Nihoner

宮沢賢治 Kenji Miyazawa 1896.08.27〜1933.09.21

貝の火

かいのひ

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今は兎うさぎたちは、みんなみじかい茶色ちゃいろの着物きものです。

野原のはらの草はきらきら光ひかり、あちこちの樺かばの木は白じろい花をつけました。

実じつに野原のはらはいいにおいでいっぱいです。

子兎こうさぎのホモイは、悦よろこんでぴんぴん踊おどりながら申もうしました。

「ふん、いいにおいだなあ。うまいぞ、うまいぞ、鈴蘭すずらんなんかまるでパリパリだ」

風が来たので鈴蘭すずらんは、葉はや花を互たがいにぶっつけて、しゃりんしゃりんと鳴なりました。

ホモイはもううれしくて、息いきもつかずにぴょんぴょん草の上をかけ出でしました。

それからホモイはちょっと立ちどまって、腕うでを組んでほくほくしながら、

「まるで僕ぼくは川の波なみの上で芸当げいとうをしているようだぞ」と言いいました。

本当ほんとにホモイは、いつか小ちいさな流ながれの岸きしまで来ておりました。

そこには冷つめたい水がこぼんこぼんと音をたて、底そこの砂すながピカピカ光っています。

ホモイはちょっと頭を曲まげて、

「この川を向むこうへ跳とび越こえてやろうかな。なあに訳わけないさ。けれども川の向むこう側がわは、どうも草が悪わるいからね」とひとりごとを言いいました。

すると不意ふいに流ながれの上かみの方から、

「ブルルル、ピイ、ピイ、ピイ、ピイ、ブルルル、ピイ、ピイ、ピイ、ピイ」とけたたましい声がして、うす黒ぐろいもじゃもじゃした鳥のような形のものが、ばたばたばたばたもがきながら、流ながれて参まいりました。

ホモイは急いそいで岸きしにかけよって、じっと待まちかまえました。

流ながされるのは、たしかにやせたひばりの子供こどもです。ホモイはいきなり水の中に飛とび込こんで、前まえあしでしっかりそれをつかまえました。

するとそのひばりの子供こどもは、いよいよびっくりして、黄色こうしょくなくちばしを大きくあけて、まるでホモイのお耳もつんぼになるくらい鳴なくのです。

ホモイはあわてて一生いっしょうけん命めい、あとあしで水をけりました。そして、

「大丈夫だいじょうぶさ、 大丈夫だいじょうぶさ」と言いいながら、その子この顔を見ますと、ホモイはぎょっとしてあぶなく手をはなしそうになりました。それは顔じゅうしわだらけで、くちばしが大きくて、おまけにどこかとかげに似にているのです。

けれどもこの強こわい兎うさぎの子は、決けっしてその手をはなしませんでした。怖おそろしさに口をへの字にしながらも、それをしっかりおさえて、高く水の上にさしあげたのです。

そして二人ふたりは、どんどん流ながされました。ホモイは二度ほど波なみをかぶったので、水をよほどのみました。それでもその鳥とりの子こははなしませんでした。

するとちょうど、小流こながれの曲まがりかどに、一本いっぽんの小ちいさな楊やなぎの枝えだが出て、水をピチャピチャたたいておりました。

ホモイはいきなりその枝えだに、青あおい皮かわの見まみえるくらい深ふかくかみつきました。そして力いっぱいにひばりの子を岸きしの柔やわらかな草の上に投なげあげて、自分じぶんも一とびにはね上がりました。

ひばりの子は草の上に倒たおれて、目を白くしてガタガタ顫ふるえています。

ホモイも疲つかれでよろよろしましたが、無理むりにこらえて、楊やなぎの白じろい花をむしって来て、ひばりの子にかぶせてやりました。ひばりの子は、ありがとうと言いうようにその鼠色ねずみいろの顔をあげました。

ホモイはそれを見みるとぞっとして、いきなり跳とび退のきました。そして声をたてて逃にげました。

その時、空からヒュウと矢やのように降おりて来たものがあります。ホモイは立ちどまって、ふりかえって見みると、それは母親ははおやのひばりでした。母親ははおやのひばりは、物ものも言いえずにぶるぶる顫ふるえながら、子供こどものひばりを強く強く抱だいてやりました。

ホモイはもう大丈夫だいじょうぶと思ったので、いちもくさんにおとうさんのお家うちへ走って帰がえりました。

兎うさぎのお母さんは、ちょうど、お家で白い草ぐさの束たばをそろえておりましたが、ホモイを見てびっくりしました。そして、

「おや、どうかしたのかい。たいへん顔色がんしょくが悪わるいよ」と言いいながら棚たなから薬くすりの箱はこをおろしました。

「おっかさん、僕ぼくね、もじゃもじゃの鳥とりの子このおぼれるのを助たすけたんです」とホモイが言いいました。

兎うさぎのお母さんは箱はこから万能散まんのうさんを一服いっぷく出だしてホモイに渡わたして、

「もじゃもじゃの鳥とりの子こって、ひばりかい」と尋たずねました。

ホモイは薬くすりを受うけとって、

「たぶんひばりでしょう。ああ頭がぐるぐるする。おっかさん、まわりが変へんに見みえるよ」と言いいながら、そのままバッタリ倒たおれてしまいました。ひどい熱病ねつびょうにかかったのです。

*

ホモイが、おとうさんやおっかさんや、兎うさぎのお医者いしゃさんのおかげで、すっかりよくなったのは、鈴蘭すずらんにみんな青あおい実みができたころでした。

ホモイは、ある雲のない静しずかな晩ばん、はじめてうちからちょっと出てみました。

南の空を、赤あかい星がしきりにななめに走はしりました。ホモイはうっとりそれを見とれました。すると不意ふいに、空でブルルッとはねの音がして、二疋ひきの小鳥ことりが降おりて参まいりました。

大おおきい方は、まるい赤あかい光ひかるものを大事だいじそうに草におろして、うやうやしく手をついて申もうしました。

「ホモイさま。あなたさまは私わたしども親子おやこの大恩人だいおんじんでございます」

ホモイは、その赤あかいものの光で、よくその顔を見て言いいました。

「あなた方がたは先頃せんころのひばりさんですか」

母親ははおやのひばりは、

「さようでございます。先日せんじつはまことにありがとうございました。せがれの命いのちをお助たすけくださいましてまことにありがとう存ぞんじます。あなた様さまはそのために、ご病気びょうきにさえおなりになったとの事でございましたが、もうおよろしゅうございますか」

親子おやこのひばりは、たくさんおじぎをしてまた申もうしました。

「私どもは毎日まいにちこの辺へんを飛とびめぐりまして、あなたさまの外へお出なさいますのをお待まちいたしておりました。これは私どもの王からの贈物おくりものでございます」と言いながら、ひばりはさっきの赤あかい光ひかるものをホモイの前に出だして、薄うすいうすいけむりのようなはんけちを解ときました。それはとちの実みぐらいあるまんまるの玉で、中では赤あかい火がちらちら燃もえているのです。

ひばりの母親ははおやがまた申もうしました。

「これは貝かいの火という宝珠ほうじゅでございます。王さまのお言伝ことづてではあなた様さまのお手入ていれしだいで、この珠たまはどんなにでも立派りっぱになると申もうします。どうかお納おさめをねがいます」

ホモイは笑わらって言いいました。

「ひばりさん、僕ぼくはこんなものいりませんよ。持もって行ってください。たいへんきれいなもんですから、見みるだけでたくさんです。見たくなったら、またあなたの所ところへ行きましょう」

ひばりが申もうしました。

「いいえ。それはどうかお納おさめをねがいます。私どもの王からの贈物おくりものでございますから。お納おさめくださらないと、また私はせがれと二人ふたりで切腹せっぷくをしないとなりません。さ、せがれ。お暇いとまをして。さ。おじぎ。ご免めんくださいませ」

そしてひばりの親子おやこは二、三遍べんお辞儀じぎをして、あわてて飛とんで行ってしまいました。

ホモイは玉を取りあげて見ました。玉は赤や黄の焔ほのおをあげて、せわしくせわしく燃もえているように見えますが、実じつはやはり冷つめたく美うつくしく澄すんでいるのです。目にあてて空にすかして見みると、もう焔ほのおはなく、天あまの川がわが奇麗きれいにすきとおっています。目からはなすと、またちらりちらり美うつくしい火が燃もえだします。

ホモイはそっと玉をささげて、おうちへはいりました。そしてすぐお父さんに見せました。すると兎うさぎのお父さんが玉を手にとって、めがねをはずしてよく調しらべてから申もうしました。

「これは有名ゆうめいな貝かいの火という宝物たからものだ。これは大変たいへんな玉だぞ。これをこのまま一生いっしょう満足まんぞくに持もっている事ことのできたものは今までに鳥に二人魚にんぎょに一人ひとりあっただけだという話だ。お前まえはよく気をつけて光をなくさないようにするんだぞ」

ホモイが申もうしました。

「それは大丈夫だいじょうぶですよ。僕ぼくは決けっしてなくしませんよ。そんなようなことは、ひばりも言いっていました。僕ぼくは毎日まいにち百遍ぺんずつ息いきをふきかけて百遍ぺんずつ紅雀べにすずめの毛でみがいてやりましょう」

兎うさぎのおっかさんも、玉を手にとってよくよくながめました。そして言いいました。

「この玉はたいへん損そんじやすいという事です。けれども、また亡なくなった鷲わしの大臣だいじんが持もっていた時は、大噴火だいふんかがあって大臣だいじんが鳥の避難ひなんのために、あちこちさしずをして歩いている間に、この玉が山ほどある石に打うたれたり、まっかな熔岩ようがんに流ながされたりしても、いっこうきずも曇くもりもつかないでかえって前よりも美うつくしくなったという話ですよ」

兎うさぎのおとうさんが申もうしました。

「そうだ。それは名高なだかいはなしだ。お前まえもきっと鷲わしの大臣だいじんのような名高なだかい人になるだろう。よくいじわるなんかしないように気をつけないといけないぞ」

ホモイはつかれてねむくなりました。そして自分じぶんのお床とこにコロリと横よこになって言いいました。

「大丈夫だいじょうぶだよ。僕ぼくなんかきっと立派りっぱにやるよ。玉は僕ぼく持もって寝ねるんだからください」

兎うさぎのおっかさんは玉を渡わたしました。ホモイはそれを胸むねにあててすぐねむってしまいました。

その晩ばんの夢ゆめの奇麗きれいなことは、黄や緑みどりの火が空で燃もえたり、野原のはらが一面いちめん黄金きんの草に変かわったり、たくさんの小ちいさな風車かざぐるまが蜂はちのようにかすかにうなって空中くうちゅうを飛とんであるいたり、仁義じんぎをそなえた鷲わしの大臣だいじんが、銀色ぎんいろのマントをきらきら波立なみだてて野原のはらを見まわったり、ホモイはうれしさに何遍なんべんも、

「ホウ。やってるぞ、やってるぞ」と声をあげたくらいです。

*

あくる朝、ホモイは七時ごろ目をさまして、まず第一だいいちに玉を見ました。玉の美うつくしいことは、昨夜ゆうべよりもっとです。ホモイは玉をのぞいて、ひとりごとを言いいました。

「見まみえる、見まみえる。あそこが噴火口ふんかこうだ。そら火をふいた。ふいたぞ。おもしろいな。まるで花火はなびだ。おや、おや、おや、火がもくもく湧わいている。二つにわかれた。奇麗きれいだな。火花ひばなだ。火花ひばなだ。まるでいなずまだ。そら流ながれ出したぞ。すっかり黄金色きんいろになってしまった。うまいぞ、うまいぞ。そらまた火をふいた」

おとうさんはもう外へ出ていました。おっかさんがにこにこして、おいしい白じろい草の根ねや青いばらの実みを持もって来て言いいました。

「さあ早くおかおを洗あらって、今日は少すこし運動うんどうをするんですよ。どれちょっとお見せ。まあ本当ほんとに奇麗きれいだね。お前まえがおかおを洗あらっている間おっかさんが見ていてもいいかい」

ホモイが言いいました。

「いいとも。これはうちの宝物たからものなんだから、おっかさんのだよ」そしてホモイは立って家うちの入いり口ぐちの鈴蘭すずらんの葉はさきから、大粒おおつぶの露つゆを六つほど取とってすっかりお顔を洗あらいました。

ホモイはごはんがすんでから、玉へ百遍ぺん息いきをふきかけ、それから百遍ぺん紅雀べにすずめの毛でみがきました。そしてたいせつに紅雀べにすずめのむな毛げにつつんで、今まで兎うさぎの遠めがねを入れておいた瑪瑙めのうの箱はこにしまってお母さんにあずけました。そして外に出ました。

風が吹ふいて草くさの露つゆがバラバラとこぼれます。つりがねそうが朝の鐘かねを、

「カン、カン、カンカエコ、カンコカンコカン」と鳴らしています。

ホモイはぴょんぴょん跳とんで樺かばの木この下したに行きました。

すると向むこうから、年をとった野馬のうまがやって参まいりました。ホモイは少すこし怖こわくなって戻もどろうとしますと、馬はていねいにおじぎをして言いいました。

「あなたはホモイさまでござりますか。こんど貝かいの火がお前まえさまに参まいられましたそうで実じつに祝着しゅうちゃくに存ぞんじまする。あの玉がこの前獣けものの方に参まいりましてからもう千二百にひゃく年たっていると申もうしまする。いや、実じつに私めも今朝けさそのおはなしを承うけたまわりまして、涙なみだを流ながしてござります」馬はボロボロ泣なきだしました。

ホモイはあきれていましたが、馬があんまり泣なくものですから、ついつりこまれてちょっと鼻はながせらせらしました。馬は風呂敷ふろしきぐらいある浅黄あさぎのはんけちを出だして涙なみだをふいて申もうしました。

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Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

Source edition (底本)
底本:「銀河鉄道の夜」角川文庫、角川書店

   1969(昭和44)年7月20日初版発行

   1991(平成3)年6月10日65刷

底本の親本:「第二次宮沢賢治全集 第十巻」筑摩書房

   1969(昭和44)年初版発行

入力:ゆかこ

校正:林 幸雄

2001年2月15日公開

2011年3月25日公開

青空文庫作成ファイル:

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Typed by (入力)
ゆかこ
Proofread by (校正)
林幸雄

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