Nihoner

宮沢賢治 Kenji Miyazawa 1896.08.27〜1933.09.21

ありときのこ

ありときのこ

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苔こけいちめんに、霧きりがぽしゃぽしゃ降ふって、蟻ありの歩哨ほしょうは鉄てつの帽子ぼうしのひさしの下から、するどいひとみであたりをにらみ、青く大おおきな羊歯しだの森の前をあちこち行ったり来たりしています。

向むこうからぷるぷるぷるぷる一ぴきの蟻ありの兵隊へいたいが走って来ます。

「停とまれ、誰だれかッ」

「第だい百二十にじゅう八聯隊れんたいの伝令でんれい!」

「どこへ行ゆくか」

「第五十ごじゅう聯隊れんたい 聯隊れんたい本部ほんぶ」

歩哨ほしょうはスナイドル式しきの銃剣じゅうけんを、向むこうの胸むねに斜ななめにつきつけたまま、その眼めの光りようや顎あごのかたち、それから上着うわぎの袖そでの模様もようや靴くつのぐあい、いちいち詳くわしく調しらべます。

「よし、通れ」

伝令でんれいはいそがしく羊歯しだの森のなかへはいって行きました。

霧きりの粒つぶはだんだん小さく小さくなって、いまはもう、うすい乳ちちいろのけむりに変かわり、草や木の水を吸すいあげる音は、あっちにもこっちにも忙いそがしく聞こえだしました。さすがの歩哨ほしょうもとうとうねむさにふらっとします。

二疋ひきの蟻ありの子供こどもらが、手をひいて、何かひどく笑わらいながらやって来ました。そしてにわかに向むこうの楢ならの木この下したを見てびっくりして立ちどまります。

「あっ、あれなんだろう。あんなところにまっ白しろな家ができた」

「家じゃない山だ」

「昨日さくじつはなかったぞ」

「兵隊へいたいさんにきいてみよう」

「よし」

二疋の蟻は走はしります。

「兵隊へいたいさん、あすこにあるのなに?」

「なんだうるさい、帰れ」

「兵隊へいたいさん、いねむりしてんだい。あすこにあるのなに?」

「うるさいなあ、どれだい、おや!」

「昨日さくじつはあんなものなかったよ」

「おい、大変たいへんだ。おい。おまえたちはこどもだけれども、こういうときには立派りっぱにみんなのお役やくにたつだろうなあ。いいか。おまえはね、この森をはいって行ってアルキル中佐ちゅうさどのにお目にかかる。それからおまえはうんと走って陸地測量部りくちそくりょうぶまで行くんだ。そして二人ふたりともこう言いうんだ。北緯ほくい二十にじゅう五度ど東経とうけい六厘りんの処ところに、目的もくてきのわからない大おおきな工事こうじができましたとな。二人ふたりとも言ってごらん」

「北緯ほくい二十にじゅう五度ど東経とうけい六厘りんの処ところに目的もくてきのわからない大おおきな工事こうじができました」

「そうだ。では早く。そのうち私は決けっしてここを離はなれないから」

蟻ありの子供こどもらはいちもくさんにかけて行きます。

歩哨ほしょうは剣をかまえて、じっとそのまっしろな太ふとい柱はしらの、大おおきな屋根やねのある工事こうじをにらみつけています。

それはだんだん大きくなるようです。だいいち輪廓りんかくのぼんやり白く光ってぶるぶるぶるぶるふるえていることでもわかります。

にわかにぱっと暗くらくなり、そこらの苔こけはぐらぐらゆれ、蟻ありの歩哨ほしょうは夢中むちゅうで頭をかかえました。眼めをひらいてまた見ますと、あのまっ白しろな建物たてものは、柱が折おれてすっかり引っくり返かえっています。

蟻の子供こどもらが両方りょうほうから帰ってきました。

「兵隊へいたいさん。かまわないそうだよ。あれはきのこというものだって。なんでもないって。アルキル中佐ちゅうさはうんと笑わらったよ。それからぼくをほめたよ」

「あのね、すぐなくなるって。地図ちずに入れなくてもいいって。あんなもの地図ちずに入れたり消けしたりしていたら、陸地測量部りくちそくりょうぶなど百あっても足りないって。おや! 引っくりかえってらあ」

「たったいま倒たおれたんだ」歩哨ほしょうは少すこしきまり悪わるそうに言いいました。

「なあんだ。あっ。あんなやつも出て来たぞ」

向むこうに魚の骨ほねの形をした灰はいいろのおかしなきのこが、とぼけたように光ひかりながら、枝えだがついたり手が出たりだんだん地面じめんからのびあがってきます。二疋ひきの蟻ありの子供こどもらは、それを指ゆびさして、笑わらって笑って笑わらいます。

そのとき霧きりの向むこうから、大おおきな赤あかい日がのぼり、羊歯しだもすぎごけもにわかにぱっと青くなり、蟻の歩哨ほしょうは、またいかめしくスナイドル式銃剣しきじゅうけんを南の方へ構かまえました。

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Where this text comes from

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First published
「天才人」1933(昭和8)年3月号
Source edition (底本)
底本:「セロ弾きのゴーシュ」角川文庫、角川書店


   1957(昭和32)年11月15日初版発行

   1967(昭和42)年4月5日10版発行

   1993(平成5)年5月20日改版50版発行

初出:「天才人」

   1933(昭和8)年3月号

※初出時の表題は「朝に就ての童話的構図」。

入力:土屋隆

校正:砂場清隆

2007年1月6日作成

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Typed by (入力)
土屋隆
Proofread by (校正)
砂場清隆

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