Nihoner

森鴎外 Ogai Mori 1862.02.17〜1922.07.09

牛鍋

ぎゅうなべ

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鍋なべはぐつぐつ煮にえる。

牛肉ぎゅうにくの紅くれないは男のすばしこい箸はしで反かえされる。白くなった方が上になる。

斜に薄く切られた、ざくと云いう名の葱ねぎは、白じろい処が段々に黄いろくなって、褐色かっしょくの汁の中へ沈しずむ。

箸のすばしこい男は、三十さんじゅう前後ぜんごであろう。晴着はれぎらしい印半纏しるしばんてんを着ている。傍そばに折鞄おりかばんが置いてある。

酒を飲んでは肉を反かえす。肉を反しては酒を飲のむ。

酒を注いで遣やる女がある。

男と同年どうねん位であろう。黒繻子くろじゅすの半衿はんえりの掛かった、縞しまの綿入わたいれに、余所行よそゆきの前掛まえかけをしている。

女の目は断えず男の顔に注がれている。永遠えいえんに渇しているような目である。

目の渇かわきは口の渇を忘わすれさせる。女は酒を飲まないのである。

箸のすばしこい男は、二三にさん度反した肉の一切きれを口に入れた。

丈夫たけおな白じろい歯で旨うまそうに噬かんだ。

永遠えいえんに渇している目は動くあごあごに注がれている。

しかしこのに注がれているのは、この二つの目ばかりではない。目が今二つある。

今二つの目の主ぬしは七つか八つ位の娘である。無理むりに上げたようなお煙草たばこぼん盆に、小ちいさい花簪はなかんざしを挿さしている。

白じろい手拭てぬぐいを畳んで膝ひざの上に置いて、割箸わりばしを割って、手に持って待っているのである。

男が肉を三切きれ四切食った頃に、娘が箸を持った手を伸べて、一切きれの肉を挟もうとした。男に遠慮えんりょがないのではない。そんならと云って男を憚はばかるとも見えない。

「待まちねえ。そりゃあまだ煮えていねえ。」

娘はおとなしく箸を持った手を引っ込めて、待っている。

永遠えいえんに渇している目には、娘の箸の空むなしく進んで空しく退いたのを見みる程の余裕よゆうがない。

暫しばらくすると、男の箸は一切きれの肉を自分じぶんの口に運んだ。それはさっき娘の箸の挟もうとした肉であった。

娘の目はまた男の顔に注がれた。その目の中には怨も怒もない。ただ驚がある。

永遠えいえんに渇している目には、四本ほんの箸の悲かなしい競争きょうそうを見みる程の余裕よゆうがなかった。

女は最初さいしょ自分じぶんの箸を割って、盃洗はいせんの中の猪口ちょくを挟んで男に遣った。箸はそのまま膳の縁に寄せ掛けてある。永遠えいえんに渇している目には、またこの箸を顧かえりみる程の余裕よゆうがない。

娘は驚おどろきの目をいつまで男の顔に注いでいても、食べろとは云って貰もらわれない。もう好い頃だと思って箸を出だすと、その度毎に「そりゃあ煮えていねえ」を繰り返される。

驚の目には怨も怒もない。しかし卵から出たばかりの雛ひなに穀物こくもつを啄ついばませ、胎を離はなれたばかりの赤あかん坊ぼうを何なんにでも吸い附かせる生活せいかつの本能ほんのうは、驚の目の主ぬしにも動うごく。娘は箸を鍋から引かなくなった。

男のすばしこい箸が肉の一切きれを口に運はこぶ隙すきに、娘の箸は突然とつぜん手近てじかい肉の一切きれを挟んで口に入れた。もうどの肉も好すく煮えているのである。

少すこし煮え過すぎている位である。

男は鋭く切きれた二皮目かわめで、死んだ友達ともだちの一人娘ひとりむすめの顔をちょいと見た。叱しかりはしないのである。

ただこれからは男のすばしこい箸が一層いっそうすばしこくなる。代りの生なまを鍋に運はこぶ。運んでは反かえす。反しては食くう。

しかし娘も黙って箸を動うごかす。驚の目は、ある目的もくてきに向って動うごく活動かつどうの目になって、それが暫しばらくも鍋を離はなれない。

大おおきな肉の切きれは得られないでも、小ちいさい切きれは得られる。好すく煮えたのは得られないでも、生煮なまにえなのは得られる。肉は得られないでも、葱は得られる。

浅草せんそう公園こうえんに何とかいう、動物どうぶつをいろいろ見みせる処がある。名高なだかい狒々ひひのいた近辺きんぺんに、母と子との猿を一いっしょに入れてある檻おりがあって、その前には例の輪切わぎりにした薩摩さつまいも芋が置いてある。見物けんぶつがその芋を竿さおの尖さきに突き刺して檻の格子こうしの前に出だすと、猿の母と子との間に悲かなしい争奪そうだつが始はじまる。芋が来れば、母の乳房ちぶさを銜ふくんでいた子猿こざるが、乳房ちぶさを放はなして、珍めずらしい芋の方を取ろうとする。母猿ははざるもその芋を取ろうとする。子猿こざるが母の腋わきを潜くぐり、股またを潜もぐり、背に乗のり、頭に乗って取ろうとしても、芋は大抵たいてい母猿ははざるの手に落おちる。それでも四つに一つ、五つに一つは子猿こざるの口にも入いる。

母猿ははざるは争あらそいはする。しかし芋がたまさか子猿こざるの口に這入はいっても子猿こざるを窘いじめはしない。本能ほんのうは存外ぞんがい醜悪しゅうあくでない。

箸のすばしこい本能ほんのうの人は娘の親ではない。親でないのに、たまさか箸の運動うんどうに娘が成功せいこうしても叱しかりはしない。

人は猿よりも進化しんかしている。

四本ほんの箸は、すばしこくなっている男の手と、すばしこくなろうとしている娘の手とに使役せられているのに、今二本ほんの箸はとうとう動かずにしまった。

永遠えいえんに渇している目は、依然いぜんとして男の顔に注がれている。世に苦味走ったという質たちの男の顔に注がれている。

一の本能ほんのうは他の本能ほんのうを犠牲ぎせいにする。

こんな事は獣にもあろう。しかし獣よりは人に多おおいようである。

人は猿より進化しんかしている。

(明治あきはる四十三じゅうそう年一としかず月)

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First published
「心の花」1910(明治43)年1月
Source edition (底本)
底本:「普請中 青年 森鴎外全集2」ちくま文庫、筑摩書房

   1995(平成7)年7月24日第1刷発行

底本の親本:「筑摩全集類聚版森鴎外全集」筑摩書房

   1971(昭和46)年4月~9月刊

初出:「心の花」

   1910(明治43)年1月

入力:鈴木修一

校正:松永正敏

2003年8月20日作成

2016年2月6日修正

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