Nihoner

森鴎外 Ogai Mori 1862.02.17〜1922.07.09

あそび

あそび

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木村きむらは官吏かんりである。

ある日いつもの通とおりに、午前ごぜん六時に目を醒さました。夏の初はじめである。もう外は明るくなっているが、女中じょちゅうが遠慮えんりょしてこの間まだけは雨戸あまどを開けずに置おく。蚊かやの外に小さく燃もえているランプの光で、独寝ひとりねの閨ねやが寂しく見えている。

器械きかい的に手が枕まくらの側そばを探さぐる。それは時計とけいを捜さがすのである。逓信ていしん省で車掌しゃしょうに買って渡わたす時計とけいだとかで、頗すこぶる大おおきいニッケル時計とけいなのである。針はいつもの通とおり、きちんと六時を指さしている。

「おい。戸を開けんか。」

女中じょちゅうが手を拭ふき拭き出て来て、雨戸あまどを繰り開あける。外は相変らず、灰色はいいろの空から細こまかい雨が降っている。暑くはないが、じめじめとした空気くうきが顔に当あたる。

女中じょちゅうは湯帷子ゆかたに襷たすきを肉に食くい入いるように掛かけて、戸を一枚一枚戸袋とぶくろに繰くり入いれている。額には汗がにじんで、それに乱みだれた髪かみの毛けがこびり附いている。

「ははあ、きょうも運動うんどうすると暑くなる日だな」と思おもう。木村きむらの借家しゃくやから電車でんしゃの停留場とめばまで七八しちはち町ある。それを歩いて行ゆくと、涼すずしいと思って門口かどぐちを出ても、行いき着つくまでに汗になる。その事を思ったのである。

縁側えんがわに出て顔を洗あらいながら、今朝けさ急いで課長かちょうに出だすはずの書類しょるいのあることを思おもい出だす。しかし課長かちょうの出でるのは八時三ときぞう十分じゅうぶん頃だから、八時までに役所やくしょへ行けば好いと思おもう。

そして頗すこぶる愉快ゆかいげな、晴々とした顔をして、陰気いんきな灰色はいいろの空を眺ながめている。木村きむらを知らないものが見たら、何が面白くてあんな顔をしているかと怪あやしむことだろう。

顔を洗あらいに出ている間に、女中じょちゅうが手早く蚊を畳たたんで床を上あげている。そこを通とうり抜ぬけて、唐紙とうしを開あけると、居間いまである。

机が二つ九十くじゅう度の角を形づくるように据えて、その前に座布団ふとんが鋪しいてある。そこへ据わって、マッチを擦って、朝日あさひを一本いっぽん飲のむ。

木村きむらは為事しごとをするのに、差当りしなくてはならない事と、暇のある度にする事とを別わけている。一つの机の上を綺麗きれいに空虚くうきょにして置いて、その上へその折々の急いそぐ為事しごとを持って行ゆく。そしてその急いそぐ為事しごとが片付かたずくと、すぐに今一いまいちつの机の上に載せてある物をそのあとへ持もち出だす。この載せてある物はいつも多おおい。堆うずたかく積んである。それは緩急かんきゅうによって畳かさねて、比較ひかく的急いそぐものを上にして置おくのである。

木村きむらは座布団ふとんの側にある日出ひので新聞しんぶんを取とり上あげて、空虚くうきょにしてある机の上に広げて、七面しちめんの処を開あける。文芸ぶんげい欄のある処である。

朝日あさひの灰の翻こぼれるのを、机の向むかうへ吹き落しながら読よむ。顔はやはり晴々としている。

唐紙とうしのあっちからは、はたきと箒ほうきとの音が劇はげしく聞きこえる。女中じょちゅうが急いで寝間ねまを掃除そうじしているのである。はたきの音が殊ことに劇はげしいので、木村きむらは度々小言こごとを言ったが、一日ついたち位くらい直っても、また元の通とおりになる。はたきに附けてある紙ではたかずに、柄の先さきではたくのである。木村きむらはこれを「本能ほんのう的掃除そうじ」と名づけた。鳩はとの卵を抱いているとき、卵と白墨はくぼくの角をおとおとしたのと取とり換かえて置おくと、やはりその白墨はくぼくを抱いている。目的もくてきは余所よそになって、手段しゅだんだけが実行じっこうせられる。塵ちりを取どるためとは思わずに、はたくためにはたくのである。

尤もっともこの女中じょちゅうは、本能ほんのう的掃除そうじをしても、「舌の戦そよぎ」をしても、活溌かっぱつで間まに合あうので、木村きむらは満足まんぞくしている。舌の戦ぎというのは、ロオマンチック時代じだいのある小説しょうせつ家の云った事で、女中じょちゅうが主人しゅじんの出た迹あとで、近所きんじょをしゃべり廻まわるのを謂いうのである。

木村きむらは何か読んでしまって、一寸ちょっと顔を蹙しかめた。大抵たいていいつも新聞しんぶんを置おくときは、極ごく apathiqueアパチック な表情ひょうじょうをするか、そうでなければ、顔を蹙しかめるのである。書いてあるのは毒にも薬にもならないような事であるか、そうでなければ、木村きむらが不公平こうへいだと感かんずるような事であるからである。そんなら読まなくても好さそうなものであるが、やはり読よむ。読んで気のない顔をしたり、一寸ちょっと顔を蹙めたりして、すぐにまた晴々とした顔に戻もどるのである。

木村きむらは文学者がくしゃである。

役所やくしょでは人の手間取まどりのような、精神せいしんのないような、附けたりのような為事しごとをしていて、もう頭が禿はげ掛かっても、まだ一向いっこう幅が利かないのだが、文学者がくしゃとしては多少たしょう人に知られている。ろくな物も書いていないのに、人に知られている。啻ただに知られているばかりではない。一旦いったん人に知られてから、役の方が地方じかた勤ずとめになったり何かして、死んだもののようにせられて、頭が禿はげ掛かった後に東京とうきょうへ戻されて、文学者がくしゃとして復活ふっかつしている。手数てすうの掛かった履歴りれきである。

木村きむらが文芸ぶんげい欄を読んで不公平こうへいを感かんずるのが、自利じり的であって、毀そしられれば腹を立て、褒ほめられれば喜よろこぶのだと云ったら、それは冤罪えんざいだろう。我わが事、人の事と言わず、くだらない物が讃ほめてあったり、面白しろい物ものがけなしてあったりするのを見て、不公平こうへいを感かんずるのである。勿論もちろん自分じぶんが引合ひきあいに出されている時には、一層いっそう切実せつじつに感かんずるには違ない。

ルウズウェルトは「不公平こうへいと見たら、戦え」と世界せかい中を説法せっぽうして歩いている。木村きむらはなぜ戦わないだろうか。実は木村きむらも前半生はんしょうでは盛んに戦ったのである。しかしその頃から役人やくにんをしているので、議論ぎろんをすれば著作ちょさくが出来しゅったいなかった。復活ふっかつしてからは、下手しもてながらに著作ちょさくをしているので、議論ぎろんなんぞは出来しゅったいないのである。

その日の文芸ぶんげい欄にはこんな事が書いてあった。

「文芸ぶんげいには情調じょうちょうというものがある。情調じょうちょうは situationシチュアシヨン の上に成なり立たつ。しかし indfinissableアンデフィニッサアブル なものである。木村きむらの関係かんけいしている雑誌ざっしに出ている作品さくひんには、どれにも情調じょうちょうがない。木村きむら自己じこのものにも情調じょうちょうがないようである。」

約つづめて言えばこれだけである。そして反対はんたいに情調じょうちょうのある文芸ぶんげいというものが例で示してあったが、それが一々木村きむらの感服かんぷくしているものでなかった。中には木村きむらが、立派りっぱな作者さくしゃがあんな物を書かなければ好いいにと思ったものなんぞが挙あげてあった。

一体いったい書いてある事が、木村きむらには善くは分からない。シチュアシヨンの上に成なり立たつ情調じょうちょうなんぞと云いう詞ことばを読んでも、何物なにものをもはっきり考かんがえることが出来しゅったいない。木村きむらは随分ずいぶ哲学てつがくの本も、芸術げいじゅつを論じた本も読んでいるが、こんな詞を読んでは、何物なにものをもはっきり考かんがえることが出来しゅったいない。いかにも文芸ぶんげいには、アンデフィニッサアブルだとも云えば云われそうな、面白おもしろい処があるだろう。それは考かんがえられる。しかしシチュアシヨンとはなんだろう。昔からドラアムやなんぞで、人物じんぶつを時と所とに配り附けた上に出来できるものを言ゆうではないか。ヘルマン・バアルが旧ふるい文芸ぶんげいの覗ねらい処としている、急劇きゅうげきで、豊富とよとみで、変化へんかのある行為こういの緊張きんちょうなんというものと、差別さべつはないではないか。そんなものの上に限って成なり立たつというのが、木村きむらには分からないのである。

木村きむらはさ程ほど自信じしんの強こわい男でもないが、その分からないのを、自分じぶんの頭の悪わるいせいだとは思わなかった。実は反対はんたいに記者きしゃのために頗すこぶる気きの毒どくな、失敬しっけいな事を考かんがえた。情調じょうちょうのある作品さくひんとして挙あげてある例を見て、一層いっそう失敬しっけいな事を考かんがえた。

木村きむらの蹙めた顔はすぐに晴々としてしまった。そして一人ひとり者のなんでも整頓せいとんする癖で、新聞しんぶんを丁寧ていねいに畳んで、居間いまの縁側えんがわの隅に出だして置いた。こうして置けば、女中じょちゅうがランプの掃除そうじに使って、余って不用ふようになると、屑屋くずやに売うるのである。

これは長々とは書いたが、実際じっさい二三にさん分間ふんかんの出来事できごとである。朝日あさひを一本いっぽん飲のむ間の出来事できごとである。

朝日あさひの吸殻すいがらを、灰皿はいざらに代用だいようしている石決明貝あわびがいに棄すてると同時どうじに、木村きむらは何やら思おもい附いたという風で、独笑ひとりわらいをして、側の机に十冊ばかり積つみ上あげてある manuscritsマニュスクリイ らしいものを一抱いっぽうきに抱いて、それを用箪笥ようだんすの上に運んだ。

それは日出にっしゅつ新聞しんぶん社から頼まれている応募おうぼ脚本きゃくほんであった。

日出にっしゅつ新聞しんぶん社が懸賞けんしょうで脚本きゃくほんを募ったとき、木村きむらは選者せんじゃになった。木村きむらは息も衝つけない程用事ようじを持っている。応募おうぼ脚本きゃくほんを読んでいる時間じかんはない。そんな時間じかんを拵こしらえるとすれば、それは烟草休たばこやすみの暇をそれに使つかう外はない。

烟草たばこ休には誰たれも不愉快ゆかいな事をしたくはない。応募おうぼ脚本きゃくほんなんぞには、面白おもしろいと思って読むようなものは、十読んで一つもあるかないかである。

それを読もうと受け合ったのは、頼まれて不精々々ふしょうぶしょうに受け合ったのである。

木村きむらは日出にっしゅつ新聞しんぶんの三面で、度々悪口あっこうを書かれている。いつでも「木村きむら先生せんせい一派いっぱの風俗ふうぞく壊乱かいらん」という詞が使ってある。中にも西洋せいようの誰やらの脚本きゃくほんをある劇場げきじょうで興行こうぎょうするのに、木村きむらの訳本やくほんを使った時にこのお極きまりの悪口あっこうが書いてあった。それがどんな脚本きゃくほんかと云いうと、censureサンシュウル の可笑おかしい程厳きびしいウィインやベルリンで、書籍しょじゃくとしての発行はっこうを許ゆるしているばかりではない、舞台ぶたいでの興行こうぎょうを平気へいきでさせている、頗すこぶる甘あまあい脚本きゃくほんであった。

しかしそれは三面記者きしゃの書いた事である。木村きむらは新聞しんぶん社の事情じじょうには※くら

いが、新聞しんぶん社の芸術げいじゅつ上の意見いけんが三面にまで行き渡っていないのを怪みはしない。

今読んだのはそれとは違たがう。文芸ぶんげい欄に、縦令たとい個人こじんの署名しょめいはしてあっても、何どのことわりがきもなしに載せてある説は、政治せいじ上の社説しゃせつと同じようなもので、社の芸術げいじゅつ観が出ているものと見て好よかろう。そこで木村きむらの書かくものにも情調じょうちょうがない、木村きむらの選択せんたくに与あずかっている雑誌ざっしの作品さくひんにも情調じょうちょうがないと云いうのは、木村きむらに文芸ぶんげいが分からないと云いうのである。文芸ぶんげいの分からないものに、なんで脚本きゃくほんを選ばせるのだろう。情調じょうちょうのない脚本きゃくほんが当選とうせんしたら、どうするだろう。そんな事をして、応募おうぼした作者さくしゃに済すむか。作者さくしゃにも済すむまいが、こっちへも済すむまいと、木村きむらは思った。

木村きむらは悪わるい意味いみでジレッタントだと云われているだけに、そんな目に逢あって、面白くもない物を読まないでも、生活せいかつしていられる。兎とに角かくこの一山ひとやまを退治たいじることは当分とうぶん御免ごめんを蒙こうむりたいと思って、用箪笥たんすの上へ移したのである。

書いたら長くなったが、これは一秒時間じかんの事である。

隣の間では、本能ほんのう的掃除そうじの音が歇やんで、唐紙とうしが開いた。膳ぜんが出た。

木村きむらは根芋ねいもの這入はいっている味噌汁みそしるで朝飯あさめしを食った。

食ってしまって、茶を一杯いっぱい飲のむと、背中せなかに汗がにじむ。やはり夏は夏だと、木村きむらは思った。

木村きむらは洋服ようふくに着換えて、封を切らない朝日あさひを一つ隠かくしに入れて玄関げんかんに出た。そこには弁当べんとうと蝙蝠傘こうもりがさとが置いてある。沓くつも磨いてある。

木村きむらは傘をさして、てくてく出掛でかけた。停留場とめばまでの道は狭せまい町家続いえつずきで、通とおる時に主人しゅじんの挨拶あいさつをする店は大抵たいてい極まっている。そこは気を附けて通とおるのである。近所きんじょには木村きむらに好意こういを表していて、挨拶あいさつなどをするものと、冷澹れいたんで知らない顔をしているものとがある。敵対てきたいの感かんじを持っているものはないらしい。

そこで木村きむらはその挨拶あいさつをする人は、どんな心持こころもちでいるだろうかと推察すいさつして見みる。先まず小説しょうせつなぞを書かくものは変人へんじんだとは確たしかに思っている。変人へんじんと思おもうと同時どうじに、気きの毒どくな人だと感かんじて、protgプロテジェエ にしてくれるという風である。それが挨拶あいさつをする表情ひょうじょうに見えている。木村きむらはそれを厭いやがりもしないが、無論むろん難有ありがたくも思っていない。

丁度ちょうど近所きんじょの人の態度たいどと同おんなじで、木村きむらという男は社交しゃこう上にも余あまり敵を持ってはいない。やはり少すこし馬鹿ばかにする気味きみで、好意こういを表していてくれる人と、冷澹に構わずに置いてくれる人とがあるばかりである。

それに文壇ぶんだんでは折々退治たいじられる。

木村きむらはただ人が構わずに置いてくれれば好いと思おもう。構わずにというが、著作ちょさくだけはさせて貰もらいたい。それを見当けんとう違に罵倒ばとうしたりなんかせずに置いてくれれば好いと思おもうのである。そして少数しょうすうの人がどこかで読んで、自分じぶんと同じような感かんじをしてくれるものがあったら、為合しあわせだと、心のずっと奥の方で思っているのである。

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This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

First published
「三田文學」1910(明治43)年8月
Source edition (底本)
底本:「普請中 青年 森鴎外全集2」ちくま文庫、筑摩書房

   1995(平成7)年7月24日第1刷発行

底本の親本:「筑摩全集類聚版森鴎外全集」筑摩書房

   1971(昭和46)年4月~9月刊

初出:「三田文學」

   1910(明治43)年8月

2016年2月6日修正

入力:鈴木修一

校正:mayu

2001年6月19日公開

2012年11月10日修正

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
Typed by (入力)
鈴木修一
Proofread by (校正)
mayu

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