Nihoner

森鴎外 Ogai Mori 1862.02.17〜1922.07.09

寒山拾得縁起

かんざんじっとくえんぎ

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徒然草つれづれぐさに最初さいしょの仏はどうして出来しゅったいたかと問われて困ったというような話があった。子供こどもに物を問われて困こまることはたびたびである。中にも宗教しゅうきょう上のことには、答に窮きゅうすることが多おおい。しかしそれを拒んで答えずにしまうのは、ほとんどそれはうそだというと同じようになる。近ちかごろ帰一きいち協会きょうかいなどでは、それを子供こどものために悪わるいと言って気づかっている。

寒山かんざん詩が所々しょしょで活字かつじ本ほんにして出されるので、私のうちの子供こどもがその広告こうこくを読んで買ってもらいたいと言った。

「それは漢字かんじばかりで書いた本で、お前まえにはまだ読めない」と言ゆうと、重かさねて「どんなことが書いてあります」と問とう。多分たぶん広告こうこくに、修養しゅうようのために読よむべき書だというようなことが書いてあったので、子供こどもが熱心ねっしんに内容ないようを知りたく思ったのであろう。

私はとりあえずこんなことを言った。床とこの間まにさきごろかけてあった画をおぼえているだろう。唐子からこのような人が二人ふたりで笑っていた。あれが寒山かんざんと拾得しゅうとくとをかいたものである。寒山かんざん詩はその寒山かんざんの作った詩なのだ。詩はなかなかむずかしいと言った。

子供こどもは少すこし見当けんとうがついたらしい様子ようすで、「詩はむずかしくてわからないかもしれませんが、その寒山かんざんという人だの、それと一いっしょにいる拾得しゅうとくという人だのは、どんな人でございます」と言った。私はやむことを得ないで、寒山かんざん拾得しゅうとくの話をした。

私はちょうどそのとき、何か一つ話を書いてもらいたいと頼まれていたので、子供こどもにした話を、ほとんどそのまま書いた。いつもと違って、一冊の参考さんこう書をも見ずに書いたのである。

この「寒山かんざん拾得しゅうとく」という話は、まだ書肆しょしの手にわたしはせぬが、多分たぶん新小説しょうせつに出でることになるだろう。

子供こどもはこの話には満足まんぞくしなかった。大人おとなの読者どくしゃはおそらくは一層いっそう満足まんぞくしないだろう。子供こどもには、話はなしたあとでいろいろのことを問われて、私はまたやむことを得ずに、いろいろなことを答えたが、それをことごとく書かくことは出来しゅったいない。最もっとも窮したのは、寒山かんざんが文殊もんじゅで拾得しゅうとくは普賢ふげんだと言ったために、文殊もんじゅだの普賢ふげんだののことを問われ、それをどうかこうか答こたえるとまたその文殊もんじゅが寒山かんざんで、普賢ふげんが拾得しゅうとくだというのがわからぬと言われたときである。私はとうとう宮崎みやざき虎之助とらのすけさんのことを話した。宮崎みやざきさんはメッシアスだと自分じぶんで言っていて、またそのメッシアスを拝みに往いく人もあるからである。これは現在げんざいにある例で説明せつめいしたら、幾いくらかわかりやすかろうと思ったからである。

しかしこの説明せつめいは功を奏せなかった。子供こどもには昔の寒山かんざんが文殊もんじゅであったのがわからぬと同おなじく、今の宮崎みやざきさんがメッシアスであるのがわからなかった。私は一つの関を踰こえて、また一つの関に出逢ったように思った。そしてとうとうこう言った。「実はパパアも文殊もんじゅなのだが、まだ誰も拝みに来ないのだよ」

大正たいしょう五年一としかず月

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Source edition (底本)
底本:「日本の文学3 森鴎外(二)」中央公論社


   1967(昭和42)年2月4日初版発行

入力:佐野良二

校正:伊藤時也

2000年9月12日公開

2004年12月4日修正

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Typed by (入力)
佐野良二
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