Nihoner

太宰治 Osamu Dazai 1909.06.19〜1948.06.13

愛と美について

あいとびについて

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兄妹きょうだい、五人あって、みんなロマンスが好すきだった。長男ちょうなんは二十にじゅう九歳。法学士がくしである。ひとに接せっするとき、少すこし尊大そんだいぶる悪癖あくへきがあるけれども、これは彼自身おのれの弱さを庇かばう鬼の面めんであって、まことは弱く、とても優やさしい。弟妹おとうとたちと映画えいがを見にいって、これは駄作ださくだ、愚劣ぐれつだと言いながら、その映画えいがのさむらいの義理ぎり人情にんじょうにまいって、まず、まっさきに泣いてしまうのは、いつも、この長兄ちょうけいである。それにきまっていた。映画えいが館を出てからは、急に尊大そんだいに、むっと不気嫌きげんになって、みちみち一言いちごんも口をきかない。生れて、いまだ一度ひとたびも嘘言うそというものをついたことがないと、躊躇ちゅうちょせず公言こうげんしている。それは、どうかと思われるけれど、しかし、剛直ごうちょく、潔白けっぱくの一面いちめんは、たしかに具有ぐゆうしていた。学校がっこうの成績せいせきは、あまりよくなかった。卒業そつぎょう後は、どこへも勤ずとめず、固く一家かずやを守っている。イプセンを研究けんきゅうしている。このごろ人形にんぎょうの家をまた読よみ返かえし、重大じゅうだいな発見はっけんをして、頗すこぶる興奮こうふんした。ノラが、あのとき恋をしていた。お医者いしゃのランクに恋をしていたのだ。それを発見はっけんした。弟妹おとうとたちを呼び集めて、そのところを指摘してきし、大声たいせい叱咤しった、説明せつめいに努力どりょくしたが、徒労とろうであった。弟妹おとうとたちは、どうだか、と首をかしげて、にやにや笑っているだけで、一向いっこうに興奮こうふんの色を示さぬ。いったいに、弟妹おとうとたちは、この兄を甘く見ている。なめている風ふうがある。長女おさめは、二十にじゅう六歳。いまだ嫁がず、鉄道てつどう省に通勤つうきんしている。フランス語が、かなりよくできた。脊丈せたけが、五尺三寸あった。すごく、痩やせている。弟妹おとうとたちに、馬、と呼ばれることがある。髪を短く切って、ロイド眼鏡がんきょうをかけている。心が派手はでで、誰とでもすぐ友達ともだちになり、一生いっしょう懸命けんめいに奉仕ほうしして、捨てられる。それが、趣味しゅみである。憂愁ゆうしゅう、寂寥せきりょうの感を、ひそかに楽たのしむのである。けれどもいちど、同おんなじ課に勤務きんむしている若わかい官吏かんりに夢中むちゅうになり、そうして、やはり捨てられたときには、そのときだけは、流石さすがに、しんからげっそりして、間まの悪さもあり、肺が悪くなったと嘘をついて、一週間しゅうかんも寝て、それから頸くびに繃帯ほうたいを巻いて、やたらに咳せきをしながら、お医者いしゃに見せに行ったら、レントゲンで精細せいさいにしらべられ、稀まれに見みる頑強がんきょうの肺臓はいぞうであるといって医者いしゃにほめられた。文学ぶんがく鑑賞かんしょうは、本格ほんかく的であった。実げによく読よむ。洋の東西とうざいを問わない。ちから余って自分じぶんでも何やら、こっそり書いている。それは本箱ほんばこの右の引ひき出だしに隠かくして在ある。逝去せいきょ二年後に発表はっぴょうのこと、と書き認したためられた紙片しへんが、その蓄積ちくせきされた作品さくひんの上に、きちんと載せられているのである。二年後が、十年後と書き改められたり、二カ月げつ後と書き直されたり、ときには、百年後、となっていたりするのである。次男じなんは、二十にじゅう四歳。これは、俗物ぞくぶつであった。帝大ていだいの医学部がくぶに在籍ざいせき。けれども、あまり学校がっこうへは行ぎょうかなかった。からだが弱よわいのである。これは、ほんものの病人びょうにんである。おどろくほど、美うつくしい顔をしていた。吝嗇りんしょくである。長兄ちょうけいが、ひとにだまされて、モンテエニュの使ったラケットと称しょうする、へんてつもない古ぼけたラケットを五十ごじゅう円に値切って買って来て、得々とくとくとしていたときなど、次男じなんは、陰でひとり、余あまりの痛憤つうふんに、大熱だいねつを発した。その熱のために、とうとう腎臓じんぞうをわるくした。ひとを、どんなひとをも、蔑視べっししたがる傾向けいこうが在ある。ひとが何かいうと、けッという奇怪きっかいな、からす天狗てんぐの笑わらい声ごえに似た不愉快ゆかいきわまる笑わらい声ごえを、はばからず発はっするのである。ゲエテ一点いってん張はりである。これとても、ゲエテの素朴そぼくな詩精神せいしんに敬服けいふくしているのではなく、ゲエテの高位こうい高官こうかんに傾倒けいとうしているらしい、ふしが、無なあいでもない。あやしいものである。けれども、兄妹きょうだいみんなで、即興そっきょうの詩など、競作きょうさくする場合ばあいには、いつでも一いちばんである。できている。俗物ぞくぶつだけに、謂いわば情熱じょうねつの客観きゃっかん的把握はあくが、はっきりしている。自身おのれその気で精進しょうじんすれば、あるいは一流いちりゅう作家さっかになれるかも知れない。この家の、足のわるい十七の女中じょちゅうに、死しぬほど好かれている。次女じじょは、二十一といち歳。ナルシッサスである。ある新聞しんぶん社が、ミス・日本にぽんを募っていたとき、あのときには、よほど自己じこ推薦すいせんしようかと、三夜身悶みもだえした。大声たいせいあげて、わめき散らしたかった。けれども、三夜の身悶みもだえの果、自分じぶんの身長しんちょうが足りないことに気がつき、断念だんねんした。兄妹きょうだいのうちで、ひとり目立って小さかった。四尺七寸である。けれども、決けっして、みっともないものではなかった。なかなかである。深夜しんや、裸形らけいで鏡に向むかい、にっと可愛く微笑してみたり、ふっくらした白じろい両足りょうあしを、ヘチマコロンで洗って、その指先ゆびさきにそっと自身おのれで接吻せっぷんして、うっとり眼をつぶってみたり、いちど、鼻の先に、針で突いたような小ちいさい吹出ふきだし物して、憂鬱ゆううつのあまり、自殺じさつを計ったことがある。読書どくしょの撰定に特色とくしょくがある。明治あきはる初年しょねんの、佳人かじん之奇遇きぐう、経国けいこく美談びだんなどを、古本屋ほんやから捜して来て、ひとりで、くすくす笑わらいながら読んでいる。黒岩くろいわ涙香るいこう、森田もりた思軒しけんなどの、飜訳ほんやく物をも、好んで読よむ。どこから手に入れて来くるのか、名の知れぬ同人どうじん雑誌ざっしをたくさん集めて、面白おもしろいなあ、うまいなあ、と真顔まがおで呟つぶやきながら、端から端まで、たんねんに読破どくはしている。ほんとうは、鏡花きょうかをひそかに、最もっとも愛読あいどくしていた。末弟ばっていは、十八歳である。ことし一高いっこうの、理科りか甲類こうるいに入学にゅうがくしたばかりである。高等こうとう学校がっこうへはいってから、かれの態度たいどが俄然がぜんかわった。兄たち、姉たちには、それが可笑おかしくてならない。けれども末弟ばっていは、大おおまじめである。家庭内ていないのどんなささやかな紛争ふんそうにでも、必かならず末弟ばっていは、ぬっと顔を出だし、たのまれもせぬのに思案しあん深げに審判しんぱんを下おろして、これには、母をはじめ一家中かちゅう、閉口へいこうしている。いきおい末弟ばっていは、一家かずや中ちゅうから敬遠けいえんの形である。末弟ばっていには、それが不満ふまんでならない。長女おさめは、かれのぶっとふくれた不気嫌きげんの顔を見かねて、ひとりでは大人おとなになった気でいても、誰も大人おとなと見ぬぞかなしき、という和歌わかを一首つくって末弟ばっていに与え、かれの在野ざいや遺賢いけんの無聊ぶりょうをなぐさめてやった。顔が熊の子のようで、愛あいくるしいので、きょうだいたちが、何かとかれにかまいすぎて、それがために、かれは多少たしょうおっちょこちょいのところがある。探偵たんてい小説しょうせつを好このむ。ときどきひとり部屋へやの中で、変装へんそうしてみたりなどしている。語学ごがくの勉強べんきょうと称して、和文かずふみ対訳たいやくのドイルのものを買って来て、和文かずふみのところばかり読んでいる。きょうだい中で、母のことを心配しんぱいしているのは自分じぶんだけだと、ひそかに悲壮ひそうの感に打たれている。

父は、五年まえに死んでいる。けれども、くらしの不安ふあんはない。要ようするに、いい家庭かていだ。ときどき皆、一様いちようにおそろしく退屈たいくつすることがあるので、これには閉口へいこうである。きょうは、曇天どんてん、日曜にちようである。セルの季節きせつで、この陰鬱いんうつの梅雨つゆが過すぎると、夏がやって来くるのである。みんな客間きゃくまに集って、母は、林檎りんごの果汁かじゅうをこしらえて、五人の子供こどもに飲ませている。末弟ばっていひとり、特別とくべつに大おおきいコップで飲んでいる。

退屈たいくつしたときには、皆で、物語ものがたりの連作れんさくをはじめるのが、この家のならわしである。たまには母も、そのお仲間なかま入りすることがある。

「何か、無なあいかねえ。」長兄ちょうけいは、尊大そんだいに、あたりを見みまわす。「きょうは、ちょっと、ふうがわりの主人しゅじん公を出だしてみたいのだが。」

「老人ろうじんがいいな。」次女じじょは、卓の上に頬杖ほおづえついて、それも人ひとさし指一本いっぽんで片頬かたほうを支つかえているという、どうにも気障きざな形で、「ゆうべ私は、つくづく考かんがえてみたのだけれど、」なに、たったいま、ふと思おもいついただけのことなのである。「人間じんかんのうちで、一いちばんロマンチックな種属しゅぞくは老人ろうじんである、ということがわかったの。老婆ろうばは、だめ。おじいさんで無くちゃ、だめ。おじいさんが、こう、縁側えんがわにじっとして坐っていると、もう、それだけで、ロマンチックじゃないの。素晴すばらしいわ。」

「老人ろうじんか。」長兄ちょうけいは、ちょっと考かんがえる振ふりをして、「よし、それにしよう。なるべく、甘あまあい愛情あいじょうゆたかな、綺麗きれいな物語ものがたりがいいな。こないだのガリヴァ後日ごにち物語ものがたりは、少すこし陰惨いんざんすぎた。僕は、このごろまた、ブランドを読よみ返かえしているのだが、どうも肩が凝こる。むずかしすぎる。」率直そっちょくに白状はくじょうしてしまった。

「僕にやらせて下さい。僕に、」ろくろく考かんがえもせず、すぐに大声たいせいあげて名乗なのり出でるたのは末弟ばっていである。がぶがぶ大コップの果汁かじゅうを飲んで、やおら御意見いけん開陳かいちん。「僕は、僕は、こう思いますねえ。」いやに、老成ろうせいぶった口調くちょうだったので、みんな苦笑くしょうした。次兄じけいも、れいのけッという怪あやしい笑声しょうせいを発した。末弟ばっていは、ぶうっとふくれて、

「僕は、そのおじいさんは、きっと大数たいすう学者がくしゃじゃないか、と思おもうのです。きっと、そうだ。偉えらい数学者がくしゃなんだ。もちろん博士はかせさ。世界せかい的なんだ。いまは、数学すうがくが急激きゅうげきに、どんどん変っているときなんだ。過渡かと期が、はじまっている。世界せかい大戦たいせんの終おわりごろ、一九いっく二〇年としごろから今日きょうまで、約十年の間にそれは、起りつつある。」きのう学校がっこうで聞いて来たばかりの講義こうぎをそのまま口真似くちまねしてはじめるのだから、たまったものでない。「数学すうがくの歴史れきしも、振りかえって見れば、いろいろ時代じだいと共に変遷へんせんして来たことは確たしかです。まず、最初さいしょの段階だんかいは、微積びせき分学の発見はっけん時代じだいに相当そうとうする。それからがギリシャ伝来でんらいの数学すうがくに対たいする広ひろい意味いみの近代きんだい的数学すうがくであります。こうして新あたらしい領分りょうぶんが開けたわけですから、その開けた直後ちょくごは高たかまるというよりも寧むしろ広ひろまる時代じだい、拡張かくちょうの時代じだいです。それが十八世紀せいきの数学すうがくであります。十九世紀せいきに移うつるあたりに、矢張やはりかかる階段かいだんがあります。すなわち、この時も急激きゅうげきに変った時代じだいです。一人ひとりの代表だいひょう者を選えらぶならば、例たとえば Gauss. g、a、u、ssです。急激きゅうげきに、どんどん変化へんかしている時代じだいを過渡かと期というならば、現代げんだいなどは、まさに大過渡かと期であります。」てんで、物語ものがたりにもなんにもなってやしない。それでも末弟ばっていは、得意とくいである。調子ちょうしが出て来た、と内心ないしんほくほくしている。「やたらに煩瑣はんさで、そうして定理ていりばかり氾濫はんらんして、いままでの数学すうがくは、完全かんぜんに行きづまっている。一つの暗記あんき物に堕してしまった。このとき、数学すうがくの自由じゆう性を叫んで敢然かんぜん立たったのは、いまのその、おじいさんの博士はかせであります。えらいやつなんだ。もし探偵たんていにでもなったら、どんな奇怪きっかいな難事なんじ件でも、ちょっと現場げんばを一まわりして、たちまちぽんと、解決けっしてしまうにちがいない。そんな頭のいい、おじいさんなのだ。とにかく、Cantor の言うたように、」また、はじまった。「数学すうがくの本質ほんしつは、その自由じゆう性に在ある。たしかに、そうだ。自由じゆう性とは、Freiheit の訳です。日本にぽん語では、自由じゆうという言葉ことばは、はじめ政治せいじ的の意味いみに使われたのだそうですから、Freiheit の本来ほんらいの意味いみと、しっくり合わないかも知れない。Freiheit とは、とらわれない、拘束こうそくされない、素朴そぼくのものを指さしていうのです。frei でない例は、卑近ひきんな所に沢山だくさんあるが、多すぎてかえって挙あげにくい。たとえば、僕のうちの電話でんわ番号ばんごうはご存ぞんじの通とおり4823ですが、この三桁けたと四桁けたの間に、コンマをいれて、4,823と書いている。巴里パリのように48 | 23とすれば、まだしも少すこしわかりよいのに、何でもかでも三桁けたおきにコンマを附けなければならぬ、というのは、これはすでに一つの囚とらわれであります。老博士はかせはこのようなすべての陋習ろうしゅうを打破しようと、努めているのであります。えらいものだ。真なるもののみが愛あいすべきものである、とポアンカレが言っている。然しかり。真なるものを、簡潔かんけつに、直接ちょくせつとらえ来ったならば、それでよい。それに越したことがない。」もう、物語ものがたりも何もあったものでない。きょうだいたちも、流石さすがに顔を見合せて、閉口へいこうしている。末弟ばっていは、更さらにがくがくの論を続つずける。「空論くうろんをお話はなして一向いっこうとりとめがないけれど、それは恐縮きょうしゅくでありますが、丁度ちょうどこのごろ解析かいせき概論がいろんをやっているので、ちょっと覚おぼえているのですが、一つの例として級数きゅうすうについてお話はなしたい。二重もしくは、二重以上いじょうの無限むげん級数きゅうすうの定義さだよしには、二種類しゅるいあるのではないか、と思われる。画を書いてお目にかけると、よくわかるのですが、謂わば、フランス式とドイツ式と二つある。結果けっかは同おんなじ様なことになるのだが、フランス式のほうは、すべての人に納得なっとくの行ゆくように、いかにも合理ごうり的な立場たちばである。けれども、いまの解析かいせきの本すべてが、不思議ふしぎに、言い合せたように、平気へいきでドイツ式一方いっぽうである。伝統でんとうというものは、何か宗教しゅうきょう心をさえ起させるらしい。数学界がっかいにも、そろそろこの宗教しゅうきょう心がはいりこんで来ている。これは、絶対ぜったいに排撃はいげきしなければならない。老博士はかせは、この伝統でんとうの打破だはに立ったわけであります。」意気いきいよいよあがった。みんなは、一向いっこうに面白おもしろいくない。末弟ばっていひとり、まさにその老博士はかせの如くふるいたって、さらにがくがくの論をつづける。

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First published
「愛と美について」竹村書房、1939(昭和14)年5月
Source edition (底本)
底本:「新樹の言葉」新潮文庫、新潮社

   1982(昭和57)年7月25日初版発行

   1992(平成4)年11月15日17刷

初出:「愛と美について」竹村書房

   1939(昭和14)年5月

入力:田中久太郎

校正:鈴木厚司

2001年11月1日公開

2016年2月1日修正

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Typed by (入力)
田中久太郎
Proofread by (校正)
鈴木厚司

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