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新美南吉 Nankichi Niimi 1913.07.30〜1943.03.22

赤い蝋燭

あかいろうそく

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山から里の方へ遊あそびにいった猿さるが一本いっぽんの赤あかい蝋燭ろうそくを拾いました。赤あかい蝋燭ろうそくは沢山たくさんあるものではありません。それで猿は赤あかい蝋燭ろうそくを花火はなびだと思い込んでしまいました。

猿は拾った赤あかい蝋燭ろうそくを大事だいじに山へ持って帰がえりました。

山では大たいへんな騒さわぎになりました。何なにしろ花火はなびなどというものは、鹿しかにしても猪ししにしても兎うさぎにしても、亀かめにしても、鼬いたちにしても、狸たぬきにしても、狐きつねにしても、まだ一度ひとたびも見たことがありません。その花火はなびを猿が拾って来たというのであります。

「ほう、すばらしい」

「これは、すてきなものだ」

鹿や猪や兎や亀や鼬や狸や狐が押合あいへしあいして赤あかい蝋燭ろうそくを覗のぞきました。すると猿が、

「危あぶない危あやうい。そんなに近よってはいけない。爆発ばくはつするから」といいました。

みんなは驚いて後込しりごみしました。

そこで猿は花火はなびというものが、どんなに大おおきな音をして飛出とびだすか、そしてどんなに美しく空にひろがるか、みんなに話はなして聞かせました。そんなに美うつくしいものなら見たいものだとみんなは思いました。

「それなら、今晩こんばん山の頂上てっぺんに行ってあそこで打上げて見よう」と猿がいいました。みんなは大たいへん喜よろこびました。夜の空に星をふりまくようにぱあっとひろがる花火はなびを眼めに浮べてみんなはうっとりしました。

さて夜になりました。みんなは胸をおどらせて山の頂上てっぺんにやって行きました。猿はもう赤あかい蝋燭ろうそくを木の枝にくくりつけてみんなの来くるのを待っていました。

いよいよこれから花火はなびを打上うちあげることになりました。しかし困ったことが出来しゅったいました。と申もうしますのは、誰も花火はなびに火をつけようとしなかったからです。みんな花火はなびを見みることは好すきでしたが火をつけにいくことは、好すきでなかったのであります。

これでは花火はなびはあがりません。そこでくじをひいて、火をつけに行ゆくものを決きめることになりました。第一だいいちにあたったものは亀でありました。

亀は元気げんきを出だして花火はなびの方へやって行きました。だがうまく火をつけることが出来しゅったいたでしょうか。いえ、いえ。亀は花火はなびのそばまで来くると首が自然じねんに引込ひっこんでしまって出て来なかったのでありました。

そこでくじがまたひかれて、こんどは鼬が行ゆくことになりました。鼬は亀よりは幾分いくぶんましでした。というのは首を引込めてしまわなかったからであります。しかし鼬はひどい近眼きんがんでありました。だから蝋燭ろうそくのまわりをきょろきょろとうろついているばかりでありました。

遂々とうとう猪が飛出とびでしました。猪は全まったく勇いさましい獣けだものでした。猪はほんとうにやっていって火をつけてしまいました。

みんなはびっくりして草くさむらに飛込とびこみ耳を固くふさぎました。耳ばかりでなく眼もふさいでしまいました。

しかし蝋燭ろうそくはぽんともいわずに静しずかに燃もえているばかりでした。

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Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

First published
「幼稚園と家庭 毎日のお話」育英書院、1936(昭和11)年11月15日
Source edition (底本)
底本:「新美南吉童話集」岩波文庫、岩波書店

   1996(平成8)年7月16日第1刷発行

   1997(平成9)年7月15日第2刷発行

底本の親本:「校定 新美南吉全集第三巻」大日本図書

   1980(昭和55)年7月31日初版第1刷発行

初出:「幼稚園と家庭 毎日のお話」育英書院

   1936(昭和11)年11月15日

入力:浜野 智

校正:浜野 智

1999年3月1日公開

2012年5月8日修正

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