Nihoner

芥川竜之介 Ryunosuke Akutagawa 1892.03.01〜1927.07.24

馬の脚

うまのあし

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この話の主人しゅじん公は忍野半三郎おしのはんざぶろうと言ゆう男である。生憎あいにく大たいした男ではない。北京ペキンの三菱みつびしに勤ずとめている三十さんじゅう前後ぜんごの会社員しゃいんである。半三郎はんざぶろうは商科しょうか大学だいがくを卒業そつぎょうした後のち、二月目ふたつきめに北京ぺきんへ来くることになった。同僚どうりょうや上役うわやくの評判ひょうばんは格別かくべつ善いいと言ゆうほどではない。しかしまた悪わるいと言ゆうほどでもない。まず平々凡々たることは半三郎はんざぶろうの風采ふうさいの通とおりである。もう一つ次手ついでにつけ加えれば、半三郎はんざぶろうの家庭かてい生活せいかつの通とおりである。

半三郎はんざぶろうは二年前にある令嬢れいじょうと結婚けっこんした。令嬢れいじょうの名前なまいは常子つねこである。これも生憎あいにく恋愛れんあい結婚けっこんではない。ある親戚しんせきの老人ろうじん夫婦ふうふに仲人なこうどを頼んだ媒妁ばいしゃく結婚けっこんである。常子つねこは美人びじんと言ゆうほどではない。もっともまた醜婦しゅうふと言ゆうほどでもない。ただまるまる肥ふとった頬ほおにいつも微笑びしょうを浮かべている。奉天ほうてんから北京ペキンへ来くる途中とちゅう、寝台車だいしゃの南京虫なんきんむしに螫さされた時のほかはいつも微笑えみを浮かべている。しかももう今は南京なんきん虫に二度と螫さされる心配しんぱいはない。それは××胡同ことうの社宅しゃたくの居間いまに蝙蝠印こうもりじるしの除虫菊じょちゅうぎくが二缶ふたかん、ちゃんと具えつけてあるからである。

わたしは半三郎はんざぶろうの家庭かてい生活せいかつは平々凡々を極きわめていると言った。実際じっさいその通とおりに違いない。彼はただ常子つねこと一いっしょに飯を食ったり、蓄音機ちくおんきをかけたり、活動かつどう写真しゃしんを見に行ったり、――あらゆる北京中ペキンじゅうの会社員しゃいんと変りのない生活せいかつを営いとなんでいる。しかし彼等の生活せいかつも運命うんめいの支配しはいに漏もれる訣わけには行ゆかない。運命うんめいはある真昼まひるの午後ごご、この平々凡々たる家庭かてい生活せいかつの単調たんちょうを一撃いちげきのもとにうち砕くだいた。三菱みつびし会社員しゃいん忍野おしの半三郎はんざぶろうは脳溢血のういっけつのために頓死とんししたのである。

半三郎はんざぶろうはやはりその午後ごごにも東単牌楼トンタヌピイロオの社の机にせっせと書類しょるいを調しらべていた。机を向むかい合あわせた同僚どうりょうにも格別かくべつ異状いじょうなどは見えなかったそうである。が、一段落だんらくついたと見え、巻煙草まきたばこを口へ啣くわえたまま、マッチをすろうとする拍子ひょうしに突然とつぜん俯伏うつぶしになって死んでしまった。いかにもあっけない死しにかたである。しかし世間せけんは幸いにも死しにかたには余あまり批評ひひょうをしない。批評ひひょうをするのは生きかただけである。半三郎はんざぶろうもそのために格かく別非難ひなんを招かずにすんだ。いや、非難ひなんどころではない。上役うわやくや同僚どうりょうは未亡人びぼうじん常子つねこにいずれも深ぶかい同情どうじょうを表ひょうした。

同仁どうじん病院長いんちょう山井博士やまいはかせの診断しんだんに従えば、半三郎はんざぶろうの死因しいんは脳溢血のういっけつである。が、半三郎はんざぶろう自身おのれは不幸ふこうにも脳溢血いっけつとは思っていない。第一だいいち死んだとも思っていない。ただいつか見たことのない事務じむ室へ来たのに驚いている。――

事務じむ室の窓まどかけは日の光の中にゆっくりと風に吹かれている。もっとも窓の外は何も見えない。事務じむ室のまん中なかの大机おうずくえには白じろい大掛児タアクワルを着た支那人シナじんが二人ふたり、差さし向むかいに帳簿ちょうぼを検しらべている。一人ひとりはまだ二十はたち前後ぜんごであろう。もう一人ひとりはやや黄ばみかけた、長ながい口髭くちひげをはやしている。

そのうちに二十にじゅう前後ぜんごの支那しな人は帳簿ちょうぼへペンを走らせながら、目も挙あげずに彼へ話しかけた。

「アアル・ユウ・ミスタア・ヘンリイ・バレット・アアント・ユウ?」

半三郎はんざぶろうはびっくりした。が、出来できるだけ悠然ゆうぜんと北京官話ペキンかんわの返事へんじをした。「我はこれ日本にっぽん三菱公司みつびしこうしの忍野おしの半三郎はんざぶろう」と答えたのである。

「おや、君は日本人ほんにんですか?」

やっと目を挙げた支那しな人はやはり驚いたようにこう言った。年とったもう一人ひとりの支那しな人も帳簿ちょうぼへ何か書かきかけたまま、茫然ぼうぜんと半三郎はんざぶろうを眺ながめている。

「どうしましょう? 人違ひとちがいですが。」

「困こまる。実げに困こまる。第一だいいち革命かくめい以来いらい一度ひとたびもないことだ。」

年とった支那しな人は怒おこったと見え、ぶるぶる手のペンを震ふるわせている。

「とにかく早く返がえしてやり給え。」

「君は――ええ、忍野おしの君ですね。ちょっと待って下さいよ。」

二十はたち前後ぜんごの支那しな人は新あらたに厚あつい帳簿ちょうぼをひろげ、何か口の中に読よみはじめた。が、その帳簿ちょうぼをとざしたと思おもうと、前よりも一層いっそう驚いたように年とった支那しな人へ話しかけた。

「駄目だめです。忍野おしの半三はんぞう郎君ろうくんは三日前みっかまえに死んでいます。」

「三日前にちぜんに死んでいる?」

「しかも脚あしは腐くさっています。両脚りょうあしとも腿ももから腐っています。」

半三郎はんざぶろうはもう一度ひとたびびっくりした。彼等の問答もんどうに従えば、第一だいいちに彼は死んでいる。第二に死後しご三日みっかも経へている。第三に脚は腐っている。そんな莫迦ばかげたことのあるはずはない。現げんに彼かの脚はこの通とおり、――彼は脚を早はやめるが早はやいか、思わずあっと大声たいせいを出した。大声たいせいを出だしたのも不思議ふしぎではない。折おり目めの正ただしい白ズボンに白靴しろぐつをはいた彼かの脚は窓からはいる風のために二つとも斜ななめに靡なびいている! 彼はこう言ゆう光景こうけいを見た時、ほとんど彼かの目を信じなかった。が、両手りょうてにさわって見みると、実際じっさい両脚りょうあしとも、腿から下は空気くうきを掴つかむのと同おんなじことである。半三郎はんざぶろうはとうとう尻しりもちをついた。同時どうじにまた脚は――と言ゆうよりもズボンはちょうどゴム風船ふうせんのしなびたようにへなへなと床ゆかの上へ下りた。

「よろしい。よろしい。どうにかして上あげますから。」

年とった支那しな人はこう言った後のち、まだ余憤よふんの消えないように若わかい下役したやくへ話しかけた。

「これは君の責任せきにんだ。好いいかね。君の責任せきにんだ。早速さそく上申書じょうしんしょを出さなければならん。そこでだ。そこでヘンリイ・バレットは現在げんざいどこに行っているかね?」

「今調べたところによると、急に漢口ハンカオへ出でかけたようです。」

「では漢口ハンカオへ電報でんぽうを打ってヘンリイ・バレットの脚を取り寄せよう。」

「いや、それは駄目だめでしょう。漢口かんこうから脚の来くるうちには忍野おしの君の胴どうが腐ってしまいます。」

「困こまる。実げに困こまる。」

年とった支那しな人は歎息たんそくした。何だか急に口髭くちひげさえ一層いっそうだらりと下さがったようである。

「これは君の責任せきにんだ。早速さそく上申じょうしん書を出さなければならん。生憎あいにく乗客じょうきゃくは残っていまいね?」

「ええ、一時間じかんばかり前に立ってしまいました。もっとも馬ならば一匹いますが。」

「どこの馬かね?」

「徳勝門外とくしょうもんがいの馬市うまいちの馬です。今いましがた死んだばかりですから。」

「じゃその馬の脚をつけよう。馬の脚でもないよりは好いい。ちょっと脚だけ持って来給え。」

二十はたち前後ぜんごの支那しな人は大机おうずくえの前を離かれると、すうっとどこかへ出て行ってしまった。半三郎はんざぶろうは三度さんどびっくりした。何なんでも今の話によると、馬の脚をつけられるらしい。馬の脚などになった日には大変たあいへんである。彼は尻しりもちをついたまま、年とった支那しな人に歎願たんがんした。

「もしもし、馬の脚だけは勘忍かんにんして下さい。わたしは馬は大嫌だいきらいなのです。どうか後生ごしょう一生いっしょうのお願ねがいですから、人間じんかんの脚をつけて下さい。ヘンリイ何なんとかの脚でもかまいません。少々くらい毛脛けずねでも人間じんかんの脚ならば我慢がまんしますから。」

年とった支那しな人は気きの毒どくそうに半三郎はんざぶろうを見下みおろしながら、何度も点頭てんとうを繰くり返かえした。

「それはあるならばつけて上あげます。しかし人間じんかんの脚はないのですから。――まあ、災難さいなんとお諦あきらめなさい。しかし馬の脚は丈夫たけおですよ。時々蹄鉄ていてつを打ちかえれば、どんな山道さんどうでも平気へいきですよ。……」

するともう若わかい下役したやくは馬の脚を二本ぶら下げたなり、すうっとまたどこかからはいって来た。ちょうどホテルの給仕きゅうじなどの長靴ながぐつを持って来くるのと同おんなじことである。半三郎はんざぶろうは逃げようとした。しかし両脚りょうあしのない悲しさには容易たやすいに腰を上あげることも出来しゅったいない。そのうちに下役したやくは彼かの側そばへ来くると、白靴しろぐつや靴下くつしたを外はずし出した。

「それはいけない。馬の脚だけはよしてくれ給え。第一だいいち僕の承認しょうにんを経へずに僕の脚を修繕しゅうぜんする法はない。……」

半三郎はんざぶろうのこう喚わめいているうちに下役したやくはズボンの右の穴へ馬の脚を一本いっぽんさしこんだ。馬の脚は歯でもあるように右の腿ももへ食くらいついた。それから今度こんどは左の穴へもう一本いっぽんの脚をさしこんだ。これもまたかぷりと食らいついた。

「さあ、それでよろしい。」

二十にじゅう前後ぜんごの支那しな人は満足まんぞくの微笑えみを浮かべながら、爪の長ながい両手りょうてをすり合せている。半三郎はんざぶろうはぼんやり彼かの脚を眺ながめた。するといつか白ズボンの先には太ふとい栗毛くりげの馬の脚が二本、ちゃんともう蹄ひづめを並なべている。――

半三郎はんざぶろうはここまで覚おぼえている。少すこしくともその先はここまでのようにはっきりと記憶きおくには残っていない。何なんだか二人ふたりの支那しな人と喧嘩けんかしたようにも覚おぼえている。また嶮けわしい梯子段はしごだんを転ころげ落ちたようにも覚おぼえている。が、どちらも確たしかではない。とにかく彼はえたいの知れない幻まぼろしの中を彷徨ほうこうした後のちやっと正気しょうきを恢復かいふくした時には××胡同ことうの社宅しゃたくに据すえた寝棺ねがんの中に横たわっていた。のみならずちょうど寝棺ねかんの前には若わかい本願寺派ほんがんじはの布教師ふきょうしが一人ひとり、引導いんどうか何かを渡わたしていた。

こう言ゆう半三郎はんざぶろうの復活ふっかつの評判ひょうばんになったのは勿論もちろんである。「順天時報じゅんてんじほう」はそのために大おおきい彼かの写真しゃしんを出だしたり、三段抜ぬきの記事きじを掲かかげたりした。何なんでもこの記事きじに従えば、喪服もふくを着た常子つねこはふだんよりも一層いっそうにこにこしていたそうである。ある上役うわやくや同僚どうりょうは無駄むだになった香奠こうでんを会費かいひに復活ふっかつ祝賀しゅくが会を開いたそうである。もっとも山井やまい博士はかせの信用しんようだけは危険きけんに瀕ひんしたのに違いない。が、博士はかせは悠然ゆうぜんと葉巻はまきの煙を輪に吹ふきながら、巧たくみに信用しんようを恢復かいふくした。それは医学いがくを超越ちょうえつする自然じねんの神秘しんぴを力説りきせつしたのである。つまり博士はかせ自身おのれの信用しんようの代りに医学いがくの信用しんようを抛棄ほうきしたのである。

けれども当人とうにんの半三郎はんざぶろうだけは復活ふっかつ祝賀しゅくが会へ出席しゅっせきした時さえ、少すこしも浮いた顔を見せなかった。見せなかったのも勿論もちろん、不思議ふしぎではない。彼かの脚は復活ふっかつ以来いらいいつの間まにか馬の脚に変っていたのである。指の代りに蹄ひづめのついた栗毛くりげの馬の脚に変っていたのである。彼はこの脚を眺ながめるたびに何とも言われぬ情なさけなさを感じた。万一まんいちこの脚の見つかった日には会社かいしゃも必かならず半三郎はんざぶろうを馘首かくしゅしてしまうのに違いない。同僚どうりょうも今後こんごの交際こうさいは御免ごめんを蒙こうむるのにきまっている。常子つねこも――おお、「弱きものよ汝の名は女なり」! 常子つねこも恐おそらくはこの例に洩もれず、馬の脚などになった男を御亭主ごていしゅに持ってはいないであろう。――半三郎はんざぶろうはこう考かんがえるたびに、どうしても彼かの脚だけは隠さなければならぬと決心けっしんした。和服わふくを廃したのもそのためである。長靴ちょうかをはいたのもそのためである。浴室よくしつの窓や戸とじまりを厳重げんじゅうにしたのもそのためである。しかし彼はそれでもなお絶えず不安ふあんを感かんじていた。また不安ふあんを感かんじたのも無理むりではなかったのに違いない。なぜと言えば、――

半三郎はんざぶろうのまず警戒けいかいしたのは同僚どうりょうの疑惑ぎわくを避さけることである。これは彼かの苦心くしんの中でも比較ひかく的楽な方ほうだったかも知れない。が、彼かの日記にっきによれば、やはりいつも多少たしょうの危険きけんと闘たたかわなければならなかったようである。

「七月ふみつき×日 どうもあの若わかい支那しな人のやつは怪けしからぬ脚をくつけたものである。俺おれの脚は両方りょうほうとも蚤のみの巣窟そうくつと言っても好いい。俺は今日きょうも事務じむを執とりながら、気違きちがいになるくらい痒かゆい思おもいをした。とにかく当分とうぶんは全力ぜんりょくを挙あげて蚤退治のみたいじの工夫くふうをしなければならぬ。……

「八月×日 俺は今日きょうマネエジャアの所へ商売しょうばいのことを話はなしに行った。するとマネエジャアは話の中うちにも絶えず鼻を鳴らせている。どうも俺の脚の臭においは長靴ちょうかの外にも発散はっさんするらしい。……

「九月×日 馬の脚を自由じゆうに制御せいぎょすることは確たしかに馬術ばじゅつよりも困難こんなんである。俺は今日きょう午休ひるやすみ前に急ぎの用を言いつけられたから、小走こばしりに梯子段はしごだんを走り下りた。誰でもこう言ゆう瞬間しゅんかんには用のことしか思わぬものである。俺もそのためにいつの間まにか馬の脚を忘わすれていたのであろう。あっと言ゆう間に俺の脚は梯子段はしごだんの七段目を踏み抜いてしまった。……

「十月かんなずき×日 俺はだんだん馬の脚を自由じゆうに制御ぎょすることを覚おぼえ出した。これもやっと体得たいとくして見みると、畢竟ひっきょう腰の吊つり合あい一つである。が、今日は失敗しっぱいした。もっとも今日きょうの失敗しっぱいは必かならずしも俺の罪ばかりではない。俺は今朝けさ九時前後ぜんごに人力車じんりきしゃに乗って会社かいしゃへ行った。すると車夫しゃふは十二とうに銭の賃銭ちんせんをどうしても二十にじゅう銭よこせと言ゆう。おまけに俺をつかまえたなり、会社かいしゃの門内もんないへはいらせまいとする。俺は大おおいに腹が立たったから、いきなり車夫しゃふを蹴飛けとばしてやった。車夫しゃふの空中くうちゅうへ飛び上あがったことはフット・ボオルかと思おもうくらいである。俺は勿論もちろん後悔こうかいした。同時どうじにまた思わず噴飯ふんぱんした。とにかく脚を動うごかす時には一層いっそう細心さいしんに注意ちゅういしなければならぬ。……」

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Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

First published
「新潮」1925(大正14)年1、2月
Source edition (底本)
底本:「芥川龍之介全集5」ちくま文庫、筑摩書房


   1987(昭和62)年2月24日第1刷発行

   1995(平成7)年4月10日第6刷発行

底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房

   1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月

※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。

入力:j.utiyama

校正:かとうかおり

1999年1月5日公開

2004年3月9日修正

青空文庫作成ファイル:

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Typed by (入力)
j.utiyama
Proofread by (校正)
かとうかおり

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