Nihoner

国木田独歩 Doppo Kunikida 1871.08.30〜1908.06.23

号外

ごうがい

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ぼろ洋服ようふくを着た男爵だんしゃく加藤かとうが、今夜こんやもホールに現あらわれている。彼は多少たしょうキじるしだとの評がホールの仲間なかまにあるけれども、おそらくホールの御連中れんじゅうにキ的傾向けいこうを持っていないかたはあるまいと思われる。かく言ゆう自分じぶんもさよう、同類どうるいと信じているのである。

ここに言ゆうホールとは、銀座ぎんざ何丁目ちょうめの狭せまい、窮屈きゅうくつな路地ろじにある正宗まさむねホールの事である。

生一本きいっぽんの酒を飲のむことの自由じゆう自在じざい、孫悟空そんごくうが雲に乗のり霧を起おこすがごとき、通力つうりきを持っていたもう「富豪ふごう」「成功せいこうの人」「カーネーギー」「なんとかフェラー」、「実業じつぎょう雑誌ざっしの食くい物」の諸君しょくんにありてはなんでもないでしょう、が、われわれごときにありては、でない、さようでない。正宗まさむねホールでなければ飲めません。

感心かんしんにうまい酒を飲ませます。混成こんせい酒ばかり飲のみます、この不愉快ゆかいな東京とうきょうにいなければならぬ不幸ふしあわせな運命うんめいのおたがいに取とりては、ホールほどうれしい所はないのである。

男爵だんしゃく加藤かとうが、いつもどなる、なんと言ゆうてどなる「モー一本いっぽん」と言ゆうてどなる。

彫刻ちょうこく家の中倉なかくらの翁が、なんと言ゆうて、その太ふとい指を出だす、「一本いっぽん」

ことごとく飲のみ仲間なかまだ。ことごとく結構けっこう!

今夜こんやも「加かと男だん」がノッソリ御出張しゅっちょうになりました。「加と男」とは「加藤かとう男爵だんしゃく」の略称りゃくしょう、御出張しゅっちょうとは、特とくに男爵だんしゃく閣下かっかにわれわれ平民へいみんないし、平ひらザムライどもが申し上げ奉たてまつる、言葉ことばである。けれどもが、さし向かえば、些さの尊敬そんけいをするわけでもない、自他じた平等びょうどう、海藻のりのつくだ煮にの品評ひんぴょうに余念よねんもありません。

「戦争いくさがないと生きている張はり合あいがない、ああツマラない、困った事だ、なんとか戦争いくさを始はじめるくふうはないものかしら。」

加藤かとう君が例のごとく始はじめました。「男だん」はこれが近ちかごろの癖なのである。近ちかごろとは、ポーツマウスの平和へいわ以後いごの冬の初はじめのころを指ゆびさす。

中倉なかくら先生せんせいは大の反対はんたい論者ろんしゃで、こういう奇抜きばつな事を言った事がある。

「モシできる事なら、大理だいり石の塊かたまりのまん中なかに、半人はんにん半獣はんじゅうの二人ふたりがかみ合っているところを彫ってみたい、塊の外面そとにそのからみ合った手を現わして。という次第しだいは、彼ら争闘そうとうを続つずけている限かぎりは、その自由じゆうをうる時がない、すなわち幽閉ゆうへいである。封ふうじかつ縛せられているのである。人類じんるい相争あらそう限かぎり、彼らはまだ、その真の自由じゆうを得ていないという意味いみを示してみたいものである。」

「お示しなさいな。御勝手かってに」「男だん」は冷ひややかに答えた事がある。

そこで「加と男」の癖が今夜こんやも始まったけれど、中倉なかくら翁、もはや、しいて相手あいてになりたくもないふうであった。

「大理だいり石の塊かたまりで彫ってもらいたいものがある、なんだと思われます、わが党の老美術びじゅつ家」、加藤かとうはまず当あたりました。

「大砲たいほうだろう」と、中倉なかくら先生せんせいもなかなかこれで負まけないのである。

「大違おうちがいです。」

「それならなんだ、わかったわかった」

「なんだ」と今度こんどは「男だん」が問とうている。

二人ふたりの問答もんどうを聞いているのもおもしろいが、見ているのも妙だ、一人ひとりは三十さんじゅう前後ぜんごの痩やせがたの、背の高だかい、きたならしい男、けれどもどこかに野人やじんならざる風貌ふうぼうを備えている、しかしなんという乱暴らんぼうな衣装みなりだろう、古ぼけた洋服ようふく、ねずみ色いろのカラー、くしを入れない乱髪らんぱつ! 一人ひとりは四十しじゅう幾歳、てっぺんがはげている。比ぶればいくらか服装なりはまさっているが、似たり寄ったり、なぜ二人ふたりとも洋服ようふくを着ているか、むしろ安物やすものでもよいから小ザッぱりした和服わふくのほうがよさそうに思われるけれども、あいにくと二人ふたりとも一度ひとたびは洋行ひろゆきなるものをして、二人ふたりとも横文字もんじが読めて、一方いっぽうはボルテーヤとか、ルーソーとか、一方いっぽうはラファエルとかなんとか、もし新聞しんぶん記者きしゃならマコーレーをお題目だいもくとしたことのある連中れんじゅうであるから、無理むりもない。かく申もうす自分じぶんがカーライル! すみのほうににやりにやり笑わらいながら、グビついているゾラもあり。

綿貫わたぬき博士はかせがそばで皮肉ひにくを言わないだけがまだしも、先生せんせいがいると問答もんどうがことさらにこみ入いる。

「わかったとも、大わかりだ、」と楠公なんこうの社やしろに建てられて、ポーツマウス一件のために神戸こうべ市中しちゅうをひきずられたという何侯爵なんのこうしゃくの銅像どうぞうを作った名誉めいよの彫刻ちょうこく家が、子供こどものようにわめいた。

「イヤとてもわかるものか、わたしが言いましょうか、」と加かと男だん。

「言ゆうてみなさい」と今度こんどはまた彫刻ちょうこく家のほうから聞きく。

「僕が言ゆうて見みせる」とついに自分じぶんが口を入れてお仲間なかまにはいった。

「なんです」男だんが意味いみのない得意とくいの声をいだした。

「戦争いくさの神を彫ってくれろと言ゆうのでしょう」

「大おおちがい!」

「すなわち男爵だんしゃく閣下かっかの御肖像ちょさんを彫ってくれろと言ゆうのでしょう」

「ヒヤヒヤ、それだそれだ、大おおいに僕の意を得たりだ、中倉なかくらさん、全く僕の像を彫ってもらいたいのです、かく申もうす『加と男』その人の像を。思おもうにこれは決けっして困難こんなんなる業ぎょうでない。このごとくほとんど毎晩まいばんお目にかかっているのだから、中倉なかくら君の眼底がんていには、歴然れきぜんと映刻せられておるだろうと思おもう。」

「そして題して戦争せんそう論者ろんしゃとするがよかろう。」と自分じぶんが言ゆう。

「敗まけ戦いくさの神と言ゆうほうが適当てきとうだろう」と中倉なかくら先生せんせいはまた、自分じぶんが言わんと欲して言ゆうあたわざる事を言ゆう。

「題は僕自身おのれがつける、あえて諸君しょくんの討論とうろんをわずらわさんやだ、僕には僕の題がある。なにしろ御承諾しょうだくを願ねがいたいものだ。」

「やりましょうとも。王侯おうこう貴人きじんの像をイジくるよりか、それはわが党の『加と男』のために、じゃアない、ためにじゃアない、「加と男」をだ、……をだをだ、……。だから承知しょうちしましたよ。承知の助すけだ。加と公の半身はんしん像なんぞ、目をつぶってもできる。これは面黒おもくろい。ぜひやってみましょう、だが。」先生せんせい、この時、チョイと目を転じて、メートルグラスの番人ばんにんを見た、これはおかわりの合図あいず。

「だが、……コーツト、(老人ろうじんは老人ろうじんらしい、接続せつぞく詞をつかう。)題はなんといたしましょう、男的閣下かっか。題は、題は。」

「だから言ゆうじゃアないか、題はおれが、おれが考かんがえがあるから可エーと言ゆうに。」

「エーと仰おおせられましても、エーでごわせんだ。……めんどうくせえ、モーやめた。やめた、……加と男の肖像ちょさんをつくること、やめた! ねえ、そうじゃアないか満谷みつたにの大将だいじょう」と中倉なかくら先生せんせいの気炎きえん少すこしくあがる。自分じぶんが満谷みつたにである。

「今晩は」と柄にない声を出だして、同おなじく洋服ようふくの先生せんせいがはいって来て、も一ツの卓に着いて、われわれに黙礼もくれいした。これは、すぐ近所きんじょの新聞しんぶん社の二の面の(三の面の人は概がいして、飲のみそうで飲まない)豪傑ごうけつ兼愛嬌者あいきょうものである。けれども連中れんじゅう、だれも黙礼もくれいすら返さない、これが常例じょうれいである。

「そうですとも、考かんがえがあるなら言ったがいいじゃアないか、加藤かとうさん早く言いたまえ、中倉なかくら先生せんせいの御意ぎょいに逆ろうては万事ばんじ休すだ。」と満谷みつたになる自分じぶんがオダテた。ケシかけた。

「号外ごうがいという題だ。号外ごうがい、号外ごうがい! 号外ごうがいに限かぎる、僕の生命いのちは号外ごうがいにある。僕自身おのれが号外ごうがいである。しかりしこうして僕の生命いのちが号外ごうがいである。号外ごうがいが出なくなって、僕死せりだ。僕は、これから何をするんだ。」男の顔には例の惨痛の色が現あらわれた。

げにしかり、わが加藤かとう男爵だんしゃくは何を今後こんごになすべきや。彼はともかくも、衣食いしょくにおいて窮きゅうするところなし。彼には男爵だんしゃく中の最もっとも貧しき財産ざいさんながらも、なおかつ財はこれあり、狂的きょうてき男爵だんしゃくの露命ろめいをつなぐ上において、なんのコマルところはないのであるが、彼は何事なにごともしていない。

「ロシヤ征伐せいばつ」において初はじめて彼は生活せいかつの意味いみを得た。と言わんよりもむしろ、国家こっかの大難だいなんに当あたりてこれを挙国きょこく一致いっちで喜憂する事においてその生活せいかつの題目だいもくを得た。ポーツマウス以後いご、それがなくなった。

かれ男爵だんしゃく、ただ酒ざけを飲のみ、白眼しろめにして世上せじょうを見てばかりいた加藤かとうの御前ごぜんは、がっかりしてしまった。世上せじょうの人はことごとく、彼ら自身おのれの問題もんだいに走はしり、そがために喜憂すること、戦争せんそう以前いぜんのそれのごとくに立ち返った。けれども、男だんは喜憂目的もくてき物を失った。すなわち生活せいかつの対手たいしゅ、もしくはまと、あるいは生活せいかつの扇動せんどう者を失った。

がっかりしたのも無理むりはない。彼かの戦争せんそう論者ろんしゃたるも無理むりはない。

「号外ごうがい」、なるほど加藤男ふじおの彫像ちょうぞうに題だいするには何よりの題目だいもくだろう、……男爵だんしゃくは例のごとくそのポケットから幾多いくたの新聞しんぶんの号外ごうがいを取とり出だして、

「号外ごうがいと僕に題だいするにおいて何かあらんだ。ねえ、中倉なかくらさん、ぜひ、その題で僕を、一ツ作ってもらいたい。……こんなふうに読んでいるところならなおさらにうれしい、」と朗読ろうどくをはじめる。

第三報、四月二十にじゅう八日午後ごご三時五分発、同月どうがつ同日どうじつ午後ごご九時二十にじゅう五分着。敵は靉河あいか右岸うがんに沿そい九連ちゅうれん城以北いほくに工事こうじを継続けいぞくしつつあり、二十にじゅう八日も時々砲撃ほうげきしつつあり、二十にじゅう六日むいか九里島きゅうりとう対岸たいがんにおいてたおれたる敵の馬匹ばひつ九十くじゅう五頭、ほかに生馬いくま六頭を得たり――

「どうです、鴨緑江大捷おうりょっこうたいしょうの前触まえぶれだ、うれしかったねえ、あの時分じぶんは。胸がどきどきしたものだ」と、さらに他の号外ごうがいに移うつる。

――戦死者ししゃ中福なかふく井丸いまるの広瀬こうせ中佐ちゅうさおよび杉野すぎの兵曹長へいそうちょうの最後さいごはすこぶる壮烈そうれつにして、同船どうせんの投錨とうびょうせんとするや、杉野すぎの兵曹長そうちょうは爆発ばくはつ薬を点火てんかするため船艙せんそうにおりし時、敵の魚形ぎょけい水雷すいらい命中めいちゅうしたるをもって、ついに戦死せんしせるもののごとく、広瀬こうせ中佐ちゅうさは乗員じょういんをボートに乗り移らしめ、杉野すぎの兵曹長そうちょうの見当たらざるため自みずから三たび船内せんないを捜索そうさくしたるも、船体せんたい漸次ぜんじに沈没ちんぼつ、海水かいすい甲板かんぱんに達せるをもって、やむを得ずボートにおり、本船ほんせんを離はなれ敵弾てきだんの下もとを退却たいきゃくせる際、一巨弾きょだん中佐ちゅうさの頭部とうぶをうち、中佐ちゅうさの体たいは一片の肉塊にっかいを艇内ていないに残のこして海中かいちゅうに墜落ついらくしたるものなり――

「どうです、聞いていますか」と加藤かとう男爵だんしゃくは問えど、いつものことゆえ、聞いている者もあり、相手あいてにせぬ者もある。けれども御当人とうにんは例によって夢中むちゅうである。

「どうです、一片の肉塊にっかいを艇内ていないに残のこして海中かいちゅうに墜落ついらくしたるものなり――なんという悲壮ひそうな最後さいごだろう、僕は何度読んでも涙がこぼれる」

酔えいが回って来たのか、それとも感慨かんがいに堪えぬのか、目を閉じてうつらうつらとして、体たいをゆすぶっている。おそらくこの時が彼かの最もっとも楽たのしい時で、また生きている気持きもちのする時であろう。しかし、まもなく目をあけて、

「けれども、だめだ、もうだめだ、もう戦争いくさはやんじゃった、古ふるい号外ごうがいを読よむと、なんだか急に年をとってしまって、生涯しょうがいがおしまいになったような気がする、……」

「妙、妙、そこを彫えるのだ、そこだ、なるほど号外ごうがいの題はおもしろい、なるほど加藤かとう君は号外ごうがいだ、人間じんかんの号外ごうがいだ、号外ごうがいを読よむ人間じんかんの号外ごうがいだ」と中倉なかくら翁は感心かんしんした声を出だす。

「そこと言ゆうのは」加藤男ふじおが聞きく。

「そことは君が号外ごうがいを前へ置いてひどくがっかりしているところだ」

「それはいけない、そんな気のきかないところは御免ごめんをこうむる。――」と彼かの暗記あんきしおる公報こうほうの一つ、常に朗読ろうどくというより朗吟ろうぎんする一つを始はじめた、「敵艦てきかん見ゆとの警報けいほうに接し、連合れんごう艦隊かんたいは直ただちに出動しゅつどうこれを撃滅げきめつせんとす、本日ほんじつ天候てんこう晴朗せいろうなれども波高はこうし――ここを願います、僕はこの号外ごうがいを読よむとたまらなくうれしくなるのだから――ぜひここをやってくださいな。」

中倉なかくら先生せんせい微笑えみを含んでしばし黙っていたが、

「それじゃア、君に限った事はない。だれでも今の公報こうほうを読めば愉快ゆかいだ、それを読んで愉快ゆかいな気持きもちになっておるところなら平凡へいぼんな事で、別にこの大先生せんせいを煩わずらわすに及およぶまいハヽヽヽヽ」

「なぜだ、これはおかしい、なぜです。」と加藤かとう号外ごうがい君、せきこんで詰問きつもんに及んだ。

「号外ごうがいから縁がなくなって、君ががっかりしておるところが君の君たるところじゃアないか。」

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Source edition (底本)
底本:「号外・少年の悲哀 他六編」岩波文庫、岩波書店


   1939(昭和14)年4月17日第1刷発行

   1960(昭和35)年1月25日第14刷改版発行

   1981(昭和56)年4月10日第34刷発行

入力:紅 邪鬼

校正:LUNA CAT

2000年8月21日公開

2004年6月23日修正

青空文庫作成ファイル:

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Typed by (入力)
紅邪鬼
Proofread by (校正)
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