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国木田独歩 Doppo Kunikida 1871.08.30〜1908.06.23

源おじ

げんおじ

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上

都みやこより一人ひとりの年若き教師きょうし下りきたりて佐伯さいきの子弟していに語学ごがく教うることほとんど一年ひととせ、秋の中なかごろ来たりて夏の中なかごろ去りぬ。夏の初はじめ、彼は城下しろしたに住すむことを厭いといて、半里はんり隔へだてし、桂かつらと呼よぶ港の岸に移りつ、ここより校舎こうしゃに通いたり。かくて海辺かいへんにとどまること一月ひとつき、一月の間に言葉ことばかわすほどの人識しりしは片手かたでにて数うるにも足らず。その重おもなる一人ひとりは宿の主人あるじなり。ある夕ゆうべ、雨降あめふり風起たちて磯いそ打うつ波音なみおともやや荒きに、独ひとりを好このみて言葉ことばすくなき教師きょうしもさすがにもの淋さびしく、二階にかいなる一室ひとまを下りて主人しゅじん夫婦ふうふが足投げだして涼すずみいし縁先えんさきに来たりぬ。夫婦ふうふは燈ともしびつけんともせず薄暗うすぐらいき中に団扇うちわもて蚊かやりつつ語かたれり、教師きょうしを見て、珍らしやと坐ざを譲ゆずりつ。夕闇ゆうやみの風、軽かろく雨を吹けば一滴二滴、面おもてを払はらうを三人は心地よげに受うけてよもやまの話に入いりぬ。

その後のち教師きょうし都に帰がえりてより幾年いくとせの月日がっぴ経たち、ある冬の夜、夜よ更ふけて一時いちじを過すぎしに独ひとり小机こずくえに向むかい手紙てがみ認したためぬ。そは故郷ふるさとなる旧友きゅうゆうの許もとへと書かき送おくるなり。そのもの案じがおなる蒼あおき色いろ、この夜は頬ほおのあたりすこし赤あからみておりおりいずこともなくみつむるまなざし、霧に包まれしある物を定さだかに視みんと願ねがうがごとし。

霧のうちには一人ひとりの翁おきな立ちたり。

教師きょうしは筆おきて読みかえしぬ。読みかえして目を閉とじたり。眼まなこ、外に閉じ内に開けば現あらわれしはまた翁なり。手紙てがみのうちに曰いわく「宿の主人しゅじんは事もなげにこの翁が上を語がたりぬ。げに珍しからぬ人の身みの上うえのみ、かかる翁を求めんには山の蔭かげ、水の辺ほとり、国々には沢さわなるべし。されどわれいかでこの翁を忘わすれえんや。余にはこの翁ただ何者なにものをか秘めいて誰たれ一人ひとり開あくこと叶かなわぬ箱のごとき思いす。こは余よがいつもの怪しき意こころの作用はたらきなるべきか。さもあらばあれ、われこの翁を懐おもう時は遠き笛の音ねききて故郷ふるさと恋うる旅人たびびとの情こころ、動うごきつ、または想そう高き詩の一節いっせつ読よみ了おわりて限かぎりなき大空おうぞらを仰あおぐがごとき心地ここちす」と。

されど教師きょうしは翁が上を委くわしく知しれるにあらず。宿の主人あるじより聞きえしはそのあらましのみ。主人しゅじんは何なにゆえにこの翁の事をかくも聞きたださるるか、教師きょうしが心こころ解げしかねたれど問わるるままに語れり。

「この港は佐伯町さいきまちにふさわしかるべし。見たまうごとく家という家いくばくありや、人数ひとかずは二十にじゅうにも足らざるべく、淋さみしさはいつも今宵こよいのごとし。されど源叔父げんおじが家一軒ただこの磯に立ちしその以前かみの寂しさを想いたまえ。彼が家の横なる松、今は幅広はばひろき道路みちのかたわらに立ちて夏は涼しき蔭を旅人たびびとに借せど十余年の昔は沖より波寄よせておりおりその根方ねかたを洗いぬ。城下しろしたより来たりて源叔父おじの舟頼まんものは海に突出つきいでし巌いわに腰を掛かけしことしばしばなり、今は火薬かやくの力もて危あやうき崖も裂かれたれど。

「否いな、彼とてもいかで初はじめより独ひとり暮さんや。

「妻は美しかりし。名を百合ゆりと呼び、大入島おおにゅうじまの生うまれなり。人の噂をなかば偽いつわりとみるも、この事のみは信まことなりと源叔父おじがある夜酒に呑まれて語がたりしを聞けば、彼かの年二十にじゅう八九はちきゅうのころ、春の夜よ更ふけて妙見みょうけんの燈ともしびも消えし時、ほとほとと戸たたく者あり。源起げんききいで誰だれぞと問とうに、島まで渡わたしたまえというは女の声なり。傾かたぶきし月の光にすかし見ればかねて見知みしりし大入島にゅうとうの百合ゆりという小娘こむすめにぞありける。

「そのころ渡船おろしを業ぎょうとなすもの多きうちにも、源が名は浦々うらうらにまで聞こえし。そは心たしかに侠気おとこぎある若者わかものなりしがゆえのみならず、べつに深きゆえあり、げに君にも聞かしたきはそのころの源が声にぞありける。人々は彼が櫓ろこぎつつ歌うたうを聴かんとて撰えらびて彼が舟に乗のりたり。されど言葉ことばすくなきは今も昔も変わらず。

「島の小女おとめは心ありてかく晩おそくも源が舟頼たのみしか、そは高きより見下ろしたまいし妙見みょうけん様ならでは知しる者なき秘密ひみつなるべし。舟とどめて互たがいに何をか語がたりしと問えど、酔ようても言葉ことばすくなき彼はただ額ひたいに深き二条ふたすじの皺しわ寄せて笑わらうのみ、その笑わらいはどことなく悲しげなるぞうたてき。

「源が歌うたう声冴さえまさりつ。かくて若き夫婦ふうふの幸たのしき月日がっぴは夢よりも淡く過すぎたり。独子ひとりごの幸助こうすけ七歳ななつの時、妻ゆりは二度目の産重くしてついにみまかりぬ。城下しろしたの者にて幸助こうすけを引取ひきとり、ゆくゆくは商人あきうどに仕立じたてやらんといいいでしがありしも、可愛かあいき妻には死別わかれ、さらに独子と離るるは忍しのびがたしとて辞しぬ。言葉ことばすくなき彼はこのごろよりいよいよ言葉ことばすくなくなりつ、笑わらうことも稀まれに、櫓ろこぐにも酒の勢いきおいならでは歌わず、醍醐だいごの入江いりえを夕月ゆうずきの光砕くだきつつ朗ほがらかに歌うたう声さえ哀あわれをそめたり、こは聞きくものの心にや、あらず、妻失いしことは元気げんきよかりし彼が心をなかば砕き去りたり。雨のそぼ降ふる日など、淋さみしき家に幸助こうすけ一人ひとりをのこしおくは不憫ふびんなりとて、客とともに舟に乗のせゆけば、人々哀あわれがりぬ。されば小供こどもへの土産みやげにと城下しろしたにて買かいし菓子かしの袋開ひらきてこの孤児みなしごに分わかつ母親ははおやもすくなからざりし。父は見知らぬ風にて礼もいわぬが常なり、これも悲しさのあまりなるべしと心にとむる者なし。

「かくて二年ふたとせ過ぎぬ。この港の工事こうじなかばなりしころ吾われら夫婦ふうふ、島よりここに移りてこの家を建て今の業をはじめぬ。山の端は削けずりて道路みち開かれ、源叔父おじが家の前には今の車道くるまみちでき、朝夕ちょうせき二度に汽船きせんの笛鳴なりつ、昔は網だに干さぬ荒磯あらいそはたちまち今の様さまと変かわりぬ。されど源叔父おじが渡船おろしの業は昔のままなり。浦人うらびと島人しまびと乗のせて城下しろしたに往来ゆききすること、前に変わらず、港開けて車道しゃどうでき人通ひとどうり繁しげくなりて昔に比ぶればここも浮世うきよの仲間なかま入いりせしを彼はうれしともはた悲しとも思わぬ様なりし。

「かくてまた三年みとせ過ぎぬ。幸助こうすけ十二とうに歳の時、子供こどもらと海に遊あそび、誤あやまりて溺おぼれしを、見てありし子供こどもら、畏おそれ逃にげてこの事を人に告げざりき。夕暮ゆうぐれになりて幸助こうすけの帰りこぬに心づき、驚おどろきて吾らもともに捜せし時はいうまでもなく事遅おくれて、哀あわれの骸かばねは不思議ふしぎにも源叔父おじが舟底ふなぞこに沈しずみいたり。

「彼はもはやけっしてうたわざりき、親しき人々にすら言葉ことばかわすことを避くるようになりぬ。ものいわず、歌わず、笑わずして年月としつきを送おくるうちにはいかなる人も世より忘わすれらるるものとみえたり。源叔父おじの舟こぐことは昔に変わらねど、浦人らは源叔父おじの舟に乗のりながら源叔父おじの世にあることを忘わすれしようになりぬ。かく語かたる我身すらおりおり源叔父おじがかの丸き眼をなかば閉じ櫓ろ担にないて帰がえりくるを見みる時、源叔父おじはまだ生きてあるよなど思おもうことあり。彼はいかなる人ぞと問といたまいしは君が初はじめなり。

「さなり、呼びて酒呑のませなばついには歌いもすべし。されどその歌の意解げしがたし。否いな、彼はつぶやかず、繰言くりごとならべず、ただおりおり太き嘆息ためいきするのみ。あわれとおぼさずや――」

宿の主人あるじが教師きょうしに語がたりしはこれに過すぎざりし。教師きょうしは都に帰がえりて後も源叔父げんおじがこと忘わすれず。燈下とうかに坐すわりて雨の音きく夜よなど、思おもいはしばしばこのあわれなる翁おきなが上に飛とびぬ。思えらく、源叔父おじ今はいかん、波の音ききつつ古き春の夜のこと思おもいて独ひとり炉ろのかたわらに丸き目ふさぎてやあらん、あるいは幸助こうすけがことのみ思いつづけてやおらんと。されど教師きょうしは知らざりき、かく想いやりし幾年いくとせの後の冬の夜は翁の墓に霙みぞれ降ふりつつありしを。

年若き教師きょうしの、詩読よむ心にて記憶きおくのページ翻ひるがえしつつある間に、翁が上にはさらに悲しきこと起こりつ、すでにこの世よの人ならざりしなり。かくて教師きょうしの詩はその最後さいごの一節せつを欠かきたり。

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Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

First published
「文芸倶楽部」1897(明治30)年8月10日号
Source edition (底本)
底本:「日本文学全集12 国木田独歩 石川啄木集」集英社

   1967(昭和42)年9月7日初版

   1972(昭和47)年9月10日9版

底本の親本:「国木田独歩全集」学習研究社

初出:「文芸倶楽部」

   1897(明治30)年8月10日号

※底本巻末の小田切進氏による注釈は省略しました。

※初出時の表題は「源叔父」です。

入力:j.utiyama

校正:八巻美恵

1998年10月21日公開

2026年7月13日修正

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Typed by (入力)
j.utiyama
Proofread by (校正)
八巻美恵

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