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島崎藤村 Toson Shimazaki 1872.03.25〜1943.08.22

再婚について

さいこんについて

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神坂みさかも今は秋の収穫とりいれでいそがしくもまた楽たのしい時と思います。

ことしの秋は、柳ちゃんを連ずれて神坂みさかの土を踏みたいとは、かねてから楽たのしみにしていたことでしたが、いろいろの都合つごうで十一といち月の初はじめごろに出でかけることはちょっとむつかしくなりました。

さて、きょうは珍めずらしい報告ほうこくを送おくる思おもいでこのおたよりいたします。ことしの夏の初はじめあたりから、とうさんは自分じぶんの生活せいかつを変えようと思い立ったからです。

今までのとうさんの生活せいかつが変則へんそくで、多少たしょう不自然じねんであることは自分じぶんでも知っていましたが、おまえたち兄妹きょうだいを養育よういくするためには、これもやむをえないことでした。長ながい年月としつきの間のとうさんの苦心くしんは、おまえも思おもい見みるてくれることでしょう。だんだんおまえたちも大きくなり、順にひとりずつ独立どくりつするようになってみれば、とうさんがまったくのひとりになる日の来くることも目に見えています。それではとうさんも何かにつけて不自由じゆうであり、第一だいいち病気びょうきでもしたときに心細くもありますから、今のうちに自分じぶんの生活せいかつを変え、晩年ばんねんになって不自由じゆうしないように今からそのしたくをしたいと思います。

幸い加藤かとう静子しずこさんはおまえもよく知っているとおり、わが家やへ長く通って来て気心きごころもよくわかっていますから、川越かわごえのにいさんにとうさんから直接ちょくせつに交渉こうしょうして、加藤かとうさんをもらい受うけることに話をまとめました。

このことはまだ親戚しんせきにも友人ゆうじんにもだれにも話はなしてありません。おまえたちだけには話はなして置おきたいと思おもいながら、さてそれが今日きょうまで言い出せなかったわけです。過去かこ十幾年の間、とうさんひとりをたよりにしてきたようなおまえたちのことを思おもうと、どうしてもこの手紙てがみが書けなかったのです。

この話が川越かわごえの加藤かとう大一郎だいいちろうさんととうさんとの間にまとまり先方せんぽうの承諾しょうだくを得たのは、ことしの七月ふみつきのころでした。大一郎だいいちろうさんはそのために一度ひとたび東京とうきょうへ出て来てくれました。いろいろ打うち合あわせも順調じゅんちょうに運はこび、わざとばかりの結納ゆいのうの品も記念きねんに取とりかわしました。もはや期日きじつの打うち合あわせをするほどにこの話は進んできています。とうさんのことですから、いっさい簡素かんそを旨とするつもりです。生活せいかつを変かえるとは言っても、加藤かとうさんに家へ来てもらって、今までどおりに質素しっそに暮くらして行こうというだけのことです。

期日きじつは十一といち月の三日ということに先方せんぽうとも打ち合わせました。当日とうじつは星ほしが岡おかの茶寮ちゃりょうでも借り受け、先方せんぽうの親戚しんせき二、三人と西丸にしまるさん、吉村よしむらさんとを招まねき、簡素かんそな茶室ちゃしつで式を済ましたい考かんがえです。楠くうちゃんにも列席れっせきしてもらいたいとは思いますが、遠方えんぽうのことでもあり、それに万事ばんじ内輪うちわにと思いますから、おまえたち兄妹きょうだいの総代そうだいとして鶏ちゃんに出席しゅっせきしてもらうことにします。

とうさんがこの新あたらしい方針ほうしんを選んで進もうとするのは、いろいろ前途ぜんとを熟考じゅっこうした上での結果けっかです。とうさんもこのまま老い朽ちてしまいたくないからです。何とか自分じぶんの生活せいかつを立たて直なおし、適当てきとうな内助ないじょ者を得て、今よりも自然じねんに静しずかな晩年ばんねんに達たっしたいと思おもうからです。

この手紙てがみはおまえばかりでなく、鶏ちゃんにも柳ちゃんにも読んでもらうつもりで書かきました。いずれ蓊おうちゃんにもこのことを報告ほうこくしましょう。一体いったいならこの手紙てがみはもっと早く書かくべきでしたが、どうしてもその機会きかいが見当たらなかったのです。おまえたちを驚おどろかすのを恐おそれて、きょうまでその勇気ゆうきが出なかったのです。その点は許ゆるしてください。

最初さいしょこの話を加藤かとう大一郎だいいちろうさんにしましたとき、それはとうさんのためにもよかろうと言ってたいへん喜んでくれました。おまえたちもそう思ってくれるならとうさんも幸いに思います。

何事なにごとも寛大かんだいに考かんがえてください。おまえたちの力になろうとするとうさんの心に変かわりはないのですから。

それから、とうさんが生活せいかつを変かえると言ったら、事あれかしの新聞しんぶん記者きしゃなぞに大袈裟おおげさに書かき立たてられても迷惑めいわくしますから、しばらくこの手紙てがみの内容ないようはおまえたちだけで承知しょうちしていてください。友人ゆうじんにも世間せけんの人たちにもおりを見てぽつぽつ知しらせるつもりです。

きょうは実げに書かきにくい手紙てがみを書かきました。

十月かんなずき二十三じゅうそう日

父

楠雄

(書簡しょかんから)

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Where this text comes from

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Source edition (底本)
底本:「日本の名随筆31 婚」作品社


   1985(昭和60)年5月25日第1刷発行

   1986(昭和61)年6月30日第2刷発行

底本の親本:「人生論読本 第三巻 島崎藤村篇」角川書店

   1960(昭和35)年9月

入力:土屋隆

校正:noriko saito

2007年7月23日作成

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Typed by (入力)
土屋隆
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