Nihoner

有島武郎 Takeo Arishima 1878.03.04〜1923.06.09

かんかん虫

かんかんむし

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ドゥニパー湾の水は、照てり続つずく八月の熱で煮え立って、総すべての濁った複色の彩いろは影を潜め、モネーの画に見みる様な、強烈きょうれつな単色たんしょくばかりが、海と空と船と人とを、めまぐるしい迄にあざやかに染そめて、其その総すべてを真夏まなつの光が、押おし包つつむ様に射して居おる。丁度ちょうど昼弁当時とうじで太陽たいようは最頂、物の影が煎いりつく様に小さく濃く、それを見てすらぎらぎらと眼が痛いたむ程の暑さであった。

私は弁当べんとうを仕舞ってから、荷船にぶねオデッサ丸の舷にぴったりと繋ってある大運搬船おおだるまの舷に、一人ひとりの仲間なかまと竝んで、海に向って坐って居た。仲間なかまと云おうか親分おやぶんと云おうか、兎とに角かく私が一週間しゅうかん前此処ここに来てからの知合しりあいである。彼かの名はヤコフ・イリイッチと云って、身体しんたいの出来しゅったいが人竝外はずれて大おおきい、容貌ようぼうは謂わばカザン寺院じいんの縁日えんにちで売うる火難かなん盗賊とうぞく除けのペテロの画像がぞう見た様で、太ふとい眉の下に上睫うえまつげの一直線ちょくせんになった大おおきな眼が二つ。それに挾まれて、不規則きそくな小亜細亜あじあ特有とくゆうな鋭からぬ鼻。大おおきな稍々しまりのない口の周囲しゅういには、小児しょうにの産毛うぶげの様な髯が生い茂って居おる。下の大おおきな、顴骨かんこつの高だかい、耳と額との勝れて小ちいさい、譬えて見れば、古道具どうぐ屋の店頭てんとうの様な感かんじのする、調和ちょうわの外ずれた面構つらがまえであるが、それが不思議ふしぎにも一種いっしゅの吸引きゅういん力を持って居おる。

丁度ちょうど私が其その不調和ちょうわなヤコフ・イリイッチの面構つらがまえから眼を外らして、手近てじかな海を見下しながら、草の緑の水が徐おもむろに高くなり低くなり、黒ペンキの半分はんぶん剥げた吃水きっすいを嘗めて、ちゃぶりちゃぶりとやるのが、何かエジプト人でも奏で相な、階律リズムの単調たんちょうな音楽おんがくを聞きく様だと思って居おると、

睡ねむいのか。

とヤコフ・イリイッチが呼よびかけたので、顔を上あげる調子ちょうしに見交わした。彼に見られる度に、私は反抗はんこう心が刺戟しげきされる様な、それで居て如何いかにも抵抗ていこうの出来しゅったいない様な、一種いっしゅの圧迫あっぱくを感かんじて、厭な気になるが、其その眼には確たしかに強く人を牽きつける力を籠めて居おる。「豹の眼だ」と此この時も思ったのである。

私が向むき直なおると、ヤコフ・イリイッチは一寸ちょっと苦がい顔をして、汗ばんだだぶだぶな印度いんど藍のズボンを摘まんで、膝頭ひざがしらを撥はじきながら、突然とつぜんこう云い出した。

おい、船の胴腹どうばらにたかって、かんかんと敲たたくからかんかんよ、それは解げせる、それは解げせるがかんかん虫、虫たあ何なんだ……出来しゅったい損なったって人間じんかん様は人間じんかん様だろう、人面じんめん白しらくも無えけちをつけやがって。

而しこうして又連絡とてつもなく、

お前まえっちは字を読よむだろう。

と云って私の返事へんじには頓着とんじゃくなく、

ふむ読よむ、明盲の眼じゃ無えと思った。乙う小ましゃっくれてけっからあ。

何をして居た、旧来もとは。

と厳重げんじゅうな調子ちょうしで開き直って来た。私は、ヴォルガ河で船乗ふなのりの生活せいかつをして、其その間に字を読よむ事を覚えた事や、カザンで麺麭パン焼の弟子でしになって、主人しゅじんと喧嘩けんかをして、其その細君さいくんにひどい復讐ふくしゅうをして、とうとう此処ここまで落ち延びた次第しだいを包まず物語った。ヤコフ・イリイッチの前では、彼に関した事でない限かぎり、何もかも打明うちあける方が得策とくさくだと云いう心持こころもちを起させられたからだ。彼は始はじめの中こそ一寸ちょっと熱心ねっしんに聴いて居たが、忽ちうるさ相な顔で、私の口の開いたり閉じたりするのを眺ながめて、仕舞しまいには我慢がまんがしきれな相に、私の言葉ことばを奪ってこう云った。

探偵たんていでせえ無けりゃそれで好いんだ、馬鹿ばか正直しょうじき。

而しこうして暫しばらくしてから、

だが虫かも知れ無え。こう見ねえ、斯こうやって這いずって居おる蠅を見て居おると、己おのれっちよりゃ些度計はかり甘めえ汁を嘗めているらしいや。暑さにもめげずにぴんぴんしたものだ。黒茶くろちゃにレモン一片入れて飲め無えじゃ、人間じんかんって名は附けられ無えかも知れ無えや。

昨夕さくゆうもよ、空腹くうふくを抱かかえて対岸むこうぎしのアレシキに行って見みるとダビドカの野郎やろうに遇った。懐をあたるとあるから貸せと云ったら渋ってけっかる。いまいましい、腕づくでもぎ取ってくれようとすると「オオ神様泥棒どろぼうが」って、殉教じゅんきょう者の様な真似まねをしやあがる。擦すった揉もんだの最中さなかに巡的だ、四角しかく四面しめんな面あしやがって「貴様きさまは何なんだ」と放言こくから「虫」だと言ってくれたのよ。

え、どうだ、すると貴様きさまは虫ちゅうで無えと云いう御談義だんぎだ。あの手合てあいはあんな事さえ云ってりゃ、飯が食えて行くんだと見えらあ。物の小半時はんときも聞かされちゃ、噛み殺して居た欠伸あくびの御葬とむらいが鼻の孔から続つずけ様ざまに出やがらあな。業腹ごうはらだから斯こう云ってくれた――待てよ斯こう云ったんだ。

「旦那だんな、お前まえさん手合てあいは余あまり虫が宜過すぎまさあ。日頃ひごろは虫ちゅうあつかいに、碌々食くうものも食わせ無えで置いて、そんならって虫の様に立廻れば矢張やはり人間じんかんだと仰おっしゃる。己れっちらの境涯きょうがいでは、四辻よつつじに突っ立って、警部けいぶが来くると手を挙あげたり、娘が通とおると尻を横目よこめで睨んだりして、一日ついたち三界さんがいお目出度い顔をしてござる様な、そんな呑気のんきな真似まねは出来しゅったいません。赤眼あかめのシムソンの様に、がむしゃに働いて食くう外は無え。偶にゃ少すこし位荒っぽく働いたって、そりゃ仕方しかたが無えや、そうでしょう」てってやると、旦那だんなの野郎やろうが真赤まっかになって怒いかり出だしやがった。もう口じゃまどろっこしい、眼の廻まわる様な奴を鼻梁びりょうにがんとくれて逃かすんだのよ。何もさ、そう怒いかるがものは無えんだ。巡的だってあの大おおきな図体ずうたいじゃ、飯もうんと食うだろうし、女もほしかろう。「お前まえもか。己おのれもやっぱりお前まえと同おんなじ先祖せんぞはアダムだよ」とか何とか云って見ろ。己おのれだって粗忽そこつな真似まねはし無えで、兄弟けいていとか相棒あいぼうとか云って、皮のひんむける位えにゃ手でも握って、祝福しゅくふくの一つ二つはやってやる所だったんだ。誓言せいげんそうして見みせるんだった。それをお前まえ帽子ぼうしに喰着けた金きんぴかの手前てまえ、芝居しばいをしやがって……え、芝居しばいをしやがったんた

。己おのれにゃ芝居しばいってやつが妙に打て無え。

気心きごころでかヤコフ・イリイッチの声がふと淋しくなったと思ったので、振向いて見みると彼は正面しょうめんを向むかいて居た。波の反射はんしゃが陽炎かげろうの様にてらてらと顔から半白はんぱくの頭を嘗なめるので、うるさ相に眼をかすめながら、向むかうの白く光った人造じんぞう石の石垣いしがきに囲まれたセミオン会社かいしゃの船渠ドックを見やって居おる。自分じぶんも彼かの視線しせんを辿った。近ちかくでは、日の黄を交えて草緑なのが、遠とおく見透みとうすと、印度いんど藍を濃く一刷毛はけ横になすった様な海の色で、それ丈たけを引き放したら、寒さむい感かんじを起おこすにちがいないのが、堪え切きれぬ程暑く思おもえる。殊ことにケルソン市の岸に立ち竝んだ例のセミオン船渠ドックや、其その外雑多ざったな工場こうばのこちたい赤青白あおじろい等の色と、眩るしい対照たいしょうを為なして、突っ立った煙突えんとつから、白じろい細こまい煙が喘あえぐ様に真青さおな空に昇のぼるのを見て居おると、遠とおくが霞んで居おるのか、眼が霞み始はじめたのかわからなくなる。

ヤコフ・イリイッチはそうしたままで暫しばらく黙って居たが、内部うつべからの或ある力の圧迫あっぱくにでも促された様に、急に「うん、そうだ」と独言どくげんを云って、又其その奇怪きっかいな流暢りゅうちょうな口辞を振い始はじめた。

処が世よの中なかは芝居しばいで固かためてあるんだ。右の手で金を出だすてえと、屹度きっと左の手は物を盗くすねて居やあがる。両手りょうてで金を出だすてえ奴は居無え、両手りょうてで物を盗ねる奴も居無えや。余よっ程ぽどこんがらかって出来しゅったいて居やあがる。神様って獣は――獣だろうじゃ無えか。人じゃ無えって云うんだから、まさか己おのれっち見てえな虫でもあるめえ、全くだ。

何、此の間スタニスラフの尼寺あまでらから二人ふたり尼っちょが来たんだ。野郎やろうが有難ありがたい事を云ったってかんかん虫手合てあいは鼾をかくばかりで全然からっきし補足たしになら無えってんで、工場こうば長開けた事を思おもいつきやがった、女ならよかろうてんだとよ。

二人ふたり来やがった。例の御説教せっきょうだ集まれてんで、三号の倉庫そうこに狼が羊の檻の中に逐い込まれた様だった。其その中に小羊こひつじが二匹来やがった。一人ひとりは金縁きんぶちの眼鏡がんきょうが鼻の上で光らあ。狼の野郎やろう共は何なんの事はねえ、舌したなめずりをして喉をぐびつかせたのよ。其その一人ひとりが、神様は獣だ……何ね、獣だとは云わ無えさ、云わ無えが人じゃ無えと云ったんだ。

其その神様ってえのが人間じんかんを創って魂を入れたとある。魂があって見れば善と悪とは……何なんとか云った、善と悪とは……何なんとかだとよ。そうして見みると善はするがいいし、悪はしちゃなら無え。それが出来しゅったいなけりゃ、此この娑婆しゃばに生れて来て居ても、人間じんかんじゃ無えと云うんだ。

お前まえっちは字を読よむからには判わかるだろう。人間じんかんで善をして居おる奴があるかい。馬鹿ばか野郎やろう、ばちあたり。旨うまい汁を嘗めっこをして居やがって、食くい余あましを取とっとき物の様に、お次つぎへお次つぎへと廻まわして居りゃ、それで人間じんかんかい。畢竟ひっきょう芝居しばい上手うわてが人間じんかんで、己おのれっち見たいな不器用きよう者は虫ちゅうなんだ。

見ねえ、死くたばって仕舞しまいやがった。

何処いずこからか枯かれた小枝こえだが漂って、自分じぶん等の足許あしもとに来たのをヤコフ・イリイッチは話はなしながら、私は聞ききながら共に眺ながめて、其その上に居おる一匹の甲虫こうちゅうに眼をつけて居たのであったが、舷に当あたる波が折おれ返かえる調子ちょうしに、くるりとさらったので、彼が云いう様に憐あわれな甲虫こうちゅうは水に陥って、油をかけた緑玉りょくぎょくの様な雙の翊を無上むしやう

に振い動かしながら、絶大ぜつだいな海の力に対して、余あまり悲惨ひいさんな抵抗ていこうを試こころみて居おるのであった。

私は依然いぜん波の間に点を為なして見ゆる其その甲虫こうちゅうを、悲惨ひいさんな思おもいをして眺ながめている。ヤコフ・イリイッチは忘わすれた様に船渠ドックの方を見遣って居おる。

話柄わへいが途切とぎれて閑しんとすると、暑さが身に沁みて、かんかん日のあたる胴どうの間まに、折り重なっていぎたなく寝そべった労働ろうどう者の鼾が聞こえた。

ヤコフ・イリイッチは徐おもむろに後うしろを向むかいて、眠ねむれる一群いちぐんに眼をやると、振り返って私をでしゃくった。

見ろい、イフヒムの奴を。知ってるか、「癇癪かんしゃく玉」ってんだ綽名あだなが――知ってるか彼奴あいつを。

さすがに声が小さくなる。

イフヒムと云いうのはコンスタンチノープルから輸入ゆにゅうする巻煙草たばこの大箱おうばこを積つみ重がさねた蔭に他の労働ろうどう者から少すこし離はなれて、上向うわむききに寝て居おる小男こおとこであった。何なにしろケルソン市だけでも五百ごひゃく人から居おる所謂しょいかんかん虫の事であるから、縦令たとい市の隅から隅へと漂泊ひょうはくして歩いた私でも、一週間しゅうかんでは彼等の五分の一も親交ちかづきにはなって居なかったが、独ひとりイフヒムは妙に私の注意ちゅういを聳やかした一人ひとりであった。唯一ただいち様の色彩しきさいと動作どうさとの中にうようよと甲板こうはんの掃除そうじをして居おる時でも、船艙せんそうの板囲いたがこいにずらっと列んで、尻をついて休んで居おる時でも、イフヒムの姿だけは、一団いちだんの労働ろうどう者から浮き上った様に、際立って見えた。ぎりっと私を見据えて居おるものがあると思って振ふり向むくと、屹度きっとイフヒムの大おおきな夢でも見て居おる様な眼にぶつかったものである。あの眼ならショパンの顔に着けても似合にあいうだろうと、そう思った事もある。然しまだ一遍いっぺんも言葉ことばを交えた事がない。私は其その旨を答えようとするとヤコフ・イリイッチは例の頓着とんじゃくなく話頭わとうを進めて居おる。

かんかん虫手合てあいで恐がられが己おのれでよ、太ふて腐れが彼奴あいつだ。

彼奴あいつも字は読ま無えがね。

あの野郎やろうが二三にさん年以来いらいカチヤと訳があったのを知って居た。知っては居たがそれが何どうなるものかお前まえ、イフヒムは見た通とおりの裸一貫いっかんだろう。何一つ腕に覚おぼえがあるじゃなし、人の隙を窺って、鈎の先で船室小盗ケビンそうぢ

でもするのが関せきの山やまだ。何どうなるものか。女って獣は栄燿栄華えいがで暮そうと云いう外には、何一つ慾の無え獣だ。成程一ていいちとわたりは男選みもしようし、気前きまえ惚ほれもしようさ。だがそれも金があって飯が食えて、べらっとしたものでもひっかけられた上の話だ。真まっ裸ぱだかにして日干し上げて見ろ、女が一等いっとう先きに目を着ずけるのは、気前きまえでもなけりゃ、男振ふりでも無え、金だ。何どうも女ってものは老者としよりの再生うまれかわりだぜ。若死わかじにしたものが生れ代かわると男になって、老耄おいぼれが生れ代かわると業で女になるんだ。あり相で居て、色気いろけと決断おもいきりは全然からっきし無なしよ、あるものは慾気ばかりだ。私は思わずほほ笑ませられた。ヤコフ・イリイッチを見みると彼は大真面目おうまじめである。

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Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

First published
「白樺」1910(明治43)年10月
Source edition (底本)
底本:「日本プロレタリア文学大系 序」三一書房


   1955(昭和30)年3月31日初版発行

   1961(昭和36)年6月20日第2刷発行(入力)

   1968(昭和43)年12月5日第3刷発行(校正)

※ファイル中の「乗」と「乘」の混在は、底本通りにしました。

※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)

入力:Nana ohbe

校正:小林繁雄

2003年2月27日作成

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
Typed by (入力)
Nana ohbe
Proofread by (校正)
小林繁雄

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