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新美南吉 Nankichi Niimi 1913.07.30〜1943.03.22

いぼ

いぼ

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一

にいさんの松吉まつきちと、弟の杉作すぎさくと、年もひとつちがいでしたが、たいへんよくにていました。おでこの頭が顔のわりに大きく、わらうと、ひたいにさるのようにしわがよるところ、走はしるとき、両方りょうほうの手をひらいてしまうところも同おんなじでした。

「ふたり、ちっとも、ちがわないね。」

と、よく人がいいました。そうすると、にいさんの松吉まつきちが、口をとがらして、虫むしくい歯のかけたところからつばをふきとばしながら、いうのでした。

「ちがうよ。おれにはふたつもいぼがあるぞ。杉にゃひとつもなしだ。」

そういって、右手みぎての骨ほねばったにぎりこぶしを出だして見せました。見みると、なるほど、親指おやゆびと人ひとさし指のさかいのところに、一センチぐらいはなれて、小ちいさいいぼがふたつありました。

この兄弟けいていの家へ、町から、いとこの克巳かつみが遊あそびにきたのは、きょ年ねんの夏休なつやすみのことでした。克巳かつみは、松吉まつきちと同おない年どしの、小学校がっこう五年生でした。

克巳かつみは五年生でも、からだは小さく、四年生の杉作すぎさくとならんでも、まだ五センチぐらい低かったが、こせこせとよく動うごきまわる子で、松吉まつきち、杉作すぎさくの家へくるとじき、はつかねずみというあだ名なをつけられてしまいました。

松吉まつきち、杉作すぎさくの家のうらてには、ふたかかえもあるニッケイの大木おうぎがありました。その木の皮を石でたたきつぶすと、いいにおいがしたので、おとなたちが、昼ひるねをしている昼ひるさがりなど、三人で、まるできつつきのように、木きのみきをコツコツとたたいていたりしました。

また、あるときは、おじいさんの耳の中に、毛がはえていることを克巳かつみが見つけて、

「わはァ、おじいさんの耳、毛がはえている。」

とはやしたてたことがありました。松吉まつきち、杉作すぎさくは、もうずっとまえから、そんなことは知っていました。が、あまり、克巳かつみがおもしらそうにはやしたてるので、いっしょになってこれも、

「わはい、おじいさんの耳、毛がはえている。」

と、はやしたてたものでした。すると、おじいさんが、松吉まつきち、杉作すぎさくをにらみつけて、

「なんだ、きさまたちゃ。おじいさんの耳に、毛のはえとることくれえ、毎日まいにち見て、よく知ってけつかるくせに。」

と、しかりとばしました。そんなこともありました。

克巳かつみはからうすをめずらしがって、米をつかせてくれとせがみました。しかし、二十にじゅうばかり足をふむと、もういやになって、おりてしまいましたので、あとは、松吉まつきちと杉作すぎさくがしなければなりませんでした。

あしたは克巳かつみが、町へ帰かえるという日の昼ひるさがりには、三人でたらいをかついで裏うら山の絹池きぬいけにいきました。絹池は、大きいというほどの池ではありませんが、底知れず深ぶかいのと、水がすんでいてつめたいのと、村から遠とおいのとで、村の子こどもたちも、遊あそびにいかない池でした。三人は、その池をたらいにすがって、南から北に横ぎろうというのでした。

三人は南の堤防ていぼうにたどりついてみますと、東、北、西の三方さんぼうを山でかこまれた池は、それらの山と、まっ白しろな雲をうかべているばかりで、あたりには、人のけはいがまるでありません。三人はもう、すこしぶきみに感じました。しかし、せっかくここまでたらいをかついできて、水にはいりもせず帰っては、あまり、いくじのない話ではありませんか。三人は勇気ゆうきを出だして、はだかになりました。そして、土手どての下のよしの中へ、おそるおそる、たらいをおろしてやりました。

たらいが、バチャンといいました。その音が、あたりの山一面いちめんに聞こえたろうと思われるほど、大おおきな音に聞こえました。たらいのところから、波の輪がひろがっていきました。見ていると、池のいちばんむこうのはしまでひろがっていって、そこの小松こまつのかげが、ゆらりゆらりとゆれました。三人はすこし、元気げんきが出てきました。

「はいるぞ。」

と、松吉まつきちが、うしろを見ていいました。

「うん。」

と、克巳かつみがうなずきました。

三人のはだかん坊ぼうは、ずぼりずぼりと水の中にすべりこみ、たらいのふちにつかまりました。そして、うふふふふ、と、おたがいに顔を見合わせてわらいました。おかしいのでわらったのか、あまりつめたかったのでわらったのか、じぶんたちにもよくわかりませんでした。

もう、こうなっては、じっとしているわけには、いきません。三人は足を動かしました。はじめのうちは、調子ちょうしがそろわないので、ひとつところであばれているばかりでした。が、そのうちに、三人は同おんなじ方へ水をけりました。たらいは、すこしずつ、池の中心ちゅうしんにむかって、進すすみはじめました。

長ながい時間じかんがたちました。

三人はへとへとになりました。もう足を動うごかすのがいやになりました。さて、三人は、どこまできたのでしょう。じぶんたちの位置いちを見て、三人はびっくりしました。いまちょうど、池のまん中なかにいるではありませんか。

まわりの山で、せみは鳴きたてています。気ばかりあせります。しかし、からだはもう動うごきません。

「もう、おれ、およげん。」

と弟の杉作すぎさくが、なきだすまえのわらい顔がおでいいました。

松吉まつきちも、なきたい気持きもちでした。だまって目をつむりました。

「ぼくも、もう、だめや。」

と、克巳かつみもいいました。

松吉まつきちは目をひらくと、きっぱり、

「もどろう、そろそろいこう。」

と、いいました。

そして、たらいを、ぎゃくの方向ほうこうに、ぐいとひとつおしました。

杉作すぎさくも克巳かつみも、だまっていました。しかし、松吉まつきちについていくより、しかたがありませんでした。つかれきったふたりの顔に、かすかにわきあがる力のいろが見えました。

たらいは、動いていくようには思えませんでした。いつまでたっても、もとの土手どてに帰かえりつくことは、できないように見えました。

三人は、ときどき、ちっとも近ちかくならない土手どての方に、ちらっちらっと、絶望ぜつぼうしたような目をなげました。

そのとき、松吉まつきちの口をついて、

「よいとまァけ。」

という、かけ声ごえがとび出でるしました。

よいとまけ――それは、いなかの人たちが、家をたてるまえ、地がためをするとき、重おもい大おおきいつちを、上あげおろしするのに力をあわせるため、声をあわせてとなえる音頭おんどです。それはいなかのことばです。町の子こどもである克巳かつみに聞かれるのは、はずかしいことばです。しかし、いまは、松吉まつきちは、はずかしくもなんともありません。必死ひっしでした。

「よいとまァけ。」

と、水をけって、また松吉まつきちはいいました。

すると、弟の杉作すぎさくがなき声ごえで、

「よいとまァけ。」

と、応おうじました。杉作すぎさくも必死ひっしでした。

「よいとまァけ。」

松吉まつきちは、声をはりあげました。

するとこんどは、杉作すぎさくばかりでなく、克巳かつみまでがいっしょに、

「よいとまァけ。」

と、応じました。

克巳かつみもまた、必死ひっしだったのです。

三人とも必死ひっしでした。必死ひっしである人間じんかんの気持きもちほど、しっくり結むすびあうものはありません。

松吉まつきちは、じぶんたち三人の気持きもちが、ひとつのこぶしの形に、しっかり、にぎりかためられたように感じました。そうすると、いままでの百倍もの力が、ぐんぐんわいてきました。

「よいとまァけ。」

と、松吉まつきち。

「よいとまァけ。」

と、杉作すぎさくと克巳かつみ。

きゅうに、たらいが、速くなったように思われました。もう土手どては、すぐそこでした。そら、もう、よしの一本いっぽんが、たらいにさわりました。

克巳かつみは、いなかの松吉まつきち、杉作すぎさくの家に十日ばかりいたのですが、最後さいごのこの日ほど、三人がこころの中で、なかよしになったことはありませんでした。

池から家へ帰ってくると、三人はこころもからだも、くたくたにつかれてしまったので、ふじだなの下の縁台えんだいに、おなかをぺこんとへこませて、腰こしかけていました。

そのとき克巳かつみは、松吉まつきちの右手みぎてをなでていましたが、

「いぼって、どうするとできる? ぼくもほしいな。」

と、わらいながらいいました。

「ひとつ、あげよか。」

と、松吉まつきちはいいました。

「くれる?」

と、克巳かつみはびっくりして、目を大きくしました。

松吉まつきちは、家の中ちゅうから、箸はしを一本いっぽん持ってきました。

「どこへほしい。」

「ここや。」

克巳かつみは信じないもののように、クックッわらいながら、左の二の腕うでを、うえぼうそうしてもらうときのように出しました。

松吉まつきちの右手みぎての一つのいぼと、克巳かつみの腕とに、箸がわたされました。

松吉まつきちは、大おおまじめな顔をしました。そして、天のほうを見ながら、

「いぼ、いぼ、わたれ。

いぼ、いぼ、わたれ。」

と、よく意味いみのわかるじゅもんをとなえました。

そのよく日、町の子の克巳かつみは、なすや、きゅうりや、すいかを、どっさりおみやげにもらって、町の家に帰っていったのでした。

二

牛部屋べやのかげで、さざんかが白くさくころに、松吉まつきち、杉作すぎさくのうちでは、あんころ餅もちをつくりました。農揚のうあげといって、この秋のとり入れと、お米よねごしらえがすっかり終わったお祝いわいに、どこの百姓家ひゃくしょうやでもそうするのです。

松吉まつきちと杉作すぎさくが、土曜どようの午後ごごに、学校がっこうから帰ってくると、そのお餅を、町の克巳かつみの家にくばっていくことになりました。これはもうきのう、お餅をつくっているときから、ふたりがおかあさんにたのんで、かたく約束やくそくしておいたことです。

なぜなら、このことには、ふたつのよいことがありました。ひとつは、夏休なつやすみになかよしになったいとこの克巳かつみに会あえるということ、もうひとつは、あまりはっきりいいたくないのですが、おだちんをもらえることです。そしてまた、町のおじさんおばさんは、いなかの人のように、お銭かねのことではケチケチしません。いつも五十ごじゅう銭ぐらい、おだちんをくれたのです。

おかあさんが、お餅のはいった重箱じゅうばこを、風呂敷ふろしきにつつんでいるとき、松吉まつきちは、

「ねえ、おっかさん、電車でんしゃに乗ってっても、ええかん。」

と鼻にかかる声で、ねだりました。

「なんや? 電車でんしゃや? あんな近いとこまで、歩いていけんようなもんなら、もうたのまんで、やめておいてくよや。おとっつぁんに自転じてん車でひと走はしりいってきてもらや、すむことだで。」

「うふん。」

と、松吉まつきちは鼻をならしました。しかし、帰がえりはもらったおだちんで、電車でんしゃに乗のることができると思って、わずかに心をなぐさめました。

松吉まつきちと杉作すぎさくは、ぼうしをかむらないで家を出ました。ぼうしをかむって町へいくと、町の子こどもが徽章きしょうを見て、松吉まつきち、杉作すぎさくがいなかからきたことを、さとるにちがいありません。それが、ふたりはいやだったのです。

ふたりが八幡はちまんさまの石鳥居いしどりいの前を通とおりかかると、そこで、こまを持って、ひとりでしょぼんとしていたけん坊ぼうが、

「杉、どこへいくで、遊ぼかよ。」

と、声をかけました。

杉作すぎさくは、

「おれたち、町へいくんだもん。」

と、いいました。そしてふたりは、新あたらしい幸福こうふくにむかって進んでいく人のように、わき目めもふらないですぎていきました。

けん坊ぼうは、はねとばされた子こねこのような顔をして、ふたりを見送っていました。

村を出てしまったころに、松吉まつきちは、じぶんの右手みぎてがいたんでいることに、気がつきました。見みると、重箱じゅうばこが右手みぎてに持たれているのでした。

ちょうど、うまいぐあいに、一メートルぐらいの竹切きれが、道みちばたに落おちていました。ふたりはその竹を、風呂敷ふろしきの結むすびめの下に通とおして、ふたりでさげていくことにしました。弟の杉作すぎさくが先になり、兄の松吉まつきちがあとになりました。こうしてふたりで持てば、重箱じゅうばこはたいそう軽かるいのでした。うまいぐあいでした。

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Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

Source edition (底本)
底本:「童話集 ごんぎつね|最後の胡弓ひき ほか十四編」講談社文庫、講談社


   1972(昭和47)年2月15日第1刷発行

   1988(昭和63)年1月30日第30刷発行

入力:土屋隆

校正:noriko saito

2005年6月15日作成

青空文庫作成ファイル:

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Typed by (入力)
土屋隆
Proofread by (校正)
noriko saito

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