Nihoner

江戸川乱歩 Ranpo Edogawa 1894.10.21〜1965.07.28

悪霊物語

あくりょうものがたり

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老人形師

小説しょうせつ家大江蘭えらん堂は、人形にんぎょう師の仕事部屋しごとべやのことを書かく必要ひつように迫られた。ブリタニカや、アメリカナや、大百科ひゃっか辞典じてんをひいて見たが、そういう具体ぐたい的なことはわからなかった。

蘭堂は、いつも服をつくらせている銀座ぎんざの洋服屋ふくやに電話でんわをかけた。そして、表の店に飾ってあるマネキン人形にんぎょうは、どこから仕入しいれているのかと訊たずねた。

マネキン問屋どんやの電話でんわ番号ばんごうがわかったので、そこへ電話でんわした。こちらは小説しょうせつ家の大江蘭えらん堂だが、人形にんぎょう師の仕事部屋しごとべやが見たい。なるべく奇怪きっかいな仕事部屋しごとべやがいい。一つ変かわり者ものの人形にんぎょう師を教えてくれないかと云いうと、先方せんぽうは電話でんわ口で、エヘヘヘヘヘと気味きみわるく笑った。

「あなたさまは、あの恐おそろしい怪奇かいき小説しょうせつをお書かきになる大江蘭えらん堂先生せんせいでございますか。エヘヘヘヘヘ、それでしたら、ちょうどおあつらえむきの老人ろうじんの人形にんぎょう師がございますよ。名人めいじんですがね、そのアトリエには、だれもはいったものがございません。秘密ひみつにしているのです。しかしね、先生せんせい、先生せんせいでしたら見せてくれますよ。伴天連爺バテレンじいさんは、いえね、これがその人形にんぎょう師のあだ名なでございますが、その伴天連ばてれん爺さんは、あなたさまが好すきなのです。あなたさまの小説しょうせつの大の愛読者どくしゃなのでございます。いつも、いちど先生せんせいにお目にかかって、お話がうかがいたいと申しております。先生せんせいのことなら、きっと喜んで、秘密ひみつのアトリエを見せてくれますよ」

ひどくお愛想あいそうのいい店員てんいんであった。伴天連ばてれん爺さんのアトリエは世田谷せたがやの経堂きょうどうにあるのだという。ぜひ、その爺さんに紹介しょうかいしてくれとたのむと、電話でんわで、先方せんぽうの都合つごうを聞いて見ますから、しばらくお待まち下さいといって、いちど電話でんわを切ったが、間もなく返事へんじが来た。

「先生せんせい、先方せんぽうはよろこんでおります。今晩こんばん七時ごろに手がすくから、その頃おたずねくだされば、お待まちすると云っております。先生せんせいにくれぐれもよろしくと申しました」

そこで、大江蘭えらん堂は、その晩、経堂きょうどうの伴天連ばてれん爺さんを訪問ほうもんすることにした。

経堂きょうどうの駅で電車でんしゃをおりて、教えられた道を十丁ほど行ゆくと、街角まちかどに大おおきな石地蔵いしじぞうが立っていた。その向むかうは森になっていて、森のわきを歩いて行ゆくと、生垣いけがきや塀へいばかりの屋敷町やしきまちで、ところどころに草の生えた空地あきちがあった。ボンヤリした街燈がいとうをたよりに、やっと目的もくてきの家にたどりついた。ガラスの割れた門燈もんとうが「日暮紋三ひぐれもんぞう」という表札ひょうさつを照らしていた。これが伴天連ばてれん爺さんの本名ほんななのである。

とびらもない門をはいって行ゆくと、草の中に古ふるい木造きずくりの洋館ようかんが建っていた。

こちらの足音あしおとを聞きつけたのであろう。玄関げんかんのドアがひらいて、赤あかい光の中に小柄こずかな老人ろうじんのシルエットが浮うき出でるした。赤あかい光はチロチロ動いていた。老人ろうじんは燭台しょくだいを自分じぶんのからだのうしろに持って、こちらをじっと見ているらしかった。

「大江蘭えらん堂先生せんせいでしょうな? どうぞ、おはいり下さい。お待まちしておりました」

何かの鳥がさえずっているような、妙に若々しい声であった。

「わたしがバテレンじじいです。よくおいで下さった。さア、こちらへおはいりください」

手をとらんばかりにして、廊下ろうかのドアをひらき、書斎しょさいらしい洋間ようまに請しょうじ入れた。

部屋へやにも電燈でんとうはなかった。爺さんはあたりの様子ようすを見みせるように、太ふとい蝋燭ろうそくの燭台しょくだいをふりてらしてから、それを机の上に置いた。

書棚しょだなにえたいの知れぬ古本こほんがならんでいた。壁には、レオナルド・ダ・ヴィンチの人体じんたい解剖かいぼう図の大おおきな複製ふくせいがベタベタ貼りつけてあった。村役場やくばにあるような粗末そまつな木机と木の椅子いす、蘭堂はその一つにかけさせられ、爺さんも向かいあって腰かけた。

これはすばらしい。これはもう、そのまま怪談かいだんの材料ざいりょうになる。蘭堂はホクホクしていた。爺さんも蘭堂に会えたのが、ひどく嬉うれしいらしく、

「よく来て下さった。なんでもお見せします。なんでもお話はなしします。じゃが、その前に一いっぱい如何いかがですな。上等じょうとうのコニャックがあります」

そういって、本棚ほんだなの古本こほんのあいだに入れてあった、変な形の酒瓶さかびんとグラスを二つ持って来て、酒をついだ。蘭堂がグラスを取って、嗅かいで見みると、なるほどすばらしいコニャックだ。チビリとやって、爺さんの顔を見ていると、爺さんもチビリとやって、ニヤニヤと笑った。

「人形にんぎょう師の秘密ひみつがお知りになりたいのですな、小説しょうせつにお書かきになる?」

だんだん蝋燭ろうそくの光が目に慣なれて来た。爺さんは、六十ろくじゅう五六ごろく歳に見えた。黒ぐろいダブダブの洋服ようふくを着て、痩やせて、顔におそろしく皺しわがあった。目は澄んでいた。茶色ちゃいろの瞳ひとみだった。顔にも老年ろうねんのシミが目立っていた。

「マネキン人形にんぎょうは鋸屑おがくずと紙を型にはめて、そとがわにビニールを塗ぬるのですか」

「そういうのもあります。いろいろありますよ。しかし、わたしは、ショーウィンドウのマネキンなんか造つくりません。そんなものは、弟子でしたちにやらせます。わたしは本職ほんしょくの人形にんぎょう師です。子供こどもの時分じぶんに、安本やすもと亀八かめはちに弟子でし入いりしたこともある。日本式ほんしきの生人形いきにんぎょうですよ。桐きりの木に彫えるのです。上から胡粉ごふんを塗ってみがくのです。これは今でもやりますがね。しかし、なんといっても蝋ろう人形にんぎょうですね。ロンドンのチュソー夫人ふじんの蝋人形にんぎょう館のあれです。わたしは今から二十にじゅう年ほど前に、ロンドンへ行って、あの人形にんぎょうを見て来ました。日本にぽんの生人形にんぎょうも名人めいじんが造ったやつは生きてますが、チュソー夫人ふじんの蝋人形にんぎょうと来たら、まるで人間じんかんですね。生きているのですよ。死体したい人形にんぎょうなら、ほんとうに死んでいるのですよ。大江おうえ先生せんせいはロンドンへおいでになったことは……?」

「ありません。しかし、チュソー夫人ふじんのことは本を読んで知ってますよ。僕もあの蝋人形にんぎょうは好すきですね。皮膚ひふがすき通って、血が通かよっているようでしょう」

「そうです、そうです。血が通っています。死体したい人形にんぎょうなら、脈みゃくがとまったようです」

「で、あなたは、蝋人形にんぎょうを造っておられるのですか」

「そうです。今は蝋人形にんぎょうがおもです。医学校がっこうや博物はくぶつ館の生理せいり模型もけいですよ。病気びょうきの模型もけいが多おおいのです。だが、それはただ金儲かねもうけのためです。美術びじゅつとは云えません。わたしは模型もけい人形にんぎょうで暮くらしを立てて、一方いっぽうで美術びじゅつ人形にんぎょうの研究けんきゅうをしているのですよ。大江おうえ先生せんせいはむろんご承知しょうちでしょうが、ホフマンの『砂男すなお』に出て来くる美うつくしい娘人形にんぎょう、オリンピア嬢でしたかね。あれがわたしの念願ねんがんですよ。おわかりでしょう。世よの中なかの青年せいねんたちが真剣しんけんに恋をするような人形にんぎょうですね」

伴天連ばてれん爺さんは、なかなか物知ものしりであった。ホフマンのナタニエル青年せいねんは、生きた娘よりも、人形にんぎょうのオリンピアに命いのちがけの恋をしたのである。

「それでは、ジェローム・ケイ・ジェロームの『ダンス人形にんぎょう』をお読よみになったことがありますか」

蘭堂はつい誘さそいこまれて、西洋せいよう小説しょうせつの話をはじめた。すると爺さんはニコニコして、

「読よみましたとも、あれはわたしの一いちばん好すきな小説しょうせつの一つですよ。娘たちのダンスの相手あいてとして、いつまで踊っても疲つかれない鉄の男人形にんぎょうを造ってやる人形にんぎょう師の名人めいじんの話でしょう。わたしはああいう名人めいじんになりたくて、修業しゅぎょうしたのですよ。あの鉄の人形にんぎょうも、生きて動うごき出でるしたのですね。一人ひとりの娘を抱いたまま、無限むげんに踊おどりつづけたのですね。実げにいい話だ。ああいう小説しょうせつを読よむと、人形にんぎょう師の生いき甲斐がいを感かんじますよ」

ジェロームの「ダンス人形にんぎょう」は訳が出ていないはずだから、この老人ろうじん形師は外国語こくごも読よめるのであろう。あらためて書棚しょだなの古本こほんを眺ながめると、英語えいごでもフランス語でもドイツ語でもない背文字もんじがあった。蘭堂はなんだか気味きみがわるくなって来た。目の前の皺だらけの小ちいさな老人ろうじんが、奥底おくそこの知れない人物じんぶつに感かんじられて来た。

「蝋人形にんぎょうはどうして造つくるのですか。やはり型にはめるのですか」

「粘土ねんどで原型げんけいを造つくることもありますが、直接ちょくせつ実物じつぶつからとる場合ばあいもあるのです」

「実物じつぶつからとは?」

「食堂しょくどうのショーウィンドウに並んでいる蝋製の料理りょうり見本みほんをごらんになったことがあるでしょう。あれは実物じつぶつに石膏せっこうをぶっかけて、女型めがたをつくることが多おおいのですよ。そこへ蝋を流しこんで固かため、彩色いろどりするのです。人間じんかんでも同おんなじことです。ただ石膏せっこうがたくさんいるだけですよ」

「じゃあ、人間じんかんの肌に石膏せっこうをぬるのですね」

「そうです。ごらんなさい。ここに見本みほんがありますよ。ホラ、これがわたしの手です。実物じつぶつと見くらべてごらんなさい」

やっぱり本棚ほんだなの古本こほんのあいだから、ひらいた人間あいの手てを取とり出だして、机の上においた。手首てくびのところから切りとった手ての平ひらである。老人ろうじん形師は、自分じぶんの手をひらいて、それとならべて机の上にさし出でるした。小ちいさな皺の一つ一つ、しなびた老人ろうじんの手の色合いろあいが、そのまま出ている。どちらが本物ほんものかわからないほどであった。

「これは、わたしの手に石膏せっこうをぬって、女型をとったのです。全身ぜんしんをとるのも、りくつは同おんなじですよ」

「では、ほんとうの人間じんかんからとった全身ぜんしん人形にんぎょうも造ったことがあるのですね」

「ありますとも、画家がかがモデルを使つかうように、人形にんぎょう師もモデルを使つかうのです。モデルはドロドロの石膏せっこうにうずまるのですから、あまり気持きもちがよくありませんがね。顔をとるときは、鼻の穴にゴム管を通とおして、息ができるようにしておくのです。たいていの娘はいやがりますが、なかには、石膏せっこうにとじこめられ、抱きしめられるような気持きもちが好すきだといって、進んでモデルになる娘もいますよ」

伴天連ばてれん爺さんは、歯の抜けた口をあけて、ニヤニヤと笑った。

「そのアトリエを見せていただきたいものですね」

「むろん、お見せしますよ。では、これをすっかり飲んでから、アトリエへ行きましょう、今晩はうすら寒さむいですから、からだをあたためてからね」

老人ろうじんはそういって、グラスを取りあげ、グッとのみほした。蘭堂もそれにならった。強こわい酒が腹にしみわたって、からだがほてってくるようであった。

老人ろうじんは机の上の燭台しょくだいを持って、先に立たった。そのとき、蝋燭ろうそくの光の加減かげんで、机の上にほうり出してある蝋製の手首てくびが少すこし動いたように見えた。それから、まっ暗くらな廊下ろうかを三間げんほど行ったところで、老人ろうじんは何かカチカチ云わせている。ポケットから取とり出だした鍵でドアをあけようとしているのだ。

「このあいだ電燈でんとう会社かいしゃと喧嘩けんかをしてしまいましてね、電燈でんとうがつかないのです。少々暗ぐらいが、我慢がまんして下さい。もっとも、わたしは夜は仕事しごとをしませんから、電燈でんとうがなくても、べつに差支さしつかえありませんがね」

弁解べんかいをしているうちに、ドアがひらくと、彼は燭台しょくだいをヌッとこちらへさし出して、しばらく、じっと蘭堂の顔を見つめていた。

「びっくりしてはいけませんよ。なにしろ蝋人形にんぎょうというやつは、ちょっと気味きみのわるいものですからね」

警告けいこくするように云って、部屋へやの中へはいって行った。蘭堂は年甲斐としがいもなく、少すこし怖こわくなって来たが、それがまた、たまらない魅力みりょくでもあった。彼はオズオズと老人ろうじんのあとにつづいた。

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Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

First published
「講談倶楽部」講談社、1954(昭和29)年9月増刊
Source edition (底本)
底本:「江戸川乱歩全集 第17巻 化人幻戯」光文社文庫、光文社

   2005(平成17)年4月20日初版1刷発行

底本の親本:「江戸川乱歩全集 第十六巻」春陽堂

   1955(昭和30)年12月

初出:「講談倶楽部」講談社

   1954(昭和29)年9月増刊

※底本巻末の編者による語注は省略しました。

入力:入江幹夫

校正:植松健伍

2019年6月28日作成

青空文庫作成ファイル:

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Typed by (入力)
入江幹夫
Proofread by (校正)
植松健伍

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