Nihoner

芥川竜之介 Ryunosuke Akutagawa 1892.03.01〜1927.07.24

兄貴のような心持 ――菊池寛氏の印象――

あにきのようなこころもち

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自分じぶんは菊池きくち寛と一いっしょにいて、気づまりを感じた事は一度ひとたびもない。と同時どうじに退屈たいくつした覚おぼえも皆無かいむである。菊池きくちとなら一日ついたちぶら/\していても、飽あきるような事はなかろうと思おもう。(尤もっとも菊池きくちは飽あきるかも知れないが、)それと云いうのは、菊池きくちと一いっしょにいると、何時なんどきも兄貴あにきと一いっしょにいるような心こころもちがする。こっちの善いい所は勿論もちろん了解りょうかいしてくれるし、よしんば悪わるい所を出だしても同情どうじょうしてくれそうな心こころもちがする。又実際じっさい、過去かこの記憶きおくに照して見ても、そうでなかった事は一度ひとたびもない。唯、この弟たるべき自分じぶんが、時々向むかうの好意こういにもたれかゝって、あるまじき勝手かってな熱を吹ふく事もあるが、それさえ自分じぶんに云わせると、兄貴あにきらしい気がすればこそである。

この兄貴あにきらしい心こころもちは、勿論もちろん一部いちぶは菊池きくちの学殖がくしょくが然しからしめる所にも相違そういない。彼かのカルテュアは多方面ほうめんで、しかもそれ/″\に理解りかいが行き届いている。が、菊池きくちが兄貴あにきらしい心こころもちを起させるのは、主として彼かの人間じんかんの出来上っている結果けっかだろうと思おもう。ではその人間じんかんとはどんなものだと云いうと、一口ひとくちに説明せつめいする事は困難こんなんだが、苦労くろう人と云いう語の持っている一切いっさいの俗気ぞくけを洗ってしまえば、正まさに菊池きくちは立派りっぱな苦労くろう人である。その証拠しょうこには自分じぶんの如く平生へいぜい好んで悪辣あくらつな弁舌べんぜつを弄ろうする人間じんかんでも、菊池きくちと或問わくもん題を論ろんじ合あうと、その議論ぎろんに勝かった時でさえ、どうもこっちの云い分に空疎くうそな所があるような気がして、一向いっこう勝かち映はえのある心こころもちになれない。ましてこっちが負けた時は、ものゝ分った伯父おじさんに重々御尤な意見いけんをされたような、甚憫然びんぜんな心こころもちになる。いずれにしてもその原はら因は、思想しそうなり感情かんじょうなりの上で、自分じぶんよりも菊池きくちの方が、余計よけい苦労くろうをしているからだろうと思おもう。だからもっと卑近ひきんな場合ばあいにしても、実生活せいかつ上の問題もんだいを相談そうだんすると、誰よりも菊池きくちがこっちの身になって、いろ/\考をまとめてくれる。このこっちの身になると云いう事が、我々――殊ことに自分じぶんには真似まねが出来しゅったいない。いや、実を云いうと、自分じぶんの問題もんだいでもこっちの身になって考かんがえないと云いう事を、内々自慢じまんにしているような時さえある。現げんに今日きょうまで度々自分じぶんは自分じぶんよりも自分じぶんの身になって、菊池きくちに自分じぶんの問題もんだいを考かんがえて貰った。それ程自分じぶんに兄貴あにきらしい心こころもちを起させる人間じんかんは、今の所天下てんかに菊池きくち寛の外は一人ひとりもいない。

まだ外に書かきたい問題もんだいもあるが、菊池きくちの芸術げいじゅつに関しては、帝国ていこく文学ぶんがくの正月しょうがつ号へ短みじかい評論ひょうろんを書かく筈だから、こゝではその方ほうに譲って書かない事にした。序ながら菊池きくちが新思潮しちょうの同人どうじんの中では最もっとも善いい父で且夫たる事をつけ加えて置おく。

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Source edition (底本)
底本:「大川の水・追憶・本所両国 現代日本のエッセイ」講談社文芸文庫、講談社


   1995(平成7)年1月10日第1刷発行

底本の親本:「芥川龍之介全集 第一~九、一二巻」岩波書店

   1977(昭和52)年7、9~12月、1978(昭和53)年1~4、7月初版発行

入力:向井樹里

校正:門田裕志

2005年2月20日作成

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Typed by (入力)
向井樹里
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門田裕志

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