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太宰治 Osamu Dazai 1909.06.19〜1948.06.13

一日の労苦

いちにちのろうく

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一月二十二とうに日。

日々の告白こくはくという題にしようつもりであったが、ふと、一日ついたちの労苦ろうくは一日ついたちにて足れり、という言葉ことばを思い出し、そのまま、一日ついたちの労苦ろうく、と書きしたためた。

あたりまえの生活せいかつをしているのである。かくべつ報告ほうこくしたいこともないのである。

舞台ぶたいのない役者やくしゃは存在そんざいしない。それは、滑稽こっけいである。

このごろだんだん、自分じぶんの苦悩くのうについて自惚うぬぼれを持って来た。自嘲じちょうし切きれないものを感かんじて来た。生れて、はじめてのことである。自分じぶんの才能さいのうについて、明確めいかくな客観きゃっかん的把握はあくを得た。自分じぶんの知識ちしきを粗末そまつにしすぎていたということにも気づいた。こんな男を、いつまでも、ごろごろさせて置いては、もったいない、と冗談じょうだんでなく、思おもいはじめた。生れて、はじめて、自愛じあいという言葉ことばの真意しんいを知った。エゴイズムは、雲散うんさん霧消むしょうしている。

やさしさだけが残った。このやさしさは、ただものでない。ばか正直しょうじきだけが残った。これも、ただものでない。こんなことを言っている、おめでたさ、これも、ただものでない。

その、ただものでない男が、さて、と立ちあがって、何もない。為すべきことが何もない。手てがかり一つないのである。苦笑くしょうである。

発表はっぴょうをあきらめて、仕事しごとをしているというのは、これは、作者さくしゃの人のよさではない。これは、悪魔あくま以上いじょうである。なかなか、おそろしいことである。

くだらないことばかり言っている。訪客ほうきゃくあきれて、帰がえり支度したくをはじめる。べつに引きとめない。孤独こどくの覚悟かくごも、できている筈はずだ。

もっともっとひどい孤独こどくが来くるだろう。仕方しかたがない。かねて腹案ふくあんの、長ながい小説しょうせつに、そろそろ取とりかかる。

いやらしい男さ。このいやらしさを恐おそれてはならない。私は私自身おのれのぶざまに花を咲かせ得える。かつて、排除はいじょと反抗はんこうは作家さっか修行しゅぎょうの第一歩かずほであった。きびしい潔癖けっぺきを有難ありがたいものに思った。完成かんせいと秩序ちつじょをこそあこがれた。そうして、芸術げいじゅつは枯かれてしまった。サンボリスムは、枯死こしの一瞬いっしゅん前の美うつくしい花であった。ばかどもは、この神棚かみだなの下で殉死じゅんしした。私もまた、おくればせながら、この神棚かみだなの下で凍死とうしした。死んだつもりでいたのだが、この首筋くびすじふとき北方きたかたの百姓ひゃくせいは、何やらぶつぶつ言いながら、むくむく起きあがった。大笑おうわらいになった。百姓ひゃくせいは、恥はずかしい思おもいをした。

百姓ひゃくせいは、たいへんに困った。一時いちじは、あわてて死んだふりなどしてみたが、すべていけないのである。

百姓ひゃくせいは、くるしい思おもいをした。誰にも知られぬ、くるしい思おもいをした。この懊悩おうのうよ、有難う。

私は、自身おのれの若さに気づいた。それに気づいたときには、私はひとりで涙を流ながして大笑おうわらいした。

排除はいじょのかわりに親和しんなが、反省はんせいのかわりに、自己じこ肯定こうていが、絶望ぜつぼうのかわりに、革命かくめいが。すべてがぐるりと急転きゅうてん廻まわした。私は、単純たんじゅんな男である。

浪曼ろうまん的完成かんせいもしくは、浪曼ろまん的秩序ちつじょという概念がいねんは、私たちを救すくう。いやなもの、きらいなものを、たんねんに整理せいりしていちいちこれの排除はいじょに努力どりょくしているうちに日が暮くれてしまった。ギリシャをあこがれてはならない。これはもう、はっきりこの世よに二度と来ないものだ。これは、あきらめなければいけない。これは、捨てなければいけない。ああ、古典こてん的完成かんせい、古典こてん的秩序ちつじょ、私は君に、死しぬるばかりのくるしい恋着れんちゃくの思おもいをこめて敬礼けいれいする。そうして、言ゆう。さようなら。

むかし、古事こじ記の時代じだいに在っては、作者さくしゃはすべて、また、作中さくちゅう人物じんぶつであった。そこに、なんのこだわりもなかった。日記にっきは、そのまま小説しょうせつであり、評論ひょうろんであり、詩であった。

ロマンスの洪水こうずいの中に生育せいいくして来た私たちは、ただそのまま歩けばいいのである。一日ついたちの労苦ろうくは、そのまま一日ついたちの収穫しゅうかくである。「思い煩わずらうな。空飛とぶ鳥を見よ。播まかず。刈らず。蔵に収めず。」

骨のずいまで小説しょうせつ的である。これに閉口へいこうしてはならない。無性格せいかく、よし。卑屈ひくつ、結構けっこう。女性的せいてき、そうか。復讐ふくしゅう心、よし。お調子ちょうしもの、またよし。怠惰たいだ、よし。変人へんじん、よし。化物ばけもの、よし。古典こてん的秩序ちつじょへのあこがれやら、訣別けつべつやら、何もかも、みんなもらって、ひっくるめて、そのまま歩あるく。ここに生長せいちょうがある。ここに発展はってんの路がある。称して浪曼ろまん的完成かんせい、浪曼ろまん的秩序ちつじょ。これは、まったく新あたらしい。鎖につながれたら、鎖のまま歩あるく。十字じゅうじ架に張りつけられたら、十字じゅうじ架のまま歩あるく。牢屋ろうやにいれられても、牢屋ろうやを破らず、牢屋ろうやのまま歩あるく。笑ってはいけない。私たち、これより他に生いきるみちがなくなっている。いまは、そんなに笑っていても、いつの日にか君は、思おもい当あたる。あとは、敗北はいぼくの奴隷どれいか、死滅しめつか、どちらかである。

言い落した。これは、観念かんねんである。心構こころがまえである。日常にちじょう坐臥ざがは十分じゅうぶん、聡明そうめいに用心深く為なすべきである。

君の聞きき上手うわてに乗のせられて、うっかり大事だいじをもらしてしまった。これは、いけない。多少たしょう、不愉快ゆかいである。

君に聞きくが、サンボルでなければものを語れない人間じんかんの、愛情あいじょうの細かさを、君、わかるかね。

どうも、たいへん、不愉快ゆかいである。多少たしょうでも、君にわからせようと努めた、私自身おのれの焦慮しょうりょに気づいて、私は、こんなに不機嫌きげんになってしまった。私自身おのれの孤独こどくの破綻はたんが不愉快ゆかいなのである。こうなって来くると、浪曼ろまん的完成かんせいも、自分じぶんで言いい出でるして置おきながら、十分じゅうぶんあやしいものである。とたんに声あり、そのあやしさをも、ひっくるめて、これを浪曼ろまん的完成かんせいと称しょうするのである。

私は、ディレッタントである。物好ものずきである。生活せいかつが作品さくひんである。しどろもどろである。私の書かくものが、それがどんな形式けいしきであろうが、それはきっと私の全存在そんざいに素直すなおなものであった筈である。この安心あんしんは、たいしたものだ。すっかり居直ってしまった形である。自分じぶんながらあきれている。どうにも、手のつけようがない。

ひとつ君を、笑わせてあげよう。これは小声こごえで言ゆうことであるが、どうも私は、このごろ少すこし太ふとりすぎてしまいまして。

できすぎてしまった。図体ずうたいが大きすぎて、内々、閉口へいこうしている。晩成なすべき大器たいきかも知れぬ。一友人ゆうじんから、銅像演技スタチュ・プレイという讃辞さんじを贈られた。恰好かっこうの舞台ぶたいがないのである。舞台ぶたいを踏み抜いてしまう。野外やがい劇場げきじょうはどうか。

俳優はいゆうで言えば、彦三郎ひこさぶろう、などと、訪客ほうきゃくを大おおいに笑わせて、さてまた、小声こごえで呟つぶやくことには、「悪魔サタンはひとりすすり泣なく。」この男、なかなか食えない。

作家さっかは、ロマンスを書かくべきである。

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Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

First published
「新潮 第三十五年第三号」1938(昭和13)年3月1日
Source edition (底本)
底本:「太宰治全集10」ちくま文庫、筑摩書房

   1989(平成元)年6月27日第1刷発行

底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集第十巻」筑摩書房

   1977(昭和52)年2月25日初版第1刷発行

初出:「新潮 第三十五年第三号」

   1938(昭和13)年3月1日発行

入力:土屋隆

校正:noriko saito

2005年3月17日作成

2016年7月12日修正

青空文庫作成ファイル:

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Typed by (入力)
土屋隆
Proofread by (校正)
noriko saito

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