Nihoner

江戸川乱歩 Ranpo Edogawa 1894.10.21〜1965.07.28

陰獣

いんじゅう

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一

私は時々思うことがある。探偵たんてい小説しょうせつ家というものには二種類しゅるいあって、一つの方は犯罪はんざい者型とでも云いうか、犯罪はんざいばかりに興味きょうみを持もち、仮令たとえ推理すいり的な探偵たんてい小説しょうせつを書かくにしても、犯人はんにんの残虐ざんぎゃくな心理しんりを思おもうさま書かないでは満足まんぞくしない様な作家さっかであるし、もう一つの方は探偵たんてい型とでも云いうか、ごく健全けんぜんで、理智まさとも的な探偵たんていの径路けいろにのみ興味きょうみを持もち、犯罪はんざい者の心理しんりなどには一向いっこう頓着とんちゃくしない様な作家さっかであると。そして、私がこれから書こうとする探偵たんてい作家さっか大江春泥おおえしゅんでいは前者ぜんしゃに属し、私自身おのれは恐おそらく後者こうしゃに属ぞくするのだ。随したがって私は、犯罪はんざいを取扱あつかう商売しょうばいにも拘かかわらず、ただ探偵たんていの科学的がくてきな推理すいりが面白おもしろいので、聊いささかも悪人あくにんではない。いや恐おそらく私程ほど道徳どうとく的に敏感びんかんな人間じんかんは少すくないと云ってもいいだろう。そのお人好よしで善人ぜんにんな私が、偶然ぐうぜんにもこの事件じけんに関係かんけいしたというのが、抑そもそも事の間違まちがいであった。若もし私が道徳どうとく的にもう少すこし鈍感どんかんであったならば、私にいくらかでも悪人あくにんの素質そしつがあったならば、私はこうまで後悔こうかいしなくても済んだであろう。こんな恐おそろしい疑惑ぎわくの淵ふちに沈まなくても済んだであろう。いや、それどころか、私はひょっとしたら、今頃いまごろは美うつくしい女房にょうぼうと身に余あまる財産ざいさんに恵まれて、ホクホクもので暮くらしていたかも知れないのだ。

事件じけんが終ってから、大分だいぶ月日がっぴがたったので、ある恐おそろしい疑惑ぎわくは未いまだに解けないけれど、私は生々なまなましい現実げんじつを遠ざかって、いくらか回顧的かいこてきになっている。それでこんな記録きろくめいたものも書いて見みる気になったのだが、そして、これを小説しょうせつにしたら、仲々面白おもしろい小説しょうせつになるだろうと思おもうのだが、併しかし私は終おわりまで書かくことは書いたとしても、直ただちに発表はっぴょうする勇気ゆうきはない。何故なぜと云って、この記録きろくの重要じゅうような部分ぶぶんを為なす所の小山田おやまだ氏変死へんし事件じけんは、まだまだ世人せじんの記憶きおくに残っているのだから、どんなに変名へんみょうを用い、潤色じゅんしょくを加えて見た所で、誰も単たんなる空想くうそう小説しょうせつとは受取うけとりってくれないだろう。随って、広ひろい世間せけんにはこの小説しょうせつによって迷惑めいわくを受うける人もないとは限らないし、又私自身おのれそれが分っては恥しくもあり不快ふかいでもある。というよりは、本当ほんとを云いうと私は恐おそろしいのだ。事件じけんそのものが、白昼はくちゅうの夢の様に、正体せいたいの掴つかめぬ、変に不気味きみな事柄ことがらであったばかりでなく、それについて私の描えがいた妄想もうそうが、自分じぶんでも不快ふかいを感かんじる様な恐おそろしいものであったからだ。私は今でも、それを考かんがえると、青空あおぞらが夕立ゆうだち雲で一杯いっぱいになって、耳の底でドロンドロンと太鼓たいこの音みたいなものが鳴なり出だす。そんな風に眼の前が暗くなり、この世よが変なものに思われて来くるのだ。

そんな訳で、私はこの記録きろくを今いま直すぐ発表はっぴょうする気はないけれど、いつかは一度ひとたび、これを基もとにして私の専門せんもんの探偵たんてい小説しょうせつを書いて見たいと思っている。これは謂いわばそのノートに過すぎないのだ。やや詳くわしい心覚こころおぼえに過すぎないのだ。私は、だから、これを正月しょうがつのところ丈だけで、あとは余白よはくになっている古ふるい日記帳きちょうへ、丁度ちょうど長々しい日記にっきでもつける気持きもちで、書かきつけて行ゆくのである。

私は事件じけんの記述きじゅつに先せんだって、この事件じけんの主人しゅじん公である探偵たんてい作家さっか大江おうえ春泥しゅんでいの人ひととなりについて、作風さくふうについて、又彼かの一種いっしゅ異様いような生活せいかつについて、詳しく説明せつめいして置おくのが便利べんりであるとは思おもうのだけれど、実は私は、この事件じけんが起おこるまでは、書いたものでは彼を知ってもいたし、雑誌ざっしの上で議論ぎろんさえしたことがあるのだけれど、個人的じんてきの交際こうさいもなく、彼かの生活せいかつもよくは知らなかった。それをやや詳しく知ったのは、事件じけんが起ってから、私の友達ともだちの本田ほんだという男を通つうじてであったから、春泥しゅんでいのことは、私が本田ほんだに聞合ききあわせ調しらべ廻まわった事実じじつを書かく時に記しるすこととして、出来事できごとの順序じゅんじょに従って、私がこの変な事件じけんに捲まき込まれるに至った、最初さいしょのきっかけから筆を起おこして行ゆくのが、最もっとも自然じねんである様に思おもう。

それは昨年さくねんの秋、十月かんなずきなかばのことであった。私は古ふるい仏像ぶつぞうが見たくなって、上野うえのの帝室ていしつ博物はくぶつ館の、薄暗くガランとした部屋へや部屋へやを、足音あしおとを忍ばせて歩き廻っていた。部屋へやが広くて人気ひとけがないので、一寸ちょっとした物音ものおとが怖こわい様な反響はんきょうを起おこすので、足音あしおとばかりではなく、咳せきばらいさえ憚はばかられる様な気持きもちだった。博物はくぶつ館というものが、どうしてこうも不人気ふにんきであるかと疑われる程そこには人の影がなかった。陳列ちんれつ棚の大おおきなガラスが冷く光ひかり、リノリウムには小ちいさなほこりさえ落おちていなかった。お寺のお堂みたいに天井てんせいの高だかい建物たてもんは、まるで水の底にでも在ある様に、森閑しんかんと静まり返っていた。

丁度ちょうど私が、ある部屋へやの陳列ちんれつ棚の前に立って、古ふるめかしい木彫きぼりの菩薩像ぼさつぞうの、夢の様なエロティクに見入っていた時、うしろに、忍ばせた足音あしおとと、幽かすかな絹きぬずれの音がして、誰かが私の方へ近づいて来くるのが感かんじられた。私は何かしらゾッとして、前のガラスに映うつる人の姿を見た。そこには、今の菩薩ぼさつ像と影を重かさねて、黄八丈きはちじょうの様な柄がらの袷あわせを着た、品のいい丸髷まるまげ姿の女が立っていた。女はやがて私の横に肩を並なべて立止り、私の見ていた同おんなじ仏像ぶつぞうにじっと眼を注つぐのであった。

私は、あさましいことだけれど、仏像ぶつぞうを見ている様な顔をして、時々チラチラと女の方へ眼をやらないではいられなかった。それ程その女は私の心を惹ひいたのだ。彼女かのじょは青白あおじろい顔をしていたが、あんなに好このもしい青白あおじろいさを私は甞かつて見たことがなかった。この世よに若もし人魚にんぎょというものがあるならば、きっとあの女の様な優艷ゆうえんな肌を持っているに相違そういない。どちらかと云えば昔風の瓜実顔うりざねがおで、眉まゆも鼻も口も首筋くびすじも、肩も、悉ことごとくの線が優ゆうに弱々しく、なよなよとしていて、よく昔の小説しょうせつ家が形容けいようした様な、触さわれば消えて行ゆくかと思われる風情ふぜいであった。私は今でも、あの時の彼女かのじょのまつげの長ながい、夢見ゆめみる様なまなざしを忘わすれることは出来しゅったいない。

どちらが初はじめ口を切ったのか、私は今妙に思い出せぬけれど、恐おそらくは私が何かのきっかけを作ったのであろう。彼女かのじょと私とはそこに並んでいた陳列ちんれつ品について二言にごん三言口を利きき合ったのが縁となって、それから博物はくぶつ館を一巡いちじゅんして、そこを出て上野かんつけのの山内さんないを山下やましたへ通とうり抜ぬけるまでの長ながい間、道づれとなってポッツリポッツリと、色々の事を話し合ったのである。

そうして話をして見みると、彼女かのじょの美しさは一段いちだんと風情ふぜいを増まして来くるのであった。中にも彼女かのじょが笑わらう時の、恥らい勝かちな、弱々しい美しさには、私は何か古ふるめかしい油絵あぶらえの聖女せいじょの像でも見ている様な、又はあのモナリザの不思議ふしぎな微笑えみを思おもい起おこす様な、一種いっしゅ異様いようの感かんじにうたれないではいられなかった。彼女かのじょの糸切歯いときりばは真白まっしろで大きくて、笑わらう時には、唇くちびるの端はしがその糸切歯せっしにかかって、謎の様な曲線きょくせんを作ずくるのだが、右の頬ほおの青白あおじろい皮膚ひふの上の大おおきな黒子ほくろが、その曲線きょくせんに照応しょうおうして、何とも云えぬ優しく懐なつかしい表情ひょうじょうになるのだった。

だが、若もし私が彼女かのじょの項うなじにあの妙なものを発見はっけんしなかったならば、彼女かのじょはただ上品じょうぼんで優しくて弱々しくて、触れば消えてしまいそうな美うつくしい人という以上いじょうに、あんなにも強く私の心を惹かなかったであろう。彼女かのじょは巧たくみに衣紋えもんをつくろって、少すこしも態わざとらしくなく、それを隠かくしていたけれど、上野かんつけのの山内さんないを歩いている間に、私はチラと見てしまった。彼女かのじょの項には、恐おそらく背中せなかの方まで深く、赤痣あかあざの様な太ふとい蚯蚓脹みみずばれが出来しゅったいていたのだ。それは生うまれつきの痣の様にも見えたし、又、そうではなくて、近頃ちかごろ出来しゅったいた傷痕きずあとの様にも思われた。青白あおじろい滑なめらかな皮膚ひふの上に、恰好かっこうのいいなよなよとした項の上に、赤黒あかぐろい毛糸けいとを這はわせた様に見まみえるその蚯蚓脹みみずばれが、その残酷ざんこく味が、不思議ふしぎにもエロティクな感かんじを与えた。それを見みると、今迄いままで夢の様に思われた彼女かのじょの美しさが、俄にわかに生々しい現実げんじつ味を伴って、私に迫って来くるのであった。

話はなしている間に、彼女かのじょは合資ごうし会社かいしゃ碌々商会しょうかいの出資しゅっし社員しゃいんの一人ひとりである実業じつぎょう家小山田おやまだ六郎ろくろう氏の夫人ふじん、小山田おやまだ静子しずこであったことが分って来たが、幸さいわいなことには、彼女かのじょは探偵たんてい小説しょうせつの読者どくしゃであって、殊ことに私の作品さくひんは好すきで愛読あいどくしているということで(それを聞いた時私はゾクゾクする程嬉うれしかったことを忘わすれない)つまり作者さくしゃと愛読者どくしゃの関係かんけいが私達を少すこしの不自然じねんもなく親しませ、私はこの美うつくしい人と、それきり別わかれてしまう本意ほんいなさを味あじわわなくて済んだ。私達はそれを機縁きえんに、それから度々たびたび手紙てがみのやり取とりをした程の間柄あいだがらとなったのである。

私は、若わかい女の癖くせに人気ひとけのない博物はくぶつ館などへ来ていた静子しずこの上品じょうぼんな趣味しゅみも好ましかったし、探偵たんてい小説しょうせつの中でも最もっとも理智まさとも的だと云われている私の作品さくひんを愛読あいどくしている彼女かのじょの好このみも懐しく、私は全まったく彼女かのじょに溺おぼれ切ってしまった形で、誠に屡々しばしば彼女かのじょに意味いみもない手紙てがみを送ったものであるが、それに対して、彼女かのじょは一々鄭重ていちょうな、女らしい返事へんじをくれた。独身ひとりもので淋さびしがりやの私は、この様なゆかしい女友達ともだちを得たことを、どんなに喜んだことであろう。

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First published
「新青年」博文館、1928(昭和3)年8月増刊~10月
Source edition (底本)
底本:「江戸川乱歩全集 第3巻 陰獣」光文社文庫、光文社

   2005(平成17)年11月20日初版1刷発行

底本の親本:「陰獣」博文館

   1930(昭和5)年8月第15版

初出:「新青年」博文館

   1928(昭和3)年8月増刊~10月

※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

※「纏」と「纒」、「背」と「脊」、「鼓動」と「皷動」、「合わせ」と「合せ」、「嘗つて」と「甞つて」、「惨虐」と「残虐」、「気持ち」と「気持」の混在は、底本通りです。

※底本巻末の平山雄一氏による註釈は省略しました。

入力:金城学院大学 電子書籍制作

校正:まつもこ

2021年9月27日作成

青空文庫作成ファイル:

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金城学院大学 電子書籍制作
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まつもこ

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