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与謝野晶子 Akiko Yosano 1878.12.07〜1942.05.29

食糧騒動について

しょくりょうそうどうについて

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このたびの三府一道いちどう三十さんじゅう余県という広汎こうはんな範囲はんいにわたって爆発ばくはつした民衆みんしゅうの食糧しょくりょう騒動そうどうは天明てんめいや天保てんぽう年間ねんかんの飢饉ききん時代じだいに起ったそれよりは劇烈げきれつを極きわめて、大正たいしょうの歴史れきしに意外いがいの汚点おてんを留とどめるに到りました。私はこれについて浮んだいろいろの感想かんそうの一部いちぶを順序じゅんじょもなく書かきます。

誰も知しる通とおり、この騒動そうどうの直接ちょくせつの原因げんいんは物価ぶっかの暴騰ぼうとうで、就中なかんずく米価べいかの法外ほうがいな暴騰ぼうとうにあるのですが、間接かんせつの原因げんいんとしては、物価ぶっかの暴騰ぼうとうを激成げきせいした成金なりきん階級かいきゅうの横暴おうぼうと、その成金なりきん階級かいきゅうの利益りえきを偏重へんちょうして、物価ぶっかの調節ちょうせつに必要ひつようなあらゆる応急おうきゅう手段しゅだんを早く取らなかった上に、意義いぎ不明ふめいの出兵しゅっぺい沙汰さたや、時機じきを失した調節ちょうせつ令などに由って、一層いっそう米価べいかの暴騰ぼうとうを助長じょちょうした軍閥ぐんばつ内閣ないかくの秕政ひせいとに対たいする社会しゃかい的不平ふへいを挙あげねばなりません。

人間じんかんは久ひさしい間の歴史的してき進化しんかを続つずけて、科学かがく、哲学てつがく、芸術げいじゅつ、宗教しゅうきょう、道徳どうとくという類の高級こうきゅうな精神せいしん生活せいかつを営んではおりますが、一面いちめんには動物どうぶつの一種いっしゅとして、動物どうぶつに共通きょうつうする食欲しょくよく、性欲せいよくの如き本能ほんのう生活せいかつを保存ほぞんしているのですから、生きて行ゆくのに欠かくことの出来しゅったいない食糧しょくりょうその他の第一だいいち必要ひつよう品の供給きょうきゅうが不足ふそくし困難こんなんになって、一旦いったん、饑餓きが凍寒の状態じょうたいが目前もくぜんに切迫せっぱくした危急ききゅうの場合ばあいに臨めば、今もなお、食物しょくもつが全く決定けってい的に専もっぱら生活せいかつの因素となっていた元始げんし時代じだいの人間じんかんの持っていたのと同じような猛烈もうれつな本能ほんのう的衝動しょうどうに駆られて、死しに抵抗ていこうする力を以て、如何いかなる非常ひじょう手段しゅだんを取っても、その危急ききゅうのために自衛じえいするに足たる物質的しつてき必要ひつようを満たそうとせずに置おきません。窮すれば濫し、飢うえては道徳どうとくの外に立ちます。知識ちしきの修養しゅうようと倫理りんり的意識いしきの訓練くんれんとがある者とない者とでは、自制じせいの力を抛棄ほうきするのに遅速ちそくはあるでしょうが、どうしても尋常じんじょう一様いちようのことでは饑餓きがの危険きけんを避さけることが出来しゅったいないとすれば、何人なんぴとも生きようとする意志いしの不可さえる抗力こうりょく的妄動もうどうのままに、倫理りんりの埒らちを越こえて、もとより重々の遺憾いかんを感かんじながら、野性やせいを暴露ばくろした最後さいごの非常ひじょう手段しゅだんを取ろうとします。みすみす一つの活路かつろがあるのに、それを知らぬふりして伯夷叔斉はくいしゅくせいを学まなぶ者は殆ほとんど今の時代じだいになかろうと思います。

富山とみさん県の片田舎かたいなかに住すむ漁民ぎょみんの妻女さいじょたちが数百すうひゃく人大挙たいきょして米一揆いっきを起おこしたのが、偶然ぐうぜんとはいえ、この度の騒動そうどうの口火くちびとなったということは、このたびの騒動そうどうの主因しゅいんを最もっとも好すく説明せつめいしております。彼らは最もっとも米穀べいこくの供給きょうきゅうの尠すくない土地とちに住すみ、そうして高価こうかな米を買かうことの最もっとも困難こんなんな境遇きょうぐうにいて、この一両いちりょう年間ねんかん、絶えず日々の食糧しょくりょうに苦心くしんを払はらい、殊ことに最近さいきん三カ月げつ以来いらいは米価べいかの可速度そくど的な

暴騰ぼうとうにつれて減食げんしょくの苦痛くつうを続つずけ、最後さいごに一升五十ごじゅう銭を越こすという絶体ぜったい絶命ぜつめいの窮境きゅうきょうに追い詰められ、饑餓きがと死の間に挟はさまるに及んで、恥も道徳どうとくも忘わすれた(忘わすれざるを得なかった)最後さいごの非常ひじょう手段しゅだんを取どるに到りました。私たち無産むさん階級かいきゅうの婦人ふじんはいずれも家庭かていにあって厨くりやを司つかさどっているだけ、食糧しょくりょうの欠乏けつぼうについては人一倍いちばいその苦痛くつうを迅速じんそくにかつ切実せつじつに感かんじます。彼ら漁民ぎょみんの妻女さいじょたちが、たとい自分じぶんたちは飢うえても、両親りょうしん、良人おっと、子供こどもたちには出来できるだけ食べさせたいと思おもう心から、その苦痛くつうの絶頂ぜっちょうに達した時、何人なにじんよりも先に忍耐にんたいを破ったのに対して、私は十二分じゅうにぶんの同情どうじょうを寄よせずにいられません。のみならず、私たち無産むさん階級かいきゅうの婦人ふじんの連帯れんたい責任せきにんとして、私はこれを我事の如くに思おもい、その弁護べんごすべきを弁護べんごすると共に、事の後に反省はんせいして、その手段しゅだんの常軌じょうきを逸していたことの愧はずべきを併せてあくまでも愧じたいと考かんがえます。

富山とみさん県の漁民ぎょみんの妻女さいじょたちは、このたびの騒動そうどうの中で、最もっとも純粋じゅんすいにその主因しゅいんである食糧しょくりょう問題もんだいに由ってのみ行動こうどうしましたが、他の府県ふけんの騒動そうどうに到っては、同おんなじ問題もんだいを主因しゅいんとしながら、ついでに資本家ほんけ階級かいきゅう殊ことに成金なりきん階級かいきゅうと軍閥ぐんばつ政府せいふとに対たいする社会しゃかい的不平ふへいを爆発ばくはつさせることの方が劇烈げきれつであったように見受みうけます。そうして、常軌じょうきを逸いっすることの甚はなはだしい民衆みんしゅうは、節制せっせいもなく、規律きりつもなく、唯だ不平ふへい的気分きぶんと弥次やじ的気分きぶんとの中に、良民りょうみんの家屋かおくを破壊はかいし、傷害しょうがいや、放火ほうかや、食糧しょくりょう品以外いがいの贅沢ぜいたく品の掠奪りゃくだつをさえ敢あえてしました。物価ぶっか暴騰ぼうとうの苦痛くつうを分わかち、社会しゃかい的不平ふへいを共にする点について同おなじく民衆みんしゅうの一人ひとりであることを光栄こうえいとする私ですが、その余あまりに常軌じょうきを逸して、暴徒ぼうととなり、或者は強盗ごうとうともなった彼らの行為こういに対しては、これを救解きゅうかいすべき所以ゆえんを知りません。

彼らの中には、米商べいしょうの倉庫そうこにある数百すうひゃく俵の米を海に投じもしくは焼き棄てた者さえあります。正気しょうきを乱した彼らは、自分じぶんたちが非常ひじょう手段しゅだんを取どるに到った主要しゅような目的もくてきまでを忘わすれているのです。

私は漁民ぎょみんの妻女さいじょがやむをえずして取ったような純粋じゅんすいな食糧しょくりょうに本づく最後さいごの非常ひじょう手段しゅだん以外いがいに、そういう乱民らんみん的暴行ぼうこうの演ぜられたことを、私たち民衆みんしゅうの名に対して赤面せきめんして恐懼きょうくします。現代げんだいの民衆みんしゅうの運動うんどうは、出来できるだけ自覚じかく的に一貫いっかんした意義いぎがあり、規律きりつがあり節制せっせいのあるものでなくてはなりません。相互そうごに愛し扶助ふじょすべき民衆みんしゅうが――殊ことに民衆みんしゅうのために間接かんせつの殺人さつじん者略奪りゃくだつ者である少数しょうすうの権力けんりょく階級かいきゅうと財力ざいりょく階級かいきゅうとに猛省もうせいを促そうとして奮起ふんきした民衆みんしゅうが――相互そうごに殺ころしかつ掠奪りゃくだつするに到っては沙汰さたの限かぎりだと思います。

これについて、東京とうきょう女子じょし高等こうとう師範しはん学校長こうちょうの湯原元一ゆはらもといち氏は、我国の教育きょういくの無力むりょくであったことに驚かれたようですが、私は必かならずしもそうは思おもいません。かえって文部もんぶ省の教育きょういくの効果こうかがここに現あらわれているのではないかと思おもうのです。普通ふつう教育きょういくにおいて時代じだい遅おくれの歴史的してき武士道しどう的道徳どうとくと浪華節なにわぶし以上いじょうに出ていない義理ぎり人情にんじょうとを教えて、人間じんかんとしての愛と権利けんり義務ぎむ思想しそうとを教えないで置けば、自己じこの死活しかつに関かんする大問題もんだいの前に、こういう無秩序ちつじょ、不節制せっせい、不仁ふじん狂暴きょうぼうの動物的ぶってき妄動もうどうを敢あえてするに到いたるものであるかと思って、私はむしろ官僚かんりょう教育きょういくの効果こうかの大おおいなるのに驚おどろく者です。

さて着眼ちゃくがん点を更かえて私は思います。寺内てらうち内閣ないかくは、どうして民衆みんしゅうの生命いのちに関かんする問題もんだいをこうまで危険きけんに瀕ひんせしめたのでしょうか。どうして民衆みんしゅうの精神せいしんと行為こういをこうまで動物的ぶってきに逆転ぎゃくてんせしめたのでしょうか。

昔の哲人てつじんは「いまだ兆きざさざる時は謀はかりやすし」といい、「これをいまだ乱みだれざるに治めよ」と言いました。寺内てらうち内閣ないかくにして早く就任しゅうにん当時とうじにおいてこれに気が附いていたならば、これに備えて禍を未然みぜんに防ふせぐだけの時日じじつは十分じゅうぶんにあったのです。物価ぶっかの法外ほうがいな騰貴とうきは決けっして今年ことしに入って以来いらいの現象げんしょうではなく、二年以前いぜんにおいて既すでに何人なにじんにも目に余あまる事実じじつであったのですが、政府せいふ当局とうきょく者は常に楽観らっかん的大言たいげんを放って、在野ざいやの識者しきしゃの忠告ちゅうこくに耳を仮さず、物価ぶっか暴騰ぼうとうの原因げんいんである通貨つうかの膨脹ぼうちょう、物資ぶっし供給きょうきゅうの減少げんしょう、投機とうき的資本家ほんけの買占かいしめ、運輸うんゆ機関きかんの不足ふそく等について、何どちらの臨機りんきの施設しせつをも断行だんこうしませんでした。そうして最近さいきんに及んで遅れ馳ばせに暴利ぼうり取締とりしまり令を出だしたり、全国ぜんこくにわたって十石こく以上いじょうの貯蔵ちょぞう米を申告しんこくさせたり、御用商人あきゅうどに托して外米がいまいの輸入ゆにゅうを計ったりしたような事が、かえって一層いっそう米価べいかの暴騰ぼうとうを激成げきせいする結果けっかとなりました。

寺内てらうち内閣ないかくはこうして自己じこの秕政ひせいに気附きずけかず、反対はんたいに首相しゅしょう寺内てらうち氏は政綱せいこうとして常に善政ぜんせい主義しゅぎを唱え、国民くにたみの物質ぶっしつ生活せいかつには自給じきゅう自足じそく主義しゅぎを以て楽観らっかんし、お門違かどちがいにも文学者がくしゃの思想しそうを危険きけん視してその方ほう面の出版しゅっぱん物に発売はつばい禁止きんしを濫行らんこうし、露西亜ろしあの過激かげき派を憎んでチェック軍と共に征討せいとうの兵を浦塩ウラジオに出だすようなことをしながら、自国じこくの民衆みんしゅうの無産むさん階級かいきゅうから一種いっしゅの過激かげき派的暴動ぼうどうを突発とっぱつするに到いたるような危険きけん状態じょうたいの原因げんいんを寺内てらうち内閣ないかく自身おのれが醸成じょうせいしつつあることに想い到らなかったのでした。

食糧しょくりょう騒動そうどうが突発とっぱつして燎原りょうげんの勢で拡大かくだいするに及んで、一方いっぽうに軍隊ぐんたいの力を以て民衆みんしゅうを威圧いあつすると共に、倉皇そうこうとして穀物こくもつ収用しゅうよう令を出だしたり、富豪ふごうの義金ぎきんを促して内外米がいまいの廉売れんばいを初はじめさせたりして、当面とうめんの食糧しょくりょう不足ふそくを救済きゅうさいしようとしているのですが、最後さいごには民衆みんしゅうに向って兵力へいりょくを用い、併せて一種いっしゅの「施ほどこし」である慈善じぜん行為こういの中に一般いっぱん民衆みんしゅうを乞食こつじき扱にする政治せいじが、どうして寺内てらうち氏の口癖くちぐせのような善政ぜんせいといわれるでしょうか。私は現げんに市役所やくしょで売うる廉米を買って、その時価じかよりも十銭近ちかく廉やすいという実際じっさいの利益りえきを十分じゅうぶんに嬉しく感かんじながらも、一面いちめんでは、寺内てらうち内閣ないかくの施設しせつさえ早く宜よろしきを得ていたら、こうした心ごころにもない恩恵おんけいを受うけなくても済すむものをと思って、一種いっしゅの遺憾いかんと不快ふかいとを抑おさえることが出来しゅったいません。

寺内てらうち内閣ないかくが天下てんかの器でないことは、このたびの暴動ぼうどうを激成げきせいしたことに由って余あまりに明あきらかになりました。国民くにたみは既すでに挙こぞって寺内てらうち内閣ないかくの弔鐘ちょうしょうを打っております。

寺内てらうち内閣ないかくが直すぐに崩壊ほうかいすると否とにかかわらず、また食糧しょくりょう騒動そうどうがこれきり鎮静ちんせいすると否とにかかわらず、物価ぶっか暴騰ぼうとうの事実じじつは依然いぜん重大じゅうだいな社会しゃかい事実じじつとして残っております。恩恵おんけい的行為こういである、内外米がいまいの廉売れんばいの如きは、目前もくぜんの危急ききゅうを一時いちじ的に救すくう変則へんそく的調節ちょうせつ策に過すぎません。為政いせい者は異常いじょうの時に異常いじょうの策を撰んで、米の不足ふそくを補おぎなうために本年度ねんどの酒造しゅぞうを全く禁止きんしするも宜よろしいでしょう。食糧しょくりょうを初はじめその他の第一だいいち必要ひつよう品の配給はいきゅうを容易たやすいにするためには、船腹せんぷくの不足ふそくを補って多数たすうの軍艦ぐんかんを代用ようするも好すく、全国ぜんこくの汽車きしゃをそれらの運輸うんゆのために臨時りんじに無賃むちんとするも好いでしょう。また私たち無産むさん階級かいきゅうのみが外米がいまいを食たべるのでなくて、河上肇かわかみはじめ博士はかせの説の如く、貴族きぞくと有産ゆうさん階級かいきゅうとに論なく、臨機りんきの処置しょちとして国民くにたみ全体ぜんたいが一斉いっせい平等びょうどうに外米がいまいを混じた米を食たべるだけの忍耐にんたいを自覚じかくせしめ、社会しゃかいに外米がいまいを混じない米の存在そんざいを許さないことにし、それに由って国家こっかが米穀べいこくの標準ひょうじゅん価格かかくを一定いっていして、特とくに恩恵おんけい的侮辱ぶじょく的の意味いみを持った「廉米」という名称めいしょうをも全廃ぜんぱいするに至いたって欲ほしいと思います。

米価べいかが右のような英断えいだんに由って安定あんていを得えるならば、その他の物価ぶっかも同様どうようの方針ほうしんから出た施設しせつに由って必かならず或程度ていどまで緩和かんわすることが出来できるでしょう。食糧しょくりょう品の公設こうせつ市場いちばを急速きゅうそくにいくつとなく設もうけるという事も永久えいきゅうに一つの必要ひつような物価ぶっか調節ちょうせつ策だと思います。これらの施設しせつのためには、従来じゅうらいの投機とうき的資本家ほんけや、問屋とんやや、小売こうり商人あきゅうどからの反対はんたい運動うんどうと戦わねばなりません。私は東京とうきょうの田尻たじり市長しちょうが、市営しえいの廉米を、纔わずかに一週間しゅうかんにして、市内しないの白米はくまい小売こうり商に依托いたくしたような妥協だきょう姑息こそくの精神せいしんを排斥はいせきしたいと思います。

私は社会しゃかいに常在じょうざいする不幸ふこう無力むりょくな人たちのため、また今日きょうのような不自然じねんな物価ぶっか騰貴とうきに由って生活せいかつ難のどん底ぞこにある人たちのために、公私こうしの慈善じぜん救済きゅうさいの機関きかんが設もうけられることを必要ひつようとする者ですが、これまでから、慈善じぜん行為こういが婦人ふじんの適任てきにんであるように決定けってい的にいわれていた世論せろんに対して、私は窃ひそかにそれを軽視けいしし、現在げんざいの社会しゃかい組織そしきにおいて、経済けいざい的生産せいさんの実力じつりょくを全く欠き、父兄ふけいや、良人おっとに寄生きせいして、それらの男子だんしの財力ざいりょくに縋すがって養われている婦人ふじんが、その保護ほご者から恵まれた(むしろ偸ぬすみ取った)金銭きんせんの大部分ぶぶんを衣服いふくや装飾そうしょく品の物質的しつてき欲望よくぼうの満足まんぞくに消費しょうひし、纔わずかにその一部いちぶの小額しょうがくを割さいて虚栄きょえい心の満足まんぞくのために慈善じぜん家ぶって寄附きふすることは、決けっして称揚しょうようすべき行為こういでなく、またその少額しょうがくの喜捨きしゃが――たとい貧者ひんじゃの一灯という、美くしい讃辞さんじがあるにせよ――現代げんだいにおいては、最早もはや何なにほどの社会しゃかい的効果こうかをも挙あげ得ないものであると考かんがえているのでした。

しかるに計らずも、このたびの食糧しょくりょう騒動そうどうの促した各都市としの救済きゅうさい行為こういが、私の持説じせつに裏書うらがきをしているように思われます。

皆さんのお見受みうけの通とおり、このたびの救済きゅうさい行為こういは在来ざいらいのに比くらべるとやや大仕掛しかけるであって、各都市としはそれに補給ほきゅうされて内外米がいまいの廉売れんばいを盛さかんに実行じっこうしております。そうして、それらの寄附きふ者の主なる人たちには、一つの婦人ふじん慈善じぜん団体だんたいも加わっていないのです。百万、五十ごじゅう万、二十にじゅう万というような大おおきな額のは勿論もちろん、一万、二万という額のものは悉ことごとく富豪ふごう階級かいきゅうにおける男子だんしたちの名に由って提供ていきょうされております。

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First published
「太陽」1918(大正7)年9月
Source edition (底本)
底本:「与謝野晶子評論集」岩波文庫、岩波書店

   1985(昭和60)年8月16日初版発行

   1994(平成6年)年6月6日10刷発行

底本の親本:「心頭雑草」天佑社

   1919(大正8)年1月初版発行

初出:「太陽」

   1918(大正7)年9月

入力:Nana ohbe

校正:門田裕志

2002年5月14日作成

2012年9月15日修正

青空文庫作成ファイル:

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Typed by (入力)
Nana ohbe
Proofread by (校正)
門田裕志

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