Nihoner

坂口安吾 Ango Sakaguchi 1906.10.20〜1955.02.17

足のない男と首のない男

あしのないおとことくびのないおとこ

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昔々、さるところに奇妙きみょうな病院びょういんができた。熱療法りょうほうと称しょうするので、淋病りんびょうの患者かんじゃなどが通ふ。すると、タンクの中へ人間じんかんを投げこみ、首だけだして全身ぜんしんを蒸すのださうだが、中村なかむら地平じへいの弟子でしの日大にちだいの芸術科じゅっかの生徒せいとがこゝへ駈けつけてタンクの中へねかされて、ものゝ五分も蒸されると悲鳴ひめいをあげて、死んでしまふから出だしてくれ、今でると治らないよ、治らなくとも死しぬよりいゝよ、這々ほうほうのていでころがりでゝ帰つてきたといふ話がある。

一日ついたちタンクの中で唸つて出てきたときにビールを一本いっぽん飲ましてくれるさうで、そのうまいこと話の外だといふけれども、ビールのうまさにつられて翌日あくるひも出でかけやうといふ意志いし強壮きょうそうなますらをは少すくないさうで、このタンクへ日参にっさんして無事ぶじ病魔びょうまを退治たいじする人物じんぶつは他日たじつ人生じんせいのあらゆる魔物まものを退治たいじできるに相違そういないといふことである。

かういふ変つた病院びょういんであるから、そこに働はたらく人物じんぶつも自みずからたゞ者ではないので、昔、杉山すぎやま英樹ひできと郡山こうりやま千冬ちふゆといふ二人ふたりの事務じむ員がゐたのである。ドクトルでないから何も知らない患者かんじゃにとつては大たいへん良かつたやうなものだが、この両名りょうめいは天下てんかに稀なオッチョコチョイだからドクトルの留守るすの時などには白衣しらえをつけて尤もっともらしく患者かんじゃをタンクへつめこんで首までもぐして面白おもしろいがつて患者かんじゃを半殺はんごろしにするぐらゐはやりかねないので、この二人ふたりがこゝへ務めていたといふのは気違ひが気違ひ病院びょういんの院長いんちょうをつとめてゐるやうに自然じねんであつた。そして二人ふたりは非常ひじょうに仲が悪かつた。犬猿けんえんもたゞならずとは二人ふたりのことで、なにがさて並の人間じんかんの十倍とべぐらゐ口先くちさきの良く廻転かいてんする両名りょうめいだから、悪口あっこう雑言ぞうげん、よくまアこんないやらしい言葉ことばを掃溜はきだめから掻かきまはして拾つてきたと思ふやうなことをおたがひに蔭で叩たたきあつてゐたのである。

御両名りょうめいが仲が悪わるいのは尤もっとも千万せんまんで、杉山すぎやま英樹ひできといふ先生せんせいは「バルザックの世界せかい」といふ大著述ちょじゅつを残のこしたが、ちよつと読よむとひどく面白おもしろいいことが書いてあるやうだが、よく読よむと何だかさつぱり分らなくなるので、たぶん杉山すぎやま自身おのれも、よく考へると分らんけれどもちよつと面白おもしろいさうなことが三行に一行ひとくだりづゝ書いてあるから人間じんかんに読ませるならこれぐらゐでたくさんだと思つて威勢いせいよく書かきまくつたのだらうと思ふ。本質的しつてきな法螺ほら吹であつた。何でも知らないといふことがない。何か人が話をしてゐると、ウム、それは、と云つて横から膝を乗のり入いれてくる。何でも知つてゐる。そして如何いかにも尤もっともらしく真に迫つて時々然るべき文献ぶんけんなども現あらわれて疑ふべからざる論拠ろんきょを明にしてくれるけれども、これがみんな嘘つぱちの出鱈目でたらめなのである。然るべき文献ぶんけんもでたらめだ。本ほんの名前なまいぐらゐは本当ほんとでも、その中に彼かの言つてゐるやうなことは決けっして書いてはないのである。けれども、彼かの話は真実しんじつよりも真実しんじつに迫つて尤もっともらしく語られる。どこへでも旅行りょこうしてゐる。誰とでも親友しんゆうだ。けれどもみんな嘘なのである。彼は知らない親友しんゆうに就て微細びさいな描写びょうしゃや家庭かてい生活せいかつや人ひととなりやエピソードなど彷彿ほうふつと目まのあたり見みるが如くに活写かっしゃするが、これはみんなその時ふいに思ひついた彼かの一瞬いっしゅんのイマージュにすぎない。

私が切支丹キリシタンの文献ぶんけんが手にはいらなくて困つてゐるとき、彼に会つてその話をすると、その文献ぶんけんならなんとか教会きょうかいにあつて、そこのフランス神父しんぷは友達ともだちで先日せんじつも会つて何なんについてどんな話をしてきたなどゝ清流せいりゅうの流ながれるごとく語がたりだすから、それはありがたい、さつそく神父しんぷに紹介しょうかいしてくれ、これから行ぎょうつて本を読ませて貰ふから、と言ふと、ウム、ところが、と彼はちつとも困らず、今はその本は教会きょうかいにはないね、なぜ、なぜならばネ、目下めしたある人が借かりてゐる、この借かりた人が何故なぜに借かりてゐるかといふとこれには次のやうな面白おもしろい事情じじょうがあつて……勿論もちろん神父しんぷなどゝ友達ともだちですらないのである。

足のない幽霊ゆうれいみたいなところがあつて、つまり、足のない一ツ目入道にゅうどうみたいな男だ。鉄の棒を持もつてゐるが、この棒の先の方も幽霊ゆうれい的に足がなくて、人をポカンとなぐる。良く命中めいちゅうするけれども、鉄の棒の足がないから命中めいちゅうしても風が起おこるばかりで、先方せんぽうはポカンとするが、目は廻さない。彼かの文学ぶんがくの論法ろんぽうは、あらかたさういふものである。

ところが一方いっぽう、郡山こうりやま千冬ちふゆといふ先生せんせいは、足の方はひどく大おおきな毛脛けずねで年中ねんじゅうゴロ/\うるさく地球ちきゅうをひつかき廻して歩いてゐるが、首から上が消えてしまつて無なあいのである。大酒飲さけのみだから、首がないと困こまるけれども、彼は臍から飲のむ。そしてその臍で年中ねんじゅううるさいほどガヤガヤゴチャ/\喋しゃべりまくつてゐるのである。

郡山こうりやま千冬ちふゆの声は一種いっしゅ独特どくとくのシャガレ声で、テキ屋やの声に厚あつい鉛のメッキをかけて年中ねんじゅうフイゴで吹いてゐるやうな声であるが、後楽園らくえん球場きゅうじょうで一番いちばん響ひびきの悪わるい声で国民くにたみ学校がっこう一年ひととせ生のやうにうるさく怒鳴つたり拍手はくしゅしたり落付つきなく見物けんぶつしてゐるのがこの男だ。ところがこの男は毎日まいにち職業しょくぎょう野球やきゅうを見物けんぶつしてゐるだけが能かと思ふと、さうではないので、万歳ばんざいも見てゐるし、安来節やすきぶしの小屋しょうおくでカケ声をかけてゐることもあるし、浪花なにわ節でもレビューでも何でも行儀ぎょうぎの悪わるい見物けんぶつ人ののさばるところはどこでもこの男を見みかけることができて、その中で誰よりものさばつて行儀ぎょうぎが悪わるい。小ちいさい男であんまり落付なくハシャイでゐるから国民くにたみ学校がっこうの子供こどもかなと思ふけれども、やつぱり大人おとなで、第一声いっせいがジャングルの声だ。ボルネオの子供こどもかなと人が思つたりするので、近頃ちかごろ郡山こうりやまが鼻ヒゲを生やしたのはそのせゐなのである。

彼は熱療法りょうほうの病院びょういんを退職たいしょくすると、その次には浅草せんそうの安来やすぎ節の座付ざつき作者さくしゃになつて、まつたくどうも、かういふところにも脚本家ほんけなどの必要ひつようがあつたのかネ、私は知らなかつた。威勢いせいのいゝ姐さんのために大おおいに情熱じょうねつを傾けて脚本きゃくほんを書いてやつてゐた。

そのうちに戦争せんそうが白熱はくねつしてきて安来やすぎ節もダメになると、経済けいざい何とか研究けんきゅう所、名前なまいはすごいが社長しゃちょうと郡山こうりやまと二人ふたりしかゐないところで、これはつまり闇屋やみやの品物しなもんをしかるべく取ついでやる機関きかんなのである。

この先生せんせいはつまりまともな仕事しごとが出来しゅったいない本性ほんせいなので、病院びょういんへ務つとめるにも松沢まつざわ病院びょういんなどゝいふ当あたり前まえのところは気が向かない。座付ざつき作者さくしゃになるにもインチキ・レビュウとくるとまだ少すこしまともすぎて、安来やすぎ節とこないと、どうしてもをさまることが出来しゅったいない。闇屋やみやなども当あたり前まえの商売しょうばいだあらダメなので、闇屋やみやの上前うわまえをはねる経済けいざい研究けんきゅう所とこないと務つとめることができないといふ因果いんがな先生せんせいなのである。

愈々空襲くうしゅうが始はじまる頃になると経済けいざい研究けんきゅう所もその筋につぶされてしまひ、私が神田かんだの本屋ほんやをひやかしてゐるとブラ/\向ふから歩いてくる郡山こうりやまにぶつかり、ヤア、どうしてゐる? そこの産報さんぽう本部ほんぶにつとめてゐるよ、と言ふので、私は日本にぽんはもうダメだと思つた。私はそれまで世よの中なかのくはしいことは知らないが、内閣ないかくだの、情報じょうほう局だの、大政おうまさ翼賛よくさん会だの、みんなそれぞれ筋の正ただしいもので、産報さんぽうといふところなどもさうだらうと思つてゐた。然しかし、郡山こうりやま千冬ちふゆが務めてゐるやうでは、これはもうマトモなところではない。浅草せんそうの裏道うらみちと同おんなじ人生じんせいの裏道うらみちで、インチキな仕事しごとをしてゐる事務所むしょにきまつてゐるのである。日本にぽんの堕落だらくこゝに至いたる、私が暗然あんぜんとして昔の救世きゅうせい軍本部ほんぶを仰いで祖国そこくのために暗涙あんるいを流ながしたのもムベなるかな、今日きょうつひに敗北はいぼくし、戦争せんそう十年の日本にぽんの腐敗ふはい、官界かんかい軍閥ぐんばつの堕落だらくのあとを眺めれば、郡山こうりやまなどは最もっともマトモな紳士しんしであつたではないか。大将だいじょうだの大臣おとどだの長官ちょうかんなどゝいふのはみんなムジナかナマズか何かであり、郡山こうりやまはボルネオの国民くにたみ学校がっこうの優等ゆうとう生で全く裏も表もないそれだけの正真しょうしん正銘しょうめいの人間じんかんだつたのである。

彼はこれだけ忙せわしい人生じんせいの合ひま/\にゲーテだのシラーだの時にはゴッホの絵本えほんなどゝいふどこから種本たねほんを見つけてくるのやら飜訳ほんやくといふ仕事しごとをやり、私が小説しょうせつの本をだしたよりもたくさん飜訳ほんやくの本をだしてゐるのである。

大観堂かんどうが郡山こうりやまの家へ原稿げんこうをとりに行つて呆れて帰つてきて、飜訳ほんやくの大先生せんせいだからたくさんの洋書ようしょがギッシリ部屋へやにつまつてゐると思つてゐたのに、カラッポの本箱ほんばこに三十さんじゅう冊ほどの本がチョボ/\とあつてその大部分ぶぶんが講談こうだん倶楽部くらぶで洋書ようしょは一冊もありませんでした、と言つて溜息ためいきをもらした。私もこの本箱ほんばこのことならよく知つてをり、まつたく講談こうだん倶楽部くらぶを入れて三十さんじゅう冊、それ以上いじょうのいかなる本も所持しょじしてゐないのである。かういふシブイ人物じんぶつであるから杉山すぎやま英樹ひできの衒学げんがく的大風呂敷ふろしきとはソリが合はないので、由来ゆらい衒学げんがく者は田舎者いなかものであり、郡山こうりやまは最もっともイキ好このみのシブイ男で(産報さんぽうなどゝは最もっともシブイ)うるさくて騒々しくてしつきりなしの電車でんしゃみたいで困こまるけれども当人とうにんがイキ好このみであるといふ精神せいしんに於ては変りがない。マトモな商売しょうばいはやれないといふ意気いき好このみだから何とも騒々しいのは仕方しかたがない。

足のない大入道にゅうどうの幽霊ゆうれいと首のない毛筋けすじだけの地球ちきゅうをゴロ/\ひつかいて走はしり廻つてゐるうるさい意気いき好このみの男と、昔の日本にぽんでは騒々しいのが二人ふたりたいへん仲が悪かつたのだが、戦争せんそうが終つてみると、気きの毒どくに足のない大入道にゅうどうの幽霊ゆうれいの方が死んでしまつた。杉山すぎやまが生きてゐれば日本にぽんの文壇ぶんだんはもう一とまはりうるさくなり、バルザックだのサント・ブウヴだのボルテールだのと読まない本を何百なんびゃく冊も並べたてゝ、ともかく命中めいちゅうするのは風ばかりにしろ細こまい鉄棒てつぼうをふり廻して低気圧きあつの子供こどもぐらゐは年中ねんじゅうまき起した筈であつた。

大将だいじょうだの大臣おとどの正体せいたいがバクロされて檻につながれ、世は変り、こゝに郡山こうりやま千冬ちふゆも真人間じんかんとなる時がきたので××社の編輯へんしゅう記者きしゃとなり、この雑誌ざっし社は裏街道かいどうではないやうで、どうやら人間じんかんの表街道かいどうへ現あらわれるに及んで、なるほど世よの中なかは根柢こんてい的に変つたんだなアと私は彼を眺ながめて世のたゞならぬ大変転へんてんに気付きずけいたのである。

先日せんじつ××社の座談ざだん会で、私は喋しゃべる方であり、郡山こうりやまは喋らせる方で、二本ほんのウヰスキーをとりだしたから、オイ命の方は? と私が大おおいに慌あわてると、先生せんせいもきまり悪わるいがつて、冗談じょうだんぢやないよ、××社が買ふウヰスキーぢやないか。昔は郡山こうりやま先生せんせいが手てがける酒は命にかゝはるものにきまつてゐた。然しかし、世は変り、あに世の変りを信ぜざるべけんや、即すなわち私は新日しんにち本ほんの生誕せいたんを信しんじる故に敢然かんぜんグラスをとつて強したたかあふり、今日きょうも尚生ひさおきてをり、世の一大いちだい変転へんてんを命をかけて実証しょうするに至つた。郡山こうりやま君、講談こうだん倶楽部くらぶを焼やきたまへ。

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Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

First published
「早稲田文学 第一三巻第七号」1946(昭和21)年10月1日
Source edition (底本)
底本:「坂口安吾全集 04」筑摩書房


   1998(平成10)年5月22日初版第1刷発行

底本の親本:「早稲田文学 第一三巻第七号」

   1946(昭和21)年10月1日発行

初出:「早稲田文学 第一三巻第七号」

   1946(昭和21)年10月1日発行

入力:tatsuki

校正:宮元淳一

2006年5月5日作成

青空文庫作成ファイル:

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Typed by (入力)
tatsuki
Proofread by (校正)
宮元淳一

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