Nihoner

宮沢賢治 Kenji Miyazawa 1896.08.27〜1933.09.21

狼森と笊森、盗森

おいのもりとざるもり、ぬすともり

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小岩井こいわい農場のうじょうの北に、黒ぐろい松の森が四つあります。いちばん南が狼森オイノもりで、その次が笊森ざるもり、次は黒坂森さかもり、北きたのはずれは盗森ぬすともりです。

この森がいつごろどうしてできたのか、どうしてこんな奇体きたいな名前なまいがついたのか、それをいちばんはじめから、すっかり知っているものは、おれ一人ひとりだと黒坂森さかもりのまんなかの巨おおきな巌いわが、ある日、威張いばってこのおはなしをわたくしに聞かせました。

ずうっと昔むかし、岩手いわて山が、何べんも噴火ふんかしました。その灰でそこらはすっかり埋うずまりました。このまっ黒くろな巨おうきな巌も、やっぱり山からはね飛ばされて、今のところに落おちて来たのだそうです。

噴火ふんかがやっとしずまると、野原のはらや丘おかには、穂ほのある草や穂のない草ぐさが、南の方からだんだん生えて、とうとうそこらいっぱいになり、それから柏かしわや松まつも生え出し、しまいに、いまの四よつの森ができました。けれども森にはまだ名前なまいもなく、めいめい勝手かってに、おれはおれだと思っているだけでした。するとある年の秋、水のようにつめたいすきとおる風が、柏の枯かれ葉をさらさら鳴らし、岩手いわて山の銀の冠かんむりには、雲の影かげがくっきり黒くうつっている日でした。

四人の、けらを着た百姓ひゃくしょうたちが、山刀なたや三本鍬さんぼんぐわや唐鍬とうぐわや、すべて山と野原のはらの武器ぶきを堅かたくからだにしばりつけて、東の稜かどばった燧石ひうちいしの山を越こえて、のっしのっしと、この森にかこまれた小ちいさな野原のはらにやって来ました。よくみるとみんな大おおきな刀もさしていたのです。

先頭せんとうの百姓ひゃくせいが、そこらの幻燈げんとうのようなけしきを、みんなにあちこち指ゆびさして

「どうだ。いいとこだろう。畑はすぐ起おこせるし、森は近いし、きれいな水もながれている。それに日ひあたりもいい。どうだ、俺おれはもう早くから、ここと決ぎめて置いたんだ。」と云いいますと、一人ひとりの百姓ひゃくせいは、

「しかし地味ちみはどうかな。」と言いながら、屈かがんで一本いっぽんのすすきを引き抜ぬいて、その根から土を掌てのひらにふるい落して、しばらく指でこねたり、ちょっと嘗なめてみたりしてから云いました。

「うん。地味じみもひどくよくはないが、またひどく悪くもないな。」

「さあ、それではいよいよここときめるか。」

も一人ひとりが、なつかしそうにあたりを見まわしながら云いました。

「よし、そう決めよう。」いままでだまって立っていた、四人目ひとめの百姓ひゃくせいが云いました。

四人はそこでよろこんで、せなかの荷物にもつをどしんとおろして、それから来た方へ向むかいて、高く叫さけびました。

「おおい、おおい。ここだぞ。早く来こお。早く来お。」

すると向むかうのすすきの中ちゅうから、荷物にもつをたくさんしょって、顔をまっかにしておかみさんたちが三人出ひとでて来ました。見みると、五つ六むつより下の子供こどもが九く人、わいわい云いながら走ってついて来くるのでした。

そこで四人よったりの男たちは、てんでにすきな方へ向むかいて、声を揃そろえて叫さけびました。

「ここへ畑起おこしてもいいかあ。」

「いいぞお。」森が一斉いっせいにこたえました。

みんなは又また叫さけびました。

「ここに家建ててもいいかあ。」

「ようし。」森は一いっぺんにこたえました。

みんなはまた声をそろえてたずねました。

「ここで火たいてもいいかあ。」

「いいぞお。」森は一いっぺんにこたえました。

みんなはまた叫さけびました。

「すこし木きい貰もらってもいいかあ。」

「ようし。」森は一斉いっせいにこたえました。

男たちはよろこんで手をたたき、さっきから顔色がんしょくを変えて、しんとして居た女やこどもらは、にわかにはしゃぎだして、子供こどもらはうれしまぎれに喧嘩けんかをしたり、女たちはその子こをぽかぽか撲なぐったりしました。

その日、晩方ばんがたまでには、もう萱かやをかぶせた小ちいさな丸太まるたの小屋しょうおくが出来しゅったいていました。子供こどもたちは、よろこんでそのまわりを飛んだりはねたりしました。次の日から、森はその人たちのきちがいのようになって、働らいているのを見ました。男はみんな鍬をピカリピカリさせて、野原のはらの草を起おこしました。女たちは、まだ栗鼠りすや野鼠のねずみに持って行かれない栗くりの実を集めたり、松を伐きって薪たきぎをつくったりしました。そしてまもなく、いちめんの雪が来たのです。

その人たちのために、森は冬のあいだ、一生懸命いっしょうけんめい、北からの風を防いでやりました。それでも、小さなこどもらは寒がって、赤くはれた小ちいさな手を、自分じぶんの咽喉のどにあてながら、「冷つめたい、冷つめたい。」と云ってよく泣なきました。

春になって、小屋しょうおくが二つになりました。

そして蕎麦そばと稗ひえとが播まかれたようでした。そばには白じろい花が咲さき、稗は黒ぐろい穂を出しました。その年の秋、穀物こくもつがとにかくみのり、新あたらしい畑がふえ、小屋しょうおくが三みつになったとき、みんなはあまり嬉うれしくて大人おとなまでがはね歩きました。ところが、土の堅く凍こおった朝でした。九人のこどもらのなかの、小ちいさな四人がどうしたのか夜の間に見えなくなっていたのです。

みんなはまるで、気違きちがいのようになって、その辺をあちこちさがしましたが、こどもらの影かげも見えませんでした。

そこでみんなは、てんでにすきな方へ向むかいて、一緒いっしょに叫さけびました。

「たれか童わらしゃど知らないか。」

「しらない」と森は一斉いっせいにこたえました。

「そんだらさがしに行ゆくぞお。」とみんなはまた叫さけびました。

「来お。」と森は一斉いっせいにこたえました。

そこでみんなは色々の農具のうぐをもって、まず一番いちばんちかい狼森オイノもりに行きました。森へ入いりますと、すぐしめったつめたい風と朽葉くちばの匂においとが、すっとみんなを襲おそいました。

みんなはどんどん踏ふみこんで行きました。

すると森の奥おくの方で何かパチパチ音がしました。

急いでそっちへ行って見ますと、すきとおったばら色いろの火がどんどん燃もえていて、狼オイノが九疋くひき、くるくるくるくる、火のまわりを踊おどってかけ歩いているのでした。

だんだん近ちかくへ行って見みると居なくなった子供こどもらは四人共、その火に向むかいて焼いた栗や初茸はつたけなどをたべていました。

狼はみんな歌を歌って、夏のまわり燈籠とうろうのように、火のまわりを走っていました。

「狼森おいのもりのまんなかで、

火はどろどろぱちぱち

火はどろどろぱちぱち、

栗はころころぱちぱち、

栗はころころぱちぱち。」

みんなはそこで、声をそろえて叫さけびました。

「狼どの狼どの、童わらしゃど返がえして呉けろ。」

狼はみんなびっくりして、一いっぺんに歌をやめてくちをまげて、みんなの方をふり向きました。

すると火が急に消えて、そこらはにわかに青くしいんとなってしまったので火のそばのこどもらはわあと泣なき出しました。

狼は、どうしたらいいか困ったというようにしばらくきょろきょろしていましたが、とうとうみんないちどに森のもっと奥の方へ逃にげて行きました。

そこでみんなは、子供こどもらの手を引いて、森を出ようとしました。すると森の奥の方で狼どもが、

「悪く思わないで呉ろ。栗だのきのこだの、うんとご馳走ちそうしたぞ。」と叫さけぶのがきこえました。みんなはうちに帰ってから粟餅あわもちをこしらえてお礼に狼森おいのもりへ置いて来ました。

春になりました。そして子供こどもが十一人ひとりになりました。馬が二疋来ました。畠はたけには、草や腐くさった木この葉はが、馬の肥こえと一緒いっしょに入いりましたので、粟や稗はまっさおに延のびました。

そして実もよくとれたのです。秋の末のみんなのよろこびようといったらありませんでした。

ところが、ある霜柱しもばしらのたったつめたい朝でした。

みんなは、今年ことしも野原のはらを起おこして、畠をひろげていましたので、その朝も仕事しごとに出ようとして農具のうぐをさがしますと、どこの家うちにも山刀なたも三本鍬さんぼんぐわも唐鍬とうぐわも一つもありませんでした。

みんなは一生いっしょう懸命けんめいそこらをさがしましたが、どうしても見附みつかりませんでした。それで仕方なく、めいめいすきな方へ向むかいて、いっしょにたかく叫さけびました。

「おらの道具どうぐ知らないかあ。」

「知らないぞお。」と森は一いっぺんにこたえました。

「さがしに行ゆくぞお。」とみんなは叫さけびました。

「来お。」と森は一斉いっせいに答えました。

みんなは、こんどはなんにももたないで、ぞろぞろ森の方へ行きました。はじめはまず一番いちばん近い狼森オイノもりに行きました。

すると、すぐ狼オイノが九疋くひき出て来て、みんなまじめな顔をして、手をせわしくふって云いました。

「無なあい、無なあい、決けっして無なあい、無なあい。外ほかをさがして無かったら、もう一いっぺんおいで。」

みんなは、尤もっともだと思って、それから西の方の笊森ざるもりに行きました。そしてだんだん森の奥へ入って行きますと、一本いっぽんの古ふるい柏かしわの木この下したに、木の枝えだであんだ大おおきな笊が伏ふせてありました。

「こいつはどうもあやしいぞ。笊森ざるもりの笊はもっともだが、中には何があるかわからない。一つあけて見よう。」と云いながらそれをあけて見ますと、中には無くなった農具のうぐが九つとも、ちゃんとはいっていました。

それどころではなく、まんなかには、黄金きん色の目をした、顔のまっかな山男やまおとこが、あぐらをかいて座すわっていました。そしてみんなを見みると、大おおきな口をあけてバアと云いました。

子供こどもらは叫んで逃げ出そうとしましたが、大人おとなはびくともしないで、声をそろえて云いました。

「山男やまおとこ、これからいたずら止やめて呉けろよ。くれぐれ頼たのむぞ、これからいたずら止とどめで呉ろよ。」

山男やまおとこは、大たいへん恐縮きょうしゅくしたように、頭をかいて立って居おりました。みんなはてんでに、自分じぶんの農具のうぐを取って、森を出て行こうとしました。

すると森の中で、さっきの山男やまおとこが、

「おらさも粟餅あわもち持って来て呉ろよ。」と叫んでくるりと向むかうを向むかいて、手で頭をかくして、森のもっと奥へ走って行きました。

みんなはあっはあっはと笑って、うちへ帰がえりました。そして又また粟餅あわもちをこしらえて、狼森おいのもりと笊森ざるもりに持って行って置いてきました。

次の年の夏になりました。平たいらな処ところはもうみんな畑です。うちには木小屋しょうおくがついたり、大おおきな納屋なやが出来たりしました。

それから馬も三疋になりました。その秋のとりいれのみんなの悦よろこびは、とても大たいへんなものでした。

今年ことしこそは、どんな大おおきな粟餅あわもちをこさえても、大丈夫だいじょうぶだとおもったのです。

そこで、やっぱり不思議ふしぎなことが起りました。

ある霜の一面いちめんに置いた朝納屋なやのなかの粟が、みんな無くなっていました。みんなはまるで気が気でなく、一生いっしょうけん命めい、その辺をかけまわりましたが、どこにも粟は、一粒ひとつぶもこぼれていませんでした。

みんなはがっかりして、てんでにすきな方へ向むかいて叫さけびました。

「おらの粟知らないかあ。」

「知らないぞお。」森は一いっぺんにこたえました。

「さがしに行ゆくぞ。」とみんなは叫さけびました。

「来お。」と森は一斉いっせいにこたえました。

みんなは、てんでにすきなえ物ものを持って、まず手近てじかの狼森オイノもりに行きました。

狼オイノ共は九疋共もう出て待っていました。そしてみんなを見て、フッと笑って云いいました。

「今日きょうも粟餅あわもちだ。ここには粟なんか無なあい、無なあい、決けっして無なあい。ほかをさがしてもなかったらまたここへおいで。」

みんなはもっともと思って、そこを引ひきあげて、今度こんどは笊森ざるもりへ行きました。

すると赤つらの山男やまおとこは、もう森の入口いりぐちに出ていて、にやにや笑って云いました。

「あわもちだ。あわもちだ。おらはなっても取らないよ。粟をさがすなら、もっと北に行って見たらよかべ。」

そこでみんなは、もっともだと思って、こんどは北きたの黒坂森さかもり、すなわちこのはなしを私に聞かせた森の、入口いりぐちに来て云いました。

「粟を返がえして呉けろ。粟を返がえして呉ろ。」

黒坂森さかもりは形を出さないで、声だけでこたえました。

「おれはあけ方がた、まっ黒くろな大おおきな足が、空を北へとんで行ゆくのを見た。もう少すこし北きたの方かたへ行って見ろ。」そして粟餅あわもちのことなどは、一言いちごんも云わなかったそうです。そして全くその通とおりだったろうと私も思います。なぜなら、この森が私へこの話をしたあとで、私は財布さいふからありっきりの銅貨どうかを七銭しちせん出だして、お礼にやったのでしたが、この森は仲々受うけ取とりませんでした、この位気性きしょうがさっぱりとしていますから。

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Where this text comes from

This work is in the public domain — its copyright has expired. The digital text was produced by volunteers at Aozora Bunko (青空文庫), Japan's free digital library, from the printed edition named below.

First published
「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」盛岡市杜陵出版部・東京光原社、1924(大正13)年12月1日
Source edition (底本)
底本:「注文の多い料理店」新潮文庫、新潮社


   1990(平成2)年5月25日発行

   1997(平成9)年5月10日17刷

初出:「イーハトヴ童話 注文の多い料理店」盛岡市杜陵出版部・東京光原社

   1924(大正13)年12月1日

入力:土屋隆

校正:noriko saito

2005年1月26日作成

青空文庫作成ファイル:

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Typed by (入力)
土屋隆
Proofread by (校正)
noriko saito

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