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与謝野晶子 Akiko Yosano 1878.12.07〜1942.05.29

鏡心灯語 抄

きょうしんとうご しょう

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私は平生へいぜい他人たにんの議論ぎろんを読よむことの好すきな代りに自みずから議論ぎろんすることを好まない。議論ぎろんにはかなり固定こていした習性しゅうせいがある。即すなわち議論ぎろんには論理ろんりを一般いっぱん人の目に見まみえるように操縦そうじゅうせねばならぬ。また議論ぎろんの質を表現ひょうげんするのが目的もくてきであるにかかわらず、量的りょうてきにくどくどと細箇条かじょうを説明せつめいせねばならぬ。それが私に不得手ふえてな事であるのみならず、私自身おのれの表現ひょうげんとしては煩はんと迂うとに堪えない。それからまた網を作ずくるに忙しくて肝腎かんじんの魚を忘わすれるような場合ばあいさえある。むしろ世間せけんの議論ぎろんの大部分ぶぶんはこの最後さいごの物に属している。私はそれが厭いとわしい。私はロダン先生せんせいの議論ぎろん――先生せんせいにおいては家常かじょうの談話だんわ――が常に簡素かんそ化され結晶けっしょう化された無韻むいん詩の体であるのを、私の性癖せいへきから敬慕けいぼしている。私の茲ここに書かく物も私の端的たんてきな直観ちょっかんを順序じゅんじょに頓着とんじゃくしないで記述きじゅつする外はない。

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私の過去かこ十二、三年間ねんかんの生活せいかつは、じっとしていられずに内から外へ踊って出でるような生活せいかつであった。私は久しく眩まぶしい叙情じょじょう詩的してきの気分きぶんに浮き立っていた。しかし今は反対はんたいに外から内へ還かえって自分じぶんの堅実けんじつな立場たちばを踏みしめながら、周囲しゅういを自分じぶんの上に引ひき附けて制御せいぎょしたいと思おもうような生活せいかつが開けて来た。以前いぜんは内から蒸発じょうはつする熱情ねつじょうと甘味あまみとを持もて余あまし、自分じぶん一人ひとりではいたたまらずに誰にでも凭もたれ掛りたいような気持きもちでいたのに、今は静しずかな独自どくじの冥想めいそうに無限むげんの愛と哀愁あいしゅうと力とを覚おぼえて、外界がいかいの酷薄こくはくな圧迫あっぱくを細々ながらこの全身ぜんしんの支柱しちゅうに堪えて行こう、更さらにまた出来できることなら外界がいかいを少すこしでも自分じぶんの手の下で鍛きたえ直して見たいというような気持きもちになっている。

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上うわの空そらでなくて、真剣しんけんに、実際じっさいに、そして溌剌はつらつとして生活せいかつしようとする時、人は皆倫理りんり的になる。倫理りんりは人生じんせいの律である。実際じっさいの行進こうしん曲である。人生じんせいの楽譜がくふや図解ずかいであってはならない。学問がくもんや教育きょういくを職業しょくぎょうとする人々の口にする倫理りんりが我々の実際じっさい生活せいかつに何どの用をもなさないのは当然とうぜんである。命と肉と熱とを備えた倫理りんりは我々の生活せいかつその物であるから。

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生活せいかつは季節きせつを択ばずに発芽はつがと開花かいかと結実けつじつとを続つずけて行ゆく。新あたらしいことは真の生活せいかつの相すがたである。既すでに生活せいかつが不断ふだんに移って行ゆく以上いじょう、私たちの倫理りんり観もまた不断ふだんに移らねばならない。永久えいきゅうの真理しんりというものを求もとめることの愚は琴柱ことじに膠にかわするにひとしい。永久えいきゅうの真理しんりというような幽霊ゆうれいに信頼しんらいして一方いっぽうのみを凝視ぎょうししている人が、刻々に推移すいいする人生じんせいに対して理解りかいもなく判断はんだんも出来しゅったいず、自分じぶんが人生じんせいの本流ほんりゅうに乗のることを忘わすれ時代じだいの競走きょうそうに落伍らくごしていながら、かえって反感はんかんと否定ひていとを以て世の澆季ぎょうきを罵ののしったりもするのである。

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永久えいきゅうの真理しんりのないと共に万人ばんにんに共通きょうつうする真理しんりもないと私は想おもう。時間じかんと空間くうかんを通つうじて固定こていした真理しんりを求もとめることが実際じっさいの人生じんせいと相容れぬという不都合つごうのあることに気が附かなかったために、過去かこの世界せかいが煩悶はんもんと懐疑かいぎと沮喪そそうとに満たされ、在来ざいらいの哲学てつがくと宗教しゅうきょうと道徳どうとくとが現代げんだいに権威けんいを失うしなうに到ったのではないか。例たとえば「二夫つぎおに見まみゆべからず」という客観きゃっかん的の倫理りんりを建ててこれを婦人ふじんの生命いのち――生活せいかつの中枢ちゅうすう――とすることを強しいたのが従来じゅうらいの貞操ていそう倫理りんりである。何故なにゆえに二夫つぎおに見まみえてならないかという説明せつめいを附せず、無条件じょうけんにこの倫理りんりに従わしめようとした点において、先まずこの倫理りんりは人間じんかんの意志いしを無視むしすることの残虐ざんぎゃくを敢あえてしている。

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貞操ていそう倫理りんりは愛情あいじょうと性欲せいよくとにわたる問題もんだいである。詳しくいえば個人こじんの体質たいしつと、天分てんぶんと、教育きょういくと、境遇きょうぐうと、霊性れいせいと、性欲せいよくと、好悪こうおと、年齢ねんれいとに関係かんけいする問題もんだいである。そしてそれらの者が人に由って異っている以上いじょう、億兆おくちょうの人の生活せいかつを一片の既定きていした貞操ていそう倫理りんりで律りっすることの出来しゅったいないのは明白めいはくである。或女は一夫かずおに見まみえることすら自己じこの清浄しょうじょうを破やぶるものとして全く結婚けっこんを嫌っているかも知れぬ。或女は愛情あいじょうと性欲せいよくの自発じはつがないために全く結婚けっこんを望んでいないかも知れぬ。或女は既すでに結婚けっこんしていてもその結婚けっこんに種々の理由りゆうから満足まんぞくしていないかも知れぬ。或女は一人ひとりの異性いせいを愛あいするだけでそれ以外いがいの要求ようきゅうを持っていないかも知れぬ。或女は一人ひとりの男性だんせいを愛あいし合あうこと以外いがいの性交せいこうは自己じこの生活せいかつの中枢ちゅうすうである愛情あいじょうを濁にごす行為こういとし、貞操ていそうを自己じこの愛情あいじょうの象徴しょうちょうとして厳粛げんしゅくに擁護ようごしようとするかも知れぬ。――私自身おのれの貞操ていそう観が現げんにそれである――また或女は多数たすうの男子だんしに性欲せいよく観があって貞操ていそう観がないように、貞操ていそうということを自己じこの生活せいかつの上にそれほど重大じゅうだいな問題もんだいであるとは考かんがえず、極きわめて冷淡れいたんに取扱とりあつかいっているかも知れぬ。また或女は無情むじょうと酷薄こくはくとを極めた旧道徳どうとくに対たいする反感はんかんから殊更ことさらに貞操ていそうを眼中がんちゅうに置かないという風な矯激きょうげきの思想しそうを持っているかも知れぬ。

外から一律いちりつに万人ばんにんへ覆おっ被かぶせる無理むりな倫理りんりに愛想あいそうをつかして、個人こじんが内から思い思いに実際じっさい生活せいかつの要求ようきゅうに迫られて随時ずいじ随処ずいしょに建たてる自然じねんの倫理りんりを推重すいちょうする私は、貞操ていそうについても先まず何より個人こじんのその時時ときどきの自由じゆうな併せて聡明そうめいな実行じっこうに任まかせることを望のぞむ者である。

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私は特とくに「自由じゆうに併せて聡明そうめいな実行じっこう」という。真の生活せいかつは実行じっこうより外にない。そして実行じっこうは自由じゆうであると共に聡明そうめいでなくては失敗しっぱいする。ここに「失敗しっぱいする」というのは社会しゃかい上の成功せいこう不成功せいこうをいうのでなくて、個人こじんの生活せいかつ意志いしの破滅めっすることを言ゆうのである。内省ないせいした自我じがの上に不充実じゅうじつと不満ふまん足との悔くいを招まねくに到いたることを言ゆうのである。

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既すでに貞操ていそうが婦人ふじんの生活せいかつの中枢ちゅうすう生命いのちであるとせられた時代じだいは過すぎた。そして如何いかに質朴しつぼくな民衆みんしゅうの上に神権しんけん主義しゅぎの道徳どうとくが圧力あつりょくを持っていた時代じだいでも、実際じっさいに全婦人ふじんをその貞操ていそう倫理りんりの金科きんか玉条ぎょくじょうで司配しはいすることは出来しゅったいなかった。二夫つぎおに見まみえた女は地上ちじょう到いたる処の帝王ていおうの家にもあった。女の再婚さいこんは大抵たいていやむをえない事として現げんに寛仮かんかせられ、もしくは正当せいとうの事としてその父兄ふけいが強しいるほどである。殊ことに貞操ていそう道徳どうとくの制定者じょうじゃである男子だんしが好んで多数たすうの女子じょしの貞操ていそうを破やぶることが普通ふつうの現象げんしょうでさえある。今の男子だんしの多数たすうはそういう不倫ふりんな祖先そせんから生れ、もしくはそういう不倫ふりんな女の父兄ふけいであり、配偶はいぐう者であり、縁者えんじゃであり、友である。如何いかに死を嫌っても世に死者ししゃを出さなかった一族いちぞくのない如く、真に人間じんかんを愛あいする人なら、最早もはや貞操ていそう一点いってん張はりを以て女を責せめるに忍しのびないはずである。

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私はピカデリイやグラン・ブルヴァルの繁華はんかな大通だいつうで、倫敦ロンドン人や巴里パリイ人の車馬しゃばと群衆ぐんしゅうとが少すこしの喧囂けんごうも少すこしの衝突しょうとつもせずに軽快けいかいな行進こうしんを続つずけて行ゆくのを見て驚かずにいられなかった。そして自由じゆうに歩あゆむ者は聡明そうめいな律を各自かくじに案出あんしゅつして歩んで行ゆくものであるということを知った。

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私は貞操ていそう倫理りんりのみならず、一般いっぱんに従来じゅうらいの他律たりつ的倫理りんりは現代げんだいの生活せいかつに害こそあれ用をなさないものであると思おもう。こういえばとて私は女子じょしの不貞ふてい不倫ふりんを肯定こうていするのでは更々さらさらない。私などは現げんに自分じぶん一個の貞操ていそうについて保守ほしゅ主義者ぎしゃ中の保守ほしゅ主義者ぎしゃであると評せられても笑って甘諾かんだくする位に厳粛げんしゅくな実行じっこうの日送おくりをしている。私は自分じぶんの肉を二、三にすることを非常ひじょうに不純ふじゅん不潔ふけつなことだと思って、そういうことを想像そうぞうするさえ甚はなはだしい悪感あっかんと全身ぜんしんの戦慄せんりつとを覚おぼえる。私の生活せいかつはこれを世の強者きょうしゃ――天才てんさいの生活せいかつに比ぶれば勿論もちろん弱者じゃくしゃの生活せいかつである。私は世の戦たたかいに自分じぶんの牙城がじょうを奪われることがあっても、是非ぜひあくまでも死守ししゅしようと思っている本城ほんじょうがある。そして私の貞操ていそうはその本城ほんじょうの一部いちぶであると思っている。しかしそれは私個人こじんの倫理りんりである私自身おのれのために建てた私の律である。私は自分じぶんの建てた自分じぶんのための倫理りんりを尊重そんちょうすると同時どうじに、他の個人こじんの建てた倫理りんりを尊重そんちょうしたい。そしてそれがお互に自由じゆうと聡明そうめいとを備えた実行じっこうの律でありたい。そのような実行じっこうの律を自みずから建てて行ゆく人こそ官学かんがくの教育きょういくを受うけなくても、美衣びいを着けていなくても尊敬けいすべき時代じだいの優良ゆうりょう階級かいきゅうである。

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新あたらしい生活せいかつの律は各自かくじの実際じっさい生活せいかつの直感ちょっかんと、経験けいけんと、反省はんせいと、研究けんきゅうと、精錬せいれんとから産み出される。貞操ていそうの如きも婦人ふじんが各自かくじに聡明そうめいである以上いじょう、それが実際じっさい問題もんだいとして自分じぶんに迫って来た時、何とか自分じぶんから積極せっきょく的にその問題もんだいとの交渉こうしょうを片附け得られるはずである。愛情あいじょうや性欲せいよくの先駆せんくと見みるべき異性いせいに対たいする好奇こうき心すら自発じはつしていない少女しょうじょに早くも貞操ていそうを注入ちゅうにゅうするような教育きょういくが何どの益になろう。私は教育きょういく者に向っては、貞操ていそうというような実際じっさい生活せいかつの細目さいもくを一律いちりつに説とくことの無駄むだな骨折こっせつを避けて、その代りに貞操ていそうばかりでなく、どの実際じっさい問題もんだいに出会であいっても惑わず、沮喪そそうせず、妥協だきょうせずに、自分じぶん自身おのれに最善さいぜんを尽した生活せいかつ律を建て得える「自由じゆう」と「聡明そうめい」の精神せいしんを養わせる教育きょういくに力つとめて欲ほしいと思おもう。また私は学者がくしゃに向っては、婦人ふじんが貞操ていそうのような実際じっさい問題もんだいに出会った時の参考さんこう資料しりょうとして、実際じっさい生活せいかつに対たいする研究けんきゅうの過程かていと結論けつろんとを常に提供ていきょうして欲ほしいと思おもう。そして私たち婦人ふじんはまた自分じぶんの実際じっさい問題もんだいとして研究けんきゅうの要求ようきゅうを生じた場合ばあいに初はじめて研究けんきゅうして差支さしつかえのないことである。世よの中なかのあらゆる問題もんだいは直接ちょくせつ自分じぶんの実際じっさい生活せいかつに必要ひつようの切迫せっぱくした時にのみ重大じゅうだい問題もんだいなのである。飢うえている時は花より団子だんごが我身に切実せつじつな重大じゅうだい問題もんだいであるのに、如何いかなる場合ばあいにも団子だんごより花が大切たいせつだ、上品じょうぼんだというような融通ゆうずうの利きかない迷信めいしんがあるので、どれだけ人生じんせいの健したたかな発達はったつを阻害そがいしているか知れない。

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私は学者がくしゃの議論ぎろんが直すぐに人類じんるい全体ぜんたいの実際じっさい生活せいかつを改造かいぞうすることに役立やくだつものであるような誤解ごかいを近頃ちかごろまでしていた。そして実際じっさいに役立やくだつものでなくては最早もはや現代げんだいの学問がくもんではないように誤解ごかいしていた。しかし学者がくしゃは人生じんせいまたは自然じねんの一方いっぽうを常に凝視ぎょうしして未知みちの新事業じぎょうを発見はっけんすることに努力どりょくし、永遠えいえんの時を少すこしでも早く手繰たぐり寄せて現代げんだいの生活せいかつに貢献こうけんしようとしているものである。学者がくしゃは永遠えいえんの中に住んでいる。現代げんだいに住んで現代げんだいを超越ちょうえつしているのが学者がくしゃの境地きょうちである。芸術げいじゅつ家もまた同様どうようの境地きょうちにいる永遠えいえんの子である。学者がくしゃや芸術げいじゅつ家の事業じぎょうには勿論もちろんそのまま現代げんだいの幸福こうふくとなる種類しゅるいのものもないではないが、常に永遠えいえんの上に一方いっぽうを凝視ぎょうしして得た思想しそうである以上いじょう、それが局限きょくげんせられた当面とうめんの時と、智識ちしきの度の千差せんさ万別ばんべつである現代げんだいの全人ぜんじん類とに皆が皆適用てきようしがたいのは当然とうぜんである。私は学者がくしゃや芸術げいじゅつ家を尊敬けいする。しかし学者がくしゃや芸術げいじゅつ家の思想しそうからその現代げんだいに実行じっこうし得えるものだけを選択せんたくして自己じこの生活せいかつの改造かいぞうに資しするのは我々自身おのれの自由じゆうであり、喜よろこびであると思っている。

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学者がくしゃや芸術げいじゅつ家はその純粋じゅんすいを保とうとするほど、恐おそらく局限きょくげんせられた実際じっさい社会しゃかいの改造かいぞうに指を染そめてはなるまい。かの人たちも一面いちめんには我々と同おんなじ現代げんだいの一人ひとりである以上いじょう現代げんだいを最もっとも多く眼中がんちゅうに置おくことは勿論もちろんであるが、現代げんだいのために永遠えいえんを犠牲ぎせいにしてはならない。現代げんだいの改造かいぞうに熱中ねっちゅうすれば恐おそらく失敗しっぱいするであろう。学者がくしゃや芸術げいじゅつ家がその純粋じゅんすいの自我じがを毀損きそんしないで現代げんだいの紛々たる俗争の間に立ち得えるとはどうしても想われない。私はオイッケンのような学者がくしゃやハウプトマンのような芸術げいじゅつ家が今度こんどの戦争せんそうの牽強けんきょうの弁疏べんそを独逸ドイツのためになさねばならなかったのを気きの毒どくに思っている。そしてまた私はベルグソンがその哲学てつがくを仏蘭西フランスの政治せいじ問題もんだいや社会しゃかい問題もんだいに直ただちに適用てきようしようとする様子ようすのないということを聞いて大哲学者がくしゃの聡明そうめいを奥ゆかしく想っている。

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学者がくしゃや芸術げいじゅつ家と異ちがって、政治せいじ家、教育きょういく家、社会しゃかい改良家りょうけ、新聞しんぶん雑誌ざっし記者きしゃなどの生活せいかつは、天才てんさいの新思想しそうに刺戟しげきせられて常に驚異きょういに全身ぜんしんを若返らせながら、自己じこの動ややもすれば一本いっぽん調子ちょうしに固定こていしようとする生活せいかつを改造かいぞうする資料しりょうとして、その天才てんさいの新思想しそうの中ちゅうから或選択せんたくを試こころみることを断えず心掛こころがけねばならぬ。それは我々普通ふつう人も同おんなじことである。唯ただ前者ぜんしゃにあっては自己じこの生活せいかつを改造かいぞうした上に、更さらにそれを公人きみととして当面とうめんの政治せいじ問題もんだい、教育きょういく問題もんだい、社会しゃかい問題もんだいの改造かいぞうに適用てきようしようとする対他たいた的実行じっこうが伴わねばならぬ。私は大隈おおくま党の実際じっさい政治せいじにも政友せいゆう会の政治せいじ意見いけんにも、ベルグソンやロダンの現代げんだい思想しそうと更さらに一点いってんの共鳴きょうめいする所さえ認したためることの出来しゅったいないのを口惜くやしく思おもう。そして我々現代げんだいの若わかい婦人ふじんが芸術げいじゅつを透した欧洲おうしゅう現代げんだいの新思想しそうに感激かんげきしながら一切いっさいの問題もんだいを個性こせいの権威けんいに即して判断はんだんしようとする大勢たいせいを作り出したことに対して、なお空疎くうそな旧日きゅうじつ本ほんの他律たりつ的倫理りんりを以て威圧いあつしようとしている教育きょういく家、社会しゃかい改良家りょうけの大多数たすうを気きの毒どくに思おもう。

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Source edition (底本)
底本:「与謝野晶子評論集」岩波文庫、岩波書店


   1985(昭和60)年8月16日初版発行

   1994(平成6年)年6月6日10刷発行

底本の親本:「雑記帳」金尾文淵堂

   1915(大正4)年5月初版発行

初出:「太陽」

   1915(大正4)年1月、2月

入力:Nana ohbe

校正:門田裕志

2005年1月16日作成

青空文庫作成ファイル:

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Proofread by (校正)
門田裕志

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