Nihoner

中島敦 Atsushi Nakajima 1909.05.05〜1942.12.04

虎狩

とらがり

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一

私は虎狩とらがりの話をしようと思おもう。虎狩とらがりといってもタラスコンの英雄えいゆうタルタラン氏の獅子しし狩のようなふざけたものではない。正真しょうしん正銘しょうめいの虎狩とらがりだ。場所ばしょは朝鮮ちょうせんの、しかも京城けいじょうから二十にじゅう里位しか隔たっていない山の中、というと、今時いまどきそんな所に虎が出て堪たまるものかと云って笑われそうだが、何なにしろ今から二十にじゅう年程前迄は、京城けいじょうといっても、その近郊きんこう東小門外もんがいの平山ひらやま牧場ぼくじょうの牛や馬がよく夜中やちゅうにさらわれて行ったものだ。もっとも、これは虎ではなく、豺(ぬくて)という狼おおかみの一種いっしゅにとられるのであったが、とにかく郊外こうがいの夜中やちゅうの独ひとり歩あるきはまだ危険きけんな頃だった。次のような話さえある。東小門外もんがいの駐在ちゅうざい所で、或ある晩巡査じゅんさが一人ひとり机に向っていると、急に恐おそろしい音を立ててガリガリと入口いりぐちの硝子ガラス戸を引掻かくものがある。びっくりして眼をあげると、それが、何と驚いたことに、虎だったという。虎が――しかも二匹で、後肢あとあしで立上たちあがり、前肢ぜんしの爪で、しきりにガリガリやっていたのだ。巡査じゅんさは顔色がんしょくを失い、早速さそく部屋へやの中にあった丸太まるた棒を閂かんぬきの代りに扉にあてがったり、ありったけの椅子いすや卓子たかこを扉の内側うちがわに積つみ重がさねて入口いりぐちのつっかい棒にしたりして、自身おのれは佩刀はいとうを抜いて身構みがまえるえたまま生きた心地ここちもなくぶるぶる顫ふるえていたという。が、虎共は一時間じかんほど巡査じゅんさの胆きもを冷させたのち、やっと諦あきらめて何処どこかへ行って了しまった、というのである。此この話を京城けいじょう日報にっぽうで読んだ時、私はおかしくておかしくて仕方しかたがなかった。ふだん、あんなに威張いばりっている巡査じゅんさが――その頃の朝鮮ちょうせんは、まだ巡査じゅんさの威張いばれる時代じだいだった。――どんなに其その時はうろたえて、椅子いすや卓子たかこや、その他のありったけのがらくたを大掃除そうじの時のように扉の前に積つみ上あげたかを考かんがえると、少年しょうねんの私はどうしても笑わずにはいられなかった。それに、そのやって来た二匹連ずれの虎というのが――後肢あとあしで立上ってガリガリやって巡査じゅんさをおどしつけた其その二匹の虎が、どうしても私には本物ほんものの虎のような気がしなくて、脅おびやかされた当の巡査じゅんさ自身おのれのように、サアベルを提さげ長靴ちょうかでもはき、ぴんと張った八字はちじ髭ひげでも撫上あげながら、「オイ、コラ」とか何とか言いそうな、稚気ちき満々たるお伽話とぎばなしの国の虎のように思えてならなかったのだ。

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Where this text comes from

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First published
「光と風と夢」1942(昭和17)年7月15日
Source edition (底本)
底本:「中島敦全集 1」ちくま文庫、筑摩書房

   1993(平成5)年1月21日第1刷発行

   2000(平成12)年4月5日第7刷発行

底本の親本:「中島敦全集」筑摩書房

   1976(昭和51)年3月~9月

初出:「光と風と夢」筑摩書房

   1942(昭和17)年7月15日発行

入力:小林繁雄

校正:多羅尾伴内

2003年7月6日作成

2011年11月27日修正

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Typed by (入力)
小林繁雄
Proofread by (校正)
多羅尾伴内

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