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坂口安吾 Ango Sakaguchi 1906.10.20〜1955.02.17

新らしき性格感情

あたらしきせいかくかんじょう

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最近さいきん私は、N・R・Fの新年しんねん号に於て、イリヤ・エレンブルグが「青年期ねんきロシヤ」という一種いっしゅの報告ほうこく書を寄よせているのを読んだ。U・R・S・Sも生誕せいたん十五年をむかえている。あそこでは、学生がくせい達は学まなぶことの報酬ほうしゅうとして給料きゅうりょうを貰もらい、その給料きゅうりょうで老おいたる両親りょうしんを扶養ふようすることも出来できるらしい。こんなに我々とかけ違った方法ほうほうで成人せいじんした若わかいロシヤの青年せいねん達は、彼等の性格せいかくに於て、心理しんりに於て、まるで変った人間じんかんが育ちはじめているのではないか? エレンブルグは新あたらしい性格せいかくと感情かんじょうをロシヤから探さぐりだすために、若わかい学生がくせい達との問答もんどう録と彼等の手紙てがみ、日記にっき等を此この報告ほうこく書の中へ提出ていしゅつしている。私は興味きょうみをもって読んだ。

生憎あやにく、報告ほうこく書の内容ないようは私を失望しつぼうさせた。彼等の性格せいかくも心理しんりも、まだ我等のままである。空疎くうそな概念がいねんとして心理しんりの変化へんかを主張しゅちょうしていても、まだ身についていない。中には、嫉妬しっとや愛情あいじょうは、如何いかなる制度せいどの変化へんかの中でも、消滅しょうめつしたり変ったりすることはあるまいと述べている学生がくせい達も多かった。

しかし生誕せいたん十五年のロシヤでは急速きゅうそくに変化へんかを断定だんていすることはできぬ。環境かんきょうの力は必かならず人を変化へんかさせる。やがてロシヤの人々は変化しよう。だが、その程度ていどが問題もんだいである。

極きわめて急進きゅうしん的な、人間じんかんの完全かんぜんなる変化へんかを力説りきせつする一学生がくせいは述べている。人間じんかんには社会感情サンチマン・ソシヤルと動物感情サンチマン・ピオロジックとがあるが、ソビエットに於ては、動物どうぶつ感情かんじょうは次第しだいに消滅しょうめつして、人は全すべて社会しゃかい感情かんじょうによって行動こうどうするに至いたるだろうと。

社会しゃかい感情かんじょうとは恐おそらく理性りせいを言ゆうものらしい。そして動物どうぶつ感情かんじょうとは、嫉妬しっとや愛情あいじょうなどの超理性りせい的な感情かんじょうを言ゆうのである。

私は軽率けいそつに否定ひていすることも差控さしひかえるが、さりとて軽率けいそつに賛同さんどうすることもなりがたい。人を美醜びしゅうによって判断はんだんせずに、才能さいのうによって判断はんだんするということは、所詮しょせん同おんなじことではないか。標準ひょうじゅんが美醜びしゅうから才能さいのうへ変ったところで、五十ごじゅう歩百歩のことである。そこから動物どうぶつ感情かんじょうの消滅しょうめつする理由りゆうは見出みだしがたい。同時どうじに動物どうぶつ感情かんじょうの消滅しょうめつが人生じんせいを豊富とよとみにするかどうかを、私は今判じがたい。しかし私は、私自身おのれを実験じっけん台上だいじょうへのせて、一人ひとりのテスト氏を私の中ちゅうから出発しゅっぱつせしめ、このことを考かんがえてみようという気持きもちになっている。所詮しょせん文学ぶんがくに解決かいけつはない。ただ作家さっかは誰しも自分じぶんのテスト氏を育てつづけていなければなるまいと思おもう。

差当って、今私に動物どうぶつ感情かんじょうの消滅しょうめつを空想くうそうしうる一つの場合ばあいが可能かのうのように考かんがえられる。それは人間じんかんから「死」が完全かんぜんに取り去られた時。そしてその時、人間じんかんは永遠えいえんに死滅しめつし、新あたらしい理性りせい的生物せいぶつが誕生たんじょうするかも知れない。

私は、我々の生活せいかつに解ほどき難がたい神秘しんぴと超越ちょうえつを与あたえる奇怪きっかいな魔物まものが、全すべてその不思議ふしぎな源を遠とおく「死」に発しているように思えてならない。やがて死なねばならぬこと――生いき生いきとした生活せいかつの中では一見いちげんさらに問題もんだいでないこの事が、実は無限むげんの錯雑さくざつと、思いがけない表情ひょうじょうを、最もっとも進化しんかした文化ぶんかの諸相しょそうへさえ滲みだし、根を張りめぐらしているように思えてならぬ。完璧かんぺきの制度せいども、死を、順って、人間じんかんを解ほどきがたいように思われてならぬのだ。

今、私にとって、死は我々の生活せいかつに最大さいだいのからくりを生うむ曲者くせものうに見えている。

『桜』昭8・5

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First published
「桜」1933(昭和8)年5月号
Source edition (底本)
底本:「坂口安吾選集 第十巻エッセイ1」講談社


   1982(昭和57)年8月12日第1刷発行

初出:「桜」

   1933(昭和8)年5月号

入力:高田農業高校生産技術科流通経済コース

校正:小林繁雄

2006年7月4日作成

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Typed by (入力)
高田農業高校生産技術科流通経済コース
Proofread by (校正)
小林繁雄

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