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国木田独歩 Doppo Kunikida 1871.08.30〜1908.06.23

遺言

いごん

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今度こんどいくさおもい出した多分たぶん太沽たいくうあるわが艦内かんない同じようあるだろうおもからしする横須賀よこすかなるある海軍かいぐん中佐ちゅうさかた

わが艦隊かんたい明治あきはる二十にじゅう天長てんちょう祝しあたかも陸兵りくへい華園口かえんこう上陸じょうりく保護ほごするため集合しゅうごうしていたあるそのであっ自分じぶん士官しかん艦長かんちょうはじ士官しかん諸氏しょし陛下へいか万歳ばんざい祝杯しゅくはいげた士官しかんまわここはわ艦長かんちょうがま乗らない以前いぜんから海軍かいぐん軍役ぐんやく服しいますいう自慢じまん聞かされそれからホールまわっ

戦時せんじ艦内かんない生活せいかつ万事ばんじ平常ふだんよりゆるやかにしてあるこのことに大目おうめあったかホールさわ一通ひととうない椀大わんだいブリキさかずきいうより汁椀しるわん使用しようされいるやつでグイグイあおりながらある月琴げっきん俗歌ぞっかうたかつある四竹よつだけアメリカマーチ調子ちょうし浮かれある悲壮ひそう張り上げロングサインっているろれつ回らくだ巻いいるあるそれぞれそこここ割拠かっきょして勝手かって大気焔だいきえん吐いいた

自分じぶんはいっていきなり一人ひとり水兵すいへい水雷すいらい万歳ばんざいさけそこいた一斉いっせいって自分じぶんかの大杯おうさかずきけた自分じぶんその一二ひとふたつながらシナ水兵すいへい時分じぶんさだめて旅順りょじゅん威海衛いかいえいおおへこみへこんいるだろう彼奴きゃつ万歳ばんざい祝しやろうないかとそれおもしろいチャン万歳ばんざいチャンチャン万歳ばんざいなど思い思いさけその意気いき眼中がんちゅうすでに旅順りょじゅん威海衛いかいえいなしある自分じぶんはなおって船首せんしゅ水雷すいらい一小いちしょう区画くかくあるそこ七、八水兵すいへい仲間なかまはな団体だんたいなし飲んいた

わが水兵すいへいいかにっていて長官ちょうかんたいする敬礼けいれいわすない自分じぶん一同いちどう起立きりつして敬礼けいれいおこなうその態度たいど厳粛げんしゅくなるまだ十二分じゅうにぶんっていないらしい中央ちゅうおうがまいた一人ひとり水兵すいへいこれ酒癖さけくせあまりよくないながら仕事しごとよくやる士官しかんよいやつそれおもしろいはじところですだとたずねるみんな見合わせわらでよいなしゃべるなとめるあるそれかまわずか水兵すいへいこの仲間なかまちかごろ本国ほんこくから手紙てがみです自分じぶんそいつきものぜひ傍聴ぼうちょうしたいものだとってえた見れみんなずつ書状てがみ携えいる

その仕組しくおもしろい手紙てがみいうになっいてそのうもっともはなはだしい罰杯ばっぱいめいずるいう約束やくそくある。『もっともはなはだしいいう意味いみ無論むろん情事じょうじかんすることは言わいであきらかある

さア初めろ自分じぶんき立つそろそろげるになっ自分じぶんそば思いがけないゆえおおいに恐縮きょうしゅくしているあるそれもそはず手紙てがみ手紙てがみことごとく長崎ながさきより横須賀よこすかよりまた品川しながわよりなどはじからそんなのばかりえら合っだからとし情事じょうじしないものないことごとく罰杯ばっぱいべき品物しなもんあるかれこれするうち自分じぶんかいいた水兵すいへいポケットから手紙てがみ引き出そうとしその一通いっつうとしたがかれはそれってポケット押し込んのこ水兵すいへいしたこれがつかなかったらしいいよいよとか酒癖さけくせわる水兵すいへいオイ水野みずの貴様きさましたってサア出せ叫んこいつけしからん水兵すいへいみな起ち上がっサア出せいやなら飲めせま自分じぶんわらながらこれいた

水野みずのこれだけめんだとまじめでいよいよこいつおもしろいせま酒癖さけくせついに本性ほんしょう現わしさざえようやつ突きつけながら罰杯ばっぱいこれだと叫ん強迫きょうはくある自分じぶんあまりのこだと制止せいしせんとする水野みずのそんな軽石かるいしこわいが読まないとうだろうから自分じぶんかれは激昂げっこうして突っ立っ

一筆ひとふで示し参らそろ大同口だいどうこうより手紙てがみただいま到着とうちゃく仕り母様ははさんたいへんおんよろこびながくりかえくりかえらん成り

つまらない! 一人ひとり水兵すいへいわらした水野みずのかまわズンズンそのふるいた

いてはご自身おのれ返事へんじたきおおられまま御枕おんまくらもと筆墨ふですみ用意よういいたしところ永々ながなが病気びょうきゆえのみあせりたまえもおなさなきおんなげありせめて筆せよおおられ言葉ことばどおり一々申し

かならかなら未練みれんのことあるべから

もはやながくあるまじく今日きょう明日あすさだ難きもうことをば今生こんじょう遺言いごんとも心得こころえ深くきざみかれたくそなた順逆じゅんぎゃくあやまたまい前原まえはら一味いちみ加わりものからだにわれさえ肩身かたみ狭き心地ここちいたしこのたびこそそなたかわり大君おおぎみ御為おんため勇ましくたたか代えつぐなわが祖先そせんたかわんこかえすがえすたの

せめて士官しかんならば今日きょう手紙てがみ文句もんく未練みれん大将だいじょうとて兵卒へいそつとて大君たいくん為国ためくにささこれなくかかる心得こころえにてまこと忠義ただよしおもよらそなたうらやみせめて軍夫ぐんぷ加わりもとしおりここくみ一兵士いっぺいしながらそなた幸いいかばかりならんまたもうまでけれど上長じょうちょう命令めいれい堅くまも同列どうれつ方々親しくまじわり艱難かんなんたがにたすけ合いにし大君たいくんおんはげほどひとえに祈り上げ

以上いじょうきわ遺言いごん心得こころえかならかなら女々めめしき挙動ふるまいあるべから

なお細々こまこまことはあによめかきもうべく

したたおおにて仏壇ぶつだんともしびささげわたくしたすられすわりたまいこの遺言いごん告げはとたもうおん悲しく一句いっくぬぐい一句いっくむせびたもうおんありさま痛まし……」

水野みずのこら堪えここ至りごとく手紙てがみもじっとこらいたあだかも電気でんきたれたかのうに一斉いっせい飛び立ったがきわまっだれ一語ひとこと発しない一種いっしゅべからざるすさまじさがこの区画くかく

水野みずの万歳ばんざい! さき叫んかの酒癖さけくせ水兵すいへいあるかれは狂気きょうきごとくその大杯おうさかずき振りまわしこの自分じぶん叫声きょうせい

天皇てんのう陛下へいか万歳ばんざい

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Where this text comes from

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First published
「太平洋」1900(明治33)年8月
Source edition (底本)
底本:「武蔵野」岩波文庫、岩波書店


   1939(昭和14)年2月15日第1刷発行

   1972(昭和47)年8月16日第37刷改版発行

   2002(平成14)年4月5日第77刷発行

底本の親本:「武蔵野」民友社

   1901(明治34)年3月

初出:「太平洋」

   1900(明治33)年8月

入力:土屋隆

校正:蒋龍

2009年4月8日作成

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Typed by (入力)
土屋隆
Proofread by (校正)
蒋龍

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