Nihoner

島崎藤村 Toson Shimazaki 1872.03.25〜1943.08.22

刺繍

ししゅう

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ふと大塚おうつかさんは眼が覚めた。

やがて夜が明あける頃だ。部屋へやに横たわりながら、聞きくと、雨戸あまどへ来くる雨の音がする。いかにも春先はるさきの根岸ねぎし辺の空を通とうり過すぎるような雨だ。その音で、大塚おうつかさんは起されたのだ。寝床ねどこの上で独ひとり耳を澄まして、彼は柔にこやかな雨の音に聞き入った。長ながいこと、蒲団ふとんや掻巻かいまきにくるまって曲かがんでいた彼かの年老としよりいた身体しんたいが、復また延のび延のびして来た。寝心地ねごこちの好い時だ。手も、足も、だるかった。彼は臥床ねどこの上へ投出とうしゅつした足を更さらに投出とうしゅつしたかった。土の中に籠こもっていた虫と同じように、彼かの生命いのちは復た眠から匍出はいだした。

大塚おうつかさんは五十ごじゅうを越していた。しかしこれから若く成って行ゆくのか、それとも老境ろうきょうに向っているのか、その差別さべつのつかないような人で、気象きしょうの壮さかんなことは壮年わかものに劣らなかった。頼たよりになる子も無く、財産ざいさんを分わけて遣やる楽たのしみも無く、こんな風にして死んで了しまうのか、そんなことを心細く考かんがえ易やすい年頃としごろでありながら、何ぞというと彼は癖のように、「まだそんな耄碌もうろくはしないヨ」と言って見みる方の人だった。有あり余あまる程の精力せいりょくを持った彼は、これまで散々種々いろいろなことを経営けいえいして来て、何かまだ新規しんきに始はじめたいとすら思っていた。彼は臥床がしょうの上にジッとして、書生しょせいや召使めしつかいの者が起出だすのを待っていられなかった。

でも、早く眼が覚さめるように成っただけ、年を取ったか、そう思おもいながら、雨の音のしなくなる頃には、彼は最早もう臥床がしょうを離はなれた。

やがて彼は自分じぶんの部屋へやから、雨揚りの後の静しずかな庭へ出て見た。そして、やわらかい香気においの好い空気くうきを広ひろい肺の底までも呼吸こきゅうした。長く濃かった髪は灰色はいいろに変って来て、染そめるに手数てすうは掛かったが、よく手入ていれしていて、その額へ垂下すいかって来くるやつを掻上かきあげる度たびに、若わかい時と同じような快感かいかんを覚えた。堅がたい地を割って、草の芽も青々とした頭を擡もちあげる時だ。彼は自分じぶんの内部なかの方から何となく心地こころもちの好い温熱あたたかさが湧わき上って来くることを感じた。

例のように、会社かいしゃの見廻みまわりに行ゆく時が来た。大塚おうつかさんは根岸ねぎしにある自宅じたくから京橋きょうばしの方へ出掛でかけて、しばらく会社かいしゃで時を移した。用達ようたしすることがあって、銀座ぎんざの通へ出た頃は、実げに体躯からだが暢々のびのびとした。腰の痛いことも忘わすれた。いかに自由じゆうで、いかに手足しゅそくの言ゆうことを利きくような日が、復また廻めぐり廻って来たろう。すこし逆上のぼせる程の日光にっこうを浴びながら、店々の飾窓かざりまどなどの前を歩いて、尾張町おわりちょうまで行った。広ひろい町の片側かたがわには、流行はやりの衣裳いしょうを着けた女連おんなれん、若わかい夫婦ふうふ、外国がいこくの婦人ふじんなぞが往ったり来たりしていた。ふと、ある店頭みせさきのところで、買物かいものしている丸髷まるまげ姿の婦人ふじんを見掛みかけた。

大塚おうつかさんは心に叫ぼうとしたほど、その婦人ふじんを見て驚いた。三年ほど前に別わかれた彼かの妻だ。

避さける間隙すきも無かった。彼女かのじょは以前いぜんの夫の方を振向ふりむけるいた。大塚おうつかさんはハッと思って、見たような見ないような振をしながら、そのまま急いそぎ足あしに通り過ぎたが、総身そうみ電気でんきにでも打たれたように感じた。

「おせんさん――」

と彼女かのじょの名を口中こうちゅうで呼んで見て、半町はんちょうほども行ってから、振返って見た。明あかるい黄緑きみどりの花を垂たれた柳並木なみきを通とおして、電車でんしゃ通の向側むかいがわへ渡って行ゆく二人ふたりの女連の姿が見えた……その一人ひとりが彼女かのじょらしかった……

彼女かのじょはまだ若く見えた。その筈はずだ、大塚おうつかさんと結婚けっこんした時が二十にじゅうで、別わかれた時が二十にじゅう五だったから。彼女かのじょがある医者いしゃの細君さいくんに成っているということも、同おんなじ東京とうきょうの中に住んでいるということも、大塚おうつかさんは耳にしていた。しかし別わかれて三年ほどの間よくも分らなかった彼女かのじょの消息しょうそくが、その時、閃ひらめくように彼かの頭脳あたまの中へ入って来た。流行はやりの薄色うすいろの肩掛かたかけなどを纏まとい着けた彼女かのじょの姿を一目見まみたばかりで、どういう人と暮くらしているか、どういう家を持っているか、そんなことが絶間とめどもなく想像そうぞうされた。

種々いろいろな色彩いろに塗られた銀座ぎんざ通の高だかい建物たてもんの壁には温暖あたたかな日が映あたっていた。用達ようたしの為に歩あるき廻まわる途中とちゅう、時々彼は往来おうらいで足を留めて、おせんのことを考かんがえた。彼女かのじょが別れ際ぎわに残のこして行った長ながい長ながい悲哀かなしみを考かんがえた。

恐おそらく、彼女かのじょは今幸福しあわせらしい……無邪気むじゃきな小鳥ことり……

彼女かのじょが行った後の火の消えたような家庭かてい……暗ぐらい寂さびしい日……それを考かんがえたら何故なぜあんな可愛い小鳥ことりを逃がして了ったろう……何故なぜもっと彼女かのじょを大切たいせつにしなかったろう……大塚おうつかさんは他人たにんの妻に成っている彼女かのじょを眼まのあたりに見て、今更いまさらのようにそんなことを考かんがえ続けた。

午後ごごに、会社かいしゃへ戻もどると、車夫しゃふが車を持って来て彼を待っていた。彼はそれに乗って諸方ほうぼう馳かけずり廻まわるには堪たえられなく成って来た。銀行ぎんこうへ行くことも止やめ、他の会社かいしゃに人を訪たずねることも止とどめ、用達ようたしをそこそこに切揚あげて、車はそのまま根岸ねぎしの家の方へ走らせることにした。

大塚おうつかさんが彼女かのじょと一緒いっしょに成ったに就いては、その当時とうじ、親戚しんせきや友人ゆうじんの間に激はげしい反対はんたいもあった。それに関かかわらず彼は自分じぶんよりずっと年の若わかい女を択えらんだ。楽たのしい結婚けっこんは何物なにものにも換えられなかった。そんな風にして始まった二人ふたりの結むすび付つきから、不幸ふこうな別離わかれに終ったまでのことが、三年前の悲かなしいも、八年前の嬉うれしいも、殆ほとんど一緒いっしょに成って、車の上にある大塚おうつかさんの胸に浮んだ。

もとより、大塚おうつかさんがおせんと一緒いっしょに成った時は、初はじめて結婚けっこんする人では無かった。年齢としが何よりの証拠しょうこだ。しかし親戚しんせきや友人ゆうじんが止とどめたように、八年前の彼は二十にじゅうに成なるおせんを妻にして、そう不似合にあいな夫婦ふうふがそこへ出来上できあがるとも思っていなかった。活気かっきと、精力せいりょくと、無限むげんの欲望よくぼうとは、今だに彼を壮年そうねんのように思わせている。まして八年前。その証拠しょうこには、おせんと並んで歩いていた頃でも、誰も夫婦ふうふらしくないと言った眼付めつきして二人ふたりを見て笑ったものも無かった。すくなくも大塚おうつかさんにはそう思われた。どうして、おせんが地味ちみな服装なりでもして、いくらか彼かの方へ歩あゆび寄よるどころか。彼女かのじょは今でもあの通とおりの派手づくりだ。若く美うつくしい妻を専有ゆうするということは、しかし彼が想像そうぞうしたほど、唯楽たのしいばかりのものでも無かった。結婚けっこんして六十ろくじゅう日経にっけいつか経たないに、最早もう彼は疲つかれて了った。駄目だめ、駄目だめ、もうすこし男性おとこの心情しんじょうが理解りかいされそうなものだとか、もうすこし他ひとの目に付かないような服装みなりが出来そうなものだとか、もうすこしどうかいう毅然しゃんとした女に成れそうなものだとか、過すぐる同棲どうせいの年月としつきの間、一日ついたちとして心に彼女かのじょを責せめない日は無かった――

三年振で別わかれた妻に逢って見た大塚おうつかさんは、この平素ふだん信じていたことを――そうだ、よく彼女かのじょに向って、誰某だれそれは女でもなかなかのシッカリものだなどと言って褒ほめて聞かせたことを、根から底から転倒ひっくりかえされたような心地こころもちに成った。「シッカリものだが何だ」こう以前いぜんの自分じぶんとは反対あべこべなことを言って、家へ戻って来た。彼は自分じぶんの家の内に、居ないおせんを捜した。幾つかある部屋へや部屋へやへ行って見た。

内なかの庭に向むかいた廊下ろうかのところで、白じろい毛の長ながいマルが主人しゅじんを見つけて馳かけて来た。おせんのいる頃から飼われた狆ちんだ。体躯なりは小ちいさいが、性質せいしつの賢かしこいもので、よく人に慣なれていた。二人ふたりで屋外そとからでも帰って来くると、一番いちばん先におせんの足音あしおとを聞付ききつけるのはこのマルだった。そして、彼女かのじょの裾すそに纏まとい着いたものだ。大塚おうつかさんは、この小ちいさい犬を抱いて可愛かわいいがったおせんが、まだその廊下ろうかのところに立っているようにも思った。

食堂しょくどうへ行って見た。そこにはおせんが居た時と同じように、大おおきな欅けやきづくりの食卓しょくたくが置いてある。黒ぐろい六角形つのがたの柱時計とけいも同じように掛っている。大塚おうつかさんはその食卓しょくたくの側に坐って、珈琲コーヒーでも持って来くるように、と田舎いなか々々した小娘こむすめに吩咐いいつけた。廊下ろうかを隔へだてて勝手かっての方が見まみえる。働好すきな婆さんが上草履うわぞうりの音をさせている。小娘こむすめは婆さんの孫にあたるが、おせんの行った後で、田舎いなかから呼び迎えたのだ。家には書生しょせいも二人ふたりほど置いてある。しかし、おせん時代じだいのことを知っているものは、主人しゅじん思おもいの婆さんより外に無かった。婆さんは長く奉公ほうこうして、主人しゅじんが食物くいものの嗜好しこうまでも好すく知っていた。

小娘こむすめは珈琲こうひい茶碗ぢゃわんを運んで来た。婆さんも牛乳ぎゅうにゅうの入物いれものを持って勝手かっての方から来た。その後から、マルも随ついて入って来た。

「マルも年をとりまして御座ございますよ。この節は風邪かぜばかり引いて、嚔くしゃみばかり致しております」

こう婆さんが話した。大塚おうつかさんはその日別わかれた妻に逢ったことを、誰も家のものには言出さなかった。

マルは尻尾しっぽを振ふりながら、主人しゅじんの側へ来た。大塚おうつかさんが頭を撫なでてやると、白じろい毛の長く掩おおい冠かぶさった額を向けて、狆らしい眼付めつきで彼かの方を見て、嬉しそうに鼻をクンクン言わせた。

こうして家の内を眺め廻した時は、おせんらしいおせんは一番いちばんその静しずかな食卓しょくたくの周囲まわりに居おるように思われた。おせんは夫を助たすけて働はたらける女では無かったし、殊ことに客なぞのある場合ばあいには、もうすこし細君さいくんらしい威厳いげんを具そなえていたら、と思うことも多かった。「奥様はあんまり愛嬌あいきょうが有あり過すぎるんで御座ございますよ、誰にでも好すくしようと成さり過すぎるんで御座ございますよ」と婆さんまでが言ゆう位だった。でも食卓しょくたくの周囲しゅういなぞは楽しくした方で、よくその食堂しょくどうの隅すみのところに珈琲こうひいを研ひく道具どうぐを持出して、自分じぶんで煎いったやつをガリガリと研いたものだ。

香こうばしい珈琲こうひいのにおいは、過去った方へ大塚おうつかさんの心を連ずれて行った。マルを膝ひざに乗のせて、その食卓しょくたくに対むかい合っていた時の、彼女かのじょの軽かるい笑を、まだ大塚おうつかさんは聞くことが出来しゅったいた。毛糸けいとなぞも編むことが上手うわてで、青と白とで造った円形えんけいの花瓶かびん敷を敷いて、好い香のする薔薇ばらでその食卓しょくたくの上を飾って見せたものだ。花は何なんに限らず好すきだったが、黄な薔薇しょうびは殊ことにおせんが好すきな花だった。そして、自分じぶんで眼を細くして、その香気においを嗅かいで見みるばかりでなく、それを家のものにも嗅がせた。マルにまで嗅がせた。まだ大塚おうつかさんはその食卓しょくたくの上に載せた彼女かのじょの白じろい優やさしい手を見みることが出来しゅったいた。その薔薇しょうびを花瓶かびんのまま持って夫に勧すすめた時の、彼女かのじょの呼吸こきゅうまでも聞くことが出来しゅったいた。

庭へ行って見た。食堂しょくどうから奥の座敷ざしきへ通かようところは廻廊かいろう風に出来しゅったいていて、その間に静しずかな前栽せんざいがある。可成かなり広ひろい、植木うえきの多おおい庭が前栽せんざいつづきに座敷ざしきの周囲まわりを取繞とりまいている。古ふるい小ちいさな庭井戸いどに近ちかく、毎年まいとしのように花をつける桜の若木わかきもある。他の植木うえきに比くらべると、その細こまい幹はズンズン高くなった。最早もはや紅くふくらんだ蕾つぼみを垂たれていたが、払暁あけがたの温あたたかい雨で咲出だしたのもある。そこはおせんが着物きものの裾を帯の間に挿はさんで、派手はでな模様もようの長襦袢ながじゅばんだけ出だして、素足すあしに庭下駄げたを穿はきながら、草くさむしりなぞを根気こんきにしたところだ。大塚おうつかさんは春らしい日の映あたった庭土にわつちの上を歩き廻って、どうかすると彼女かのじょが子供こどものように快活かいかつであったことを思出した。

そうだ。優やさしい前髪まえがみと、すらりとした女らしい背とを持った子供こどもだった。彼女かのじょが嫁かたづいて来たばかりの頃は、大塚おうつかさんは湯島ゆしまの方にもっと大おおきな邸やしきを持っていたが、ある関係かんけいの深ぶかい銀行ぎんこうの破産はさんから、他ひとに貸かしてあったこの根岸ねぎしの家の方へ移り住んだのだ。そういう時に成なると、おせんは何をして可いいかも解らないような人で、自分じぶんの櫛箱くしばこの仕末しまつまで夫の手を煩わずらわして、マルを抱きながら、それを見ていたものだ。それほど子供こどもらしかった。ああいう時には、大塚おうつかさんはもう嘆息たんそくして了った。でも、この根岸ねぎしへ移って落着いてからは、春先はるさきに成なると蓬よもぎの芽を摘つみに行ゆくところがあると悦んで、軽々とした服装みなりをしては出掛でかけて行って、その帰がえりには菫すみれの花なぞを植木屋きやから買って戻って来た。その無邪気むじゃきさには、又、憎むこともどうすることも出来しゅったいないようなところが有った。

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Source edition (底本)
底本:「旧主人・芽生」新潮文庫、新潮社


   1969(昭和44)年2月15日初版発行

   1970(昭和45)年2月15日2刷

入力:紅邪鬼

校正:菅野朋子

2000年5月20日公開

2005年12月26日修正

青空文庫作成ファイル:

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Typed by (入力)
紅邪鬼
Proofread by (校正)
菅野朋子

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