき兄弟けいてい、みなその安着あんちゃくの報しらせを得て祝し、さらにかれが成功せいこうを語り合った。

しかるに、ただ一人ひとり、『杉の杜もりのひげ』とあだ名なせられて本名ほんなは並木善兵衛なみきぜんべえという老人ろうじんのみが次のごとくに言った。

『豊吉とよきちが何をしでかすものぞ、五年十年のうちにはきっと蒼あおくなって帰って来くるから見ていろ。』

『なぜ?』その席にいた豊吉とよきちの友が問うた。

老人ろうじんは例の雪のような髭髯ひげをひねくりながらさみしそうに悲しそうに、意地いじのわるそうに笑ったばかりで何とも答えなかった。

そこで少すこしばかりこの老人ろうじんの事を話はなして置おくが、「杉の杜もりのひげ」と言われてその名が通っているだけ、岩――のものでそのころこの奇体きたいな老人ろうじんを知らぬ者はないほどであった。

髭髯ひげが雪のように白じろいところからそのあだ名なを得たとはいうものの小ちいさなきたならしい老人ろうじんで、そのころ七十しちじゅういくつとかでもすこぶる強壮きょうそうなこつこつした体格からだであった。

この老人ろうじんがその小ちいさな丸まるい目を杉の杜もりの薄暗うすくらい陰でビカビカ輝ひからせて、黙って立っているのを見みるとだれも薄気味きみの悪わるい老翁じいさんだと思おもう、それが老翁じいさんばかりでなく「杉の杜」というのが、岩――の士族しぞく屋敷やしきではこの「ひげ」の生うまれない前のもっと前からすでに気味きみの悪わるいところになっているので幾百年かたって今はその根方ねがたの周囲まわり五抱いつかかえもある一本いっぽんの杉が並木なみき善兵衛ぜんべいの屋敷やしきの隅すみに聳つッ立ッていてそこがさびしい四辻よつつじになっている。

善兵衛ぜんべいは若わかい時分じぶんから口の悪わるい男で、少すこし変物へんぶつで右左みぎひだりを間違えて言ゆう仲間なかまの一人ひとりであったが、年を取どるとよけいに口が悪くなった。

『彼奴きゃつは遠からず死しぬわい』など人の身みの上うえに不吉ふきつきわまる予言よげんを試こころみて平気へいきでいる、それがまた奇妙きみょうにあたる。むずかしく言えば一種いっしゅ霊活な批評ひひょう眼を備えていた人、ありていに言えば天稟てんりんの直覚ちょっかく力が鋭利えいりである上に、郷党きょうとうが不思議ふしぎがればいよいよ自分じぶんもよけいに人の気質きしつ、人の運命うんめいなどに注意ちゅういして見みるようになり、それがおもしろくなり、自慢じまんになり、ついに熟練じゅくれんになったのである。彼は決けっして卜者うらないではなかった。

そこで豊吉とよきちはこの「ひげ」と別に交際ゆききもしないくせに「ひげ」は豊吉とよきちの上にあんな予言よげんをした。

そしてそれが二十にじゅう年ぶりにあたった。あたったといえばそれだけであるが、それに三つの意味いみが含まれている。

『豊吉とよきちが何をしでかすものぞ、』これがその一、

『五年十年のうちには、』これがその二、

『きっと帰って来くる、』これがその三。

薄気味きみの悪わるい「ひげ」が黄鼠いたちのような目を輝ひからせて杉の杜の陰からにらんだところを今少すこし詳しく言えば、

豊吉とよきちは善人ぜんにんである、また才もある、しかし根こんがない、いや根も随分ずいぶあるが、どこかに影の薄いような気味きみがあって、そのすることが物の急所きゅうしょにあたらない。また力いっぱいに打ち込んだ棒の音が鈍く反響はんきょうするというようなところがある。

豊吉とよきちは善人ぜんにんである、情に厚あつい、しかし胆きもが小ちいさい、と言ゆうよりもむしろ、気が小ちいさいので磯ぎんちゃくと同質どうしつである。

そこで彼は失敗しっぱいやら成功せいこうやら、二十にじゅう年の間に東京とうきょうを中心ちゅうしんとしておもに東北とうほく地方じかたを舞台ぶたいに色いろんな事をやって見たが、ついに失敗しっぱいに終わったと言ゆうよりもむしろ、もはや精根せいこんの泉を涸からしてしまった。

そして故郷こきょうへ帰って来た。漂って来たのではない、実げに帰って来たのである。彼はいかなる時にもその故郷こきょうを忘わすれ得なかった。いかにかれは零落れいらくするとも、都の巷に白馬どぶろくを命として埃芥あくたのように沈澱ちんでんしてしまう人ではなかった。

しかし「ひげ」の「五年十年」はあたらなかった、二十にじゅう年ぶりに豊吉とよきちは帰って来た、しかも「ひげ」の「五年十年」には意味いみがあるので、実にあたったのである。すなわち豊吉とよきちはたちまち失敗しっぱいしてたちまち逃にげて帰って来くるような男ではない、やれるだけはやって見みる質たちであった。

さて「杉の杜もりのひげ」の予言よげんはことごとくあたった。しかしさすがの「ひげ」も取り逃がした予言よげんが一つある、ただ幾百年の間、人間じんかんの運命うんめいをながめていた「杉の杜」のみは予あらかじめ知っていたに違いない。

夏の末、秋の初はじめの九月なかば日曜にちようの午後ごご一時いちじごろ、「杉の杜」の四辻よつつじにぼんやり立っている者がある。

年のころは四十しじゅうばかり、胡麻白頭ごましろあたまの色の黒ぐろい頬ほおのこけた面長おもながな男である。

汗じみて色の変わった縮布ちぢみの洋服ようふくを着て脚絆きゃはんの紺こんもあせ草鞋わらじもぼろぼろしている。都からの落人おちびとでなければこんな風ふうをしてはいない。すなわち上田じょうでん豊吉とよきちである。

二十にじゅう年ぶりの故郷こきょうの様子ようすは随分ずいぶ変わっていた。日本にぽん全国ぜんこく、どこの城下しろしたも町は新しく変かわり、士族しぞく小路こうじは古く変かわるのが例であるが岩――もその通とおりで、町の方は新あたらしい建物たてもんもでき、きらびやかな店もできて万よろず、何となく今の世のさまにともなっているが、士族しぞく屋敷やしきの方はその反対はんたいで、いたるところ、古ふるい都の断礎だんそのような者があって一種いっしゅ言ゆうべからざる沈静ちんせいの気がすみずみまで行き渡っている。

豊吉とよきちはしばらく杉の杜の陰で休んでいたが、気の弱よわいかれは、かくまでに零落おちぶれてその懐なつかしい故郷こきょうに帰って来ても、なお大声たいせいをあげて自分じぶんの帰って来たのを言いふらすことができない、大手おうてを振って自分じぶんの生うまれた土地とちを歩あるくことができない、直ただちに兄の家うち、すなわち自分じぶんの生うまれた家に行くことができない。

かれは恐おそる恐おそるそこらをぶらつき初はじめた。夢路ゆめじを歩あゆむ心地ここちで古ふるい記憶きおくの端々はしばしをたどりはじめた。なるほど、様子ようすが変わった。

しかしやはり、変わらない。二十にじゅう年前まえの壁の穴が少すこし太くなったばかりである、豊吉とよきちが棒の先でいたずらに開あけたところの。

ただ豊吉とよきちの目には以前いぜんより路幅みちはばが狭くなったように思われ、樹きが多くなったように見え、昔よりよほどさびしくなったように思われた。蝉せみがその単調たんちょうな眠そうな声で鳴いている、寂しんとした日の光がじりじりと照りつけて、今しもこの古ふるい士族しぞく屋敷やしきは眠ったように静しずかである。

杉の生垣いけがきをめぐると突つき当あたりの煉塀ねりべいの上に百日紅ひゃくじつこうが碧みどりの空に映じていて、壁はほとんど蔦つたで埋もれている。その横に門がある。樫かし、梅、橙だいだいなどの庭木にわきの門の上に黒ぐろい影を落おとしていて、門の内には棕櫚しゅろの二、三本、その扇めいた太ふとい葉が風にあおられながらぴかぴかと輝ひかっている。

豊吉とよきちはうなずいて門札もんさつを見みると、板の色も文字もんじの墨も同じように古ふるびて「片山かたやま四郎しろう」と書いてある。これは豊吉とよきちの竹馬ちくばの友である。

『達者たっしゃでいるらしい、』かれは思った、『たぶん子供こどももできていることだろう。』

かれはそっと内をのぞいた。桑園くわばたけの方から家鶏にわとりが六、七羽、一羽の雄に導かれてのそのそと門の方へやって来くるところであった。

たちまち車井くるまいの音が高く響いたと思おもうと、『お安、金盥かなだらいを持って来てくれろ』という声はこの家の主人あるじらしい。豊吉とよきちは物に襲われたように四辺あたりをきょろきょろと見まわして、急いで煉塀ねりべいの角かどを曲がった。四辺あたりには人らしき者の影も見えない。

『四郎しろうだ四郎しろうだ、』豊吉とよきちはぼんやり立って目を細くして何を見みるともなくその狭せまい樹きの影の多おおい路の遠とおくをながめた。路の遠とおくには陽炎かげろうがうらうらとたっている。

一匹の犬が豊吉とよきちの立っているすぐそばの、寒竹かんちくの生垣いけがきの間から突然とつぜん現あらわれて豊吉とよきちを見て胡散うさんそうに耳を立てたが、たちまち垣の内で口笛くちぶえが一声いっせい二声高く響ひびくや犬はまた駆け込んでしまった。豊吉とよきちは夢のさめたようにちょっと目をみはって、さびしい微笑えみを目元めもとに浮かべた。

すると、一人ひとりの十二、三の少年こどもが釣竿つりざおを持って、小陰こかげから出て来て豊吉とよきちには気が付かぬらしく、こなたを見向みむきもしないで軍歌ぐんからしいものを小声こごえで唱うたいながらむこうへ行ゆく、その後あとを前の犬が地をかぎかぎお伴ともをしてゆく。

豊吉とよきちはわれ知らずその後あとについて、じっと少年こどもの後うしろ影かげを見ながらゆく、その距離きょりは数十すうじゅう歩である、実は三十さんじゅう年の歳月さいげつであった。豊吉とよきちは昔のわれを目の前にありありと見た。

少年こどもと犬との影が突然とつぜん消えたと思おもうと、その曲まがり角かどのすぐ上の古木こぼく、昔のままのその枝ぶり、蝉せみのとまりどころまでが昔そのままなる――豊吉とよきちは『なるほど、今の児こはあそこへ行ゆくのだな』とうれしそうに笑ッて梅の樹きを見上げて、そして角を曲がった。

川柳かわやなぎの陰になった一間けん幅ぐらいの小川こがわの辺ほとりに三、四人の少年こどもが集まっている、豊吉とよきちはニヤニヤ笑って急いでそこに往いった。

大川だいせんの支流しりゅうのこの小川こがわのここは昔からの少年こどもの釣つり場ばである。豊吉とよきちは柳の陰に腰掛こしかけて久しぶりにその影を昔の流ながれに映した。小川こがわの流ながれはここに来て急に幅広くなって、深くなって静しずかになって暗くなっている。

柳の間をもれる日の光が金色こんじきの線を水の中うちに射て、澄み渡った水底みなぞこの小砂利じゃりが銀のように碧玉たまのように沈んでいる。

少年こどもはかしこここの柳の株に陣取じんとりって釣っていたが、今来こんらいた少年こどもの方を振り向いて一人ひとりの十二、三の少年こどもが

『檜山ひやま! これを見ろ!』と言って腹の真まっ赤かな山やまばえの尺にも近いのを差し上げて見せた。そして自慢じまんそうに、うれしそうに笑った。

『上田じょうでん、自慢じまんするなッ』と一人ひとりの少年こどもが叫んだ。

豊吉とよきちはつッと立ち上がって、上田じょうでんと呼よばれた少年こどもの方を向むかいて眉まゆに皺しわを寄よせて目を細くしてまぶしそうに少年こどもの顔を見た。そしてそのそばに往いった。

『どれ、今のをお見せなさい、』と豊吉とよきちは少年こどもの顔を見ながら言ッた。

少年こどもはいぶかしそうに豊吉とよきちを見て、不精無精ふしょうぶしょうに籠かごの口を豊吉とよきちの前に差し向けた。

『なるほど、なるほど。』豊吉とよきちはちょっと籠かごの中を見たばかりで、少年こどもの顔をじっと見ながら『なるほど、なるほど』といって小首こくびを傾けた。

少年こどもは『大おおきいだろう!』と鋭く言い放ってひったくるように籠を取って、水の中に突き込んだ。そして水の底をじっと見て、もう傍かたわらに人あるを忘わすれたようである。

豊吉とよきちはあきれてしまった。『どうしても阿兄あにきの子だ、面相おもざしのよく似ているばかりか、今の声は阿兄あにきにそっくりだ』となおも少年こどもの横顔よこがおを見ていたが、画えだ、まるで画であった! この二人ふたりのさまは。

川柳かわやなぎは日の光にその長ながい青葉あおばをきらめかして、風のそよぐごとに黒ぐろい影と入り乱れている。その冷ひややかな陰の水際みぎわに一人ひとりの丸く肥ふとッた少年こどもが釣ずりを垂たれて深ぶかい清きよい淵ふちの水面すいめんを余念よねんなく見ている、その少年こどもを少すこし隔はなれて柳の株に腰かけて、一人ひとりの旅人たびびと、零落れいらくと疲労ひろうをその衣服きものと容貌かおに示し、夢ゆめみるごときまなざしをして少年こどもをながめている。小川こがわの水上みなかみの柳の上を遠とおく城山じょうざんの石垣いしがきのくずれたのが見まみえる。秋の初はじめで、空気くうきは十分じゅうぶんに澄んでいる、日の光は十分じゅうぶんに鮮あざやかである。画だ! 意味いみの深ぶかい画である。

豊吉とよきちの目は涙にあふれて来た。瞬またたきをしてのみ込んだ時、かれは思わはずその涙をはふり落とした。そして何ともいえない懐ゆかしさを感かんじて、『ここだ、おれの生うまれたのはここだ、おれの死しぬのもここだ、ああうれしいうれしい、安心あんしんした』という心持こころもちが心の底からわいて来て、何となく、今までの長ながい間の辛苦しんく艱難かんなんが皮のむけたように自分じぶんを離はなれた心地ここちがした。

『お前まえのおとっさんの名はなんていうかね』と豊吉とよきちは親しげに少年こどもに近づいた。

少年こどもは目を丸くして豊吉とよきちを見た。豊吉とよきちはなおも親しげに、

1 / 2 Next →

Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

First published
「国民之友」1898(明治31)年8月
Source edition (底本)
底本:「武蔵野」岩波文庫、岩波書店


   1939(昭和14)年2月15日第1刷発行

   1972(昭和47)年8月16日第37刷改版発行

   2002(平成14)年4月5日第77刷発行

底本の親本:「武蔵野」民友社

   1901(明治34)年3月

初出:「国民之友」

   1898(明治31)年8月

入力:土屋隆

校正:蒋龍

2009年3月28日作成

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
Typed by (入力)
土屋隆
Proofread by (校正)
蒋龍

Aozora library card for this work ↗ · How Nihoner sources and licenses its content

More by 国木田独歩

Browse the whole library →