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新美南吉 Nankichi Niimi 1913.07.30〜1943.03.22

巨男の話

おおおとこのはなし

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巨男おおおとことお母さんの住んでいたところはここからたいへん遠とおくのある森の中でした。

巨男おおおとこのお母さんはおそろしい魔女まじょでした。ほら鷲わしのような高だかい鼻や、蛇へびのような鋭するどい眼めを持ったあのおそろしい魔女まじょでした。

それはあるお月夜つきよのことでしたよ。

魔女まじょと巨男おおおとこがねむりについたころ、だれか家の外から戸をたたきました。巨男おおおとこが起きていって戸をあけてみると、ふたりの女が、ひとりの少女しょうじょをつれて立っていたのです。

「この方ほうは、この国の王女おうじょ様です。私たちは侍女じじょなんです。今日きょう、森へ遊あそびにお姫様ひめさまをおつれ申もうしましたところ、道にまよってとうとうここへきてしまいました。どうか、今晩こんばんだけ宿やどをかしてください。」とひとりの女がいいました。

すると、奥おくから、

「どうぞ、むさいところですが、ゆっくり休んでください。」と魔女まじょがやさしい声でいいました。そこで三人は、中へはいって休やすみました。

よく朝、巨男おおおとこが眼めをさましてみると、ふたりの女は、黒ぐろい鳥に、お姫ひめさまは白鳥しらとりにかわっていました。それは、魔女まじょが、魔法まほうでそうしたのです。

魔女まじょは、巨男おおおとこのとめるのもかまわず、三羽ばの鳥を、窓まどから投げ出してやりました。三羽みわの鳥は飛んでいきました。けれど、白鳥しらとりは、夕方ゆうがたになると悲しげに鳴いて魔女まじょの家に帰ってきました。巨男おおおとこは不憫ふびんに思って、こっそりと白鳥しらとりを飼かってやることにしました。昼間ちゅうかんは野原のはらへ放ってやって、夜は自分じぶんのベッドの中でねさせました。

巨男おおおとこが、大きくなるにつれて魔女まじょは、だんだん年をとって、ついに動けなくなりました。それで、毎日まいにちベッドの上に横たわって、息子むすこの巨男おおおとこに魔法まほうを教えました。けれど、その魔法まほうは、みな、人間じんかんを種々の鳥獣ちょうじゅうにかえるものでした。

そのうちに、魔女まじょはますます弱って、もう死しにそうになりました。このときに、魔法まほうをとく法ほうを聞いておかねば、あの白鳥しらとりは、いつまでたっても、お姫様ひめさまにかえれないと思ったものですから、巨男おおおとこは、魔女まじょの枕まくらもとによって、

「いままで、お母さんは人間じんかんを種々の鳥獣ちょうじゅうにかえる法を教えてくださいましたが、まだ、魔法まほうをとくことを教えてくれません。どうか教えてください。」とたのみました。

「では、教えましょう。」と、魔女まじょはいいましたが、もう息もきれぎれで、声は蚊かのようです。

「お母さん、はっきりいってください!」

巨男おおおとこは、魔女まじょの口くちもとへ耳をもっていきました。

「その鳥獣ちょうじゅうが、涙なみだを流せば、もとの姿すがたにかえるよ……」これだけいうと、魔女まじょは、頭をたれて死んでしまいましたよ。

巨男おおおとこは、死んだ魔女まじょを白じろい棺かんにおさめて、椰子やしの木の根ねもとにうめました。そして、すぐ白鳥しらとりをつれて森の家を出ました。

巨男おおおとこは、都みやこへのぼろうと思いました。途中とちゅうでどうかして、白鳥しらとりに涙なみだを流させようとしました。頭をたたいたり、お尻しりをつねったりしたのです。けれど白鳥しらとりは、けっして一滴てきさえ涙なみだを出だしませんでした。ただ、悲しそうな声をあげたきりでした。おしまいには、かわいそうになって、巨男おおおとこはいつのまにか白鳥しらとりに頬ほおずりをしていました。そして巨男おおおとこの眼めに涙なみだがありました。

巨男おおおとこは、夜となく昼となく歩き通とおして、家を出てから七日目にちもくに、めざす都みやこに着きました。けれど、都の人ひとびとは、巨男おおおとこがおそろしい魔女まじょの息子むすこだということを知っていましたので、とおまわしに巨男おおおとこを殺ころそうと考かんがえました。そこでひとりの男が総代そうだいとなって、王様の住んでいられる宮殿きゅうでんへまいりました。そして、王様にこう申もうし上げたんです。

「王様の宮殿きゅうでんは、美うつくしいけれど、大理だいり石の建物たてものがないのは、玉にきずだとある旅人たびびとが申もうしていました。大理だいり石の塔とうでもたてられてはいかがですか?」

「なるほど、それはよかろう、しかし、大理だいり石というのは、いったいどこにあるのか?」

「ここから、ずーっと南の方へ、山を一つと沙漠さばくを一つこえていくと一つの部落ぶらくに着きます。そこに、大理だいり石はいくらでもあるそうです。」

「そうか、けれどだれがとりにいくのか?」

「それは、いま都みやこにいる巨男おおおとこがよいでしょう。彼はたけが椰子やしの木ほどで、一足いっそくで小ちいさな丘おかをこえてしまいます。」

「では、その男をよべ。」

巨男おおおとこは宮殿きゅうでんにつれられていきました。そして王様から、大理だいり石をとりにいくように命ぜられました。にげるといけないからというので、巨男おおおとこの足には鉄の鎖くさりがむすばれました。

「ではいってきます。」と巨男おおおとこはいって、やはり白鳥しらとりをつれ、南の方へ旅立たびだちました。巨男おおおとこの進すすむにつれて、宮殿きゅうでんにたまっていた鎖くさりが少なくなりました。ちょうど十九日目にちもくに、その鎖くさりのたまりはなくなって、はしが太ふとい柱にむすばれてある鎖くさりは、ピンとはりました。

そのときには、巨男おおおとこも種々難儀なんぎをして、大理だいり石の部落ぶらくに着いていました。部落ぶらくの人ひとびとは、たいへん親切しんせつでしたので、大理だいり石をいくらでもくれました。巨男おおおとこは大おおきな大理だいり石を三つもらって、それを背負せおい、白鳥しらとりをその上にとまらして帰途きとにつきました。

都みやこの方では、はっていた鎖くさりがゆるんできたので、人ひとびとはそれをたぐりました。帰がえりには、重おもい石をもっていたので、巨男おおおとこは三十さんじゅう日かかってやっと都に到着とうちゃくしました。

苦くるしい長ながい旅のために、巨男おおおとこはやつれはてて枯木かれきのようになりました。しかしそれでもゆるされなかったんです。すぐその日から、宮庭きゅうていの泉いずみのほとりに、大理だいり石で塔とうをたてることをおおせつかりました。けれど、心の美うつくしい巨男おおおとこは、けっしてなげいたり、悲しんだりしなかったのですよ。命ぜられた通とおり、毎日まいにち毎夜まいよ、つちとのみを持って、大理だいり石を切きり、それをだんだんつみかさねていきました。巨男おおおとこは、仕事しごとをしているときでもあの白鳥しらとりを背せにとまらしていました。白鳥しらとりもおとなしくとまっていました。巨男おおおとこは、つちをふりながらちょうど人間じんかんにいうように白鳥しらとりにいいました。

「お前まえは、いったいどうしたら涙なみだを流ながすのか? お前まえはいつ涙なみだを流ながすのか? お前まえは涙なみだを流さなくては、いつまでたっても、お姫ひめさまにはなれないのだよ、私はお前まえがかわいそうだ。だから早く美うつくしいもとのお姫様ひめさまにかえってくれ。」

そんなときには、白鳥しらとりは首をたれて巨男おおおとこの話を聞いていましたが、涙なみだを流したことはありませんでした。

巨男おおおとこの仕事しごとは、どんどん進んでいきました。夜よふけでも、つみ上げられた塔とうの上から、つちの音が都みやこの空にひびきました。都の人ひとびとは、ねる前に、きっと窓まどをあけて巨男おおおとこの働いている塔とうの上をみました。そこには、星と同じような灯ひの光が、またたいていたんです。

三月もたつと、巨男おおおとこがとってきた大理だいり石はつきてしまいました。塔とうの高さは宮殿きゅうでんのどの建物たてものよりも高くなりました。それでも、王様は、それでよいとはおっしゃいませんでした。そこで、巨男おおおとこはふたたび南方なんぽうへ旅立たびだちました。長ながい鎖くさりをひきずって、白鳥しらとりをつれ、巨男おおおとこは広ひろい広ひろい沙漠さばくをくる日もくる日も歩いていきました。巨男おおおとこは、また大おおきな大理だいり石を三つもらって都みやこに帰がえりました。すぐその日からつちとのみをとってそれを切きりはじめました。

塔とうはますます高くなりましたよ。

空がくもって星がみられない夜でも、巨男おおおとこの灯ひはたった一つの星ほしのようにポツンとうかび出でるていました。

それは、すこし風のつよい宵よいでした。都みやこの人ひとびとは、窓まどから塔とうの上の灯ひをあおいでみました。灯ひは風のために、ゆらゆらゆれていました。人ひとびとはそのとき、はじめて巨男おおおとこがかわいそうになりました。王様も窓まどから顔をお出だしになって、塔とうの上をみました。ごーごーとなる風のすきまに、巨男おおおとこのつちの音がかすかに聞こえてきました。やはり王様も巨男おおおとこをあわれにお思おもいになったのか、

「こんな夜に働かせておくのは気きの毒どくだ。それにあの男は、おとなしい。明日あしたはもうあの仕事しごとをやめさせよう。」とひとりいわれました。そんなことはすこしも知らずに、巨男おおおとこはこつこつやっていました。そして、どんなことをしたら白鳥しらとりをなかせてお姫様ひめさまにさせることができるだろうと考かんがえていました。ふと、巨男おおおとこは自分じぶんが死んだら――と考かんがえました。そこで、温あたたかい巨男おおおとこの背せでねむっている白鳥しらとりに話しかけました。

「私が死んだら、お前まえは悲しくないか?」

すると白鳥しらとりは眼めをさまして、「そんなことをしてはいけない」というように羽はばたきしました。

「私が死んではいけないのかい? それなら、私が死んだらお前まえは涙なみだを流ながすにちがいない。よし! 私はお前まえのために天国てんごくへいこう。」

巨男おおおとこは立ちあがって、背中せなかから白鳥しらとりをおろしました。白鳥しらとりは、とめようとして、巨男おおおとこの着物きもののはしを引ひきました。巨男おおおとこは、白鳥しらとりと最後さいごの頬ほおずりをして、

「では、かわいい白鳥しらとりよ、さようなら、お前まえはもとの美しいお姫様ひめさまに帰かえるのだよ……」といって、高だかい塔とうの上から身を投なげました。地に落おちるとただちに死んでしまいました。

白鳥しらとりは、どんなになげいたことでしょう。涙なみだは滝たきのように出ました。そして、そのとき魔法まほうはとけて、うるわしいもとの王女おうじょになりました。王女おうじょはなきじゃくりながら、高だかい塔とうの階段かいだんをころがるように走はしりおりて、お父さまの王様の部屋へやにとびこみました。

そして、いままでのことを王様に話したんです。王様はそれを聞いて、面おもてをふせて巨男おおおとこに謝罪しゃざいし、また感謝かんしゃしました。

まもなく、王様から都みやこの人ひとびとへそれが伝つたえられたとき、都の人ひとびともないて巨男おおおとこにあやまりました。

巨男おおおとこのむくろは月桂樹げっけいじゅの葉でおおわれて都の東にある沙丘さきゅうに葬ほうむられました。

王女おうじょは、よく王様やお母さんの后きさきに申もうしましたよ。

「私は、いつまでも白鳥しらとりでいて、巨男おおおとこの背中せなかにとまっていたかったわ。」

空がくもっていて、金星かなぼしがたった一つうるんでみえる夜よふけなど、南国なんこくの人ひとびとはいまでも、

「あれは、巨男おおおとこの灯ひだ。」と空をあおいで申します。

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Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

Source edition (底本)
底本:「ごんぎつね 新美南吉童話作品集1」てのり文庫、大日本図書


   1988(昭和63)年7月8日第1刷発行

親本:「校定 新美南吉全集」大日本図書

入力:もりみつじゅんじ

校正:鈴木厚司

2003年5月18日作成

青空文庫作成ファイル:

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Typed by (入力)
もりみつじゅんじ
Proofread by (校正)
鈴木厚司

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