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夏目漱石 Soseki Natsume 1867.02.09〜1916.12.09

イズムの功過

イズムのこうか

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大抵たいていのイズムとか主義しゅぎとかいうものは無数むしゅの事実じじつを几帳面きちょうめんな男が束たばにして頭の抽出ひきだしへ入れやすいように拵こしらえてくれたものである。一纏ひとまとめにきちりと片付いている代りには、出だすのが臆劫おっくうになったり、解ほどくのに手数てすうがかかったりするので、いざという場合ばあいには間に合わない事が多おおい。大抵たいていのイズムはこの点において、実生活せいかつ上の行為こういを直接ちょくせつに支配しはいするために作られたる指南車しなんしゃというよりは、吾人ごじんの知識ちしき欲を充みたすための統一とういつ函である。文章ぶんしょうではなくって字引じびきである。

同時どうじに多くのイズムは、零砕れいさいの類例るいれいが、比較ひかく的緻密ちみつな頭脳ずのうに濾過ろかされて凝結ぎょうけつした時に取どる一種いっしゅの形である。形といわんよりはむしろ輪廓りんかくである。中味なかみのないものである。中味なかみを棄てて輪廓りんかくだけを畳たたみ込むのは、天保銭てんぽうせんを脊負せおう代りに紙幣しへいを懐ふところにすると同おなじく小ちいさな人間じんかんとして軽便けいべんだからである。

この意味いみにおいてイズムは会社かいしゃの決算けっさん報告ほうこくに比較ひかくすべきものである。更さらに生徒せいとの学年がくねん成績せいせきに匹敵ひってきすべきものである。僅わずか一行ひとくだりの数字すうじの裏面りめんに、僅わずか二位の得点とくてんの背景はいけいに殆ほとんどありのままには繰返くりかえしがたき、多くの時と事と人間じんかんと、その人間じんかんの努力どりょくと悲喜ひきと成敗せいはいとが潜ひそんでいる。

従ってイズムは既すでに経過すごせる事実じじつを土台どだいとして成立せいりつするものである。過去かこを総束そうそくするものである。経験けいけんの歴史れきしを簡略かんりゃくにするものである。与えられたる事実じじつの輪廓りんかくである。型である。この型を以て未来みらいに臨のぞむのは、天の展開てんかいする未来みらいの内容ないようを、人の頭で拵こしらえた器うつわに盛終もりおおせようと、あらかじめ待ち設もうけると一般いっぱんである。器械きかい的な自然じねん界の現象げんしょうのうち、尤もっとも単調たんちょうな重複ちょうふくを厭いとわざるものには、すぐこの型を応用おうようして実生活せいかつの便宜べんぎを計はかる事が出来できるかも知れない。科学者がくしゃの研究けんきゅうが未来みらいに反射しゃするというのはこのためである。しかし人間じんかん精神せいしん上の生活せいかつにおいて、吾人ごじんがもし一イズムに支配しはいされんとするとき、吾人ごじんは直ただちに与えられたる輪廓りんかくのために生存そんするの苦痛くつうを感かんずるものである。単たんに与えられたる輪廓りんかくの方便ほうべんとして生存そんするのは、形骸けいがいのために器械きかいの用をなすと一般いっぱんだからである。その時わが精神せいしんの発展はってんが自個天然てんねんの法則ほうそくに遵したがって、自己じこに真実しんじつなる輪廓りんかくを、自みずからと自みずからに付与ふよし得ざる屈辱くつじょくを憤いきどおる事さえある。

精神せいしんがこの屈辱くつじょくを感かんずるとき、吾人ごじんはこれを過去かこの輪廓りんかくがまさに崩れんとする前兆ぜんちょうと見みる。未来みらいに引ひき延のばしがたきものを引ひき延のばして無理むりにあるいは盲目的もくてきに利用りようせんとしたる罪過ざいかと見みる。

過去かこはこれらのイズムに因って支配しはいせられたるが故に、これからもまたこのイズムに支配しはいせられざるべからずと臆断おくだんして、一短期たんきの過程かていより得たる輪廓りんかくを胸に蔵して、凡すべてを断ぜんとするものは、升ますを抱いて高さを計はかり、かねて長さを量はからんとするが如き暴挙ぼうきょである。

自然じねん主義しゅぎなるものが起おこって既すでに五、六年になる。これを口にする人は皆それぞれの根拠こんきょあっての事と思おもう。わが知しる限かぎりにおいては、またわが了解りょうかいし得たる限かぎりにおいては(了解りょうかいし得ざる論議ろんぎは暫しばらく措おいて)必かならずしも非難ひなんすべき点ばかりはない。けれども自然じねん主義しゅぎもまた一つのイズムである。人生じんせい上芸術げいじゅつ上、ともに一種いっしゅの因果いんがによって、西洋せいように発展はってんした歴史れきしの断面だんめんを、輪廓りんかくにして舶載はくさいした品物しなもんである。吾人ごじんがこの輪廓りんかくの中味なかみを充じゅうじんするために生きているのでない事は明あきらかである。吾人ごじんの活力かつりょく発展はってんの内容ないようが、自然じねんにこの輪廓りんかくを描いた時、始はじめて自然じねん主義しゅぎに意義いぎが生しょうずるのである。

一般いっぱんの世間せけんは自然じねん主義しゅぎを嫌っている。自然じねん主義者ぎしゃはこれを永久えいきゅうの真理しんりの如くにいいなして吾人ごじん生活せいかつの全面ぜんめんに渉わたって強しいんとしつつある。自然じねん主義者ぎしゃにして今少すこし手強てごわく、また今少すこし根気こんきよく猛進もうしんしたなら、自おのずから覆くつがえるの未来みらいを早はやめつつある事に気がつくだろう。人生じんせいの全局ぜんきょく面を蔽おおう大輪廓りんかくを描いて、未来みらいをその中に追い込もうとするよりも、茫漠ぼうばくたる輪廓りんかく中の一小片おがたを堅固けんごに把持はじして、其処そこに自然じねん主義しゅぎの恒久こうきゅうを認識にんしきしてもらう方が彼らのために得策とくさくではなかろうかと思おもう。

――明治あきはる四三、七、二三にさん『東京とうきょう朝日あさひ新聞しんぶん』――

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Source edition (底本)
底本:「漱石文明論集」岩波文庫、岩波書店


   1986(昭和61)年10月16日第1刷発行

   1998(平成10)年7月24日第26刷発行

入力:柴田卓治

校正:福地博文

1999年8月4日公開

2003年10月9日修正

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柴田卓治
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