Nihoner

中島敦 Atsushi Nakajima 1909.05.05〜1942.12.04

牛人

ぎゅうじん

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魯の叔孫豹しゅくそんひょうがまだ若かった頃、乱を避けて一時いちじ斉せいに奔はしったことがある。途みちに魯の北境ほっきょう庚宗こうそうの地で一美婦びふを見た。俄にわかに懇ねんごろとなり、一夜いちやを共に過して、さて翌朝よくあさ別わかれて斉に入った。斉に落着き大夫たいふ国氏こくしの娘を娶めとって二児を挙あげるに及んで、かつての路傍ろぼう一夜いちやの契ちぎりなどはすっかり忘わすれ果はててしまった。

或夜、夢を見た。四辺あたりの空気くうきが重苦しく立罩たちこめ不吉ふきつな予感よかんが静しずかな部屋へやの中を領している。突然とつぜん、音も無く室の天井てんせいが下降かこうし始はじめる。極きわめて徐々に、しかし極きわめて確実かくじつに、それは少すこしずつ降りてくる。一刻いっこくごとに部屋へやの空気くうきが濃く淀よどみ、呼吸こきゅうが困難こんなんになってくる。逃げようともがくのだが、身体しんたいは寝床ねどこの上に仰向いたままどうしても動けない。見まみえるはずはないのに、天井てんせいの上を真黒まっくろな天が盤石ばんじゃくの重さで押おしつけているのが、はっきり判わかる。いよいよ天井てんせいが近づき、堪え難がたい重おもみが胸を圧した時、ふと横を見みると、一人ひとりの男が立っている。恐ろしく色の黒ぐろい傴僂せむしで、眼が深く凹くぼみ、獣のように突出とっしゅつた口をしている。全体ぜんたいが、真黒まっくろな牛に良く似た感かんじである。牛! 余われを助けよ、と思わず救を求もとめると、その黒ぐろい男が手を差伸べて、上からのし掛かかる無限むげんの重おもみを支つかえてくれる。それからもう一方いっぽうの手で胸の上を軽く撫なでてくれると、急に今までの圧迫あっぱく感が失なくなってしまった。ああ、良かった、と思わず口に出したとき、目が醒さめた。

翌朝よくあさ、従者じゅうしゃ下僕げぼくらを集めて一々検しらべて見たが、夢の中の牛男うしおとこに似た者は誰もいない。その後も斉の都に出入しゅつにゅうする人々について、それとなく気を付けて見みるが、それらしい人相にんそうの男には絶えて出会わない。

数年後、再ふたたび故国ここくに政変せいへんが起り、叔孫しゅくそん豹は家族かぞくを斉に残のこして急遽きゅうきょ帰国きこくした。後、大夫たいふとして魯の朝ちょうに立だつに及んで、初はじめて妻子さいしを呼ぼうとしたが、妻は既すでに斉の大夫たいふ某と通つうじていて、一向いっこう夫の許に来ようとはしない。結局けっきょく、二子ふたこ孟丙もうへい・仲壬ちゅうじんだけが父の所へ来た。

或朝、一人ひとりの女が雉きじを手土産てみやげに訪ねて来た。始はじめ叔孫しゅくそんの方ではすっかり見忘みわすれていたが、話はなして行ゆく中にすぐ判った。十数年前斉へ逃のがれる道みちすがら庚宗の地で契った女である。独ひとりかと尋たずねると、倅せがれを連ずれて来ているという。しかも、あの時の叔孫しゅくそんの子だというのだ。とにかく、前に連ずれてこさせると、叔孫しゅくそんはアッと声に出した。色の黒ぐろい・目の凹んだ・傴僂せむしなのだ。夢の中で己を助けた黒ぐろい牛男うしおにそっくりである。思わず口の中で「牛!」と言ってしまった。するとその黒ぐろい少年しょうねんが驚いた顔をして返辞へんじをする。叔孫しゅくそんは一層いっそう驚いて、少年しょうねんの名を問えば、「牛と申します」と答えた。

母子ははこともに即刻そっこく引取ひきとりられ、少年しょうねんは豎じゅ(小姓こしょう)の一人ひとりに加えられた。それ故、長じて後もこの牛に似た男は豎牛じゅぎゅうと呼ばれるのである。容貌ようぼうに似合わず小才しょうさいの利きく男で、すこぶる役には立だつが、いつも陰鬱いんうつな顔をして少年しょうねん仲間なかまの戯たわれにも加わらぬ。主人しゅじん以外いがいの者には笑顔えがお一つ見せない。叔孫しゅくそんにはひどく可愛かわいいがられ、長じては叔孫しゅくそん家の家政いえまさ一切いっさいの切廻しをするようになった。

眼の凹んだ・口の突出とっしゅつた・黒ぐろい顔は、ごく偶たまに笑わらうとひどく滑稽こっけいな愛嬌あいきょうに富んだものに見まみえる。こんな剽軽ひょうきんな顔付かおつきの男に悪企わるだくみなど出来そうもないという印象いんしょうを与あたえる。目上めうえの者に見みせるのはこの顔だ。仏頂ぶっちょう面をして考かんがえ込こむ時の顔は、ちょっと人間じんかん離はなれのした怪奇かいきな残忍ざんにんさを呈ていする。儕輩さいはいの誰彼だれかれが恐おそれるのはこの顔だ。意識いしきしないでも自然じねんにこの二つの顔の使つかい分わけが出来できるらしい。

叔孫しゅくそん豹の信任しんにんは無限むげんであったが、後嗣あとつぎに直そうとは思っていない。秘事ひじないし執事しつじとしては無類むるいと考かんがえていたが、魯の名家めいかの当主とうしゅとは、その人品じんぴんからしてもちょっと考かんがえにくいのである。豎牛ももちろんそれは心得こころえている。叔孫しゅくそんの息子むすこたち、殊ことに斉から迎むかえられた孟丙・仲壬の二人ふたりに向かっては、常に慇懃いんぎんを極めた態度たいどをとっている。彼らの方では、幾分いくぶんの不気味きみさと多分たぶんの軽蔑けいべつとをこの男に感かんじているだけだ。父の寵ちょうの厚あついのに大たいして嫉妬しっとを覚おぼえないのは、人柄ひとがらの相違そういというものに自信じしんをもっているからであろう。

魯の襄公じょうこうが死んで若わかい昭公しょうこうの代となる頃から、叔孫しゅくそんの健康けんこうが衰おとろえ始はじめた。丘蕕きゅうゆうという所へ狩かりに行った帰がえりに悪寒おかんを覚おぼえて寝付いてからは、ようやく足腰あしこしが立たなくなって来くる。病中びょうちゅうの身みの廻まわりの世話せわから、病床びょうしょうよりの命令めいれいの伝達でんたつに至いたるまで、一切いっさいは豎牛一ぎゅういち人に任せられることになった。豎牛の孟丙らに対たいする態度たいどは、しかし、いよいよ遜へりくだってくる一方いっぽうである。

叔孫しゅくそんが寝付ねつく以前いぜんに、長子ちょうしの孟丙のために鐘を鋳させることに決ぎめ、その時に言った。お前まえはまだこの国の諸大夫たいふと近附になっていないから、この鐘が出来上ったら、その祝を兼かねて諸大夫たいふを饗応きょうおうするが宜よかろうと。明あきらかに孟丙を相続そうぞく者と決ぎめての話である。叔孫しゅくそんが病に伏してから、ようやく鐘が出来上った。孟丙は、かねて話のあった宴会えんかいの日取ひどりの都合つごうを父に聞こうとして、豎牛にその旨を通つうじてもらった。特別とくべつの事情じじょうが無なあい限かぎり、豎牛の外は誰一人ひとり病室びょうしつに出入しゅつにゅう出来しゅったいなかったのである。豎牛は、孟丙の頼を受うけて病室びょうしつに入ったが、叔孫しゅくそんには何も取次がない。すぐ外へ出て来て孟丙に向むかい、主君しゅくんの言葉ことばとして出鱈目でたらめな日ひにちを指定していする。指定していされた日に孟丙は賓客ひんかくを招まねき盛んに饗応きょうおうして、その座で始はじめて新あたらしい鐘を打った。病室びょうしつでその音を聞いた叔孫しゅくそんが怪しんで、あれは何だと聞きく。孟丙の家で鐘の完成かんせいを祝いわう宴が催され多数たすうの客が来ている旨を、豎牛が答こたえる。俺の許も得ないで勝手かってに相続そうぞく人面づらをするとは何事なにごとだ、と病人びょうにんが顔色がんしょくを変かえる。それに、客の中には斉にいる孟丙殿の母上の関係かんけいの方々も遥々見えているようです、と豎牛が附加くわえる。不義ふぎを働いたかつての妻の話を持出もちだすといつも叔孫しゅくそんの機嫌きげんが見みる見みる悪くなることを、良く承知しょうちしているのだ。病人びょうにんは怒って立上がろうとするが、豎牛に抱きとめられる。身体しんたいに障ってはいけないというのである。俺がこの病でてっきり死しぬものと決ぎめて掛かって、もう勝手かってな真似まねを始はじめたのだなと歯咬はがみをしながら、叔孫しゅくそんは豎牛に命めいずる。構わぬ。引捕らえて牢ろうに入れろ。抵抗ていこうするようなら打殺しても宜よい。

宴が終おわり、若わかい叔孫しゅくそん家の後嗣こうしは快く諸賓しょひん客を送おくり出だしたが、翌朝よくあさは既すでに屍体したいとなって家の裏藪うらやぶに棄てられていた。

孟丙の弟仲壬は昭公しょうこうの近侍きんじ某と親しくしていたが、一日ついたち友を公宮こうきゅうに訪ねた時、たまたま公の目に留とまった。二言ふたこと三言みこと、その下問かもんに答えている中に、気に入られたと見え、帰がえりには親しく玉環ぎょっかんを賜わった。大人おとなしい青年せいねんで、親にも告げずに身に佩おびては悪かろうと、豎牛を通つうじて病父びょうふにその名誉めいよの事情じじょうを告げ玉環ぎょくかんを見せようとした。牛は玉環ぎょくかんを受取うけとりって内に入ったが、叔孫しゅくそんには示さない。仲壬が来たということさえ話さぬ。再ふたたび外に出て来て言った。父上には大変たあいへん御喜よろこびですぐにも身に着ずけるようにとのことでした、と。仲壬はそこで始はじめてそれを身に佩びた。数日後、豎牛が叔孫しゅくそんに勧すすめる。既すでに孟丙が亡い以上いじょう、仲壬を後嗣こうしに立たてることは決まっている故、今から主君しゅくん昭公しょうこうに御目通めどうりさせては如何いか。叔孫しゅくそんがいう。いや、まだそれと決ぎめた訳ではないから、今からそんな必要ひつようはない。しかし、と牛が言葉ことばを返かえす。父上の思召おぼしめしはどうあろうと、息子むすこの方では勝手かってにそう決め込んで、もはや直接ちょくせつ君公くんこうに御目通めどうりしていますよ。そんな莫迦ばかな事があるはずは無なあいという叔孫しゅくそんに、それでも近頃ちかごろ仲壬が君公くんこうから拝領はいりょうしたという玉環ぎょくかんを佩びていることは確たしかですと牛が請うけ合あう。早速さそく仲壬が呼ばれる。果はたして玉環ぎょくかんを佩びている。公からの戴いただきものだという。父は利かぬ身体しんたいを床の上に起おこして怒った。息子むすこの弁解べんかいは何一つ聞かれず、すぐにその場を退いて謹慎きんしんせよという。

その夜、仲壬はひそかに斉に奔はしった。

病が次第しだいに篤あつくなり、焦眉しょうびの問題もんだいとして真剣しんけんに後嗣こうしのことを考かんがえねばならなくなった時、叔孫しゅくそん豹はやはり仲壬を呼ぼうと思った。豎牛にそれを命めいずる。命を受うけて出ては行ったが、もちろん斉にいる仲壬に使を出だしはしない。さっそく仲壬の許へ使を遣わしたが非道ひどいなる父の所へは二度と戻らぬという返辞へんじだったと復命ふくめいする。この頃ころになってようやく叔孫しゅくそんにも、この近臣きんしんに対たいする疑うたがいが湧わいて来た。汝なんじの言葉ことばは真実しんじつか? と吃きつとして聞きき返かえしたのはそのためである。どうして私が偽いつわりなど申しましょう、と答こたえる豎牛の唇の端が、その時嘲あざけるように歪ゆがんだのを病人びょうにんは見た。こんな事はこの男が邸に来てから全く始はじめてであった。カッとして病人びょうにんは起上ろうとしたが、力が無なあい。すぐ打倒うちたおれる。その姿を、上から、黒ぐろい牛のような顔が、今度こんどこそ明瞭めいりょうな侮蔑ぶべつを浮かべて、冷然れいぜんと見下す。儕輩さいはいや部下ぶかにしか見せなかったあの残忍ざんにんな顔である。家人かじんや他の近臣きんしんを呼ぼうにも、今までの習慣しゅうかんでこの男の手を経ないでは誰一人ひとり呼べないことになっている。その夜病大夫たいふは殺ころした孟丙のことを思って口惜し泣きに泣いた。

次の日から残酷ざんこくな所作しょさが始はじまる。病人びょうにんが人に接せっするのを嫌きらうからとて、食事しょくじは膳部ぜんぶの者が次室じしつまで運んで置おき、それを豎牛が病人びょうにんの枕頭ちんとうに持って来くるのが慣ならわしであったのを、今やこの侍者じしゃが病人びょうにんに食を進めなくなったのである。差出される食事しょくじはことごとく自分じぶんが喰ってしまい、からだけをまた出だして置おく。膳部ぜんぶの者は叔孫しゅくそんが喰べたことと思っている。病人びょうにんが餓を訴うったえても、牛男うしおは黙って冷笑れいしょうするばかり。返辞へんじさえもはやしなくなった。誰に助を求めようにも、叔孫しゅくそんには絶えて手段しゅだんが無なあいのである。

たまたまこの家の宰さいたる杜洩とせつが見舞みまいに来た。病人びょうにんは杜洩に向って豎牛の仕打しうちを訴うったえるが、日頃ひごろの信任しんにんを承知しょうちしている杜洩は冗談じょうだんと考かんがえててんで取合わない。叔孫しゅくそんがなおも余あまり真剣しんけんに訴うったえると、今度こんどは熱病ねつびょうのため心神しんしんが錯乱さくらんしたのではないかと、いぶかる風である。豎牛もまた横から杜洩に目配めくばせして、頭の惑乱わくらんした病者びょうしゃにはつくづく困り果はてたという表情ひょうじょうを見みせる。しまいに、病人びょうにんはいら立って涙を流ながしながら、痩せ衰えた手で傍の剣を指さし、杜洩に「これであの男を殺せ。殺せ、早く!」と叫さけぶ。どうしても自分じぶんが狂者きょうしゃとしてしか扱われないことを知しると叔孫しゅくそんは衰おとろえ切った身体しんたいを顫わせて号泣ごうきゅうする。杜洩は牛と目を見合あわせ、眉をしかめながら、そっと室を出でる。客が去ってから始はじめて、牛男うしおの顔に会体えたいの知れぬ笑が微かすかに浮うかぶ。

餓と疲つかれの中に泣なきながら、いつか病人びょうにんはうとうとして夢を見た。いや、眠ったのではなく、幻覚げんかくを見ただけかも知れぬ。重苦しく淀んだ・不吉ふきつな予感よかんに充ちた部屋へやの空気くうきの中に、ただ一つ灯が音も無く燃もえている。輝かがやきの無なあい・いやに白っぽい光である。じっとそれを見ている中に、ひどく遠方えんぽうに――十里も二十にじゅう里も彼方あなたにあるもののように感かんじられて来くる。寝ている真上まうえの天井てんせいが、いつかの夢の時と同じように、徐々に下降かこうを始はじめる。ゆっくりと、しかし確実かくじつに、上からの圧迫あっぱくは加くわわる。逃れようにも足一つ動かせない。傍を見みると黒ぐろい牛男うしおが立っている。救を求もとめても、今度こんどは手を伸べてくれない。黙ってつッ立たったままにやりと笑わらう。絶望ぜつぼう的な哀願あいがんをもう一度ひとたび繰返くりかえすと、急に、慍おこったような固かたい表情ひょうじょうに変り、眉一つ動かさず凝乎じっと見下す。今や胸の真上まうえに蔽いかぶさって来くる真黒まっくろな重おもみに、最後さいごの悲鳴ひめいを挙げた途端とたんに、正気しょうきに返った。……

いつか夜に入ったと見え、暗ぐらい部屋へやの隅に白っぽい灯が一つともっている。今まで夢の中で見ていたのはやはりこの灯だったのかも知れない。傍を見上みあげると、これまた夢の中とそっくりな豎牛の顔が、人間じんかん離はなれのした冷酷れいこくさを湛えて、静しずかに見下している。その貌かおはもはや人間じんかんではなく、真黒まっくろな原始げんしの混沌こんとんに根を生やした一個の物のように思われる。叔孫しゅくそんは骨の髄まで凍こおる思おもいがした。己を殺そうとする一人ひとりの男に対たいする恐怖きょうふではない。むしろ、世界せかいのきびしい悪意あくいといったようなものへの、遜へりくだった懼おそれに近い。もはや先刻せんこくまでの怒は運命うんめい的な畏怖いふ感に圧倒あっとうされてしまった。今はこの男に刃向はむかおうとする気力きりょくも失せたのである。

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Where this text comes from

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First published
「政界往来」1942(昭和17)年7月
Source edition (底本)
底本:「山月記・李陵 他九篇」岩波文庫、岩波書店


   1994(平成6)年7月18日第1刷発行

   1998(平成10)年12月25日第7刷

底本の親本:「中島敦全集 第一巻」筑摩書房

   1976(昭和51)年3月15日

初出:「政界往来」

   1942(昭和17)年7月

入力:小林克彦

校正:今井忠夫

2001年1月20日公開

2004年2月4日修正

青空文庫作成ファイル:

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Typed by (入力)
小林克彦
Proofread by (校正)
今井忠夫

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