Nihoner

宮沢賢治 Kenji Miyazawa 1896.08.27〜1933.09.21

イーハトーボ農学校の春

いーはとーぼのうがっこうのはる

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太陽たいようマジックのうたはもう青あおぞらいっぱい、ひっきりなしにごうごうごうごう鳴っています。

わたしたちは黄きいろの実習服じっしゅうふくを着きて、くずれかかった煉瓦れんがの肥溜こえだめのとこへあつまりました。

冬中いつも唇くちびるが青ざめて、がたがたふるえていた阿部時夫あべときおなどが、今日はまるでいきいきした顔かおいろになってにかにかにかにか笑わらっています。ほんとうに阿部あべ時夫ときおなら、冬の間からだが悪わるかったのではなくて、シャツを一枚まいしかもっていなかったのです。それにせいが高だかいので、教室きょうしつでもいちばん火に遠とおいこわれた戸のすきまから風のひゅうひゅう入って来くる北東ほくとうの隅すみだったのです。

けれども今日は、こんなにそらがまっ青さおで、見ているとまるでわくわくするよう、かれくさも桑くわばやしの黄きいろの脚あしもまばゆいくらいです。おまけに堆肥小屋たいひごやの裏うらの二きれの雲は立派りっぱに光っていますし、それにちかくの空ではひばりがまるで砂糖水さとうみずのようにふるえて、すきとおった空気くうきいっぱいやっているのです。もう誰だれだって胸中むねじゅうからもくもく湧わいてくるうれしさに笑わらい出さないでいられるでしょうか。そうでなければ無理むりに口を横よこに大きくしたり、わざと額ひたいをしかめたりしてそれをごまかしているのです。

(コロナは六十三じゅうそう万二百にひゃく

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ああきれいだ、まるでまっ赤かな花火はなびのようだよ。)

それはリシウムの紅焔こうえんでしょう。ほんとうに光炎菩薩こうえんぼさつ太陽たいようマジックの歌はそらにも地面ちめんにもちからいっぱい、日光にっこうの小ちいさな小ちいさな菫すみれや橙だいだいや赤の波なみといっしょに一生いっしょうけん命めいに鳴っています。カイロ男爵だんしゃくだって早く上等じょうとうの絹きぬのフロックを着きて明るいとこへ飛とびだすがいいでしょう。

楊やなぎの木の中でも樺かばの木でも、またかれくさの地下茎ちかけいでも、月光げっこういろの甘あまい樹液じゅえきがちらちらゆれだし、早はやい萱草かんぞうやつめくさの芽めにはもう黄金きんいろのちいさな澱粉でんぷんの粒つぶがつうつう浮ういたり沈しずんだりしています。

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コロナは三十さんじゅう七万十九

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くずれかかった煉瓦れんがの肥溜こえだめの中にはビールのように泡あわがもりあがっています。さあ順番じゅんばんに桶おけに汲くみ込こもう。そこらいっぱいこんなにひどく明るくて、ラジウムよりももっとはげしく、そしてやさしい光の波なみが一生いっしょうけん命めい一生いっしょうけん命めいふるえているのに、いったいどんなものがきたなくてどんなものがわるいのでしょうか。もうどんどん泡あわがあふれ出してもいいのです。青あおぞらいっぱい鳴っているあのりんとした太陽たいようマジックの歌をお聴ききなさい。

(コロナは六十ろくじゅう七万四千よんせん

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さあ、ではみんなでこいつを下台しただいの麦むぎばたけまで持もって行こう、こっちの崖がけはあんまり急きゅうですからやっぱり女学校がっこうの裏うらをまわって楊やなぎの木のあるとこの坂さかをおりて行きましょう。大丈夫だいじょうぶ二十にじゅう分かかりません。なるべくせいの似にたような人と、二人ふたりで一つずつかついで下さい。そうです、町の裏を通って行ゆくのです。阿部君あべくんはいっしょに行ゆくひとがない、それはぼくといっしょに行こう。ああ鳴っている、鳴っている、そこらいちめん鳴っている太陽たいようマジックの歌をごらんなさい。

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コロナは八十三じゅうそう万五百ごひゃく

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まぶしい山の雪の反射はんしゃです。わたくしがはたらきながら、また重おもいものをはこびながら、手で水をすくうことも考かんがえることのできないときは、そこから白びかりが氷こおりのようにわたくしの咽喉のどに寄よせてきて、こくっとわたくしの咽喉のどを鳴らし、すっかりなおしてしまうのです。それにいまならぼくたちの膝ひざはまるで上等じょうとうのばねのようです。去年きょねんの秋のようにあんなつめたい風のなかなら仕事しごともずいぶんひどかったのですけれども、いまならあんまり楽でただ少すこし肩かたの重苦おもくるしいのをこらえるだけです。それだって却かえって胸むねがあつくなっていい気持きもちなくらいです。

(コロナは六十三じゅうそう万十五

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おおこまどり、鳴いて行ゆく鳴いて行ゆく、音譜おんぷのように飛とんで行きます。赤あかい上着うわぎでどこまで今日はかけて行ゆくの。いいねえ、ほんとうに、

かえれ、こまどり、アカシヤづくり。

赤の上着うわぎに野やまを越こえて

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コロナは三十さんじゅう七万二千にせん

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そこの角から赤髪あかげの子供こどもがひとり、こっちをのぞいてわらっています。おい、大将たいしょう、証書しょうしょはちゃんとしまったかい。筆記帳ひっきちょうには組と名前なまいを楷書かいしょで書いてしまったの。

さあ、春だ、うたったり走ったり、とびあがったりするがいい。風野又三郎かぜのまたさぶろうだって、もうガラスのマントをひらひらさせ大おおよろこびで髪かみをぱちゃぱちゃやりながら野のはらを飛とんであるきながら春が来た、春が来たをうたっているよ。ほんとうにもう、走ったりうたったり、飛びあがったりするがいい。ぼくたちはいまいそがしいんだよ。

(コロナは八万三千さんぜん十九

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砂土すなつちがやわらかい匂においの息いきをはいています。いままでやすんでいた虫どもが、ぼんやりといま眼めをさまし、しずかに息をするらしいのです。麦はつやつや光っています。雪ゆきの下したからうまくとけて出て青あおい麦です。早く走って行こう、かけさえしたらすぐに麦は吸すい込こむのだ。

(コロナは八万三千さんぜん十九)

わたくしたちが柄杓ひしゃくで肥こえを麦にかければ、水はどうしてそんなにまだ力も入れないうちに水銀すいぎんのように青く光ひかり、たまになって麦の上に飛とびだすのでしょう、また砂土さどがどうしてあんなにのどの乾かわいた子こどもの水を呑のむように肥を吸すい込こむのでしょう。もうほんとうにそうでなければならないから、それがただひとつのみちだからひとりでどんどんそうなるのです。

(コロナは十万八千はっせん二百にひゃく

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こんどは帰がえりはわたくしたちは近みちをしてあの急きゅうな坂さかをのぼりましょう。あすこの坂なら杉すぎの木が昆布こんぶかびろうどのようです。阿部君あべくん、だまってそらを見ながらあるいていて一体いったい何を見ているの。そうそう、青あおぞらのあんな高いとこ、巻雲けんうんさえ浮うかびそうに見まみえるとこを、三羽みわの鷹たかかなにかの鳥が、それとも鶴つるかスワンでしょうか、三またの槍やりの穂ほのようにはねをのばして白く光ってとんで行きます。

(コロナは三十さんじゅう七万二百にひゃく

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おや、このせきの去年こぞのちいさな丸太まるたの橋はしは、雪代水ゆきしろみずで流ながれたな、からだだけならすぐ跳とべるんだが肥桶こえおけをどうしような。阿部あべ君、まず跳び越こえてください。うまい、少すこしぐちゃっと苔こけにはいったけれども、まあいいねえ、それではぼくはいまこっちで桶をつるすから、そっちでとってくれ給たまえ。そら、重おもい、ぼくは起重機きじゅうきの一種いっしゅだよ。重おもい、ほう、天てんびん棒ぼうがひとりでに、磁石じしゃくのように君きみの手へ吸すい着ついて行った。太陽たいようマジックなんだほんとうに。うまい。

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楊やなぎの木でも樺かばの木でも、燐光りんこうの樹液じゅえきがいっぱい脈みゃくをうっています。

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Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

Source edition (底本)
底本:「イーハトーボ農学校の春」角川文庫、角川書店

   1996(平成8)年3月25日初版発行

底本の親本:「【新】校本宮澤賢治全集 第十巻 童話 本文篇」筑摩書房

   1995(平成7)年9月25日初版第1刷発行

入力:ゆうき

校正:noriko saito

2009年8月22日作成

2023年7月8日修正

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Typed by (入力)
ゆうき
Proofread by (校正)
noriko saito

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