Nihoner

宮沢賢治 Kenji Miyazawa 1896.08.27〜1933.09.21

おきなぐさ

おきなぐさ

  • Approachable
  • 3,455 characters
  • about 9 min
  • 1 section
  • Public domain

うずのしゅげを知っていますか。

うずのしゅげは、植物学しょくぶつがくではおきなぐさと呼よばれますが、おきなぐさという名はなんだかあのやさしい若わかい花をあらわさないようにおもいます。

そんならうずのしゅげとはなんのことかと言いわれても私にはわかったようなまたわからないような気がします。

それはたとえば私どもの方で、ねこやなぎの花芽はなめをべんべろと言いいますが、そのべんべろがなんのことかわかったようなわからないような気がするのと全まったくおなじです。とにかくべんべろという語ことばのひびきの中に、あの柳やなぎの花芽はなめの銀ぎんびろうどのこころもち、なめらかな春のはじめの光のぐあいが実じつにはっきり出ているように、うずのしゅげというときは、あの毛科もうこんかのおきなぐさの黒朱子くろじゅすの花はなびら、青あおじろいやはり銀ぎんびろうどの刻きざみのある葉は、それから六月むつきのつやつや光ひかる冠毛かんもうがみなはっきりと眼めにうかびます。

まっ赤かなアネモネの花の従兄いとこ、きみかげそうやかたくりの花のともだち、このうずのしゅげの花をきらいなものはありません。

ごらんなさい。この花は黒朱子くろじゅすででもこしらえた変かわり型がたのコップのように見えますが、その黒ぐろいのは、たとえば葡萄酒ぶどうしゅが黒く見まみえると同おんなじです。この花の下を始終しじゅう往いったり来たりする蟻ありに私はたずねます。

「おまえはうずのしゅげはすきかい、きらいかい」

蟻ありは活発かっぱつに答えます。

「大だいすきです。誰だれだってあの人をきらいなものはありません」

「けれどもあの花はまっ黒だよ」

「いいえ、黒く見まみえるときもそれはあります。けれどもまるで燃もえあがってまっ赤かな時もあります」

「はてな、お前まえたちの眼めにはそんなぐあいに見まみえるのかい」

「いいえ、お日さまの光の降ふる時なら誰だれにだってまっ赤かに見まみえるだろうと思います」

「そうそう。もうわかったよ。お前まえたちはいつでも花をすかして見みるのだから」

「そしてあの葉はや茎くきだって立派りっぱでしょう。やわらかな銀ぎんの糸が植うえてあるようでしょう。私たちの仲間なかまでは誰だれかが病気びょうきにかかったときはあの糸をほんのすこうしもらって来てしずかにからだをさすってやります」

「そうかい。それで、結局けっきょく、お前まえたちはうずのしゅげは大だいすきなんだろう」

「そうです」

「よろしい。さよなら。気をつけておいで」

この通とおりです。

また向むこうの、黒ぐろいひのきの森の中のあき地ちに山男やまおとこがいます。山男やまおとこはお日さまに向むいて倒たおれた木に腰掛こしかけて何か鳥を引き裂さいてたべようとしているらしいのですが、なぜあの黝くろずんだ黄金きんの眼玉めだまを地面じめんにじっと向むけているのでしょう。鳥をたべることさえ忘わすれたようです。

あれは空地あきちのかれ草くさの中に一本いっぽんのうずのしゅげが花をつけ風にかすかにゆれているのを見ているからです。

私は去年きょねんのちょうど今いまごろの風のすきとおったある日のひるまを思い出します。

それは小岩井農場こいわいのうじょうの南、あのゆるやかな七つ森のいちばん西のはずれの西にしがわでした。かれ草くさの中に二本ほんのうずのしゅげが、もうその黒ぐろいやわらかな花をつけていました。

まばゆい白じろい雲が小ちいさな小ちいさなきれになって砕くだけてみだれて、空をいっぱい東の方へどんどんどんどん飛とびました。

お日さまは何べんも雲にかくされて銀ぎんの鏡かがみのように白く光ったり、またかがやいて大おおきな宝石ほうせきのように蒼あおぞらの淵ふちにかかったりしました。

山脈さんみゃくの雪はまっ白に燃もえ、眼めの前の野原のはらは黄きいろや茶の縞しまになってあちこち掘ほり起おこされた畑はたけは鳶とびいろの四角しかくなきれをあてたように見えたりしました。

おきなぐさはその変幻へんげんの光の奇術トリックの中で夢ゆめよりもしずかに話しました。

「ねえ、雲がまたお日さんにかかるよ。そら向むこうの畑はたけがもう陰かげになった」

「走って来くる、早はやいねえ、もうから松まつも暗くらくなった。もう越こえた」

「来た、来た。おおくらい。急きゅうにあたりが青くしんとなった」

「うん、だけどもう雲が半分はんぶんお日さんの下をくぐってしまったよ。すぐ明るくなるんだよ」

「もう出でる。そら、ああ明るくなった」

「だめだい。また来くるよ、そら、ね、もう向むこうのポプラの木が黒くなったろう」

「うん。まるでまわり燈籠どうろうのようだねえ」

「おい、ごらん。山の雪の上でも雲のかげがすべってるよ。あすこ。そら。ここよりも動うごきようがおそいねえ」

「もうおりて来くる。ああこんどは早はやい早はやい、まるで落おちて来くるようだ。もうふもとまで来ちゃった。おや、どこへ行ったんだろう、見えなくなってしまった」

「不思議ふしぎだねえ、雲なんてどこから出て来くるんだろう。ねえ、西のそらは青じろくて光ってよく晴はれてるだろう。そして風がどんどん空を吹ふいてるだろう。それだのにいつまでたっても雲がなくならないじゃないか」

「いいや、あすこから雲が湧わいて来くるんだよ。そら、あすこに小ちいさな小ちいさな雲きれが出たろう。きっと大きくなるよ」

「ああ、ほんとうにそうだね、大きくなったねえ。もう兎うさぎぐらいある」

「どんどんかけて来くる。早はやい早はやい、大きくなった、白熊しろくまのようだ」

「またお日さんへかかる。暗くらくなるぜ、奇麗きれいだねえ。ああ奇麗きれい。雲のへりがまるで虹にじで飾かざったようだ」

西の方の遠とおくの空でさっきまで一生いっしょうけん命めい啼ないていたひばりがこの時風じふうに流ながされて羽はねを変へんにかしげながら二人ふたりのそばに降おりて来たのでした。

「今日は、風があっていけませんね」

「おや、ひばりさん、いらっしゃい。今日きょうなんか高だかいとこは風が強こわいでしょうね」

「ええ、ひどい風ですよ。大きく口をあくと風が僕ぼくのからだをまるで麦酒瓶ビールびんのようにボウと鳴らして行ゆくくらいですからね。わめくも歌うたうも容易よういのこっちゃありませんよ」

「そうでしょうね。だけどここから見ているとほんとうに風はおもしろそうですよ。僕ぼくたちも一いっぺん飛とんでみたいなあ」

「飛とべるどこじゃない。もう二か月げつお待まちなさい。いやでも飛とばなくちゃなりません」

それから二か月げつめでした。私は御明神ごみょうじんへ行ゆく途中とちゅうもう一いっぺんそこへ寄よったのでした。

丘おかはすっかり緑みどりでほたるかずらの花が子供こどもの青あおい瞳ひとみのよう、小岩井こいわいの野原のはらには牧草ぼくそうや燕麦オートがきんきん光っておりました。風はもう南から吹ふいていました。

春の二つのうずのしゅげの花はすっかりふさふさした銀毛ぎんもうの房ふさにかわっていました。野原のはらのポプラの錫すずいろの葉はをちらちらひるがえし、ふもとの草が青あおい黄金きんのかがやきをあげますと、その二つのうずのしゅげの銀毛ぎんもうの房ふさはぷるぷるふるえて今にも飛とび立ちそうでした。

そしてひばりがひくく丘おかの上を飛とんでやって来たのでした。

「今日は。いいお天気てんきです。どうです。もう飛とぶばかりでしょう」

「ええ、もう僕ぼくたち遠いとこへ行きますよ。どの風が僕ぼくたちを連つれて行ゆくかさっきから見ているんです」

「どうです。飛とんで行ゆくのはいやですか」

「なんともありません。僕ぼくたちの仕事しごとはもう済すんだんです」

「こわかありませんか」

「いいえ、飛とんだってどこへ行ったって野のはらはお日さんのひかりでいっぱいですよ。僕ぼくたちばらばらになろうたって、どこかのたまり水みずの上に落おちようたって、お日さんちゃんと見ていらっしゃるんですよ」

「そうです、そうです。なんにもこわいことはありません。僕ぼくだってもういつまでこの野原のはらにいるかわかりません。もし来年らいねんもいるようだったら来年らいねんは僕ぼくはここへ巣すをつくりますよ」

「ええ、ありがとう。ああ、僕ぼくまるで息いきがせいせいする。きっと今度こんどの風だ。ひばりさん、さよなら」

「僕ぼくも、ひばりさん、さよなら」

「じゃ、さよなら、お大事だいじにおいでなさい」

奇麗きれいなすきとおった風がやって参まいりました。まず向むこうのポプラをひるがえし、青の燕麦オートに波なみをたてそれから丘おかにのぼって来ました。

うずのしゅげは光ってまるで踊おどるようにふらふらして叫さけびました。

「さよなら、ひばりさん、さよなら、みなさん。お日さん、ありがとうございました」

そしてちょうど星が砕くだけて散ちるときのように、からだがばらばらになって一本いっぽんずつの銀毛ぎんもうはまっしろに光ひかり、羽虫はねむしのように北きたの方かたへ飛とんで行きました。そしてひばりは鉄砲玉てっぽうだまのように空へとびあがって鋭するどいみじかい歌をほんのちょっと歌ったのでした。

私は考かんがえます。なぜひばりはうずのしゅげの銀毛ぎんもうの飛とんで行った北きたの方かたへ飛とばなかったか、まっすぐに空の方へ飛とんだか。

それはたしかに、二つのうずのしゅげのたましいが天の方へ行ったからです。そしてもう追おいつけなくなったときひばりはあのみじかい別わかれの歌を贈おくったのだろうと思います。そんなら天上てんじょうへ行った二つの小ちいさなたましいはどうなったか、私はそれは二つの小ちいさな変光星へんこうせいになったと思います。なぜなら変光星へんこうせいはあるときは黒くて天文てんもん台からも見えず、あるときは蟻ありが言いったように赤く光って見まみえるからです。

1 / 1 End of the book

Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

Source edition (底本)
底本:「銀河鉄道の夜」角川文庫、角川書店

   1969(昭和44)年7月20日改版初版発行

   1993(平成5)年6月20日改版71版発行

入力:薦田佳子

校正:平野彩子

2000年8月25日公開

2012年2月16日修正

青空文庫作成ファイル:

このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
Typed by (入力)
薦田佳子
Proofread by (校正)
平野彩子

Aozora library card for this work ↗ · How Nihoner sources and licenses its content

More by 宮沢賢治

Browse the whole library →