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太宰治 Osamu Dazai 1909.06.19〜1948.06.13

ア、秋

ア、あき

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本職ほんしょくの詩人しじんともなれば、いつどんな注文ちゅうぶんがあるか、わからないから、常に詩材の準備じゅんびをして置おくのである。

「秋について」という注文ちゅうぶんが来れば、よし来た、と「ア」の部の引ひき出だしを開いて、愛、青、赤、アキ、いろいろのノオトがあって、そのうちの、あきの部のノオトを選び出し、落ちついてそのノオトを調しらべるのである。

トンボ。スキトオル。と書いてある。

秋になると、蜻蛉とんぼも、ひ弱く、肉体にくたいは死んで、精神せいしんだけがふらふら飛んでいる様子ようすを指さして言っている言葉ことばらしい。蜻蛉とんぼのからだが、秋の日ひざしに、透きとおって見まみえる。

秋ハ夏ノ焼ケ残リサ。と書いてある。焦土しょうどである。

夏ハ、シャンデリヤ。秋ハ、燈籠とうろう。とも書いてある。

コスモス、無残むざん。と書いてある。

いつか郊外こうがいのおそばやで、ざるそば待っている間に、食卓しょくたくの上の古ふるいグラフを開いて見て、そのなかに大震災しんさいの写真しゃしんがあった。一面いちめんの焼野原のはら、市松いちまつの浴衣ゆかた着た女が、たったひとり、疲つかれてしゃがんでいた。私は、胸が焼やき焦こげるほどにそのみじめな女を恋した。おそろしい情慾じょうよくをさえ感じました。悲惨ひいさんと情慾じょうよくとはうらはらのものらしい。息がとまるほどに、苦しかった。枯野かれののコスモスに行ゆき逢あうと、私は、それと同おんなじ痛苦つうくを感かんじます。秋の朝顔あさがおも、コスモスと同おんなじくらいに私を瞬時しゅんじ窒息ちっそくさせます。

秋ハ夏ト同時どうじニヤッテ来ル。と書いてある。

夏の中に、秋がこっそり隠がくれて、もはや来ているのであるが、人は、炎熱えんねつにだまされて、それを見破みやぶることが出来しゅったいぬ。耳を澄まして注意ちゅういをしていると、夏になると同時どうじに、虫が鳴いているのだし、庭に気をくばって見ていると、桔梗ききょうの花も、夏になるとすぐ咲いているのを発見はっけんするし、蜻蛉とんぼだって、もともと夏の虫なんだし、柿も夏のうちにちゃんと実を結んでいるのだ。

秋は、ずるい悪魔あくまだ。夏のうちに全部ぜんぶ、身支度したくをととのえて、せせら笑ってしゃがんでいる。僕くらいの炯眼けいがんの詩人しじんになると、それを見破みやぶることができる。家の者が、夏をよろこび海へ行こうか、山へ行こうかなど、はしゃいで言っているのを見みると、ふびんに思おもう。もう秋が夏と一緒いっしょに忍び込んで来ているのに。秋は、根強ねずよい曲者くせものである。

怪談かいだんヨロシ。アンマ。モシ、モシ。

マネク、ススキ。アノ裏ニハキット墓地ぼちガアリマス。

路問エバ、オンナ唖ナリ、枯野原のはら。

よく意味いみのわからぬことが、いろいろ書いてある。何かのメモのつもりであろうが、僕自身おのれにも書いた動機どうきが、よくわからぬ。

窓外そうがい、庭ノ黒土こくどヲバサバサ這はイズリマワッテイル醜キ秋ノ蝶ヲ見ル。並ハズレテ、タクマシキガ故ニ、死ナズ在リヌル。決シテ、ハカナキ態ていニハ非ズ。と書かれてある。

これを書かきこんだときは、私は大たいへん苦しかった。いつ書きこんだか、私は決けっして忘わすれない。けれども、今は言わない。

捨テラレタ海。と書かれてある。

秋の海水かいすい浴場よくじょうに行ってみたことがありますか。なぎさに破やぶれた絵日傘ひがさが打ち寄せられ、歓楽かんらくの跡、日ひの丸まるの提灯ちょうちんも捨てられ、かんざし、紙屑かみくず、レコオドの破片はへん、牛乳ぎゅうにゅうの空瓶あきびん、海は薄赤く濁って、どたりどたりと浪打っていた。

緒方しょほうサンニハ、子供こどもサンガアッタネ。

秋ニナルト、肌ガカワイテ、ナツカシイワネ。

飛行ひこう機ハ、秋ガ一バンイイノデスヨ。

これもなんだか意味いみがよくわからぬが、秋の会話かいわを盗ぬすみ聞ぎきして、そのまま書きとめて置いたものらしい。

また、こんなのも、ある。

芸術げいじゅつ家ハ、イツモ、弱者じゃくしゃノ友デアッタ筈はずナノニ。

ちっとも秋に関係かんけいない、そんな言葉ことばまで、書かれてあるが、或いはこれも、「季節きせつの思想しそう」といったようなわけのものかも知れない。

その他、

農家のうか。絵本えほん。秋ト兵隊へいたい。秋ノ蚕カイコ。火事かじ。ケムリ。オ寺。

ごたごた一いっぱい書かれてある。

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Where this text comes from

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First published
「若草」1939(昭和14)年10月
Source edition (底本)
底本:「太宰治全集3」ちくま文庫、筑摩書房


   1988(昭和63)年10月25日第1刷発行

底本の親本:「筑摩全集類聚版太宰治全集」筑摩書房

   1975(昭和50)年6月~1976(昭和51)年6月刊行

入力:柴田卓治

校正:小林繁雄

1999年10月20日公開

2005年10月22日修正

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Typed by (入力)
柴田卓治
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