Nihoner

中島敦 Atsushi Nakajima 1909.05.05〜1942.12.04

山月記

さんげつき

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隴西ろうさいの李徴りちょうは博学はくがく才穎さいえい、天宝てんぽうの末年まつねん、若くして名を虎榜こぼうに連つらね、ついで江南尉こうなんいに補せられたが、性、狷介けんかい、自みずから恃たのむところ頗すこぶる厚く、賤吏せんりに甘あまんずるを潔いさぎよしとしなかった。いくばくもなく官を退いた後は、故山こざん、略かくりゃくに帰臥きがし、人と交まじわりを絶って、ひたすら詩作しさくに耽ふけった。下吏かりとなって長く膝ひざを俗悪ぞくあくな大官たいかんの前に屈くっするよりは、詩家しかとしての名を死後しご百年に遺のこそうとしたのである。しかし、文名ぶんめいは容易たやすいに揚らず、生活せいかつは日を逐おうて苦しくなる。李徴りちょうは漸ようやく焦躁しょうそうに駆られて来た。この頃ころからその容貌ようぼうも峭刻しょうこくとなり、肉落おち骨秀ひいで、眼光がんこうのみ徒いたずらに炯々けいけいとして、曾かつて進士しんじに登第とうだいした頃の豊頬ほうきょうの美少年しょうねんの俤おもかげは、何処どこに求めようもない。数年の後、貧窮ひんきゅうに堪たえず、妻子さいしの衣食いしょくのために遂ついに節を屈くっして、再ふたたび東へ赴き、一地方じかた官吏かんりの職を奉ほうずることになった。一方いっぽう、これは、己おのれの詩業しぎょうに半なかば絶望ぜつぼうしたためでもある。曾かつての同輩どうはいは既すでに遥はるか高位こういに進すすみ、彼が昔、鈍物どんぶつとして歯牙しがにもかけなかったその連中れんじゅうの下命かめいを拝さねばならぬことが、往年おうねんの儁才しゅんさい李徴りちょうの自尊じそん心を如何いかに傷きずつけたかは、想像そうぞうに難かたくない。彼は怏々おうおうとして楽しまず、狂悖きょうはいの性は愈々いよいよ抑え難がたくなった。一年ひととせの後、公用こうようで旅に出、汝水じょすいのほとりに宿った時、遂ついに発狂はっきょうした。或ある夜半やはん、急に顔色がんしょくを変えて寝床ねどこから起上おきあがると、何か訳の分らぬことを叫さけびつつそのまま下したにとび下りて、闇やみの中へ駈出かけだした。彼は二度と戻もどって来なかった。附近ふきんの山野さんやを捜索そうさくしても、何どの手掛てがかりもない。その後李徴りちょうがどうなったかを知しる者は、誰だれもなかった。

翌年よくとし、監察御史かんさつぎょし、陳郡ちんぐんの袁えんさんという者、勅命ちょくめいを奉じて嶺南れいなんに使つかいし、途みちに商於しょうおの地に宿った。次の朝未まだ暗ぐらい中うちに出発しようとしたところ、駅吏えきりが言ゆうことに、これから先の道に人喰虎ひとくいどらが出でる故ゆえ、旅人たびびとは白昼はくちゅうでなければ、通れない。今はまだ朝が早はやいから、今少すこし待たれたが宜よろしいでしょうと。袁は、しかし、供廻ともまわりの多勢たせなのを恃み、駅吏えきりの言葉ことばを斥しりぞけて、出発しゅっぱつした。残月ざんげつの光をたよりに林中りんちゅうの草地くさちを通って行った時、果はたして一匹の猛虎もうこが叢くさむらの中ちゅうから躍おどり出でるた。虎は、あわや袁に躍おどりかかるかと見えたが、忽たちまち身を飜ひるがえして、元の叢に隠がくれた。叢の中ちゅうから人間じんかんの声で「あぶないところだった」と繰返くりかえし呟つぶやくのが聞えた。その声に袁は聞き憶おぼえがあった。驚懼きょうくの中にも、彼は咄嗟とっさに思いあたって、叫んだ。「その声は、我わが友、李徴りちょう子ではないか?」袁は李徴りちょうと同年どうねんに進士しんじの第に登のぼり、友人ゆうじんの少かった李徴りちょうにとっては、最もっとも親したしい友であった。温和おんわな袁の性格せいかくが、峻峭しゅんしょうな李徴りちょうの性情せいじょうと衝突しょうとつしなかったためであろう。

叢の中ちゅうからは、暫しばらく返辞へんじが無かった。しのび泣きかと思われる微かすかな声が時々洩もれるばかりである。ややあって、低ひくい声が答えた。「如何いかにも自分じぶんは隴西ろうせいの李徴りちょうである」と。

袁は恐怖きょうふを忘わすれ、馬から下りて叢に近づき、懐なつかしげに久闊きゅうかつを叙した。そして、何故なぜ叢から出て来ないのかと問うた。李徴りちょうの声が答えて言ゆう。自分じぶんは今や異類いるいの身となっている。どうして、おめおめと故人ともの前にあさましい姿をさらせようか。かつ又、自分じぶんが姿を現せば、必かならず君に畏怖嫌厭いふけんえんの情を起させるに決っているからだ。しかし、今、図らずも故人こじんに遇あうことを得て、愧赧きたんの念をも忘わすれる程に懐なつかしい。どうか、ほんの暫しばらくでいいから、我わが醜悪しゅうあくな今の外形がいけいを厭いとわず、曾かつて君の友李徴りちょうであったこの自分じぶんと話を交してくれないだろうか。

後で考えれば不思議ふしぎだったが、その時、袁は、この超自然じねんの怪異かいいを、実げに素直すなおに受容うけいれて、少すこしも怪もうとしなかった。彼は部下ぶかに命じて行列ぎょうれつの進行しんこうを停とめ、自分じぶんは叢の傍かたわらに立って、見えざる声と対談たいだんした。都の噂うわさ、旧友きゅうゆうの消息しょうそく、袁が現在げんざいの地位ちい、それに対たいする李徴りちょうの祝辞しゅくじ。青年せいねん時代じだいに親しかった者同志どうしの、あの隔へだてのない語調ごちょうで、それ等らが語られた後、袁は、李徴りちょうがどうして今の身となるに至ったかを訊たずねた。草中の声は次のように語った。

今から一年ひととせ程前、自分じぶんが旅に出て汝水じょすいのほとりに泊った夜のこと、一睡いっすいしてから、ふと眼めを覚さますと、戸外こがいで誰かが我わが名を呼んでいる。声に応じて外へ出て見みると、声は闇の中ちゅうから頻しきりに自分じぶんを招まねく。覚おぼえず、自分じぶんは声を追おうて走はしり出でるした。無我むが夢中むちゅうで駈けて行ゆく中に、何時いつしか途は山林さんりんに入いり、しかも、知らぬ間に自分じぶんは左右さゆうの手で地を攫つかんで走っていた。何か身体からだ中に力が充みち満ちたような感かんじで、軽々と岩石がんせきを跳び越えて行った。気が付つくと、手先てさきや肱ひじのあたりに毛を生じているらしい。少すこし明るくなってから、谷川たにがわに臨んで姿を映して見みると、既すでに虎となっていた。自分じぶんは初はじめ眼を信じなかった。次に、これは夢に違ちげいないと考かんがえた。夢の中で、これは夢だぞと知っているような夢を、自分じぶんはそれまでに見たことがあったから。どうしても夢でないと悟らねばならなかった時、自分じぶんは茫然ぼうぜんとした。そうして懼おそれた。全く、どんな事でも起り得えるのだと思おもうて、深く懼れた。しかし、何故なぜこんな事になったのだろう。分らぬ。全く何事なにごとも我々には判わからぬ。理由りゆうも分らずに押付おしつけられたものを大人しく受取うけとりって、理由りゆうも分らずに生きて行ゆくのが、我々生いきもののさだめだ。自分じぶんは直すぐに死を想おもうた。しかし、その時、眼の前を一匹の兎うさぎが駈け過すぎるのを見た途端とたんに、自分じぶんの中の人間じんかんは忽ち姿を消した。再ふたたび自分じぶんの中の人間じんかんが目を覚ざました時、自分じぶんの口は兎の血に塗まみれ、あたりには兎うの毛けが散らばっていた。これが虎としての最初さいしょの経験けいけんであった。それ以来いらい今までにどんな所行しょぎょうをし続つずけて来たか、それは到底とうてい語かたるに忍しのびない。ただ、一日ついたちの中に必かならず数時間じかんは、人間じんかんの心が還かえって来くる。そういう時には、曾かつての日と同おなじく、人語じんごも操あやつれれば、複雑ふくざつな思考しこうにも堪え得えるし、経書けいしょの章句しょうくを誦そらんずることも出来できる。その人間じんかんの心で、虎としての己おのれの残虐ざんぎゃくな行おこないのあとを見、己の運命うんめいをふりかえる時が、最もっとも情なく、恐しく、憤いきどおろしい。しかし、その、人間じんかんにかえる数時間じかんも、日を経へるに従って次第しだいに短くなって行ゆく。今までは、どうして虎などになったかと怪しんでいたのに、この間ひょいと気が付いて見たら、己おれはどうして以前いぜん、人間じんかんだったのかと考かんがえていた。これは恐おそろしいことだ。今少すこし経たてば、己おれの中の人間じんかんの心は、獣としての習慣しゅうかんの中にすっかり埋うもれて消えて了しまうだろう。ちょうど、古ふるい宮殿くうでんの礎いしずえが次第しだいに土砂どしゃに埋没まいぼつするように。そうすれば、しまいに己は自分じぶんの過去かこを忘わすれ果はて、一匹の虎として狂ぐるい廻まわり、今日きょうのように途で君と出会であいっても故人ともと認したためることなく、君を裂き喰くろうて何どの悔も感かんじないだろう。一体いったい、獣でも人間じんかんでも、もとは何か他ほかのものだったんだろう。初はじめはそれを憶えているが、次第しだいに忘わすれて了い、初はじめから今の形のものだったと思い込んでいるのではないか? いや、そんな事はどうでもいい。己の中の人間じんかんの心がすっかり消えて了えば、恐おそらく、その方ほうが、己はしあわせになれるだろう。だのに、己の中の人間じんかんは、その事を、この上なく恐しく感かんじているのだ。ああ、全く、どんなに、恐しく、哀かなしく、切なく思っているだろう! 己おのが人間じんかんだった記憶きおくのなくなることを。この気持きもちは誰にも分らない。誰にも分らない。己おのれと同おんなじ身みの上うえに成った者でなければ。ところで、そうだ。己おのがすっかり人間じんかんでなくなって了じまう前に、一つ頼んで置おきたいことがある。

袁はじめ一行ひとくだりは、息をのんで、叢中そうちゅうの声の語かたる不思議ふしぎに聞入っていた。声は続つずけて言ゆう。

他でもない。自分じぶんは元来がんらい詩人しじんとして名を成なす積ずもりでいた。しかも、業未いまだ成らざるに、この運命うんめいに立至った。曾かつて作ずくるところの詩数百すうひゃく篇ぺん、固もとより、まだ世に行われておらぬ。遺稿いこうの所在しょざいも最早もはや判らなくなっていよう。ところで、その中、今も尚なお記誦きしょうせるものが数十すうじゅうある。これを我わが為ために伝録して戴いただきたいのだ。何も、これに仍よって一人前いちにんまえの詩人しじん面づらをしたいのではない。作の巧拙こうせつは知らず、とにかく、産を破やぶり心を狂わせてまで自分じぶんが生涯しょうがいそれに執着しゅうちゃくしたところのものを、一部いちぶなりとも後代こうだいに伝つたえないでは、死んでも死しに切きれないのだ。

袁は部下ぶかに命じ、筆を執って叢中そうちゅうの声に随したがって書かきとらせた。李徴りちょうの声は叢の中ちゅうから朗々と響いた。長短ちょうたん凡およそ三十さんじゅう篇、格調かくちょう高雅こうが、意趣いしゅ卓逸たくいつ、一読いちどくして作者さくしゃの才の非凡ひぼんを思わせるものばかりである。しかし、袁は感嘆かんたんしながらも漠然ばくぜんと次のように感かんじていた。成程なるほど、作者さくしゃの素質そしつが第一流いちりゅうに属ぞくするものであることは疑うたがいない。しかし、このままでは、第一流いちりゅうの作品さくひんとなるのには、何処どこか(非常ひじょうに微妙びみょうな点に於おいて)欠かけるところがあるのではないか、と。

旧詩きゅうしを吐き終った李徴りちょうの声は、突然とつぜん調子ちょうしを変え、自みずからを嘲あざけるか如ごとくに言った。

羞はずかしいことだが、今でも、こんなあさましい身と成り果はてた今でも、己おれは、己の詩集ししゅうが長安ちょうあん風流ふうりゅう人士じんしの机の上に置かれている様を、夢に見みることがあるのだ。岩窟がんくつの中に横たわって見みる夢にだよ。嗤わらってくれ。詩人しじんに成りそこなって虎になった哀あわれな男を。(袁は昔の青年せいねん李徴りちょうの自嘲癖じちょうへきを思出しながら、哀しく聞いていた。)そうだ。お笑わらい草ぐさついでに、今の懐おもいを即席そくせきの詩に述べて見ようか。この虎の中に、まだ、曾かつての李徴りちょうが生きているしるしに。

袁は又下吏かりに命じてこれを書かきとらせた。その詩に言ゆう。

偶因ぐういん狂疾きょうしつ成殊類しゅるい 災患相仍不可さえる逃

今日きょう爪牙そうが誰敢敵 当時とうじ声跡せいせき共相高

我為異物こともの蓬茅ほうぼう下 君已乗気勢きせい豪

此夕渓山けいざん対明月あかつき 不成ふなり長嘯ちょうしょう但成

時に、残月ざんげつ、光冷ひややかに、白露しらつゆは地に滋しげく、樹間じゅかんを渡わたる冷風れいふうは既すでに暁の近きを告げていた。人々は最早もはや、事の奇異きいを忘わすれ、粛然しゅくぜんとして、この詩人しじんの薄倖はっこうを嘆じた。李徴りちょうの声は再ふたたび続つずける。

何故なぜこんな運命うんめいになったか判らぬと、先刻せんこくは言ったが、しかし、考えように依よれば、思おもい当あたることが全然ぜんぜんないでもない。人間じんかんであった時、己おれは努めて人との交まじわりを避けた。人々は己を倨傲きょごうだ、尊大そんだいだといった。実は、それが殆ほとんど羞恥心しゅうちしんに近いものであることを、人々は知らなかった。勿論もちろん、曾かつての郷党きょうとうの鬼才きさいといわれた自分じぶんに、自尊じそん心が無かったとは云いわない。しかし、それは臆病おくびょうな自尊じそん心とでもいうべきものであった。己は詩によって名を成そうと思おもいながら、進んで師に就いたり、求もとめて詩友しゆうと交って切磋琢磨せっさたくまに努めたりすることをしなかった。かといって、又、己は俗物ぞくぶつの間に伍ごすることも潔いさぎよしとしなかった。共に、我わが臆病おくびょうな自尊じそん心と、尊大そんだいな羞恥心ちしんとの所為せいである。己おのれの珠たまに非あらざることを惧おそれるが故ゆえに、敢あえて刻苦こっくして磨みがこうともせず、又、己の珠なるべきを半なかば信しんずるが故に、碌々ろくろくとして瓦かわらに伍ごすることも出来しゅったいなかった。己おれは次第しだいに世と離はなれ、人と遠ざかり、憤悶ふんもんと慙恚ざんいとによって益々ますます己おのれの内なる臆病おくびょうな自尊じそん心を飼かいふとらせる結果けっかになった。人間じんかんは誰でも猛獣もうじゅう使であり、その猛獣もうじゅうに当あたるのが、各人かくじんの性情せいじょうだという。己おれの場合ばあい、この尊大そんだいな羞恥心ちしんが猛獣もうじゅうだった。虎だったのだ。これが己を損そこない、妻子さいしを苦しめ、友人ゆうじんを傷つけ、果はては、己の外形がいけいをかくの如く、内心ないしんにふさわしいものに変えて了ったのだ。今思えば、全く、己は、己の有もっていた僅わずかばかりの才能さいのうを空費くうひして了った訳だ。人生じんせいは何事なにごとをも為なさぬには余あまりに長ながいが、何事なにごとかを為なすには余あまりに短みじかいなどと口先くちさきばかりの警句けいくを弄ろうしながら、事実じじつは、才能さいのうの不足ふそくを暴露ばくろするかも知れないとの卑怯ひきょうな危惧きぐと、刻苦こっくを厭いとう怠惰たいだとが己の凡すべてだったのだ。己よりも遥はるかに乏とぼしい才能さいのうでありながら、それを専一せんいちに磨いたがために、堂々たる詩家しかとなった者が幾いくらでもいるのだ。虎と成り果はてた今、己は漸ようやくそれに気が付いた。それを思おもうと、己は今も胸を灼やかれるような悔を感かんじる。己には最早もはや人間じんかんとしての生活せいかつは出来しゅったいない。たとえ、今、己おのが頭の中で、どんな優れた詩を作ったにしたところで、どういう手段しゅだんで発表はっぴょうできよう。まして、己の頭は日毎ひごとに虎に近づいて行ゆく。どうすればいいのだ。己の空費くうひされた過去かこは? 己は堪たまらなくなる。そういう時、己は、向むかうの山の頂の巖いわに上のぼり、空谷くうこくに向って吼ほえる。この胸を灼やく悲かなしみを誰かに訴うったえたいのだ。己は昨夕さくゆうも、彼処あそこで月に向って咆ほえた。誰かにこの苦しみが分って貰もらえないかと。しかし、獣どもは己の声を聞いて、唯ただ、懼おそれ、ひれ伏ふすばかり。山も樹きも月も露も、一匹の虎が怒り狂って、哮たけっているとしか考かんがえない。天に躍り地に伏して嘆いても、誰一人ひとり己の気持きもちを分ってくれる者はない。ちょうど、人間じんかんだった頃、己の傷つき易やすい内心ないしんを誰も理解りかいしてくれなかったように。己の毛皮けがわの濡ぬれたのは、夜露よつゆのためばかりではない。

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Source edition (底本)
底本:「李陵・山月記」新潮文庫、新潮社

   1969(昭和44)年9月20日発行

入力:平松大樹

校正:林めぐみ

1998年11月12日公開

2010年11月2日修正

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