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太宰治 Osamu Dazai 1909.06.19〜1948.06.13

一問一答

いちもんいっとう

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「何か、最近さいきんの、御感想かんそうを聞かせて下さい。」

「困りました。」

「困りましたでは、私のほうで困ります。何か、聞かせて下さい。」

「人間じんかんは、正直しょうじきでなければならない、と最近さいきんつくづく感かんじます。おろかな感想かんそうですが、きのうも道を歩きながら、つくづくそれを感じました。ごまかそうとするから、生活せいかつがむずかしく、ややこしくなるのです。正直しょうじきに言い、正直しょうじきに進んで行ゆくと、生活せいかつは実げに簡単かんたんになります。失敗しっぱいという事が無なあいのです。失敗しっぱいというのは、ごまかそうとして、ごまかし切れなかった場合ばあいの事を言ゆうのです。それから、無慾むよくということも大事だいじですね。慾張よくばると、どうしても、ちょっと、ごまかしてみたくなりますし、ごまかそうとすると、いろいろ、ややこしくなって、遂ついに馬脚ばきゃくをあらわして、つまらない思おもいをするようになります。わかり切った感想かんそうですが、でも、これだけの事を体得とくするのに、三十さんじゅう四年かかりました。」

「お若わかい頃の作品さくひんを、いま読みかえして、どんな気がしますか。」

「むかしのアルバムを、繰りひろげて見ているような気がします。人間じんかんは変っていませんが、服装ふくそうは変っていますね。その服装ふくそうを、微笑ほほえましい気で見ている事もあります。」

「何か、主義しゅぎ、とでもいったようなものを、持っていますか。」

「生活せいかつに於いては、いつも、愛という事を考かんがえていますが、これは私に限らず、誰でも考かんがえている事でしょう。ところが、これは、むずかしいものです。愛などと言ゆうと、甘あまったるいもののようにお考かんがえかも知れませんが、むずかしいものですよ。愛あいするという事は、どんな事だか、私にはまだ、わからない。めったに使えない言葉ことばのような気がする。自分じぶんでは、たいへん愛情あいじょうの深ぶかい人のような気がしていても、まるで、その逆だったという場合ばあいもあるのですからね。とにかく、むずかしい。さっきの正直しょうじきという事と、少すこしつながりがあるような気もする。愛と正直しょうじき。わかったような、わからないような、とにかく、私には、まだわからないところがある。正直しょうじきは現実げんじつの問題もんだい、愛は理想りそう、まあ、そんなところに私の主義しゅぎ、とでもいったようなものがひそんでいるのかも知れませんが、私には、まだ、はっきりわからないのです。」

「あなたは、クリスチャンですか。」

「教会きょうかいには行きませんが、聖書せいしょは読よみます。世界せかい中で、日本人ほんにんほどキリスト教を正しく理解りかいできる人種じんしゅは少すくないのではないかと思っています。キリスト教に於いても、日本にぽんは、これから世界せかいの中心ちゅうしんになるのではないかと思っています。最近さいきんの欧米人べいじんのキリスト教は実げに、いい加減かげんのものです。」

「そろそろ展覧てんらん会の季節きせつになりましたが、何か、ごらんになりましたか。」

「まだどこの展覧てんらん会も見ていませんが、このごろ、画をたのしんでかいている人が実げに少すくない。すこしも、よろこびが無なあい。生命いのち力が貧弱ひんじゃくです。

ばかに、威張ったような事ばかり言って、すみませんでした。」

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Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

First published
「芸術新聞 第五百六十一号」1942(昭和17)年4月11日
Source edition (底本)
底本:「太宰治全集10」ちくま文庫、筑摩書房

   1989(平成元)年6月27日第1刷発行

底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集第十巻」筑摩書房

   1977(昭和52)年2月25日初版第1刷発行

初出:「芸術新聞 第五百六十一号」

   1942(昭和17)年4月11日発行

※初出時の副題は「三十歳の弁」です。

入力:土屋隆

校正:noriko saito

2005年3月17日作成

2016年7月12日修正

青空文庫作成ファイル:

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Typed by (入力)
土屋隆
Proofread by (校正)
noriko saito

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