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夏目漱石 Soseki Natsume 1867.02.09〜1916.12.09

学者と名誉

がくしゃとめいよ

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木村項きむらこうの発見はっけん者木村きむら博士はかせの名は驚おどろくべき速力そくりょくを以て旬日じゅんじつを出ないうちに日本にぽん全国ぜんこくに広がった。博士はかせの功績こうせきを表彰ひょうしょうした学士会院がくしかいいんとその表彰ひょうしょうをあくまで緊張きんちょうして報道ほうどうする事を忘わすれなかった都下とかの各新聞しんぶんは、久しぶりにといわんよりはむしろ初はじめて、純粋じゅんすいの科学者がくしゃに対して、政客せいかく、軍人いくさびと、及および実業じつぎょう家に譲らぬ注意ちゅういを一般いっぱん社会しゃかいから要求ようきゅうした。学問がくもんのためにも賀すべき事で、博士はかせのためにも喜ばしき事に違ちがいない。

けれども今より一カ月前げつぜんに、この木村きむら博士はかせが何処いずこに何をしているかを知っていたものは、全国ぜんこくを通つうじて僅わずか百人を出ぬ位であったろう。博士はかせが忽然こつぜんと著名ちょめいになったのは、今までまるで人の眼に触れないで経過けいかした科学界がっかいという暗黒あんこくな人世じんせいの象面しょうめんに、一点いってん急に輝かがやく場所ばしょが出来しゅったいたと同おんなじ事である。其所そこが明るくなったのは仕合しあわせである。しかし其所だけが明るくなったのは不都合つごうである。

一般いっぱんの社会しゃかいはつい二、三週間しゅうかん前まで博士はかせの存在そんざいについて全く神経しんけいを使わなかった。一般いっぱんの社会しゃかいは今日きょうといえども科学かがくという世界せかいの存在そんざいについては殆ほとんど不関心ふかんしんに打うち過すぎつつある。彼らから見て闇やみに等ひとしい科学界がっかいが、一様いちようの程度ていどで彼らの眼に暗く映うつる間は、彼らが根柢こんていある人生じんせいの活力かつりょくの或物に対して公平こうへいに無感覚かんかくであったと非難ひなんされるだけで済すむが、いやしくもこの暗ぐらい中の一点いってんが木村きむら項の名で輝やき渡わたる以上いじょう、また他が依然いぜんとして暗くらがりに静しずまり返かえる以上いじょう、彼らが今まで所有しょゆうしていた公平こうへいの無感覚かんかくは、俄然がぜんとして不公平こうへいな感覚かんかくと変性へんせいしなければならない。これまではただ無知むちで済んでいたのである。それが急に不徳ふとく義に転換てんかんするのである。問題もんだいは単ひとえに智愚を界さかいする理性りせい一遍いっぺんの墻かきを乗り超えて、道義どうぎの圏内けんないに落ち込んで来くるのである。

木村きむら項だけが炳へいとして俗人ぞくじんの眸ひとみを焼やくに至った変化へんかにつれて、木村きむら項の周囲しゅういにある暗黒あんこく面は依然いぜんとして、木村きむら項の知られざる前と同じように人からその存在そんざいを忘わすれられるならば、日本にぽんの科学かがくは木村きむら博士はかせ一人ひとりの科学かがくで、他の物理ぶつり学者がくしゃ、数学者がくしゃ、化学者がくしゃ、乃至ないし動植物どうしょくぶつ学者がくしゃに至いたっては、単位たんいをすら充みたす事の出来しゅったいない出来損できそこないでなければならない。貧弱ひんじゃくなる日本にぽんではあるが、余よにはこれほどまでに愚図ぐずが揃そろって科学かがくを研究けんきゅうしているとは思えない。その方ほう面の知識ちしきに疎うとい寡聞かぶんなる余の頭にさえ、この断見だんけんを否定ひていすべき材料ざいりょうは充分じゅうぶんあると思おもう。

社会しゃかいは今まで科学界がっかいをただ漫然まんぜんと暗く眺ながめていた。そうしてその科学界がっかいを組織そしきする学者がくしゃの研究けんきゅうと発見はっけんとに対しては、その比較ひかく的価値かち所どころか、全く自家じかの着衣喫飯ちゃくいきっぱんと交渉こうしょうのない、徒事いたずらごとの如く見傚みなして来た。そうして学士がくし会院かいいんの表彰ひょうしょうに驚ろいて、急に木村きむら氏をえらく吹聴ふいちょうし始はじめた。吹聴ふいちょうの程度ていどが木村きむら氏の偉さと比例ひれいするとしても、木村きむら氏と他の学者がくしゃとを合あわせて、一様いちように坑中こうちゅうに葬り去った一カ月前げつぜんの無知むちなる公平こうへいは、全然ぜんぜん破やぶれてしまった訳になる。一旦いったん木村きむら博士はかせを賞揚しょうようするならば、木村きむら博士はかせの功績こうせきに応じて、他の学者がくしゃもまた適当てきとうの名誉めいよを荷になうのが正当せいとうであるのに、他の学者がくしゃは木村きむら博士はかせの表彰ひょうしょう前と同おんなじ暗黒あんこくな平面へいめんに取とり残のこるされて、ただ一の木村きむら博士はかせのみが、今日きょうまで学者がくしゃ間に維持いじせられた比較ひかく的位地いちを飛び離れて、衆目しゅうもくの前に独ひとり偉大いだいに見まみえるようになったのは少なくとも道義どうぎ的の不公平こうへいを敢あえてして、一般いっぱんの社会しゃかいに妙な誤解ごかいを与うる好意こうい的な悪結果けっかである。

社会しゃかいはただ新聞しんぶん紙の記事きじを信じている。新聞しんぶん紙はただ学士がくし会院かいいんの所置しょちを信じている。学士がくし会院かいいんは固もとより己おのれを信じているのだろう。余といえども木村きむら項の名誉めいよある発見はっけんたるを疑うたがうものではない。けれども学士がくし会院かいいんがその発見はっけん者に比較ひかく的の位置いちを与あたえる工夫くふうを講じないで、徒いたずらに表彰ひょうしょうの儀式ぎしきを祭典さいてんの如く見せしむるため被賞者に絶対ぜったいの優越権えっけんを与あたえるかの如き挙に出でたのは、思慮しりょの周密しゅうみつと弁別べんべつの細緻さいちを標榜ひょうぼうする学者がくしゃの所置としては、余の提供ていきょうにかかる不公平こうへいの非難ひなんを甘んじて受うける資格しかくがあると思おもう。

学士がくし会院かいいんが栄誉えいよある多数たすうの学者がくしゃ中より今年ことしはまず木村きむら氏だけを選んで、他は年々順次じゅんじに表彰ひょうしょうするという意を当初とうしょから持っているのだと弁解かいするならば、木村きむら氏を表彰ひょうしょうすると同時どうじに、その主意しゅいが一般いっぱんに知れ渡わたるように取り計はからうのが学者がくしゃの用意よういというものであろう。木村きむら氏が五百ごひゃく円の賞金しょうきんと直径ちょっけい三寸大の賞牌しょうはいに相当そうとうするのに、他の学者がくしゃはただの一銭の賞金しょうきんにも直径ちょっけい一分いちぶんの賞牌しょうはいにも値せぬように俗衆ぞくしゅうに思わせるのは、木村きむら氏の功績こうせきを表ひょうするがために、他の学者がくしゃに屈辱くつじょくを与えたと同おんなじ事に帰着ちゃくする。

――明治あきはる四四、七、一四『東京とうきょう朝日あさひ新聞しんぶん』――

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Source edition (底本)
底本:「漱石文明論集」岩波文庫、岩波書店


   1986(昭和61)年10月16日第1刷発行

   1998(平成10)年7月24日第26刷発行

入力:柴田卓治

校正:しず

1999年8月13日公開

2003年10月10日修正

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Typed by (入力)
柴田卓治
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しず

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