Nihoner

坂口安吾 Ango Sakaguchi 1906.10.20〜1955.02.17

安吾巷談 01 麻薬・自殺・宗教

あんごこうだん

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伊豆いずの伊東いとうにヒロポン屋というものが存在そんざいしている。旅館りょかんの番頭ばんがしらにさそわれてヤキトリ屋へ一パイのみに行って、元ダンサーという女中じょちゅうを相手あいてにのんでいると、まッ黒ぐろいフロシキ包ずつみ(一尺四方しかたぐらい)を背負せおいってはいってきた二十にじゅう五六ごろくの青年せいねんがある。女中じょちゅうがついと立って何か話はなしていたが、二人ふたりでトントン二階にかいへあがっていった。

三分ぐらいで降りて戻ってきたが、男が立たち去さると、

「あの人、ヒロポン売うる人よ。一箱百円よ。原価げんか六十ろくじゅう何円まどかだから、そんなに高くないでしょ」

という。東京とうきょうでは、百二十にじゅう円まどから、百四十しじゅう円だそうである。

ヒロポン屋は遊楽ゆうらく街を御用聞きにまわっているのである。最もっとも濫用らんようしているのはダンサーだそうで、皮下ひかでは利きがわるいから、静脈じょうみゃくへ打うつのだそうだ。

「いま、うってきたのよ」

と云って、女中じょちゅうは左腕さわんをだして静脈じょうみゃくをみせた。五六ごろく本、アトがある。中毒ちゅうどくというほどではない。ダンサー時代じだいはよく打ったが、今は打たなくともいられる、睡気すいきざましじゃなくて、打ったトタンに気持きもちがよいから打つのだと言っていた。

この女中じょちゅうは、自分じぶんで静脈じょうみゃくへうつのだそうだ。

「たいがい、そうよ。ヒロポンの静脈じょうみゃく注射ちゅうしゃぐらい、一人ひとりでやるのが普通ふつうよ。かえって看護かんご婦あがりの人なんかがダメね。人にやってもらってるわ」

そうかも知れない。看護かんご婦ともなればブドウ糖の注射ちゅうしゃでも注意ちゅういを集中しゅうちゅうしてやるものだ。ウカツに静脈じょうみゃく注射ちゅうしゃなど打うつ気持きもちにはなれないかも知れない。

織田おだ作之助さくのすけはヒロポン注射ちゅうしゃが得意とくいで、酒席しゅせきで、にわかに腕をまくりあげてヒロポンをうつ。当時とうじの流行はやりの尖端せんたんだから、ひとつは見栄みえだろう。今のように猫もシャクシもやるようになっては、彼もやる気きがしなかったかも知れぬ。

織田おだはヒロポンの注射ちゅうしゃをうつと、ビタミンBをうち、救心きゅうしんをのんでいた。今でもこの風俗ふうぞくは同おんなじことで、ヒロポン・ビタミン・救心きゅうしん。妙な信仰しんこうだ。しかし、今の中毒ちゅうどく患者かんじゃはヒロポン代で精一せいいちパイだから、信仰しんこうは残っているが、めったに実行じっこうはされない。

「ビタミンBうって救心きゅうしんのむと、ほんとは中毒ちゅうどくしないんだけど」

などゝ、中毒ちゅうどくの原因げんいんがそッちの方へ転嫁てんかされている有様ありさまである。救心きゅうしんという薬は味も効能こうのうも仁丹じんたんぐらいにしか思われてないが、べラボーに高価こうかなところが信仰しんこうされるのかも知れない。しかし織田おだが得々とうっていたヒロポンも皮下ひか注射ちゅうしゃで、今日きょうではまったく流行はやりおくれなのである。第一だいいち、うつ量も、今日きょうの流行はやりにくらべると問題もんだいにならない。

私は以前いぜんから錠剤じょうざいの方を用いていたが、織田おだにすすめられて、注射ちゅうしゃをやってみた。

注射ちゅうしゃは非常ひじょうによろしくない。中毒どくするのが当然とうぜんなのである。なぜなら、うったトタンに利いてくるが、一時間じかんもたつと効能こうのうがうすれてしまう。誰しも覚醒かくせい剤を用もちいる場合ばあいは、もっと長時ながとき間の覚醒かくせいが必要ひつような場合ばあいにきまっているから、日に何回となく打たなければならなくなって、次第しだいに中毒ちゅうどくしてしまう。

錠剤じょうざいの方は一日ついたち一回でたくさんだ。ヒロポンの錠剤じょうざいは半日はんじつ持続じぞくしないが、ゼドリンは一日ついたちちかく持続じぞくする。副作用さようもヒロポンほどでなく、錠剤じょうざいを用もちいるなら、ゼドリンの方がはるかによい。

錠剤じょうざいは胃に悪く、蓄積ちくせきするから危険きけんだというが、これはウソで、胃に悪いといっても目立めだつほどでなく、煙草たばこにくらべれば、はるかに胃の害はすくない。蓄積ちくせきという点も、私はアルコールを用いて睡ったせいか、アルコールには溶解ようかいし易やすいそうで、そのせいか蓄積ちくせきの害はあんまり気付かなかった。私の仕事しごとの性質せいしつとして、一週間しゅうかんか十日は連続れんぞくして服用ようする必要ひつようがある。あと三四さんし日は服用ふくようをやめて休息きゅうそくする。すると連続れんぞく服用ふくようのあとは、服用ふくようをやめてからも二日間かかんぐらいは利いている。その程度ていどであった。しかし私の場合ばあいはウイスキーをのむから、これに溶けてハイセツされて蓄積ちくせきが少すくないということも考かんがえられ、ウイスキーをのまない人の場合ばあいのことはわからない。

精神せいしん科のお医者いしゃさんの話でも、あれを溶解ようかいハイセツするにはウイスキーがいちばんよいらしいとのことで、私の経験けいけんによっても、錠剤じょうざいを用もちいる限かぎりは、ウイスキーをのんで眠って、十日のうち三日ぐらいずつ服用ふくようを中止ちゅうししていると、殆ほとんど害はないようだ。

又、服用ふくようの量も、累進るいしんするということはない。これは多分たぶんに気のせいがあって、昨日さくじつよりも余計よけいのまないと利かないような気がするだけだ。

ただ、実際じっさい、利かない場合ばあいが一度ひとたびだけある。それは三四さんし日服用ふくようを中止ちゅうししたのち、改あらためて服用ふくようしはじめた第一だいいち日目にちもくで、この時だけは、なかなか利かない。つまり蓄積ちくせきがきれているせいだろう。したがって、その反対はんたいに、蓄積ちくせきすれば小量しょうりょうのんで利きくことが成なり立たつわけで、事実じじつその通とおりなのである。だから、第一だいいち日目にちもくだけ、当人とうにんの定量ていりょうより多おおい目にのむ必要ひつようがあるが、翌日あくるひはもう定量ていりょうでよく、三日目にちもく、四日目にちもくは定量ていりょう以下いかへ減へらしても利きく。多くの人は、このことを御存ぞんじない。どうしても定量ていりょう、又は定量ていりょう以上いじょうのむ必要ひつようがあると思いこんでいるのである。

私の場合ばあいで云いうと、私はゼドリンの二ミリの錠剤じょうざいを七ツぐらいずつのむ習慣しゅうかんだった。一ミリなら十四のわけだが、どうも、二ミリ七ツの方が利きくようである。これは製造せいぞう元でたしかめると分わかるだろう。二ミリ七ツというのは普通ふつうの定量ていりょうより倍量ばいりょうちかく多おおいが、しかし、私は四五しご年もつづけていて、これで充分じゅうぶんだったのである。織田おだにしても日に最低さいてい三十さんじゅうミりは注射ちゅうしゃしていたし、現在げんざいダンサーの多くは三十さんじゅうミリの注射ちゅうしゃぐらい、朝あさメシ前という状態じょうたいである。注射ちゅうしゃだと、どうしても、そうなりやすい。

私は七ツの定量ていりょうのところ、第一だいいち日目にちもくだけ、九ツのむ。二日目にちもくは七ツでよく、三日目にちもく、四日目にちもくは、六ツ、五ツと下さげ、四ツですむこともあった。利かなかったら、またのめばよいのだから、はじめは小量しょうりょうでためしてみることがカンジンで、覚醒かくせい剤は累進るいしんして用いないと利かないという信仰しんこうを盲信もうしんしてはいけないのである。

したがって、私は覚醒かくせい剤の害というものを経験けいけんしたことはなかった。

害のひどいのは催眠さいみん薬だ。

★

私はアドルムという薬をのんで、ひどく中毒ちゅうどくしたが、なぜアドルムを用いたかというと、いろいろの売薬ばいやくをのんでみて、結局けっきょくこれが当時とうじとしては一番いちばんきいたからである。今日きょうでは、もっと強烈きょうれつなのがあるらしいが、私はアドルム中毒ちゅうどくでこりて、ほかの素性そせいの正ただしい粉末ふんまつ催眠さいみん薬を三種類しゅるい用いて、みんな、また、中毒ちゅうどくした。

現在げんざい日本にぽんの産業界ぎょうかいはまだ常態じょうたいではないので、みんな仕事しごとに手をぬいている。当然とうぜん除去じょきょしうる副作用さようの成分せいぶんを除去じょきょするだけの良心的しんてきな作業さぎょうを怠っているわけで、それで中毒ちゅうどくを起おこし易やすいのだそうだ。しかし、当今とうぎんは乱世らんせいで、副作用さようなどはどうでもよく、手ッ取とりばやく利けばいい、というお客の要求ようきゅうが多おおいから、益々、副作用さようを主成分せいぶんにしたような催眠さいみん薬が現あらわれる。一粒のむと、トタンに酩酊めいてい状態じょうたいにおちいるような魔法まほうの薬が現あらわれるのである。

人はなぜ催眠さいみん薬をのむか、といえば、このバカヤロー、ねむるためにきまッてらい、と叱られるだろうが、当今とうぎんは乱世らんせいだから、看板かんばん通とおりにいかない。

私の場合ばあいは覚醒かくせい剤をのんで仕事しごとして、ねむれなくて(疲労ひろうが激しくなってアルコールだけでは眠れなくなった)仕方しかたがないので、ウイスキーとアドルムをのんでるうちに中毒ちゅうどくした。このアドルムは、ヒロポンの注射ちゅうしゃと同じように、のむとすぐ利きく、しかし、すぐ、さめる。一二いちに時間じかんでさめる。そこで一夜いちやに何回ものむようになって、中毒どくするようになるのである。

しかし、中毒どくするほど、のんでみると、この薬の作用さようが、人を中毒ちゅうどくにさそうような要素ようそを含んでいることが分ってくる。

田中たなか英光ひでみつはムチャクチャで、催眠剤みんざいを、はじめから、ねむるためではなく、酒の酔よいを早く利かせるために用いていた。この男の苦心くしんは察さっするに余あまりがある。あれぐらいの大酒飲さけのみは、いくら稼いでも飲のみ代しろに足りないから、いかにして早く酔ようかという研究けんきゅうが人生じんせいの大事だいじとなるのである。この男は乱世らんせいの豪傑ごうけつのシンボルで、どれぐらい酒を飲んだか、ということが分らないと、彼かの悲痛ひつうな心事しんじは分らないようだ。

この男が、二年ほど前、私が熱海あたみで仕事しごとをしていたとき、女おんなの子こをつれて遊あそびに来て、三日泊って行ったことがある。

朝、一いっしょにのむ。私が一睡りして目をさますと、彼は私の枕元まくらもとで、まだ飲んでいる。仕方しかたがないから、私も一風呂ふろあびてきて、また相手あいてをすると、酔っ払って、ねむくなる。又、ねむる。目をさますと、もう、とっぷり夜になっていて、私の枕元まくらもとでは、益々酒宴しゅえんはタケナワとなっているのを発見はっけんするのである。仕方しかたがないから、また相手あいてになって、ねむたくなって、

「オイ、もう、とてもダメだから、君は君の部屋へやへひきあげて、のんでくれよ」

と云いうと、

「ヤ、そうですか。じゃア、ウイスキーもらって行きます。それから、奥さんに来ていただいていゝですか」

といって、田中たなかと女二人ふたりが行ぎょうってしまう。田中たなかの部屋へやでは、田中たなかと女二人ふたりでトランプをして、その間中まなか、田中たなかはウイスキーとビールを呷あおりつゞけているのである。

ロスアンゼルス出場しゅつじょうのオリムピック・ボート選手せんしゅ、六尺、二十にじゅう貫。彼は道々歩きながらウイスキーをラッパのみにするのが日常にちじょうの習慣しゅうかんで、したがって、コップに波々とついだウイスキーを、ビールのようにガブガブのむ。

私は胃が悪わるいので、小量しょうりょうで酔よう必要ひつようがあって、ウイスキーをのんでいたが、あの当時とうじは、熱海あたみにはウイスキーがないので、東京とうきょうの酒場さかばからウイスキーとタンサンを運んでもらっており、いつも一ダースぐらいずつストックがあった。そのストックを田中たなか英光ひでみつは三日間かかんで完全かんぜんに飲のみあげてしまったのである。

田中たなかと飲んでいると、まったくハラハラする。貴重きちょうなるウイスキーがビールのように目に見えてグングン減へるからである。三十さんじゅう分とたゝないうちに、一本いっぽんカラになる。ウソみたいである。本当ほんとだから、尚、なさけない。

私が旅館りょかんをひきあげるとき、勘定かんじょうを支払しはらう時に、また驚いたが、田中たなかは私のウイスキーをのみほしたほかに、ビール二ダースと日本にぽん酒の相当量とうりょうをのみほしていたのである。これはみんな、私の部屋へやから追ッ払われて、自分じぶんの部屋へやへひきあげてから、寝酒ねざけにのんだのだ。眠っている時間じかんのほかは完全かんぜんに酒をのみつゞけており、私のところへ来た時ばかりではなく、概おうむね彼かの日常にちじょうがそうであったらしい。

一日ついたちに三四さんし本ほんのウイスキーを楽々カラにして、ほかにビールも日本にぽん酒ものむ胃袋いぶくろであるから、彼がいくら稼いでも、飲のみ代しろには足りなかったろう。いかにして早く酔ようかということが、彼かの一大事だいじであったのは当然とうぜんだ。そこで催眠さいみん薬を酒の肴にポリポリかじるという手を思いついたのはアッパレであるが、これは、どうしても田中たなかでないと、できない。

今、売うりだされているカルモチンの錠剤じょうざい。あれは五十ごじゅう粒ぐらい飲んでも眠くならないし、無味むみ無臭むしゅうで、酒の肴としても、うまくはないが、まずいこともない。田中たなかがカルモチンを酒の肴にかじっているときいたときは驚かなかったが、カルモチンでは酔わなくなって、アドルムにしたという話には驚いた。あの男以外いがいは、めったに、できない芸当げいとうである。

アドルムは、のむと、すぐ、ねむくなる。第一だいいち、味の悪わるいこと、吐はき気けを催もようすほどであるが、田中たなかは早く酔ようためには、なんでもいい主義しゅぎであったらしい。それにしても、酒の肴にアドルムをかじることが可能かのうであるか、どうか。まア、いっぺん、ためして、ごらんなさい。そうしないと、この乱世らんせいの豪傑ごうけつの非凡ひぼんな業績ぎょうせきは分らない。

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First published
「文藝春秋 第二八巻第一号」1950(昭和25)年1月1日
Source edition (底本)
底本:「坂口安吾全集 08」筑摩書房


   1998(平成10)年9月20日初版第1刷発行

底本の親本:「文藝春秋 第二八巻第一号」

   1950(昭和25)年1月1日発行

初出:「文藝春秋 第二八巻第一号」

   1950(昭和25)年1月1日発行

入力:tatsuki

校正:宮元淳一

2006年1月10日作成

青空文庫作成ファイル:

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Typed by (入力)
tatsuki
Proofread by (校正)
宮元淳一

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