Nihoner

島崎藤村 Toson Shimazaki 1872.03.25〜1943.08.22

朝飯

あさめし

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五月さつきが来た。測候そっこう所の技手ぎしゅなぞをして居おるものは誰しも同おんなじ思であろうが、殊ことに自分じぶんはこの五月さつきを堪えがたく思おもう。其日々々の勤務つとめ――気圧きあつを調しらべるとか、風力ふうりょくを計はかるとか、雲形くもがたを観察さっするとか、または東京とうきょうの気象きしょう台へ宛てて報告ほうこくを作ずくるとか、そんな仕事しごとに追われて、月日がっぴを送おくるという境涯きょうがいでも、あの蛙が旅情りょじょうをそそるように鳴出だす頃になると、妙に寂さびしい思想かんがえを起おこす。旅だ――五月さつきが自分じぶんに教おしえるのである。

いろいろなことを憶出だすのもこの月だ。

ある日のことであった。丁度ちょうど自分じぶんの休暇きゅうかに当ったので、事務じむの引続を当番とうばんの同僚どうりょうに頼たのむつもりで書いて置いた気圧きあつの表を念の為に読んで見た。天気てんき、晴。気温きおん、上昇じょうしょう。雲形くもがた、層、層積そうせき、巻層けんそう、巻積けんせき。よし。それで自分じぶんは小高こだかい山の上にある長野ながのの測候そっこう所を出た。善光寺ぜんこうじから七八しちはち町向むかうの質屋しちやの壁は白く日をうけた。庭の内も今は草木そうもくの盛な時で、柱に倚凭よりかゝって眺ながめると、新緑しんりょくの香に圧されるような心地ここちがする。熱あつい空気くうきに蒸される林檎りんごの可憐かれんらしい花、その周囲しゅういを飛とぶ蜜蜂みつばちの楽たのしい羽音はおと、すべて、見みるもの聞きくものは回想おもいでのなかだちであったのである。其時自分じぶんは目を細くして幾度となく若葉わかばの臭を嗅いで、寂さびしいとも心細こころぼそいとも名のつけようのない――まあ病人びょうにんのように弱よわい気分きぶんになった。半生はんしょうの間の歓うれしいや哀かなしいが胸の中に浮んで来た。あの長ながい漂泊ひょうはくの苦痛くるしみを考かんがえると、よく自分じぶんのようなものが斯こうして今日きょうまで生きながらえて来たと思われる位。破船はせん――というより外に自分じぶんの生涯しょうがいを譬たとえる言葉ことばは見当けんとうらない。それがこの山の上の港へ漂い着いて、世離れた測候そっこう所の技手ぎしゅをして、雲の形を眺ながめて暮くらす身になろうなどとは、実げに自分じぶんながら思おもいもよらない変遷うつりかわりなのである。

こう思い耽って居おると、誰か表の方で呼ぶような声がする。何どの気なしに自分じぶんは出て見た。

旅窶たびやつれのした書生しょせい体の男が自分じぶんの前に立たった。片隅かたすみへ身を寄よせて、上り框がまちのところへ手をつき乍ら、何か低ひくい声で物を言出した時は、自分じぶんは直にその男の用事ようじを看みて取った。聞いて見みると越後えちごの方から出て来たもので、都にある親戚しんせきをたよりに尋たずねて行ゆくという。はるばるの長旅ながたび、ここまでは辿り着いたが、途中とちゅうで煩わずらった為に限かぎりある路銀ろぎんを費い尽して了った。道は遠とおし懐中ふところには一文かずふみも無なし、足は斯この通とおり脚気かっけで腫はれて歩行ほこうも自由じゆうには出来しゅったいかねる。情があらば助力じょりょくして呉れ。頼たのむ。斯こう真実しんじつを顔にあらわして嘆願たんがんするのであった。

「実は――まだ朝飯あさめしも食べませんような次第しだいで。」

と、その男は附加つけたして言った。

この「朝飯あさめしも食べません」が自分じぶんの心を動かした。顔をあげて拝むような目付めつけをしたその男の有様ありさまは、と見みると、体躯からだの割に頭の大おおきな、下顎おとがいの円く長ながい、何となく人の好さそうな人物じんぶつ。日に焼やけて、茶色ちゃいろになって、汗のすこし流ながれた其痛々敷いたいたしい額の上には、たしかに落魄らくはくという烙印やきがねが押しあててあった。悲かなしい追憶おもいでの情は、其時、自分じぶんの胸を突いて湧き上って来た。自分じぶんも矢張やはりその男と同じように、饑と疲労つかれとで慄えたことを思出した。目的あてどもなく彷徨さまよい歩いたことを思出した。恥を忘わすれて人の家の門に立たった時は、思わず涙が頬をつたって流ながれたことを思出した。

「まあ君、そこへ腰掛こしかけたまえ。」

と、自分じぶんは馴々敷なれなれしい調子ちょうしで言った。男は自分じぶんの思惑しわくを憚はばかるかして、妙な顔して、ただもう悄然しょんぼりと震ふるえ乍ら立って居おる。

「何なにしろ其は御困りでしょう。」と自分じぶんは言葉ことばをつづけた。「僕の家では、君、斯こういう規則きそくにして居おる。何かしら為て来ない人には、決けっして物を上あげないということにして居おる。だって君、左様さようじゃないか。僕だって働かずには生きて居られないじゃないか。その汗を流ながして手に入れたものを、ただで他ひとに上あげるということは出来しゅったいない。貰もらう方の人から言っても、ただ物を貰もらうという法はなかろう。」

こう言い乍ら、自分じぶんは十銭銀貨ぎんか一つ取出して、それを男の前に置いて、

「僕の家ばかりじゃない、何処いずこの家へ行っても左様さようだろうと思うんだ。ただ呉れろと言われて快く出だすものは無なあい。是から君が東京とうきょう迄も行こうというのに、そんな方法やりかたで旅が出来できるものか。だからさ、それを僕が君に忠告ちゅうこくしてやる。何か為して、働いて、それから頼たのむという気を起おこしたらば奈何どうかね。」

「はい。」と、男は額に手を宛てた。

「こんなことを言ったら、妙な人だと君は思おもうかも知れないが――」と自分じぶんは学生がくせい生活せいかつもしたらしい男の手を眺ながめて、「僕も君等の時代じだいには、随分ずいぶ困ったことがある――そりゃあもう、辛からい目に出遇ったことがある。丁度ちょうど君が今日きょうの境遇きょうぐうを僕も通り越して来たものさ。さもなければ、君、誰がこんな忠告ちゅうこくなぞするものか、実際じっさい君の苦くるしい有様ありさまを見みると、僕は大おういに同情どうじょうを寄よせる。まあ僕は哭なきたいような気が起おこる。真実ほんとうに苦しんで見たものでなければ、苦しんで居おる人の心地こころもちは解らないからね。そこだ。もし君が僕の言ゆうことを聞きく気があるなら、一つ働いて通とおる量見になりたまえ。何か君は出来できることがあるだろう――まあ、歌を唄うたうとか、御経を唱あげるとか、または尺八しゃくはちを吹ふくとかサ。」

「どうも是という芸は御座いませんが、尺八しゃくはちならすこしひねくったことも――」と、男は寂しそうに笑わらい乍ら答えた。

「むむ、尺八しゃくはちが吹ふけるね。それ見給え、そういう芸があるなら売うるが可いゝじゃないか。売うるべし。売うるべし。無くてさえ売ろうという今の世よの中なかに、有っても隠かくして持ってるなんて、そんな君のような人があるものか。では斯こうするさ――僕が今、君に尺八しゃくはちを買かうだけの金を上あげるから粗末そまつな竹でも何でもいい、一本手ほんてに入れて、それを吹いて、それから旅をする、ということにしたまえ――兎とに角かくこれだけあったら譲って呉くれるだろう――それ十銭上あげる。」

斯こう言って、そこに出した銀貨ぎんかを男の手に握らせた。

「人の一生いっしょうというものは、君、どうなるか解らない。」と自分じぶんは男の顔を熟視みまもり乍ら言った。「これから将来さき、君がどんな出世しゅっせをするかも知れない。僕がまた今日きょうの君のように困らないとも限らない。まあ、君、左様そうじゃないか。もし君が壮大おおきな邸宅やしきでも構かまえるという時代じだいに、僕が困って行ゆくようなことがあったら、其時は君、宜敷頼たのみますぜ。」

「へへへへへ。」と男は苦笑にがわらいをした。

「いいかね。僕の言ったことを君は守らんければ不可いかんよ。尺八しゃくはちを買わないうちに食って了っては不可いかんよ。」

「はい食たべません、食べません――決けっして、食べません。」

と、男は言葉ことばに力を入れて、堅く堅く誓ちかうように答えた。

やがて男は元気げんきづいて出て行った。施与ほどこしということは妙なもので、施ほどこされた人も幸福しあわせではあろうが、施した当人とうにんの方は尚更なおさら心嬉こころうれしい。自分じぶんは饑えた人を捉つかまえて、説法せっぽうを聞かせたとも気付かなかった。十銭呉れてやった上に、助言じょげんもしてやった。まあ、二つ恵んでやった。と考かんがえて、自分じぶんのしたことを二倍にして喜んだ。五月さつき――寂さびしい旅情りょじょうは僅かに斯こういうことで慰められたのである。

しばらくして、水汲みずくみから帰って来た下女しもおんなに聞きくと、その男は自分じぶんの家を出でると直に一膳めしの看板かんばんをかけた飲食いんしょく店へ入ったという。其時自分じぶんは男の言葉ことばを思出して、「まだ朝飯あさめしも食べません。」と、繰返くりかえして笑った。定さだめし男の方でも自分じぶんの言葉ことばを思出して「説法せっぽうは有難ありがたいが、朝飯あさめしの方が尚有難ありがたい。」とかなんとか独語ひとりごとを言い乍ら、其日の糧かてにありついたことであろう。

(一九いっく〇六年一としかず月「芸苑げいえん」)

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First published
「芸苑」1906(明治39)年1月
Source edition (底本)
底本:「日本プロレタリア文学大系(序)」三一書房

   1955(昭和30)年3月31日初版発行

   1961(昭和36)年6月20日第2刷

初出:「芸苑」

   1906(明治39)年1月

入力:Nana ohbe

校正:林 幸雄

2001年12月17日公開

2012年9月13日修正

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