Nihoner

有島武郎 Takeo Arishima 1878.03.04〜1923.06.09

親子

おやこ

  • Steady
  • 20,648 characters
  • about 52 min
  • 5 sections
  • Public domain

彼は、秋になり切った空の様子ようすをガラス窓越まどごしに眺ながめていた。

みずみずしくふくらみ、はっきりした輪廓りんかくを描いて白く光ひかるあの夏の雲の姿はもう見られなかった。薄濁った形のくずれたのが、狂くるうようにささくれだって、澄み切った青空あおぞらのここかしこに屯たむろしていた。年の老おいつつあるのが明あきらかに思い知られた。彼はさきほどから長ながい間ぼんやりとそのさまを眺ながめていたのだ。

「もう着つくぞ」

父はすぐそばでこう言った。銀行ぎんこうから歳暮せいぼによこす皮表紙ひょうしの懐中かいちゅう手帳てちょうに、細手の鉛筆えんぴつに舌の先の湿りをくれては、丹念たんねんに何か書きこんでいた。スコッチの旅行服ぎょうふくの襟えりが首から離かれるほど胸を落おとして、一心いっしん不乱ふらんに考かんがえごとをしながらも、気ぜわしなくこんな注意ちゅういをするような父だった。

停車ていしゃ場には農場のうじょうの監督かんとくと、五、六人の年嵩としかさな小作人さくにんとが出迎でむかえていた。彼らはいずれも、古手拭てぬぐいと煙草たばこ道具どうぐと背負せおい繩なわとを腰にぶら下げていた。短みじかい日が存分ぞんぶん西に廻って、彼かの周囲しゅういには、荒くれた北海道ほっかいどうの山の中の匂においだけがただよっていた。

監督かんとくを先頭せんとうに、父から彼、彼から小作人さくにんたちが一列になって、鉄道てつどう線路せんろを黙りながら歩いてゆくのだったが、横幅よこはばのかった丈たけの低ひくい父の歩あゆみが存外ぞんがいしっかりしているのを、彼は珍めずらしいもののように後から眺ながめた。

物の枯かれてゆく香においが空気くうきの底に澱よどんで、立木たちきの高たかみまではい上がっている「つたうるし」の紅葉もみじが黒々と見まみえるほどに光が薄れていた。シリベシ川の川瀬かわせの昔に揺られて、いたどりの広葉こうようが風もないのに、かさこそと草の中に落おちた。

五、六丁線路せんろを伝って、ちょっとした切崕きりざしを上あがるとそこは農場のうじょうの構がまえの中になっていた。まだ収穫しゅうかくを終わらない大豆畑まめばたけすらも、枯かれた株だけが立ち続いていた。斑まだら生ばえのしたかたくなな雑草ざっそうの見まみえる場所ばしょを除いては、紫色ししょくに黒ずんで一面いちめんに地膚じはだをさらけていた。そして一か所しょ、作物さくぶつの殻を焼やく煙が重く立ち昇り、ここかしこには暗ぐらい影になって一人二人ひとりふたりの農夫のうふがまだ働はたらき続つずけていた。彼は小作こさく小屋しょうおくの前を通とおるごとに、気をつけて中をのぞいて見た。何処どこの小屋しょうおくにも灯はともされずに、鍋の下の囲炉裡火いろりびだけが、言葉ことばどおりかすかに赤く燃もえていた。そのまわりには必かならず二、三人の子供こどもが騒さわぎもしないできょとんと火を見つめながら車座くるまざにうずくまっていた。そういう小屋しょうおくが、草を積つみ重がさねたように離はなれ離ばなれにわびしく立っていた。

農場のうじょうの事務所むしょに達たっするには、およそ一丁いっちょほどの嶮けわしい赤土あかつちの坂を登らなければならない。ちょうど七十二とうにになる彼かの父はそこにかかるとさすがに息切いきぎれがしたとみえて、六合くに目ほどで足をとどめて後をふり返った。傍見わきみもせずに足にまかせてそのあとに※つ

いて行った彼は、あやうく父の胸に自分じぶんの顔をぶつけそうになった。父は苦々しげに彼を尻目しりめにかけた。負まけじ魂の老人ろうじんだけに、自分じぶんの体力たいりょくの衰おとろえに神経しんけいをいら立たせていた瞬間しゅんかんだったのに相違そういない。しかも自分じぶんとはあまりにかけ離れたことばかり考かんがえているらしい息子むすこの、軽率けいそつな不作ふさく法が癪しゃくにさわったのだ。

「おい早田はやた」

老人ろうじんは今は眼の下に見わたされる自分じぶんの領地りょうちの一区域くいきを眺めまわしながら、見向みむきもせずに監督かんとくの名を呼んだ。

「ここには何戸はいっているのか」

「崕地がけちに残のこしてある防風林ふうりんのまばらになったのは盗伐とうばつではないか」

「鉄道てつどうと換え地をしたのはどの辺にあたるのか」

「藤田ふじたの小屋しょうおくはどれか」

「ここにいる者たちは小作料さくりょうを完全かんぜんに納めているか」

「ここから上のぼれる小作料さくりょうがどれほどになるか」

こう矢継やつぎ早やに尋たずねられるに対して、若わかい監督かんとくの早田はやたは、格別かくべつのお世辞せじ気もなく穏おだやかな調子ちょうしで答えていたが、言葉ことばが少すこし脇道わきみちにそれると、すぐ父からきめつけられた。父は監督かんとくの言葉ことばの末にも、曖昧あいまいがあったら突っ込もうとするように見えた。白じろい歯は見せないぞという気持きもちが、世故せこに慣なれて引き締まった小ちいさな顔に気味きみ悪わるいほど動いていた。

彼にはそうした父の態度たいどが理解りかいできた。農場のうじょうは父のものだが、開墾かいこんは全部ぜんぶ矢部やべという土木どぼく業者ぎょうしゃに請負わしてあるので、早田はやたはいわば矢部やべの手で入れた監督かんとくに当あたるのだ。そして今年ことしになって、農場のうじょうがようやく成墾したので、明日あすは矢部やべもこの農場のうじょうに出向いて来て、すっかり精算せいさんをしようというわけになっているのだ。明日あすの授受じゅじゅが済すむまでは、縦令たとえ永年えいねん見慣なれて来た早田はやたでも、事業じぎょうのうえ、競争きょうそう者の手先てさきと思わなければならぬという意識いしきが、父の胸にはわだかまっているのだ。いわば公私こうしの区別くべつとでもいうものをこれほど露骨ろこつにさらけ出して見みせる父の気持きもちを、彼はなぜか不快ふかいに思おもいながらも驚嘆きょうたんせずにはいられなかった。

一行ひとくだりはまた歩きだした。それからは坂道さかみちはいくらもなくって、すぐに広々とした台地だいちに出た。そこからずっとマッカリヌプリという山の麓ふもとにかけて農場のうじょうは拡がっているのだ。なだらかに高低たかひくのある畑地はたちの向こうにマッカリヌプリの規則きそく正ただしい山の姿が寒々と一つ聳そびえて、その頂きに近い西の面だけが、かすかに日の光を照てりかえして赤ずんでいた。いつの間にか雲一ひらもなく澄みわたった空の高たかみに、細々とした新月しんげつが、置おき忘わすれられた光のように冴さえていた。一同いちどうは言葉少ことばずくなになって急いそぎ足あしに歩いた。基線きせん道路どうろと名づけられた場内じょうないの公道こうどうだったけれども畦道あぜみちをやや広くしたくらいのもので、畑から抛ほうり出された石いしころの間なぞに、酸漿ほうずきの実が赤くなってぶら下がったり、轍わだちにかけられた蕗ふきの葉がどす黒く破やぶれて泥にまみれたりしていた。彼は野生やせいになったティモシーの茎を抜き取って、その根ねもとのやわらかい甘味あまみを噛かみしめなどしながら父のあとに続いた。そして彼かの後うしろから来くる小作人さくにんたちのささやきのような会話かいわに耳を傾けた。

「夏作なつさくがあんなだに、秋作あきさくがこれじゃ困ったもんだ」

「不作ふさくつづきだからやりきれないよ全く」

「そうだ」

ぼそぼそとしたひとりごとのような声だったけれども、それは明あきらかに彼かの注意ちゅういを引ひくように目論もくろまれているのだと彼は知った。それらの言葉ことばは父に向けてはうっかり言えない言葉ことばに違いない。しかし彼ならばそれを耳にはさんで黙っているだろうし、そしてそれが結局けっきょく小作人さくにんらにとって不為ふためめにはならないのを小作人さくにんたちは知りぬいているらしかった。彼には父の態度たいどと同様どうよう、小作人さくにんたちのこうした態度たいども快くなかった。東京とうきょうを発たつ時からなんとなくいらいらしていた心の底が、いよいよはっきり焦いらつくのを彼は感じた。そして彼はすべてのことを思おもうままにぶちまけることのできない自分じぶんをその時も歯痒はがゆく思った。

事務所むしょにはもう赤々とランプがともされていて、監督かんとくの母親ははおやや内儀おかみさんが戸の外に走はしり出でるて彼らを出迎でむかええた。土下座げざせんばかりの母親ははおやの挨拶あいさつなどに対しても、父は監督かんとくに対たいすると同時どうじに厳格げんかくな態度たいどを見せて、やおら靴ぐつを脱ぬぎ捨すてると、自分じぶんの設計せっけいで建て上げた座敷ざしきにとおって、洋服ようふくのままきちんと囲炉裡いろりの横座よこざにすわった。そして眼鏡がんきょうをはずす間もなく、両手りょうてを顔にあてて、下の方から、禿はげ上がった両鬢りょうびんへとはげしくなで上げた。それが父が草臥くたびれた時のしぐさであると同時どうじに、何か心にからんだことのある時のしぐさだ。彼は座敷ざしきに荷物にもつを運はこび入いれる手伝てつだいをした後、父の前に座を取って、そのしぐさに対して不安ふあんを感じた。今夜こんやは就寝しゅうしんがきわめて晩おそくなるなと思った。

二人ふたりが風呂ふろから上あがると内儀おかみさんが食膳しょくぜんを運んで、監督かんとくは相伴しょうばんなしで話はなし相手あいてをするために部屋へやの入口いりぐちにかしこまった。

父は風呂ふろで火照ほてった顔を双手りょうてでなで上げながら、大きく気息いきを吐はき出でるした。内儀おかみさんは座にたえないほどぎごちない思おもいをしているらしかった。

「風呂桶ふろおけをしかえたな」

父は箸を取とり上あげる前に、監督かんとくをまともに見てこう詰なじるように言った。

「あまり古くなりましたんでついこの間……」

「費用ひようは事務じむ費で仕払ったのか……俺わしのほうの支払しはらいになっているのか」

「事務じむ費のほうに計上けいじょうしましたが……」

「矢部やべに断わったか」

監督かんとくは別に断わりはしなかった旨を答えた。父はそれには別に何も言わなかったが、黙ったまま鋭く眼を光らした。それから食膳しょくぜんの豊ゆたかすぎることを内儀おかみさんに注意ちゅういし、山に来たら山の産物さんぶつが何よりも甘うまいのだから、明日あすからは必かならず町で買物かいものなどはしないようにと言い聞かせた。内儀つまさんはほとほと気息いきづまるように見えた。

食事しょくじが済すむと煙草たばこを燻くゆらす暇もなく、父は監督かんとくに帳簿ちょうぼを持って来くるように命じた。監督かんとくが風呂ふろはもちろん食事しょくじもつかっていないことを彼が注意ちゅういしたけれども、父はただ「うむ」と言っただけで、取り合わなかった。

監督かんとくは一抱かかえもありそうな書類しょるいをそこに持って出た。一杯いっぱい機嫌きげんになったらしい小作人さくにんたちが挨拶あいさつを残のこして思い思いに帰ってゆく気配きはいが事務所むしょの方でしていた。冷え切った山の中の秋の夜の静まり返った空気くうきの中を、その人たちの跫音あしおとがだんだん遠ざかって行った。熱心ねっしんに帳簿ちょうぼのページを繰っている父の姿を見守みまもりながら、恐おそらく父には聞こえていないであろうその跫音きょうおんを彼は聞きき送っていた。彼には、その人たちが途中とちゅうでどんなことを話し合ったか、小屋しょうおくに帰ってその家族かぞくにどんな噂うわさをして聞かせたかがいろいろに想像そうぞうされていた。それが彼にとってはどれもこれも快こころよいと思われるものではなかった。彼は征服せいふくした敵地てきちに乗り込んだ、無興味きょうみな一人ひとりの将校しょうこうのような気持きもちを感じた。それに引ひきかえて、父は一心いっしん不乱ふらんだった。監督かんとくに対してあらゆる質問しつもんを発しながら、帳簿ちょうぼの不備ふびを詰なじって、自分じぶんで紙を取りあげて計算けいさんしなおしたりした。監督かんとくが算盤そろばんを取りあげて計算けいさんをしようと申もうし出でても、かまいつけずに自分じぶんで大おおきな数を幾度も計算けいさんしなおした。父の癖として、このように一心いっしん不乱ふらんになると、きわめて簡単かんたんな理屈りくつがどうしてもわからないと思われるようなことがあった。監督かんとくが小言こごとを言われながら幾度も説明せつめいしなおさなければならなかった。彼もできるだけ穏おだやかにその説明せつめいを手伝った。そうすると父の機嫌きげんは見みる見みる険悪けんあくになった。

「そんなことはお前まえに言われんでもわかっている。俺わしの聞きくのはそんなことじゃない。理屈りくつを聞こうとしとるんではないのだ。早田はやたは俺しの言うことが飲み込めておらんから聞きただしているのじゃないか。もう一度ひとたび俺しの言ゆうことをよく聞いてみるがいい」

そう言って、父は自分じぶんの質問しつもんの趣意しゅいを、はたから聞いているときわめてまわりくどく説明せつめいするのだったが、よく聞いていると、なるほどとうなずかれるほど急所きゅうしょにあたったことを言っていたりした。若わかい監督かんとくも彼かの父の質問しつもんをもっとありきたりのことのように取っていたのだ。監督かんとくは、質問しつもんの意味いみを飲のみ込こむことができると礑はたと答えに窮したりした。それはなにも監督かんとくが不正ふせいなことをしていたからではなく会計上けいじょうの知識ちしきと経験けいけんとの不足ふそくから来ているのに相違そういないのだが、父はそこに後うしろ暗ぐらいものを見つけでもしたようにびしびしとやり込めた。

彼にはそれがよく知れていた。けれども彼は濫みだりなさし出口でぐちはしなかった。いささかでも監督かんとくに対たいする父の理解りかいを補おうとする言葉ことばが彼かの口から漏もれると、父は彼に向かって悪意あくいをさえ持もちかねないけんまくを示したからだ。彼は単たんに、農場のうじょうの事務じむが今日きょうまでどんな工合ぐあいに運ばれていたかを理解りかいしようとだけ勉つとめた。彼は五年近ちかく父の心に背そむいて家には寄りつかなかったから、今までの成なり行ゆきがどうなっているか皆目かいもく見当けんとうがつかなかったのだ。この場になって、その間の父の苦心くしんというものを考かんがえてみないではなかった。父がこうして北海道ほっかいどうの山の中に大おおきな農場のうじょうを持とうと思い立ったのも、つまり彼かの将来しょうらいを思ってのことだということもよく知っていた。それを思おもうと彼は黙って親子おやこというものを考かんがえたかった。

1 / 5 Next →

Compound words in this book

Longer words built from shorter ones — they read as one word, so learn them whole.

Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

First published
「泉」1923(大正12)年5月
Source edition (底本)
底本:「カインの末裔」角川文庫、角川書店


   1969(昭和44)年10月30日改版初版発行

   1991(平成3)年7月20日改版25版発行

初出:「泉」

   1923(大正12)年5月

入力:鈴木厚司

校正:土屋隆

2006年5月18日作成

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
Typed by (入力)
鈴木厚司
Proofread by (校正)
土屋隆

Aozora library card for this work ↗ · How Nihoner sources and licenses its content

More by 有島武郎

Browse the whole library →