Nihoner

芥川竜之介 Ryunosuke Akutagawa 1892.03.01〜1927.07.24

浅草公園 或シナリオ

あさくさこうえん

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1

浅草あさくさの仁王門におうもんの中に吊つった、火のともらない大提灯おおじょうちん。提灯ちょうちんは次第しだいに上へあがり、雑沓ざっとうした仲店なかみせを見渡みわたすようになる。ただし大提灯ちょうちんの下部しもべだけは消え失せない。門の前に飛とびかう無数むしゅの鳩はと。

2

雷門かみなりもんから縦に見た仲店なかみせ。正面しょうめんにはるかに仁王におう門が見まみえる。樹木じゅもくは皆枯かれ木きばかり。

3

仲店なかみせの片側かたがわ。外套がいとうを着た男が一人ひとり、十二三にさん歳の少年しょうねんと一いっしょにぶらぶら仲店なかみせを歩いている。少年しょうねんは父親ちちおやの手を離はなれ、時々玩具屋おもちゃやの前に立ち止まったりする。父親ちちおやは勿論もちろんこう云いう少年しょうねんを時々叱ったりしないことはない。が、稀まれには彼自身おのれも少年しょうねんのいることを忘わすれたように帽子屋ぼうしやの飾かざり窓まどなどを眺ながめている。

4

こう云いう親子おやこの上半身じょうはんしん。父親ちちおやはいかにも田舎者いなかものらしい、無精髭ぶしょうひげを伸のばした男。少年しょうねんは可愛かわいいと云いうよりもむしろ可憐かれんな顔をしている。彼等の後うしろには雑沓ざっとうした仲店なかみせ。彼等はこちらへ歩いて来くる。

5

斜ななめに見たある玩具屋おもちゃやの店。少年しょうねんはこの店の前に佇たたずんだまま、綱を上のぼったり下おりたりする玩具がんぐの猿を眺ながめている。玩具屋おもちゃやの店の中には誰も見えない。少年しょうねんの姿は膝の上まで。

6

綱を上ったり下りたりしている猿。猿は燕尾服えんびふくの尾を垂たれた上、シルク・ハットを仰向あおむけにかぶっている。この綱や猿の後うしろは深ぶかい暗のあるばかり。

7

この玩具屋おもちゃやのある仲店なかみせの片側かたがわ。猿を見ていた少年しょうねんは急に父親ちちおやのいないことに気がつき、きょろきょろあたりを見まわしはじめる。それから向むかうに何か見つけ、その方ほうへ一散いっさんに走って行ゆく。

8

父親ちちおやらしい男の後うしろ姿すがた。ただしこれも膝の上まで。少年しょうねんはこの男に追いすがり、しっかりと外套がいとうの袖を捉とらえる。驚いてふり返った男の顔は生憎あいにく田舎者いなかものらしい父親ちちおやではない。綺麗きれいに口髭くちひげの手入ていれをした、都会とかい人らしい紳士しんしである。少年しょうねんの顔に往来おうらいする失望しつぼうや当惑とうわくに満ちた表情ひょうじょう。紳士しんしは少年しょうねんを残したまま、さっさと向むかうへ行ってしまう。少年しょうねんは遠とおい雷門かみなりもんを後うしろにぼんやり一人ひとり佇んでいる。

9

もう一度ひとたび父親ちちおやらしい後うしろ姿すがた。ただし今度こんどは上半身じょうはんしん。少年しょうねんはこの男に追いついて恐おそる恐おそるその顔を見上みあげる。彼等の向むかうには仁王門におうもん。

10

この男の前を向むかいた顔。彼は、マスクに口を蔽おおった、人間じんかんよりも、動物どうぶつに近い顔をしている。何か悪意あくいの感ぜられる微笑びしょう。

11

仲店なかみせの片側かたがわ。少年しょうねんはこの男を見送ったまま、途方とほうに暮くれたように佇んでいる。父親ちちおやの姿はどちらを眺ながめても、生憎あいにく目にははいらないらしい。少年しょうねんはちょっと考かんがえた後のち、当あてどもなしに歩きはじめる。いずれも洋装ようそうをした少女しょうじょが二人ふたり、彼をふり返ったのも知らないように。

12

目金めがね屋の店の飾かざり窓まど。近眼鏡きんがんきょう、遠眼鏡えんがんきょう、双眼鏡そうがんきょう、廓大鏡かくだいきょう、顕微鏡けんびきょう、塵除ちりよけ目金めがねなどの並んだ中に西洋人ひろとの人形にんぎょうの首が一つ、目金をかけて頬笑ほほえんでいる。その窓の前に佇たたずんだ少年しょうねんの後姿うしろすがた。ただし斜ななめに後うしろから見た上半身はんしん。人形にんぎょうの首はおのずから人間じんかんの首に変ってしまう。のみならずこう少年しょうねんに話はなしかける。――

13

「目金を買っておかけなさい。お父さんを見付みつけるには目金をかけるのに限かぎりますからね。」

「僕の目は病気びょうきではないよ。」

14

斜ななめに見た造花屋ぞうかやの飾かざり窓まど。造花ぞうかは皆竹籠たけかごだの、瀬戸せと物の鉢だのの中に開いている。中でも一番いちばん大おおきいのは左にある鬼百合おにゆりの花。飾かざり窓まどの板硝子ガラスは少年しょうねんの上半身はんしんを映しはじめる。何か幽霊ゆうれいのようにぼんやりと。

15

飾かざり窓まどの板硝子しょうし越しに造花ぞうかを隔へだてた少年しょうねんの上半身はんしん。少年しょうねんは板硝子しょうしに手を当てている。そのうちに息の当あたるせいか、顔だけぼんやりと曇ってしまう。

16

飾かざり窓まどの中の鬼百合おにゆりの花。ただし後うしろは暗である。鬼百合おにゆりの花の下に垂たれている莟つぼみもいつか次第しだいに開ひらきはじめる。

17

「わたしの美しさを御覧ごらんなさい。」

「だってお前まえは造花ぞうかじゃないか?」

18

角かどから見た煙草屋そうおくの飾かざり窓まど。巻煙草たばこの缶かん、葉巻はまきの箱、パイプなどの並んだ中に斜ななめに札ふだが一枚懸っている。この札に書いてあるのは、――「煙草たばこの煙は天国てんごくの門です。」徐おもむろにパイプから立ち昇のぼる煙。

19

煙の満ち充ちた飾かざり窓まどの正面しょうめん。少年しょうねんはこの右に佇たたずんでいる。ただしこれも膝の上まで。煙の中にはぼんやりと城が三つ浮かびはじめる。城は Three Castles の商標しょうひょうを立体りったいにしたものに近い。

20

それ等の城の一つ。この城の門には兵卒へいそつが一人ひとり銃を持って佇んでいる。そのまた鉄格子てつごうしの門の向むかうには棕櫚しゅろが何本もそよいでいる。

21

この城の門の上。そこには横にいつの間まにかこう云いう文句もんくが浮かび始はじめる。――

「この門に入いるものは英雄えいゆうとなるべし。」

22

こちらへ歩いて来くる少年しょうねんの姿。前の煙草屋そうおくの飾かざり窓まどは斜ななめに少年しょうねんの後うしろに立っている。少年しょうねんはちょっとふり返って見た後のち、さっさとまた歩いて行ってしまう。

23

吊つり鐘がねだけ見まみえる鐘楼しゅろうの内部うつべ。撞木しゅもくは誰かの手に綱を引かれ、徐おもむろに鐘を鳴らしはじめる。一度ひとたび、二度、三度、――鐘楼しゅうろうの外は松の木ばかり。

24

斜ななめに見た射撃屋しゃげきやの店。的まとは後うしろに巻煙草たばこの箱を積ずみ、前に博多人形はかたにんぎょうを並なべている。手前てまえに並んだ空気くうき銃の一列。人形にんぎょうの一つはドレッスをつけ、扇を持った西洋人ひろとの女である。少年しょうねんは怯おず怯おずこの店にはいり、空気くうき銃を一つとり上げて全然ぜんぜん無分別むふんべつに的まとを狙ねらう。射撃しゃげき屋の店には誰もいない。少年しょうねんの姿は膝の上まで。

25

西洋人ひろとの女の人形にんぎょう。人形にんぎょうは静しずかに扇をひろげ、すっかり顔を隠かくしてしまう。それからこの人形にんぎょうに中あたるコルクの弾丸たま。人形にんぎょうは勿論もちろん仰向あおむけに倒たおれる。人形にんぎょうの後うしろにも暗のあるばかり。

26

前の射撃しゃげき屋の店。少年しょうねんはまた空気くうき銃をとり上げ、今度こんどは熱心ねっしんに的まとを狙ねらう。三発、四発、五発、――しかし的は一つも落おちない。少年しょうねんは渋しぶ渋しぶ銀貨ぎんかを出だし、店の外へ行ってしまう。

27

始はじめはただ薄暗うすくらい中に四角しかくいものの見まみえるばかり。その中にこの四角しかくいものは突然とつぜん電燈でんとうをともしたと見え、横にこう云いう字を浮かび上あがらせる。――上に「公園こうえん六区ろっく」下に「夜警詰所やけいつめしょ」。上のは黒ぐろい中に白、下のは黒ぐろい中に赤である。

28

劇場げきじょうの裏の上部うわべ。火のともった窓が一つ見まみえる。まっ直すぐに雨樋あまどいをおろした壁にはいろいろのポスタアの剥はがれた痕あと。

29

この劇場げきじょうの裏の下部かぶ。少年しょうねんはそこに佇たたずんだまま、しばらくはどちらへも行ゆこうとしない。それから高だかい窓を見上みあげる。が、窓には誰も見えない。ただ逞たくましいブルテリアが一匹、少年しょうねんの足あしもとを通って行ゆく。少年しょうねんの匂においを嗅かいで見ながら。

30

同おんなじ劇場げきじょうの裏の上部うわべ。火のともった窓には踊おどり子こが一人ひとり現あらわれ、冷淡れいたんに目の下の往来おうらいを眺ながめる。この姿は勿論もちろん逆光線こうせんのために顔などははっきりとわからない。が、いつか少年しょうねんに似た、可憐かれんな顔を現してしまう。踊おどり子こは静しずかに窓をあけ、小ちいさい花束はなたばを下に投なげる。

31

往来おうらいに立たった少年しょうねんの足あしもと。小ちいさい花束はなたばが一つ落おちて来くる。少年しょうねんの手はこれを拾ひろう。花束はなたばは往来おうらいを離かれるが早はやいか、いつか茨いばらの束に変っている。

32

黒ぐろい一枚の掲示板けいじばん。掲示けいじ板は「北きたの風、晴」と云いう字をチョオクに現している。が、それはぼんやりとなり、「南の風強かるべし。雨模様もよう」と云いう字に変ってしまう。

33

斜ななめに見た標札屋ひょうさつやの露店ろてん、天幕てんとの下に並んだ見本みほんは徳川家康とくがわいえやす、二宮尊徳にのみやそんとく、渡辺崋山わたなべかざん、近藤勇こんどういさみ、近松門左衛門ちかまつもんざえもんなどの名を並なべている。こう云いう名前なまいもいつの間まにか有あり来りの名前なまいに変ってしまう。のみならずそれ等の標札かけふだの向むかうにかすかに浮んで来くる南瓜畠かぼちゃばたけ……

34

池の向むかうに並んだ何軒かの映画えいが館。池には勿論もちろん電燈でんとうの影が幾つともなしに映っている。池の左に立たった少年しょうねんの上半身じょうはんしん。少年しょうねんの帽は咄嗟とっさの間あいだに風のために池へ飛んでしまう。少年しょうねんはいろいろあせった後のち、こちらを向むかいて歩きはじめる。ほとんど絶望ぜつぼうに近い表情ひょうじょう。

35

カッフェの飾かざり窓まど。砂糖さとうの塔、生菓子なまがし、麦藁むぎわらのパイプを入れた曹達水ソオダすいのコップなどの向むかうに人ひとかげが幾つも動いている。少年しょうねんはこの飾かざり窓まどの前へ通りかかり、飾かざり窓まどの左に足を止とどめてしまう。少年しょうねんの姿は膝の上まで。

36

このカッフェの外部がいぶ。夫婦ふうふらしい中年ちゅうねんの男女なんにょが二人ふたり硝子ガラス戸の中へはいって行ゆく。女はマントルを着た子供こどもを抱だいている。そのうちにカッフェはおのずからまわり、コック部屋へやの裏を現わしてしまう。コック部屋へやの裏には煙突えんとつが一本いっぽん。そこにはまた労働ろうどう者が二人ふたりせっせとシャベルを動かしている。カンテラを一つともしたまま。……

37

テエブルの前の子供こども椅子いすの上に上半身はんしんを見せた前の子供こども。子供こどもはにこにこ笑わらいながら、首を振ったり手を挙あげたりしている。子供こどもの後うしろには何も見えない。そこへいつか薔薇ばらの花が一つずつ静しずかに落おちはじめる。

38

斜ななめに見まみえる自動じどう計算けいさん器。計算けいさん器の前には手が二つしきりなしに動いている。勿論もちろん女の手に違いない。それから絶えず開かれる抽斗ひきだし。抽斗ひきだしの中は銭ぜにばかりである。

39

前のカッフェの飾かざり窓まど。少年しょうねんの姿も変りはない。しばらくの後のち、少年しょうねんは徐おもむろに振ふり返かえり、足早あしばやにこちらへ歩いて来くる。が、顔ばかりになった時、ちょっと立ちどまって何かを見みる。多少たしょう驚きに近い表情ひょうじょう。

40

人ひとだかりのまん中なかに立たった糶せり商人あきゅうど。彼は呉服ごふくものをひろげた中に立ち、一本いっぽんの帯をふりながら、熱心ねっしんに人ひとだかりに呼よびかけている。

41

彼かの手に持った一本いっぽんの帯。帯は前後ぜんご左右さゆうに振られながら、片かたはしを二三尺さんじゃく現している。帯の模様もようは廓大かくだいした雪片せっぺん。雪片せっぺんは次第しだいにまわりながら、くるくる帯の外へも落おちはじめる。

42

メリヤス屋の露店ろてん。シャツやズボン下を吊つった下に婆ばあさんが一人ひとり行火あんかに当っている。婆さんの前にもメリヤス類。毛糸けいとの編あみものも交まじっていないことはない。行火あんかの裾すそには黒猫くろねこが一匹時々前足まえあしを嘗なめている。

43

行火あんかの裾に坐っている黒猫くろねこ。左に少年しょうねんの下半身かはんしんも見まみえる。黒猫くろねこも始はじめは変りはない。しかしいつか頭の上に流蘇ふさの長ながいトルコ帽をかぶっている。

44

「坊ちゃん、スウェエタアを一つお買かいなさい。」

「僕は帽子ぼうしさえ買えないんだよ。」

45

メリヤス屋の露店ろてんを後うしろにした、疲つかれたらしい少年しょうねんの上半身じょうはんしん。少年しょうねんは涙を流ながしはじめる。が、やっと気をとり直し、高だかい空を見上げながら、もう一度ひとたびこちらへ歩きはじめる。

46

かすかに星ほしのかがやいた夕空ゆうぞら。そこへ大おおきい顔が一つおのずからぼんやりと浮かんで来くる。顔は少年しょうねんの父親ちちおやらしい。愛情あいじょうはこもっているものの、何か無限むげんにもの悲がなしい表情ひょうじょう。しかしこの顔もしばらくの後のち、霧のようにどこかへ消えてしまう。

47

縦たてに見た往来おうらい。少年しょうねんはこちらへ後うしろを見せたまま、この往来おうらいを歩いて行ゆく。往来おうらいは余あまり人通ひとどうりはない。少年しょうねんの後うしろから歩いて行ゆく男。この男はちょっと振ふり返かえり、マスクをかけた顔を見みせる。少年しょうねんは一度ひとたびも後うしろを見ない。

48

斜ななめに見た格子戸こうしど造つくりの家の外部がいぶ。家の前には人力車じんりきしゃが三台後うしろ向むきに止まっている。人通ひとどうりはやはり沢山だくさんない。角隠つのかくしをつけた花嫁はなよめが一人ひとり、何人なにじんかの人々と一いっしょに格子こうし戸を出、静しずかに前の人力車りきしゃに乗のる。人力車りきしゃは三台とも人を乗のせると、花嫁はなよめを先に走って行ゆく。そのあとから少年しょうねんの後うしろ姿すがた。格子こうし戸の家の前に立たった人々は勿論もちろん少年しょうねんに目もやらない。

49

「XYZ会社かいしゃ特製品せいひん、迷まよい子ご、文芸ぶんげい的映画えいが」と書いた長方ちょうほう形の板。これもこの板を前後ぜんごにしたサンドウィッチ・マンに変ってしまう。サンドウィッチ・マンは年をとっているものの、どこか仲店なかみせを歩いていた、都会とかい人らしい紳士しんしに似ている。後うしろは前よりも人通ひとどうりは多おおい、いろいろの店の並んだ往来おうらい。少年しょうねんはそこを通りかかり、サンドウィッチ・マンの配くばっている広告こうこくを一枚貰って行ゆく。

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Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

Source edition (底本)
底本:「芥川龍之介全集6」ちくま文庫、筑摩書房


   1987(昭和62)年3月24日第1刷発行

   1993(平成5)年2月25日第6刷発行

底本の親本:「筑摩全集類聚版芥川龍之介全集」筑摩書房

   1971(昭和46)年3月~1971(昭和46)年11月

入力:j.utiyama

校正:かとうかおり

1998年4月20日公開

2004年3月7日修正

青空文庫作成ファイル:

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Typed by (入力)
j.utiyama
Proofread by (校正)
かとうかおり

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