Nihoner

坂口安吾 Ango Sakaguchi 1906.10.20〜1955.02.17

或る選挙風景

あるせんきょふうけい

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競輪けいりん場はうるさいものだ。あと五分で投票とうひょうを〆切ります、投票とうひょうを〆切ります。拡声かくせい器の間断かんだんない絶叫ぜっきょうの合間あいまにベルが脳天のうてんをドリルで突つきさすように鳴なりつづける。人間じんかんが殺気さっき立だつのは仕方しかたがないような、気違きちがいいじみた騒音そうおんであるが、今度こんどの選挙せんきょはそれよりもひどかった。東京とうきょうも大変たあいへんだったそうだが、私は上京じょうきょうしなかったから知らない。関西かんさいへは旅行りょこうしたが、朝七時前、京都きょうと大阪おうさか間のまだ人の通行つうこうのほとんど見られない路上ろじょうでもう候補こうほ者が無人ぶにんの空間くうかんに向ってメガホンで叫んでいるのが車窓しゃそうから見られた。全然ぜんぜん選挙せんきょの気配きはいを見なかったのは、花の吉野よしの山だけだった。ウネビで自動じどう車にのり、「山の辺の道」を走はしる。大国おうくに主命しゅめいの王国おうこくの地かね。彼を祀まつる総本山ほんざんを三輪みわ山というが、その山に沿そうて西麓さいろくを北上きたかみする旧道きゅうどうを「山の辺の道」という。歴史れきし以前いぜんから今に残のこる日本にぽん最古さいこの道だという。ハッキリ根拠こんきょがあるのかどうか知らないが、物はタメシに通ってみた。その道でも選挙せんきょの自動じどう車にすれちがったね。しかし、総そうじて、私の通過つうかした地は古代こだい帝都ていとの地とはいえ今は寂さびれた田園でんえんであるから、選挙せんきょの気配きはいはかすかであった。昔は絶たえ間まなく勢力せいりょく争あらそいに父子ちちこ兄弟けいてい血に血を争った土地とちであるが、彼らは古墳こふんにねむり、発掘はっくつした廃寺はいじの礎石そせきや古墳こふんの前で選挙せんきょ演説えんぜつをぶッてるキチガイはいなかった。

私の住すむ温泉おんせん市の騒さわぎには驚いたね。県会けんかい議員ぎいんの候補こうほ者が二人ふたりで争ってるだけなのだが、二人ふたりともにトラックに拡声かくせい器をつけて、絶叫ぜっきょうしつつ走はしりまわる。せまい市のことだから、どちらかの声が必かならずきこえている。自動じどう車のほかに歩いて廻まわるオッサン部隊ぶたい、オバサン部隊ぶたい、娘部隊ぶたい、アンチャン部隊ぶたいがある。しかし十人かたまってもメガホンなどというものは無にちかい。それほど拡声かくせい器はすさまじい。鉄砲てっぽうと原子げんしバクダンぐらいの違ちげいだね。この新兵しんぺい器の出現しゅつげんが今度こんどの選挙せんきょの兵器へいき革命かくめいというものだ。この新兵しんぺい器で演説えんぜつするのかと思おもうと、そうではなくて、演説えんぜつは小ちいさな劇場げきじょうで百人ぐらい相手あいてにやる。拡声かくせい器の方はもっぱら、私は△△であります、なにとぞ△△に御投票とうひょう下さい、御投票とうひょう下さい。競輪けいりんと同おんなじ筈だね。あの女アナウンサーを雇ったらしいな。自由じゆう党の候補こうほの方は、炭坑たんこう節かなんか自分じぶんの選挙せんきょ節をつくって唄っていたね。また彼は猫八ねこはちや木下きのした華声のような物マネ、虫の泣なき声ごえなどをやっていたね。彼自身おのれではないらしい。彼自身おのれはトラックの最後尾こうびに後方こうほう正面しょうめんに向って椅子いすに腰かけて威儀いぎを正しているのである。私は△△であります。そう拡声かくせい器で叫んでいるのは彼ではなくてアンチャンだ。彼は六十ろくじゅう何歳かの近藤こんどう勇のような顔をして眉毛まゆげ一ツ動かさない。フランスの近代きんだい劇にこういうのがあるよ。マルセル・アシャールの「ワタクシと遊んでくれませんか」というのさ。カミシモをつけた親方おやかたが(フランスにもカミシモありと思おもいなさい)舞台ぶたいの中央ちゅうおう正面しょうめんに五幕の間一言いちごんも喋しゃべらず毛筋けすじ一ツ動かさずに端坐たんざしているね。最後さいごにたった一言いちごん喋って幕さ。六十ろくじゅう何歳かの近藤こんどう勇氏が喋しゃべるのを、私はとうとう聞かなかった。しかし、物マネが現あらわれるとはフランスのファルス精神せいしんというべし。私はたまたま仕事しごとが忙しくてトラックを追っかけてフランス茶番ちゃばんを観賞かんしょうしていられなかったのは残念ざんねんであった。

ちょうど山の上の「かにや」という旅館りょかんで、呉清源せいげん九段くだんと高川たかがわ格七段の碁の対局たいきょくがあった。この対局たいきょく、呉氏の三目負に終ったが、御両氏りょうし、選挙せんきょの声に悩まされたらしいな。山上さんじょうというものは下界げかいの声が集り、のみならず割われるように大きくまッしぐらに飛びこんでくるからね。両棋士きしは両候補こうほの名と選挙せんきょ節までちゃんと覚おぼえてしまった。私の住居すまいは山の上ではなく、かつ殆ほとんど町外まちはずれで、この市では最もっとも静しずかなところだが、それでも殆ほとんど休やすみなくこの絶叫ぜっきょうをきいていた。その絶叫ぜっきょうが絶えているのは、朝、昼、晩の食事しょくじの時間じかんだけだということを自然じねんに理解りかいするほど執拗しつように悩まされたのである。そしてそれは時に深夜しんや十一時いちじ半までつづいたね。それはダンスホールの許される時間じかんという意味いみに解すべきかも知れん。だが、奇妙きみょうなことに、日中にっちゅうの一定いっていの食事しょくじ時間じかんはピタリと声がやみ、その静寂せいじゃくを破やぶる例外れいがいが完璧かんぺきに一人ひとりの声すらもないのだ。なんという時間じかん的なサムライであろうか。要ようするにこのサムライたちは食事しょくじの時間じかんというものを如何いかに大切たいせつに重大じゅうだいにしているかということを私はキモに銘じたのである。私はトラックの通過つうかを見みるたびに、規則きそく的な十あまりの胃袋いぶくろがそこにひしめいているのを確実かくじつに見た。それらはまさしく胃袋いぶくろであったが、最後尾こうびにイスに腰かけてジッと後方こうほう正面しょうめんを正眼せいがんに見つめている六十ろくじゅう何歳かの武芸者げいしゃ然たる存在そんざいはいかなる臓モツであるか。脳であるか。ノオ! 心臓しんぞうであるか。否、否。それは臓モツではない。そして規則きそく的な胃袋いぶくろに食物しょくもつを供きょうするララ的な象徴しょうちょうでもないらしい。こういうのもフランスの近代きんだい小説しょうせつにあったね。ジャン・コクトオの「ポトマック」というのさ。タコのような口をもった怪物かいぶつで、人間じんかんに吸いついて臓モツも骨もみんな食べてしまう。たべすぎてゲロをはく。しかし日本にぽんの彼はゲロを吐かないかも知れない。胃袋いぶくろの健康けんこうさだけはサムライ風らしいや。

私もついに投票とうひょうに行ったね。私が投票とうひょうにでかけるなどとは、私自身おのれ考かんがえてもいなかった。すくなくとも三四さんし日前にちぜんまでは。私も結局けっきょく、絶たえ間まなき騒音そうおんに屈服くっぷくしたらしい。しかし、私は、一人ひとりの男を、かの六十ろくじゅう何歳かの武芸者げいしゃ然たる存在そんざいを、どうしても当選とうせんさせたくないというヤケクソな気持きもちに襲われ、そのヤケな思おもいをさらにヤケ的に満足まんぞくさせるためにシガない一票を用いたようだ。

彼と争っていた人物じんぶつは民主みんしゅ党の候補こうほ者だった。私は民主みんしゅ党という政党せいとうが共産きょうさん党の次にキライである。否、彼らが再軍備ぐんびを主張しゅちょうしはじめてから、共産きょうさん党と同おんなじぐらいキライであった。しかし、この際はもはや政党せいとうの問題もんだいではなかったのである。

かのトラックの最後尾こうびに腰かけてジッと正眼せいがんに見つめている存在そんざいは、自由じゆう党の候補こうほで、この町のボスであった。私はボスというものがキライだね。金力きんりょくとボスの力に物云わせて票をかきあつめようというだけで、政策せいさくや識見しきけんは殆ほとんどないようだ。もっとも田舎いなかの小ボスぐらいに目めくじらたてる必要ひつようもなかろうから、私は元々投票とうひょうには行ぎょうかないつもりにしていたのさ。

私がムラムラと投票とうひょうに行ゆく気持きもちになったのは、まったく妙な理由りゆうさ。拡声かくせい器の声はずいぶん遠方えんぽうの演説えんぜつまでコクメイにきこえる。投票とうひょうの二三にさん日前にちぜんになって、ふと妙な演説えんぜつがきこえた。民主みんしゅ党の候補こうほがそこで演説えんぜつして立ち去ってまもなく、どこからか彼かのトラックが同おんなじ場所ばしょに現あらわれて、ただ今いまこの場所ばしょで民主みんしゅ党の誰だれそれが私を中傷ちゅうしょう致しましたが……と云って、今演説えんぜつして立ち去ったばかりの敵の効果こうかをコクメイに叩きつぶしているのである。

それは時と場合ばあいによっては、極きわめて然るべき、又、効果こうか的な作戦さくせんであるかも知れん。しかし、この選挙せんきょの場合ばあい、彼にそういうことができるのは彼がボスであり、あらゆる区域くいきに手先てさきの住宅じゅうたくがあって、それをすぐ彼かの本部ほんぶへ電話でんわするような組織そしき網が完備かんびしているせいだろう。智能ちのう的な作戦さくせん勝というよりも、この際はボスならではの作戦さくせんだね。猫が捕えた鼠を弄もてあそんでいるような残酷ざんこくな暴力ぼうりょくを感じたのさ。すぐ後から後からと、まいた効果こうかをコクメイにつぶして廻られては、ボスならぬ組織そしきなき者が哀あわれである。

民主みんしゅ党の候補こうほはインテリの要素ようその豊ゆたかな人で、ボス的なところはなく、識見しきけんもあり、政策せいさくもある人のようであった。党派とうはということを別に、人間じんかん的にどれぐらいマシだか分らない。充分じゅうぶん好感こうかんはもっていたが、わざわざ投票とうひょうにでかける気持きもちはなかった。

私は選挙せんきょの投票とうひょうにはてんで行ゆく気がないのである。選挙せんきょは国民くにたみの義務ぎむだというような考かんがえは私にはない。私は私自身おのれの一票の義務ぎむを問題もんだいにしていないのだ。私は自分じぶんの文学ぶんがくの中に私の社会しゃかい的な役割やくわりの全すべてが含まれていると思っているのさ。選挙せんきょに投じた一票によって私はその責任せきにんを問われたり罰せられたりすることはなかろうが、私は自分じぶんの文学ぶんがくでは社会しゃかい的な責任せきにんを自覚じかくもしているし罰も覚悟かくごしていますよ。追放ついほうになろうと、死刑しけいになろうと、覚悟かくごしています。私にとって文学ぶんがくの仕事しごとは全的ぜんてきなものだから、とにかく私はそれでタクサン、選挙せんきょにも行かないし、訪客ほうきゃくにも会いません。今日きょう的な現象げんしょうに私の生活せいかつを強しいてあわせる必要ひつようはなしと考かんがえ、私の文学ぶんがくについての責任せきにんのみならず、それに附随ふずいするそれらモロモロの日常にちじょう生活せいかつにも自信じしんと責任せきにんは持っております。ですから投票とうひょうに行ゆく考かんがえなど、その時までなかったのですよ。民主みんしゅ党の候補こうほが後々とシラミつぶしに叩かれ、自由じゆう党の候補こうほが叩たたき廻まわりつつ気勢きせいとみに上って、すでに当選とうせんしたように、皆さん、ありがとう、すでに優勢ゆうせいではありますが尚なおこの上にも、なぞとまったく暴力ぼうりょくで相手あいてを叩き伏せつつあることによって満足まんぞく感に酔ってトラックを走らせているドヨメキをきくと、ムラムラと我慢がまんがならなくなりましたね。ボスのボス的なところを、イヤというほど見せつけられ、黙っていると私までボス奴の言いなりになってしまうような不快ふかいな思おもいを味ったのです。自分じぶんの一票ぐらい投じたって、勝かつ見込みこみはないにきまっているが、甚だしく趣味しゅみに合わない投票とうひょうを敢あえて行おこなうことによって、せめてボスの暴力ぼうりょくを黙認もくにんしなかった自分じぶんのヨリドコロを得ようというような心境しんきょうになった。

仕事しごとが一段落だんらくつくと、いつもの夕方ゆうがたの散歩さんぽの時間じかんに、投票とうひょう所へ行きましたよ。投票とうひょうに敬意けいいを払って、この日はわざわざ靴をはきました。ガランガラン下駄げた音をたてるのは失礼しつれいだと思ったからさ。

ところが、どうです。投票とうひょう所は靴をぬがなきゃいけないのだ。私はすぐさま廻れ右、家へ帰ろうとしました。戻もどりかけて、立ちどまり、戻もどりかけて立ちどまり、三べんぐらいやりました。

白タビの首相しゅしょうがわざと土足どそくで選挙せんきょ場へ入場いりばした気持きもちは分わかりますよ。こういう人間じんかんの義務ぎむというものは、できるだけ簡便かんべんな方式ほうしきですむようにするものだ。一々クツをぬがなきゃ這入はいれないようなところを投票とうひょう所に用もちいるバカがあるものか。あんまりバカらしいから、私はクツのまま上ろうかと思ったが、白タビの首相しゅしょうの先例せんれいがあるので、やめたよ。拙者せっしゃは書かくのが商売しょうばいだから、いずれ文字もんじに書けばすむことだ。第一だいいち、甚しく趣味しゅみに合わない投票とうひょうをムリに行おこなうことによって田舎いなかの小ボスに対たいする反感はんかんを満足まんぞくさせようというタテマエなのだから、クツをぬぐのもツイデに我慢がまんすることによって一いっそう満足まんぞくをはかるべきであると、胸をさすッて納得なっとくさせましたね。生れついての物臭ものぐさのせいか、クツをぬいでまで投票とうひょうしようなんてことは、ふだんなら、とても出来しゅったいやしない。

ところが、驚いたことが起ったね。八三はちぞう五〇票と七三しちさん五〇票だかの、丁度ちょうど千票の大差たいさでボスの方が問題もんだいなく落ッこッたのさ。まったくアベコベの結果けっかであった。このボスは現県議けんぎでもあったし、県会けんかいは絶対ぜったい多数たすう党であり、中央ちゅうおうの幹部かんぶは応援おうえんにくる、彼かの本拠ほんきょたる漁師りょうし町ではみんな彼に一票を投とうずる筈であるから、殆ほとんどもれなく駆りだされて九割七分いくらという投票とうひょう率だが、その本拠ほんきょに於てすら彼は絶対ぜったい多数たすうを得ていなかったそうだね。私は、シマッタ! と思ったよ。イヤな思おもいをしてクツをぬぐには及ばなかったのさ。投票とうひょうなんぞしなくとも溜飲りゅういんが下ったのだ。

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First published
「新潮 第四八巻第七号」1951(昭和26)年6月1日
Source edition (底本)
底本:「坂口安吾全集16」ちくま文庫、筑摩書房

   1991(平成3)年7月24日第1刷発行

底本の親本:「新潮 第四八巻第七号」

   1951(昭和26)年6月1日発行

初出:「新潮 第四八巻第七号」

   1951(昭和26)年6月1日発行

入力:持田和踏

校正:ばっちゃん

2024年9月21日作成

青空文庫作成ファイル:

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Typed by (入力)
持田和踏
Proofread by (校正)
ばっちゃん

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