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夏目漱石 Soseki Natsume 1867.02.09〜1916.12.09

岡本一平著並画『探訪画趣』序

おかもといっぺいちょならびにが『たんぼうがしゅ』じょ

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私は朝日あさひ新聞しんぶんに出でるあなたの描いた漫画まんがに多大ただいな興味きょうみを有もっている一人ひとりであります。いつか社の鎌田かまた君に其話をして、あれなりにして捨ててしまうのは惜おしいものだ、今のうちに纏まとめて出版しゅっぱんしたら可よかろうにと云った事があります。其後あなた自身おのれが見えた時、私はあなたに自分じぶんの描いたものはみんな保存ほぞんしてあるでしょうねと聞いたら、あなたは大抵たいてい散逸さんいつしてしまったように答えられたので私は驚ろきました。尤もっともそういう私も随分ずいぶ無頓着むとんじゃくな方で、俳句はいくなどになると、作れば作ったなりで、手帳てちょうにも何なんにも書き留めて置かないために、一寸ちょっと短冊たんじゃくなどを突きつけられて、忘わすれたものを思おもい出だすのに骨の折おれる場合ばあいもありますが、それは私がその道に重おもきを置いていない結果けっかだから、仕方しかたがありませんが、貴方あなたの画は私の俳句はいくよりも大事だいじにして然るべきだと私はかねてから思っていたのだから、それを揃そろえて置かない貴方きほうの料簡りょうけんが私には解らなかったのです。

あなたは私に云われて始はじめて気が付いたように工場こうばの中を探し廻ったというじゃありませんか。そうして漸ようやくそれを出版しゅっぱんする丈だけに纏まとめたのだそうですね。左右そうなればあなたの労力ろうりょくが単独たんどくに世間せけんに紹介しょうかいされるという点に於おいて、あなたも満足まんぞくでしょう、最初さいしょ勧誘かんゆうした責任せきにんのある私も喜ばしく思います。私ばかりではありません、世よの中なかには私と同感どうかんのものがまだ沢山たくさんあるに違ないのです。

普通ふつう漫画まんがというものには二た通とおりあるようです。一つは世間せけんの事相じそうに頓着とんじゃくしない芸術げいじゅつ家自身おのれの趣味しゅみなり嗜好しこうなりを表現ひょうげんするもので、一つは時事じじにつれて其日々々の出来事できごとを、ある意味いみの記事きじ同様どうように描き去さるのです。時と推おし移うつる新聞しんぶんには、無論むろん後者こうしゃの方が大切たいせつでしょうが、あなたはその方ほう面に於ての成功せいこう者じゃなかろうかと私は考かんがえるのです。私が最初さいしょあなたに勧すすめて、年中ねんじゅう行事ぎょうじというようなものを順次じゅんじにならべて一巻いっかんにしたら何どうだろうと云ったのは、是これがためなのです。見みる人は無論むろんあなたの画から、何時いつ何どんな事があったかの記憶きおくを心のうちに呼よび起おこすでしょう、しかも貴方きほうの表現ひょうげんしたような特別とくべつな観察かんさつ点に立って、自分じぶんがいまだかつて経験けいけんしなかったような記憶きおくを新らしくするでしょう。此二つの記憶きおくが経となり緯となって、ただでは得られない愉快ゆかいが頭の中に満ちて来くるかも知れません。忙いそがしい我々は毎日々々蛇へびが衣を脱ぬぐように、我々の過去かこを未練みれんなく脱いで、ひたすら先へ先さきへと進すすむようですが、たまには落ち付いて今迄通って来た途みちを振ふり向むきたくなるものです。其時茫然ぼうぜんと考かんがえている丈だけでは、眼に映うつる過去かこは、映らない時と大差たいさなき位に、貧弱ひんじゃくなものであります。あなたの太ふとい線、大おおきな手、変な顔、すべてあなたに特有とくゆうな形で描かれた簡単かんたんな画は、其時我々に過去かこは斯こんなものだと教えて呉くれるのです。過去かこはこれ程馬鹿ばか気て、愉快ゆかいで、変へんてこに滑稽こっけいに通過つうかされたのだと教えて呉くれるのです。我々は落付いた眼に笑を湛たたえて又齷齪あくせくと先へ進すすむ事が出来しゅったいます。あなたの観察かんさつに皮肉ひにくはありますが、苦々にがにがしい所はないのですから。

もう一つあなたの特色とくしょくを挙あげて見みると、普通ふつうの画家がかは画になる所さえ見付ければ、それですぐ筆を執とります。あなたは左右そうでないようです。あなたの画には必かならず解題かいだいが付いています。そうして其解題かいだいの文章ぶんしょうが大変たあいへん器用きようで面白く書けています。あるものになると、画よりも文章ぶんしょうの方が優まさっているように思われるのさえあります。あなたは東京とうきょうの下町しもまちで育ったから、斯こういう風に文章ぶんしょうが軽く書かきこなされるのかも知れませんが、いくら文章ぶんしょうを書かく腕があっても、画が其腕を抑おさえて働らかせないような性質せいしつのものならそれ迄までです。面白おもしろい絵説の書かける筈はずはありません。だから貴方きほうは画題がだいを選えらぶ眼で、同時どうじに文章ぶんしょうになる画を描いたと云わなければなりません。その点になると、今の日本にぽんの漫画まんが家にあなたのようなものは一人ひとりもないと云っても誇張こちょうではありますまい。私は此絵と文とをうまく調和ちょうわさせる力を一層いっそう拡大かくだいして、大正たいしょうの風俗ふうぞくとか東京とうきょう名所などころとかいう大おおきな書物しょもつを、あなたに書いて頂いただきたいような気がするのです。

六月むつき十五日

夏目なつめ金之助きんのすけ

岡本おかもとの一平いっぺい様

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Where this text comes from

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Source edition (底本)
底本:「筑摩全集類聚版 夏目漱石全集 10」筑摩書房 


   1972(昭和47)年1月10日第1刷発行

※吉田精一による底本の「解説」によれば、発表年月は、1914(大正3)年6月15日。

入力:Nana ohbe

校正:米田進

2002年4月27日作成

2002年5月11日修正

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