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坂口安吾 Ango Sakaguchi 1906.10.20〜1955.02.17

哀れなトンマ先生

あわれなトンマせんせい

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「漫画まんが」という変な雑誌ざっしへオツキアイするせいではありませんが、私は、どうも、ブンナグラレルかも知れませんが、帝銀ていぎん事件じけんというものを、事の始はじめから、それほど凄味すごみのある出来事できごとだと思っていませんでした。

私が、ヒドイ奴だと思ったのは小平おびらという先生せんせいで、この先生せんせいはイヤだった。どうにも、むごたらしくて、救いがない。まるで、それがオキマリのように、必かならず女おんなの子こをヒネリ殺ころして、この先生せんせいは人間じんかんらしい苦しみは殆ほとんどもたなかったに違いない。これは、やりきれないことです。

そこへ行ゆくと、帝銀ていぎん先生せんせいは、てんで、トンマな、オロカ者ものなんでしょう。事件じけんの性格せいかくがそうなんですね。荏原えばらの銀行ぎんこうでは、マンマと薬品やくひんをのまされたけれども、薬のキキメが現あらわれない。そこで支店長てんちょうと三十さんじゅう分ほど世間せけん話をしていたそうですね。中井なかいの銀行ぎんこうでは、疑って薬をのんでくれないから、これも三十さんじゅう分ほど、支店長てんちょうと世間せけん話をして、マア、チョット、消毒しょうどくだけしときましょうと、小切手こぎってだかに、チョイ/\/\とフンム器みたいなもので消毒しょうどくしたんだそうですね。

ツラツラ失敗しっぱいのあとを尋ぬるに敵を信用しんようせしめるレッキとしたマーク入いりの腕章わんしょうがなかった。又、附近ふきんにホンモノの病人びょうにんがいて、その病人びょうにんの住所じゅうしょ姓名せいめいを心得こころえていないとダメなんだ。これを先生せんせい、さとったんですね。そこで、ついに椎名町しいなまちで、成功せいこう致された。成功せいこう致されたけれど、まったく、偶然ぐうぜんの成功せいこうですよ。

つまり、荏原えばらと中井なかいの失敗しっぱいによって、たまたま発見はっけんした術を用いて不思議ふしぎに成功せいこうしただけのことで、この時は、こう、あの時は、こうと、他のあらゆる危険きけんを考慮こうりょして成功せいこう致されたわけではないのであります。

一人ひとりのまない人間じんかんがいても、すぐ失敗しっぱいする。

たまたま一人ひとり便所べんじょにいても失敗しっぱいする。外から誰かが這入ってきても失敗しっぱいする。オレは、もう、昨日さくじつチブスの注射ちゅうしゃをしたんだい、という給仕きゅうじが現あらわれてもダメなのであります。

すると帝銀ていぎん先生せんせいは、又、三十さんじゅう分椎名町しいなまち支店長てんちょうとムダ話ばなしをして、新知識ちしきを会得えとくして、むなしく引ひきあげたかも知れません。そして、その新知識ちしきの対策たいさくを用意よういして、たとえば、誰か、便所べんじょにいる奴はないか、と注意ちゅういする術を新あらたに会得えとくして、四軒目に現あらわれたでしょうね。フトウフクツですよ。然しかし、おかしくなるほど、トンマだとは思おもいませんか。

もしも椎名町しいなまちで、殆ほとんど有ありうべからざる偶然ぐうぜんの成功せいこうがなければ、恐おそらく、この先生せんせいはむなしく数十すうじゅう軒の銀行ぎんこうを遍歴へんれきし、その度毎に新手あらての術を会得えとくしつゝ永遠えいえんに遍歴へんれきしつゞけたかも知れません。その程度ていどにトンマな先生せんせいのように私は思いました。

然しかし、椎名町しいなまちで、イザ、成功せいこうしてみると、あまりにも、現実げんじつに、かの先生せんせいの目の前に展開てんかいした出来事できごとは凄すぎました。

この凄味すごみを正確せいかくに、予想よそうしてはいなかったほど、この先生せんせいはトンマなように思われます。イザ、目の前に展開てんかいした出来事できごとはあまりにも凄すぎたですから、先生せんせいは、慌てた。手近てじかかにあった小金こがねだけしか持もち帰かえる算段さんだんがつかなかったほど、彼は、つまり、事件じけんそのものゝ兇悪きょうあくな結果けっかを、事前じぜんに認識にんしきしていなかったのでしょう。

翌日あくるひ小切手こぎってを受取りに行ゆくのもズブトイというより、トンマ、マヌケ、なのです。バカモノなのです。小切手こぎっての署名しょめいが殆ほとんど真実しんじつの筆蹟ひっせきらしいのも、マヌケの証拠しょうこ以外いがいの何物なにものでもないでしょう。

私は、この犯人はんにんは、マヌケからマグレ当あたりに成功せいこうし、マグレ当あたりだから、警察けいさつが、なかなか、つかまえられないのだと思っていました。今でも、そう思っています。

「オール、キャッシュ」

「オール、メンバー、あつまれ」

などゝ叫んでいるところ、まったくトンマな愛敬あいけいであって、私は呆れて、腹も立たないのでした。こういうトンマな先生せんせいに、マンマとマグレ当あたりに、してやられた十二名にいなの被害者がいしゃは気きの毒どくです。犯人はんにん先生せんせいも、わが犯罪はんざいの余あまりの凄味すごみに驚き呆れたと思います。

にも拘らず、たった一万七千ななせん円まどかの小切手こぎってを翌日あくるひノコノコと、筆蹟ひっせきを隠さぬらしい署名しょめいをして受けとりに出でかけるとはよっぽど金がほしかったのでしょう。この小ちいさな金額きんがくを得えることゝ、この大罪人つみびととして捕とらわれることとの計算けいさんすらも立たないほど、彼はトンマで、たゞ、もう、金に目がくらんでいたのでしょう。

この一事いちじだけでも、私は犯人はんにんのノンキさ、トンマさ、バカさに、確信かくしんをもっていました。

だから、私は、この事件じけんの結果けっかの凄味すごみにも拘らず、犯人はんにんがトンマのせいで、事件じけんの本質的しつてきな兇悪きょうあくさを感かんじていなかったのです。

私は小平おびら先生せんせいは、イヤらしく、汚らしく、にくらしくて、たまりませんが、帝銀ていぎん先生せんせいは、今でも、そう、悪者わるものだと思っていません。たぶん、このトンマ先生せんせいは、非常ひじょうに知性ちせいが低ひくいのだと思います。もし、知性ちせいが高ければ、こんなことはやらなかった。知性ちせいはある種のことには実行力ぎょうりきを、ある種のことには抑制よくせい力を与えてくれるものです。彼はトンマですから、こんなことをやりました。

無性むしょうに金の欲ほしいこのトンマも哀あわれな先生せんせい、悲かなしい先生せんせいではないでしょうか。先生せんせいは、金に、目がくらんでいて、あとは、何も見えなかったのではないでしょうか。哀あわれなトンマ先生せんせい。

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Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

First published
「漫画 創刊号」1948(昭和23)年11月1日
Source edition (底本)
底本:「坂口安吾全集 07」筑摩書房


   1998(平成10)年8月20日初版第1刷発行

底本の親本:「漫画 創刊号」

   1948(昭和23)年11月1日発行

初出:「漫画 創刊号」

   1948(昭和23)年11月1日発行

入力:tatsuki

校正:砂場清隆

2008年4月15日作成

青空文庫作成ファイル:

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Typed by (入力)
tatsuki
Proofread by (校正)
砂場清隆

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