Nihoner

有島武郎 Takeo Arishima 1878.03.04〜1923.06.09

かたわ者

かたわもの

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昔むかしトゥロンというフランスのある町に、二人ふたりのかたわ者がいました。一人ひとりはめくらで一人ひとりはちんばでした。この町はなかなか大おおきな町で、ずいぶんたくさんのかたわ者がいましたけれども、この二人ふたりのかたわ者だけは特別とくべつに人の目をひきました。なぜだというと、ほかのかたわ者は自分じぶんの不運ふうんをなげいてなんとかしてなおりたいなおりたいと思おもい、人に見られるのをはずかしがって、あまり人目ひとめに立つような所にはすがたを現わしませんでしたが、その二人ふたりのかたわ者だけは、ことさら人の集あつまるような所にはきっとでしゃばるので、かたわ者といえば、この二人ふたりだけがかたわ者であるように人々は思おもうのでした。

いったいをいうと、トゥロンという町にはかたわ者といっては一人ひとりもいないはずなのです。その理由りゆうは、この町の守まもり本尊ほんぞんに聖サンマルティンというえらい聖者しょうじゃの木像もくぞうがあって、それに願がんをかけると、どんな病気びょうきでもかたわでもすぐなおってしまうからでした。ところが私の今お話しするさわぎが起こった年から五十ごじゅう年ほど前に、町のおもだった人々が、その聖者しょうじゃの尊像そんぞうをないしょで町から持もち出だして、五、六里もはなれた所にある高だかい山の中にかくまってしまったのです。なぜそんなことをしたかというと、ヨーロッパの北きたの方かたからおびただしい海賊かいぞくがやって来て、フランスのどここことなくあばれまわり、手てあたりしだいに金銀きんぎん財宝ざいほうをうばって行ってしまうので、もし聖者しょうじゃの尊像そんぞうでもぬすまれるようなことがあったら、もったいないばかりか、町の名折なおれになるというので、だれも登のぼることのできないような険けわしい山のてっぺんにお移ししてしまったのです。

それからというもの、このトゥロンの町もかたわ者ができるようになったのです。で、さっき私がお話はなしした二人ふたりのかたわ者、すなわち一人ひとりのめくらと一人ひとりのちんばとは、自分じぶんたちが不幸ふこうな人間じんかんだということを悲しんで、人間じんかんなみになりたいと遠とおくからでも聖者しょうじゃに願がんかけをしたらよさそうなものを、そうはしないで、自分じぶんがかたわ者に生まれついたのをいいことにして、人の情なさけで遊んで飯を食おうという心を起こしました。

めくらの名なまえをかりにジャンといい、ちんばの名なまえをピエールといっておきましょう。このジャンとピエールとは初はじめの間は市場いちばなどに行って、あわれな声を出だして自分じぶんのかたわを売うりものにして一銭二銭の合力ごうりきを願っていましたが、人々があわれがって親切しんせつをするのをいい事にしてだんだん増長ぞうちょうしました。そしてめくらのジャンのほうは卜占者うらないしゃになり、ちんばのピエールのほうは巡礼じゅんれいになりました。

ジャンは卜占者せんしゃにふさわしいようなものものしい学者がくしゃめいた服装ふくそうをし、目明めあきには見えないものが見え、目明めあきには考かんがえられないものが考かんがえられるとふれて回って、聖サンマルティンのおるすをあずかる予言者げんしゃだと自分じぶんからいいだしました。さらぬだに守まもり本尊ほんぞんが町にないので心細く思っていた人々は、始はじめのうちこそジャンの広言こうげんをばかにしていましたが、そのいう事が一つ二つあたったりしてみると、なんだかたよりにしたい気持きもちになって、しだいしだいに信者しんじゃがふえ、ジャンはしまいにはたいそうな金持かねもちになって、町じゅう第一だいいちとも見まみえるような御殿ごてんを建ててそれに住すまい、ぜいたくざんまいなくらしをするようになりましたが、その御殿ごてんもその中のいろいろなたから物ものも、聖サンマルティンの尊像そんぞうがお山からお下りになったら、一ひとまとめにして献上けんじょうするのだといっていたものですから、だれもジャンのぜいたくざんまいをとがめ立だてする人はありませんでした。そしてジャンはいつのまにか金かねの力で町のおもだった人を自分じぶんの手下てしたのようにしてしまい、おそろしくえらい人間じんかんだということになってしまいました。そうなるとお金はひとりでのようにジャンのふところを目がけて集まって来ました。

ピエールはピエールで、ちがったしかたで金をためにかかりました。ピエールはジャンのようにえらいものらしくいばることをしないで、どこまでも正直しょうじきでかわいそうなかたわ者らしく見みせかけました。「私にはジャンのような神様から授かった不思議ふしぎな力などはありません。あたりまえなけちな人間じんかんで、しかもいろいろな罪を犯しているのだから、神様がかたわになさったのも無理むりはありません。だから私は自分じぶんの罪つみほろぼしに、何か自分じぶんを苦くるしめるようなことをして神様のおいかりをなだめなければなりません。この心持こころもちをあわれと思ってください」などと口くちぐせのようにいいました。そこでピエールの仕事しごとというのは大おおきなふくろを作って、それに町の人々が奉納ほうのうするお金や品物しなもんを入れて、ちんばを引ひき引ひき聖サンマルティンの尊像そんぞうの安置あんちしてある険けわしい山に登のぼることでした。足の達者たっしゃな人でも登れないような所に、このかたわ者が命いのちがけで登のぼるというのですから、中には変だと思おもう人もありましたが、そういう人にはピエールはいつでも悲しげな顔をしてこう答えました。

「お疑うたがいはごもっともです。けれどもいつか私の一心いっしんがどれほど強かったかを皆様みなさまはごらんくださるでしょう。海賊かいぞくがせめこんで来なくなるような時代じだいが来て聖サンマルティン様が山からお下りになる時になったら、おむかいに行った人たちは、尊像そんぞうがどこにあるか知れないほど、町のかたがたの奉納ほうのう品が尊像そんぞうのまわりに積つみ上あげてあるのを見ておどろきになるのでしょうから」

そのことばつきがいかにもたくみなので、しまいにはそれを疑うたがう人がなくなって、ピエールがお山に登のぼる時が来たということになると、だれかれとなくいろいろめずらしいものや金かねめのかかるものをピエールのふくろの中に入れてやりました。

ピエールは山のふもとまでは行きましたが、ほんとうは一度ひとたびも山に登ったことはありません。人々の奉納ほうのうしたものはみんな自分じぶんがぬすんでしまって、知れないように思おもうままなぜいたくをしてくらしていました。

トゥロンにはたくさんのかたわ者ができた中にも、二人ふたりのえらいかたわ者がいる。一人ひとりは神様の心を知しる予言者げんしゃ、一人ひとりは神様の忠義ただよしなしもべ、さすがにトゥロンは聖サンマルティンを守まもり本尊ほんぞんとあおぐ町だけあると、他の町々までうわさされるようになりました。

そうやっているうちに、海賊かいぞくどもは商売しょうばいがうまくいかないためか、だんだんと人数にんずうが減っていって、めったにフランスまではせめ入って来なくなり、おかげでフランスの町々はまくらを高くして寝ねることができるようになりました。

ここでトゥロンでも年寄った人々がよりより相談そうだんして、長ながい間山まやまの中にかくまっておいた尊像そんぞうを町におむかえしようという事に決きまりました。それにしてもその事がうっかり海賊かいぞくのほうにでも聞こえれば、どんなさまたげをしないものでもないし、また一つにはいきなり町におむかえして不幸ふこうな人々に不意ふいな喜よろこびをさせようというので、二十にじゅう人ほどの人がそっと夜中やちゅうに山に登のぼることになりました。

そうとは知らないジャンとピエールは、かたわを売うりものにしたばかりで、しこたまたくわえこんだお金を、湯水ゆみずのように使ってぜいたくざんまいをしていましたが、尊像そんぞうが山からお下りになるその日も、朝からジャンの御殿ごてんのおくに陣取じんどって、酒を飲んだり、おいしい物を食べたりして、思おもうままのことをしゃべり散らしていました。

ジャンがいうには、

「こうしていればかたわも重宝ちょうほうなものだ。世よの中なかのやつらは知恵ちえがないからかたわになるとしょげこんでしまって、丈夫じょうぶな人間じんかん、あたりまえな人間じんかんになりたがっているが、おれたちはそんなばかはできないなあ」

ピエールのいうには、

「丈夫たけおな人間じんかん、あたりまえの人間じんかんのしていることを見ろ。汗水あせみずたらして一日ついたち働いても、今日きょう今日きょうをやっと過ごしているだけだが、おれたちはかたわなばかりで、なんにもしないで遊あそびながら、町の人たちがつくり上げたお金をかたっぱしからまき上あげることができる。どうか死しぬまでちんばでいたいものだ」

「おれも人なみに目が見まみえるようになっちゃ大変たあいへんだ。人なみになったらおれにも何一つ仕事しごとという仕事しごとはできないのだから、その日から乞食こじきになるよりほかはない。もう乞食こつじきのくらしはこりごりだ」

とジャンは相づちをうちました。

ところが戸外そとが急ににぎやかになって、町の中を狂気きょうきのように馳はせちがう人馬じんばの足音あしおとが聞こえだしたと思おもうと、寺々のかねが勢いきおいよく鳴なりはじめました。町の人々は大おおきな声で賛美さんびの歌をうたいはじめました。ジャンとピエールは朝から何がはじまったのかと思って、まどをあけて往来おうらいを見みると、年寄としよりも子こどもも男も女も皆みな戸外そとに飛とび出だして、町の門の方を見やりながら物待まち顔がおに、口々にさけんでいます。よく聞いてみると聖サンマルティンの尊像そんぞうがやがて山から町におはいりになるといっているのです。

それを聞いた二人ふたりは胆きもがつぶれんばかりにおどろいてしまいました。

「奉納ほうのうしたものが山の上に積んであると、おれのいいふらしたうそはすっかり知れてしまった。おれはもう町の人たちに殺されるにきまっている」

とピエールが頭の毛をむしると、

「おれのこの御殿ごてんもたからも今日きょうから聖サンマルティンのものになってしまうのだ。おれの財産ざいさんは今日きょうからなんにもなくなるのだ。聖サンマルティンのちくしょうめ」

とジャンはジャンで見えない目からくやし涙なみだを流ながします。

「でもおれは命まで取られそうなのだ」

とピエールがいうと、

「命を取られるのは、まだ一思ひとおもいでいい。おれは一文いちもんなしになって、皆にばかにされて、うえ死じにをしなければならないんだ。五分切ぎり、一寸いっすんだめしも同様どうようだ。ああこまったなあ、おまけに聖サンマルティンが町にはいれば、おれのかたわはなおるかもしれないのだ。かたわがなおっちゃ大変たあいへんだ。おいピエール、おれを早くほかの町に連れ出してくれ」

とジャンはせかせかとピエールの方に手てさぐりで近づきました。

町の中はまるで祭日さいじつの晩のようににぎやかになり増さってゆくばかりです。

「といって、おれはちんばだからとても早くは歩けない……ああこまったなあ。どうかいつまでもかたわでいたいものだがなあ。じゃあジャン、おまえは私をおぶってくれ。おまえはおれの足になってくれ、おれはおまえの目になるから」

ピエールはこういいながらジャンにいきなりおぶさりました。そしてジャンにさしずをすると、ジャンはあぶない足あしどりながらピエールを背負せおっていっさんに駆かけ出でしました。

「ハレルーヤ ハレルーヤ ハレルーヤ」

という声がどよめきわたって聞こえます。

ジャンとピエールとを除いた町じゅうの病人びょうにんやかたわ者は人間じんかんなみになれるよろこびの日が来たので、有頂天うちょうてんになって、聖サンマルティンのお着きを待ちうけています。

その間をジャンとピエールは人波ひとなみにゆられながらにげようとしました。

そのうちにどうでしょう。ジャンの目はすこしずつあかるくなって、綾目あやめが見まみえるようになってきました。あれとおどろくまもなくその背中せなかでさしずをしていたピエールはいきなりジャンの背中せなかから飛とびおりるなり、足早あしばやにすたこらと門の反対はんたいの方に歩きだしました。

ジャンはそれを見みるとおどろいて、

「やいピエール、おまえの足はどうしたんだ」

といいますと、ピエールも始はじめて気がついたようにおどろいて、ジャンを見かえりながら、

「といえばおまえは目が見まみえるようになったのか」

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Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

First published
「良婦之友 創刊號」春陽堂、1922(大正11)年1月1日
Source edition (底本)
底本:「一房の葡萄」角川文庫、角川書店

   1952(昭和27)年3月10日初版発行

   1968(昭和43)年5月10日改版初版発行

   1980(昭和55)年11月10日改版22版発行

初出:「良婦之友 創刊號」春陽堂

   1922(大正11)年1月1日発行

入力:呑天

校正:きりんの手紙

2020年2月21日作成

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
Typed by (入力)
呑天
Proofread by (校正)
きりんの手紙

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