Nihoner

宮沢賢治 Kenji Miyazawa 1896.08.27〜1933.09.21

カイロ団長

カイロだんちょう

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あるとき、三十さんじゅう疋ぴきのあまがえるが、一緒いっしょに面白おもしろく仕事しごとをやって居おりました。

これは主おもに虫仲間なかまからたのまれて、紫蘇しその実やけしの実をひろって来て花はなばたけをこしらえたり、かたちのいい石や苔こけを集めて来て立派りっぱなお庭をつくったりする職業しょうばいでした。

こんなようにして出来しゅったいたきれいなお庭を、私どもはたびたび、あちこちで見ます。それは畑の豆まめの木この下したや、林の楢ならの木の根ねもとや、又また雨垂あまだれの石のかげなどに、それはそれは上手うわてに可愛かあいらしくつくってあるのです。

さて三十さんじゅう疋は、毎日まいにち大たいへん面白くやっていました。朝は、黄金色きんいろのお日さまの光が、とうもろこしの影法師かげぼうしを二千にせん六百ろっぴゃく寸も遠とおくへ投なげ出だすころからさっぱりした空気くうきをすぱすぱ吸って働はたらき出だし、夕方ゆうがたは、お日さまの光が木や草の緑を飴色あめいろにうきうきさせるまで歌ったり笑ったり叫さけんだりして仕事しごとをしました。殊ことにあらしの次の日などは、あっちからもこっちからもどうか早く来てお庭をかくしてしまった板を起おこして下さいとか、うちのすぎごけの木が倒たおれましたから大おおいそぎで五六ごろく人来てみて下さいとか、それはそれはいそがしいのでした。いそがしければいそがしいほど、みんなは自分じぶんたちが立派りっぱな人になったような気がして、もう大おおよろこびでした。さあ、それ、しっかりひっぱれ、いいか、よいとこしょ、おい、ブチュコ、縄なわがたるむよ、いいとも、そらひっぱれ、おい、おい、ビキコ、そこをはなせ、縄を結んで呉くれ、よういやさ、そらもう一いき、よおいやしゃ、なんてまあこんな工合ぐあいです。

ところがある日三十さんじゅう疋のあまがえるが、蟻ありの公園地えんちをすっかり仕上しあげて、みんなよろこんで一ひとまず本部ほんぶへ引ひきあげる途中とちゅうで、一本いっぽんの桃ももの木この下したを通とおりますと、そこへ新あたらしい店が一軒けん出ていました。そして看板かんばんがかかって、

「舶来はくらいウェスキイ 一杯ぱい、二厘りん半。」と書いてありました。

あまがえるは珍めずらしいものですから、ぞろぞろ店の中へはいって行きました。すると店にはうすぐろいとのさまがえるが、のっそりとすわって退しぞくつそうにひとりでべろべろ舌を出だして遊んでいましたが、みんなの来たのを見て途方とほうもないいい声で云いいました。

「へい、いらっしゃい。みなさん。一寸ちょっとおやすみなさい。」

「なんですか。舶来はくらいのウェクーというものがあるそうですね。どんなもんですか。ためしに一杯いっぱい呑のませて下さいませんか。」

「へい、舶来はくらいのウェスキイですか。一杯いっぱい二厘半ですよ。ようござんすか。」

「ええ、よござんす。」

とのさまがえるは粟あわつぶをくり抜ぬいたコップにその強いお酒を汲くんで出しました。

「ウーイ。これはどうもひどいもんだ。腹がやけるようだ。ウーイ。おい、みんな、これはきたいなもんだよ。咽喉のどへはいると急に熱くなるんだ。ああ、いい気分きぶんだ。もう一杯いっぱい下さいませんか。」

「はいはい。こちらが一いっぺんすんでからさしあげます。」

「こっちへも早く下さい。」

「はいはい。お声の順にさしあげます。さあ、これはあなた。」

「いやありがとう、ウーイ。ウフッ、ウウ、どうもうまいもんだ。」

「こっちへも早く下さい。」

「はい、これはあなたです。」

「ウウイ。」

「おいもう一杯いっぱいお呉れ。」

「こっちへ早くよ。」

「もう一杯いっぱい早く。」

「へい、へい。どうぞお急せきにならないで下さい。折角せっかく、はかったのがこぼれますから。へいと、これはあなた。」

「いや、ありがとう、ウーイ、ケホン、ケホン、ウーイうまいね。どうも。」

さてこんな工合ぐあいで、あまがえるはお代りお代りで、沢山たくさんお酒を呑みましたが、呑めば呑のむほどもっと呑みたくなります。

もっとも、とのさまがえるのウィスキーは、石油せきゆ缶かんに一いっぱいありましたから、粟あわつぶをくりぬいたコップで一万べんはかっても、一分いちぶんもへりはしませんでした。

「おいもう一杯いっぱいおくれ。」

「も一杯いっぱいお呉れったらよう。早くよう。」

「さあ、早くお呉れよう。」

「へいへい。あなたさまはもう三百さんびゃく二杯目でございますがよろしゅうございますか。」

「いいよう。お呉れったらお呉れよう。」

「へいへい。よければさし上げます。さあ、」

「ウーイ、うまい。」

「おい、早くこっちへもお呉れ。」

そのうちにあまがえるは、だんだん酔よいがまわって来て、あっちでもこっちでも、キーイキーイといびきをかいて寝ねてしまいました。

とのさまがえるはそこでにやりと笑って、いそいですっかり店をしめて、お酒の石油せきゆ缶にはきちんと蓋ふたをしてしまいました。それから戸棚とだなからくさりかたびらを出だして、頭から顔から足のさきまでちゃんと着込きこんでしまいました。

それからテーブルと椅子いすをもって来て、きちんとすわり込みました。あまがえるはみんな、キーイキーイといびきをかいています。とのさまがえるはそこで小ちいさなこしかけを一つ持って来て、自分じぶんの椅子いすの向むこう側がわに置おきました。

それから棚から鉄の棒をおろして来て椅子いすへどっかり座すわって一いちばんはじのあまがえるの緑色みどりいろのあたまをこつんとたたきました。

「おい。起きな。勘定かんじょうを払はらうんだよ。さあ。」

「キーイ、キーイ、クヮア、あ、痛いたい、誰たれだい。ひとの頭を撲なぐるやつは。」

「勘定かんじょうを払はらいな。」

「あっ、そうそう。勘定かんじょうはいくらになっていますか。」

「お前まえのは三百さんびゃく四十二とうに杯で、八十はちじゅう五銭五厘だ。どうだ。払はらえるか。」

あまがえるは財布さいふを出だして見ましたが、三銭二厘しかありません。

「何だい。おまえは三銭二厘しかないのか。呆あきれたやつだ。さあどうするんだ。警察けいさつへ届とどけるよ。」

「許ゆるして下さい。許ゆるして下さい。」

「いいや、いかん。さあ払え。」

「ないんですよ。許ゆるして下さい。そのかわりあなたのけらいになりますから。」

「そうか。よかろう。それじゃお前まえはおれのけらいだぞ。」

「へい。仕方しかたありません。」

「よし、この中にはいれ。」

とのさまがえるは次の室へやの戸を開いてその閉口へいこうしたあまがえるを押おし込んで、戸をぴたんとしめました。そしてにやりと笑って、又どっしりと椅子いすへ座すわりました。それから例の鉄の棒を持もち直なおして、二番目のあま蛙がえるの緑青ろくしょういろの頭をこつんとたたいて云いました。

「おいおい。起おきるんだよ。勘定かんじょうだ勘定かんじょうだ。」

「キーイ、キーイ、クワァ、ううい。もう一杯いっぱいお呉れ。」

「何をねぼけてんだよ。起おきるんだよ。目をさますんだよ。勘定かんじょうだよ。」

「ううい、あああっ。ううい。何だい。なぜひとの頭をたたくんだい。」

「いつまでねぼけてんだよ。勘定かんじょうを払え。勘定かんじょうを。」

「あっ、そうそう。そうでしたね。いくらになりますか。」

「お前まえのは六百ろっぴゃく杯で、一円いちえん五十ごじゅう銭だよ。どうだい、それ位あるかい。」

あまがえるはすきとおる位青くなって、財布さいふをひっくりかえして見ましたが、たった一銭二厘しかありませんでした。

「ある位みんな出だしますからどうかこれだけに負まけて下さい。」

「うん、一円いちえん二十にじゅう銭もあるかい。おや、これはたった一銭二厘じゃないか。あんまり人をばかにするんじゃないぞ。勘定かんじょうの百分の一に負けろとはよくも云えたもんだ。外国がいこくのことばで云えば、一パーセントに負まけて呉れと云うんだろう。人を馬鹿ばかにするなよ。さあ払え。早く払え。」

「だって無いんだもの。」

「なきゃおれのけらいになれ。」

「仕方しかたない。そいじゃそうして下さい。」

「さあ、こっちへ来い。」とのさまがえるはあまがえるを又次またじの室へやに追い込みました。それから又どっかりと椅子いすへかけようとしましたが何か考えついたらしく、いきなりキーキーいびきをかいているあまがえるの方へ進んで行って、かたっぱしからみんなの財布さいふを引っぱり出だして中を改あらためました。どの財布さいふもみんな三銭より下でした。ただ一つ、いかにも大きくふくれたのがありましたが、開いて見みると、お金が一つぶも入っていないで、椿つばきの葉が小さく折って入れてあるだけでした。とのさまがえるは、よろこんで、にこにこにこにこ笑って、棒を取とり直なおし、片かたっぱしからあまがえるの緑色みどりいろの頭をポンポンポンポンたたきつけました。さあ、大たいへん、みんな、

「あ痛っ、あ痛っ。誰だい。」なんて云いながら目をさまして、しばらくきょろきょろきょろきょろしていましたが、いよいよそれが酒屋さかやのおやじのとのさまがえるの仕業しわざだとわかると、もうみな一いっぺんに、

「何だい。おやじ。よくもひとをなぐったな。」と云いながら、四方しかた八方はっぽうから、飛びかかりましたが、何分なにぶんとのさまがえるは三十さんじゅうがえる力りきあるのですし、くさりかたびらは着ていますし、それにあまがえるはみんな舶来はくらいウェスキーでひょろひょろしてますから、片かたっぱしからストンストンと投げつけられました。おしまいにはとのさまがえるは、十一といち疋のあまがえるを、もじゃもじゃ堅かためて、ぺちゃんと投げつけました。あまがえるはすっかり恐おそれ入って、ふるえて、すきとおる位青くなって、その辺に平伏へいふくいたしました。そこでとのさまがえるがおごそかに云いいました。

「お前まえたちはわしの酒を呑のんだ。どの勘定かんじょうも八十はちじゅう銭より下のはない。ところがお前まえらは五銭より多く持っているやつは一人ひとりもない。どうじゃ。誰かあるか。無かろう。うん。」

あまがえるは一同いちどうふうふうと息をついて顔を見合みあわせるばかりです。とのさまがえるは得意とくいになって又はじめました。

「どうじゃ。無かろう。あるか。無かろう。そこでお前まえたちの仲間なかまは、前に二人ふたりお金を払はらうかわりに、おれのけらいになるという約束やくそくをしたがお前たちはどうじゃ。」この時です、みなさんもご存ぞんじの通とおり向むかうの室の中の二疋ひきが戸のすきまから目だけ出だしてキーと低く鳴いたのは。

みんなは顔を見合みあいせました。

「どうも仕方しかたない。そうしようか。」

「そうお願ねがいしよう。」

「どうかそうお願ねがいいたします。」

どうです。あまがえるなんというものは人のいいものですからすぐとのさまがえるのけらいになりました。そこでとのさまがえるは、うしろの戸をあけて、前の二人ふたりを引っぱり出しました。そして一同いちどうへおごそかに云いました。

「いいか。この団体だんたいはカイロ団ということにしよう。わしはカイロ団長だんちょうじゃ。あしたからはみんな、おれの命令めいれいにしたがうんだぞ。いいか。」

「仕方しかたありません。」とみんなは答えました。すると、とのさまがえるは立ちあがって、家をぐるっと一まわしまわしました。すると酒屋さかやはたちまちカイロ団長だんちょうの本宅ほんたくにかわりました。つまり前には四角だったのが今度こんどは六角形つのがたの家になったのですな。

さて、その日は暮くれて、次の日になりました。お日さまの黄金色きんいろの光は、うしろの桃の木の影法師かげぼうしを三千さんぜん寸も遠とおくまで投げ出し、空はまっ青さおにひかりましたが、誰もカイロ団に仕事しごとを頼たのみに来ませんでした。そこでとのさまがえるはみんなを集めて云いました。

「さっぱり誰も仕事しごとを頼たのみに来んな。どうもこう仕事しごとがなくちゃ、お前まえたちを養っておいても仕方しかたない。俺おれもとうとう飛んだことになったよ。それにつけても仕事しごとのない時に、いそがしい時の仕度したくをして置くことが、最必要ひつようだ。つまりその仕事しごとの材料ざいりょうを、こんな時に集めて置かないといかんな。ついてはまず第一だいいちが木だがな。今日はみんな出て行って立派りっぱな木を十本だけ、十本じゃすくない、ええと、百本、百本でもすくないな、千本せんぼんだけ集めて来い。もし千本せんぼん集まらなかったらすぐ警察けいさつへ訴うったえるぞ。貴様きさまらはみんな死刑しけいになるぞ。その太ふとい首をスポンと切られるぞ。首が太ふといからスポンとはいかない、シュッポォンと切られるぞ。」

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This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

Source edition (底本)
底本:「新編 銀河鉄道の夜」新潮文庫、新潮社


   1989(平成元)年6月15日発行

   1994(平成6)年6月5日13刷

入力:土屋隆

校正:noriko saito

2005年5月8日作成

青空文庫作成ファイル:

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Typed by (入力)
土屋隆
Proofread by (校正)
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