Nihoner

芥川竜之介 Ryunosuke Akutagawa 1892.03.01〜1927.07.24

海のほとり

うみのほとり

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一

……雨はまだ降りつづけていた。僕等は午飯ひるめしをすませた後のち、敷島しきしまを何本も灰にしながら、東京とうきょうの友ともだちの噂うわさなどした。

僕等のいるのは何もない庭へ葭簾よしずの日除ひよけを差しかけた六畳二間ふたまの離はなれだった。庭には何もないと言っても、この海辺うみべに多おおい弘法麦こうぼうむぎだけは疎まばらに砂の上に穂ほを垂たれていた。その穂は僕等の来た時にはまだすっかり出揃でそろわなかった。出ているのもたいていはまっ青さおだった。が、今はいつのまにかどの穂も同じように狐色きつねいろに変り、穂先ほさきごとに滴しずくをやどしていた。

「さあ、仕事しごとでもするかな。」

Mは長ながながと寝ころんだまま、糊のりの強こわい宿の湯帷子ゆかたの袖に近眼鏡きんがんきょうの玉を拭っていた。仕事しごとと言ゆうのは僕等の雑誌ざっしへ毎月まいげつ何か書かなければならぬ、その創作そうさくのことを指さすのだった。

Mの次の間まへ引きとった後のち、僕は座蒲団ざぶとんを枕にしながら、里見八犬伝さとみはっけんでんを読よみはじめた。きのう僕の読よみかけたのは信乃しの、現八げんぱち、小文吾こぶんごなどの荘助そうすけを救いに出でかけるところだった。「その時蜑崎照文あまざきてるぶみは懐ふところより用意よういの沙金さきんを五包いつつつみとり出いだしつ。先まず三包みつつみを扇にのせたるそがままに、……三犬士さんけんし、この金かねは三十両りょうをひと包ずつみとせり。もっとも些少さしょうの東西ものなれども、こたびの路用ろようを資たすくるのみ。わが私わたくしの餞別はなむけならず、里見殿さとみどのの賜たまものなるに、辞いろわで納め給えと言ゆう。」――僕はそこを読よみながら、おととい届とどいた原稿料こうりょうの一枚四十しじゅう銭だったのを思おもい出でした。僕等は二人ふたりともこの七月ふみつきに大学だいがくの英文えいぶん科を卒業そつぎょうしていた。従って衣食いしょくの計はかりごとを立たてることは僕等の目前もくぜんに迫っていた。僕はだんだん八犬伝を忘わすれ、教師きょうしになることなどを考え出した。が、そのうちに眠ったと見え、いつかこう言ゆう短みじかい夢を見ていた。

――それは何なんでも夜更よふけらしかった。僕はとにかく雨戸あまどをしめた座敷ざしきにたった一人ひとり横になっていた。すると誰か戸を叩たたいて「もし、もし」と僕に声をかけた。僕はその雨戸あまどの向むかうに池のあることを承知しょうちしていた。しかし僕に声をかけたのは誰だか少すこしもわからなかった。

「もし、もし、お願ねがいがあるのですが、……」

雨戸あまどの外の声はこう言った。僕はその言葉ことばを聞いた時、「ははあ、Kのやつだな」と思った。Kと言ゆうのは僕等よりも一年ひととせ後ごの哲学てつがく科にいた、箸はしにも棒にもかからぬ男だった。僕は横になったまま、かなり大声おおごえに返事へんじをした。

「哀あわれっぽい声を出だしたって駄目だめだよ。また君、金かねのことだろう?」

「いいえ、金かなのことじゃありません。ただわたしの友ともだちに会わせたい女があるんですが、……」

その声はどうもKらしくなかった。のみならず誰か僕のことを心配しんぱいしてくれる人らしかった。僕は急にわくわくしながら、雨戸あまどをあけに飛び起きて行った。実際じっさい庭は縁先えんさきからずっと広ひろい池になっていた。けれどもそこにはKは勿論もちろん、誰も人ひとかげは見えなかった。

僕はしばらく月の映うつった池いけの上うえを眺ながめていた。池は海草かいそうの流ながれているのを見みると、潮入しおいりになっているらしかった。そのうちに僕はすぐ目の前にさざ波なみのきらきら立っているのを見つけた。さざ波なみは足あしもとへ寄って来くるにつれ、だんだん一匹の鮒ふなになった。鮒は水の澄んだ中に悠々と尾鰭おひれを動かしていた。

「ああ、鮒が声をかけたんだ。」

僕はこう思って安心あんしんした。――

僕の目を覚ざました時にはもう軒先のきさきの葭簾よしずの日除ひよけは薄日うすびの光を透すかしていた。僕は洗面せんめん器を持って庭へ下り、裏の井戸いどばたへ顔を洗あらいに行った。しかし顔を洗った後あとでも、今いましがた見た夢の記憶きおくは妙に僕にこびりついていた。「つまりあの夢の中の鮒は識域下しきいきかの我われと言ゆうやつなんだ。」――そんな気も多少たしょうはしたのだった。

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Where this text comes from

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First published
「中央公論」1925(大正14)年9月
Source edition (底本)
底本:「芥川龍之介全集6」ちくま文庫、筑摩書房

   1987(昭和62)年3月24日第1刷発行

   1993(平成5)年2月25日第6刷発行

底本の親本:「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第三巻」筑摩書房

   1971(昭和46)年

初出:「中央公論」

   1925(大正14)年9月

入力:j.utiyama

校正:大野晋

1999年1月7日公開

2014年8月26日修正

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Typed by (入力)
j.utiyama
Proofread by (校正)
大野晋

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